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77.そして私は新しい世界に飛び込む

 扉を開けると、とんでもなく甘ったるい空気が部室の中に漂っていた。

 もちろん物理的な話じゃなくて、雰囲気の話だ。

 その発生源はどう見ても、部室の中央にいる二人の先輩だった。


「んー、睫毛が意外と長くて格好いい!」

「そうきたか……じゃあ、笑った時の眉の形が可愛い」

「え、そ、そうかな……えーっと、それじゃあ……」


 先輩たちはソファーに寄り添って座りながら、交互に何かを言っているようだ。

 私と知麻っちが戻ったことには、どう見ても気付いていない。


「ハァ……やっぱりこうなりますよね……」

「え、あの……知麻っち? これって……」

「望さんも慣れて下さいね。先輩たちのこれは、残念ながら日常風景なので」


 え、これって日常風景なの?

 こんなの少女漫画とか恋愛ドラマでしか、見たことないんだけど。

 私の目には見えないだけで、絶対に変なエフェクトがかかっていると思う。

 なんかこう……ぽわぽわって感じの。


 呆然としている私を余所に、知麻っちは慣れた動作で部室に足を踏み入れる。


「お二人とも、戻りましたよ」


 イチャついている二人に向けて、知麻っちは事もなげに声をかけた。

 いやいや、よくあの状況で気にせず入っていけるね、知麻っち。

 二人の世界に入り過ぎて、気まずいなんてものじゃないんだけど。


 しかし先輩たちは、すぐに知麻っちの声に反応を見せた。


「あ、知麻ちゃん、望ちゃん。帰ってきたんだ」

「もう向こうは練習終わったのか? 早かったんだな」

「いえ、まだ練習中ですが、望さんは見学なので早めに上がるという名目で抜けてきました」

「なるほど」


 さっきのピンク色な雰囲気が嘘みたいに、三人は普通に会話している。

 え、もしかしてあれって、本当に恋愛相談部の平常運転なの?

 ビックリして固まっている私に、真壁先輩は視線を向けてくる。


「で、兄貴の様子はどうだった?」

「え? あ、ああ……そうですね、やっぱりいじめじゃないみたいです」

「だろ? 分かってくれて良かったよ」


 いきなり話を振られて少し驚きながらも、なんとか返事をする。

 そんな私に、真壁先輩は安心したような笑顔を見せた。

 隣にいる小手毬先輩も、同様に嬉しそうな顔をしている。


「勘違いしたままだと嫌だもんね。真壁くんって、本当は優しい人なんだよ」

「……とんだ色ボケですけどね」


 すかさず知麻っちがツッコミを入れる。

 この子、ガンガン切り込んでいくなあ。怒られたりしないんだろうか?

 なんて思ったら、真壁先輩は苦笑いしているだけだった。


「小手毬さんみたいな可愛い子に好かれて、色ボケしない方が失礼だろ?」

「えへへ……私も真壁くんみたいな優しい人に愛されたら、思わず色ボケしちゃうかも」

「じゃあ色ボケ同士でお似合いだね、僕たち」


 ……怒るどころか、さらにイチャつき始めた。

 手なんか握り合って、お互いに笑顔を向け合っている。

 ちょっとした一言を切っ掛けに、凄まじい早さで二人の世界が形成されていた。


 そんな二人を見て、知麻っちはこめかみを押さえながら溜め息を吐く。


「ハァ……ちなみにですけど、さっきのアレは何をやっていたんですか?」

「さっきのって、何のことだ?」

「私たちが部室に入ってきた時の……二人で何か言い合っていたことです」


 あ、それ聞いちゃうんだ、知麻っち。

 どう考えても、甘ったるい答えが返ってくるような気しかしないんだけど。


 そんな私の悪寒も空しく、先輩たちは何気ない感じで口を開いた。


「ああ、あれはちょっと手持ち無沙汰だったから、小手毬さんとお互いの好きなところを言い合ってただけだよ」

「み、見られちゃってたんだ。恥ずかしいなあ……」

「……そうですか」

「うわあ……」


 知麻っちが呆れたように言うのに合わせて、私も思わず声が漏れてしまった。

 お互いの好きなところを言い合うって……それって「手持ち無沙汰だから」って理由で、暇潰しみたいにすることなんだろうか?

 そういうのって、なんかこう……二人の特別な時間なんじゃないの?

 でも知麻っちの言葉によると、アレが二人の日常風景らしいんだよなあ……。


 ほんの少し、自分の決意が揺らぐのを感じた。

 いやいや、でも知麻っちだって「恋愛相談部は楽しい」って言ってたし。

 二人とも優しい先輩だっていうのは、私も分かってるし。

 私の新しい第一歩にと自分で決めたんだから、ここは当たって砕けるべきだ。


「あ、あのー……」


 甘い雰囲気を吹き飛ばすように、私は意を決して声を上げた。

 三人の部員の視線が、私に集中する。


「ん? どうかしたのか?」

「そういえば望さん、何か先輩方に言いたいことがあるんでしたね」

「そうなんだ? どうしたのかな、望ちゃん?」

「あ、えっと……」


 急に私が主役みたいな感じになったので、思わず狼狽えてしまった。

 よくよく考えると、最初にこの部室に来た時は、もっと注目されてたんだよね。

 別に人見知りじゃないとはいえ、よくあんなに言いたいこと言えたな、私。


 そんな雑念と一緒に緊張を振り払い、私は言葉を続けた。


「まずは……すいませんでした! お兄ちゃんの言葉を鵜呑みにして、先輩たちに失礼なことを言ってしまって……」

「ああ、そのことか。鳶田さんだって被害者なんだから、別に謝る必要なんてないよ」

「そうそう。誤解は解けたんだから、仲よくしよ?」

「ええ。望さんは気にしないで下さい」


 三人とも、口々に優しい言葉を投げかけてくれる。


「ありがとうございます。それと実は、もう一つお願いがあって……」

「お願い?」

「はい、私も恋愛相談部に入れてもらいたいんですけど……」


 お兄ちゃんに嘘を吐かれていたのが分かって、私は兄離れを決意した。

 別に一生口を聞かないとまでは言わないけど、私がお兄ちゃんの嘘を見破れなかったのは無条件に信じ込んでしまっていたのも原因だろうから、私一人で新しい世界に飛び込んで成長するべきだと思ったのだ。

