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75.鳶田 望は兄思い⑥/天ちー先輩は後輩とふれあう

「会長、さようなら!」

「……ええ、さようなら」


 すれ違いざまに下級生と挨拶を交わしながら、私は放課後の廊下を歩いていた。

 今日は珍しく生徒会の仕事が早めに終わったので、久々に幼馴染であるちーちゃんと一緒に帰ろうと思ったのだ。

 せっかく同じ高校に通えるようになったというのに、私が生徒会長になってしまったせいで、ちーちゃんと幼馴染らしいことが少しも出来ていないという状況を、私は何とかしたかった。

 これでも私はお姉さんなわけだし、たまにはお洒落なカフェでお茶なんて奢ってあげるのも、大人っぽくていいかもしれない。幸い、今月のお小遣いは貰ったばかりだし、懐に余裕はある。


 それに慣れてきたとはいえ、やっぱり生徒会で「氷の女王」として振舞うのは気疲れする。

 だったら止めて素で振る舞えと言う話なんだけど、それはそれで今更感があるというか、素の私だと誰もついてきてくれないような気がするというか……。

 いや、流石に彼氏である徹くんは、私が本当の姿を見せてもついてきてくれるだろうか。とはいえ、徹くんには年上の彼女として甘えてほしいから、別の意味で素を見せるのは怖いんだよね。


 そんなわけで私が気疲れせずに癒しを得られる相手は、誰よりもちーちゃんだ。

 彼女は私の性格を理解してくれているから、変に取り繕う必要がない。

 クラスメイトも当然理解してくれてるんだけど、どうしても付き合いの長さから「何も気にせず弱みを見せられる」となると、ちーちゃんに軍配が上がる。


 だから彼女に会って癒されようと、こうして恋愛相談部の部室を尋ねたんだけど……。


「だから――もっと笑顔にしてくれる? 真壁くん」

「もちろん、喜んで」


 まるで事後のような雰囲気で、後輩二人が抱き合ってキスをしようとしているところだった。


「ええ……?」


 うーん……これはアウト! いや、セーフかな……?

 見たところ二人とも服はちゃんと着てるみたいだし、流石に校内でそんな真似をするような後輩ではない……と思いたい。

 真壁くんも小手毬さんも真面目な子だけど、たまにお互いしか見えてないなって思う時があるから、絶対にないとは言い切れないのがつらいところだ。


 まあ正直キスくらいなら、人目の付かないところで少しくらいしても、そんなに問題ないかなとは思う。

 とはいえ、今は私という人の目があるのだから、ここは止めておくべきだろう。

 これでも一応、生徒会長なんだから。


「……あの、まだ続ける?」

「ひゃ!?」


 二人の距離がかなり縮まっていたところで、やはり放置するのは良くないと思った私は、せっかくの恋人同士の睦み合いに水を差すことを申し訳なく思いつつ、そっと声をかけた。

 分かっていたけど二人は私の存在気付いていなかったらしく、驚いた顔ですぐに体を離……あ、離さないんだ。

 キスは中断したものの、抱き合った体勢はそのまま継続していた。


「み、水澤先輩……ノックくらいして下さいよ……」

「したけど、返事なかったから」


 真壁くんは恨み言のように言ってきたけど、私は本当にノックをしていた。

 だけど返事がない割に中から話し声は聞こえてきたので、ちーちゃんがいるかどうかだけでも確認させてもらおうと思って、中に入らせてもらったのだ。

 まさか二人がイチャイチャするのに夢中で、ノックに気付いてすらいないとは思わなかったけど。


 それにしても……。


「……ちーちゃんは?」


 どこを見渡しても、部室の中にちーちゃんはいない。

 ちーちゃんはとても小さい子だけど、流石にこの狭い部室の中で見失ったりはしないだろう。

 それに真壁くんたちも、ちーちゃんがいる状況であんなことをするとは思えない。

 ……いや、前にちーちゃんが「先輩方は尊敬できるんですけど、たまに私そっちのけでイチャつくんですよね……正直、ちょっと気まずい時があります」と遠い目で話してくれたことがあったような気がする。

 よもや私の幼馴染は、見せつけプレイに利用されているのでは?……なんて、流石にそんなわけはないか。


「あ、知麻ちゃんなら、今日は柔道部の方に行ってますけど……」


 私がちーちゃんの扱いについて懸念していると、小手毬さんが居場所を教えてくれた。


 ……しまった。今日は柔道部の方だったか。

 急に放課後がフリーになったから、驚かせようと黙って来たのが仇になった。


「そう……じゃあ、後で行ってみる」


 せっかく教えてくれたので柔道部の方に顔を出してみようと思ったけど、どちらにしろ今行っても部活中で一緒に帰るのは不可能だろう。

 それまでの時間をどうするべきかと悩んだ結果、この部室で待たせてもらおうと思い付いた。

 さっきから一応、余所行きの「氷の女王」スタイルで会話をしていたけど、真壁くんと小手毬さんは私の素を知っているんだから、本当なら無理に取り繕う必要なんてない。

 私の素を知る数少ない後輩と、この機会に交流を深めるのもいいかもしれない。

 それに……大丈夫だと思うけど、放っておくとこの二人はさっきの続きを始めて、校内では相応しくない行為に発展するかもしれない。

 いや、流石にそれは七割くらい冗