 そしてどうせ飛び込むのなら、迷惑をかけ通しだった私にも優しく接してくれた人たちのいる、恋愛相談部が一番だろう。

 せっかく知麻っちとも仲良くなれたし、それに先輩たちが一緒なら凄く楽しそうだ。


 ――そう説明すると、三人とも笑顔で頷いてくれた。


「そういうことなら、拒む理由はないな。歓迎するよ」

「よろしくね、望ちゃん! これで知麻ちゃんも、再来年は一人にならないね!」

「まあ心配していただかなくても、私が部長になった暁には新入部員を大量に確保して見せますが……。でも、もちろん歓迎しますよ、望さん」


 どうやら三人とも、私のことを受け入れてくれるらしい。

 中学時代はずっと帰宅部だったから、これが私の初めての部活になる。

 まさしく兄離れの第一歩として相応しいだろう。


「あ、そうだ。それと知麻っちに、お願いがあるんだけど」

「私ですか? 何でしょうか?」


 危ない危ない、もう一つ大切なお願いがあったのを忘れていた。


「実は私、柔道部のマネージャーもやりたいんだよね。知麻っちみたいに掛け持ちしたいんだけど、どうしたらいいのかな?」

「はい? マネージャーですか?」

「なんでまた、柔道部のマネージャーなんてやりたいんだ? 兄貴の件は、もう問題ないんだよな?」


 知麻っちだけじゃなくて、真壁先輩も不思議そうにしている。

 その隣にいる小手毬先輩も、同じく首を傾げていた。


 まあ、いきなり言っても驚くよね、やっぱり。

 しかし私にとっては、どうしてもマネージャーをやりたい理由があるのだ。


「それは知麻っちと一緒で、彼のお世話をしたいからです!」

「彼氏……?」


 私の宣言を聞いて、三人が同時に首を傾げた。


「望ちゃん、彼氏なんていたの? しかも柔道部に」

「はい! いたというか、出来ました! さっき!」

「さっき……?」


 ふふふ、驚いてる驚いてる。


 柔道部の主将に声をかけた時、彼は私の正体にすぐ気付いてくれた。

 まるで別人のように変装していたし、何より向こうが中学を卒業してから一度も会っていなかったから、私の正体をすぐに見破れるなんて思ってもみなかった。

 だけど先輩はすぐに気付いてくれて、しかも話してみたら凄く盛り上がって……中学の時はあまり男子に興味がなかったから忘れていたけど、そういえばあの時も先輩とはこんな風に気が合ったなー、なんて思い出していた。

 それだけでなく、なんと先輩は私に向かって「実は中学の頃から好きだった」と告白までしてくれたのだ。

 まさか再会して早々、しかも部活中に告白されるなんて思わなかったけど、なんというかお兄ちゃんへの特別視を止めてみると、先輩が凄く素敵な人だって思ったんだよね。

 多分、昔の私はお兄ちゃんをヒーローみたいに思っていたせいで、外に目を向けていなかったんだと思う。


「――ということがあって、先輩とお付き合いを始めちゃいました!」

「…………」


 私が先輩と付き合うまでの経緯を説明すると、三人とも呆然とした顔になっていた。

 まあ我ながら、相当なスピード交際だったからね。

 でも兄離れをするにはいい機会だったし、先輩もいい人だしね。


「なんというか、凄いな……」

「う、うん、本当だね……」

「恋愛相談要らずっていうか、大物が来たって感じだな。これはうかうかしてると、影戌後輩の次期部長の座も脅かされるかもな?」

「……も、問題ありませんとも。私と篤先輩の方が、付き合ったのはずっと先ですから。この程度のウェイトでは、私の筋肉はビクともしません……!」


 真壁先輩にからかわれて、知麻っちはよく分からないことを言い返していた。

 そんな知麻っちを見て、小手毬先輩が苦笑いしている。

 この楽しげな光景に、これからは私も加わっていくのだ。


「そんなわけでマネージャーと掛け持ちになるかもしれませんけど、これからよろしくお願いします!」


 部活に入って、彼氏が出来て……こうして私は新たな門出を迎えた。

 あとは家に帰って、お兄ちゃんに少しばかり文句を言ってやろう。

 ついでに部活と彼氏のことも話したら、お兄ちゃんはどんな顔をするだろうか?


 この時の私は、数時間後に兄の失神した姿を見ることになるとは、全く予想していなかった。

これにて望ちゃん編、またの名を鳶田くんの禊編は終了です。


望ちゃんに彼氏が出来たのは、真壁くんにフラグを立てないためですね。

あくまで真壁くんと小手毬ちゃんをイチャイチャさせるのが重要なので。

恋愛相談なしであっさり付き合う子というのも、ある意味では個性的かと思ったのも理由の一つです。


次は望ちゃんの歓迎会をやる予定です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] これで一旦一段落ですねー そして、望ちゃんの彼氏は中学時代から好きだったんですと(笑) いやー どれだけ、お兄ちゃんスキーだったんですかねー [気になる点] 気付いた事が1つ・・・ 真手…
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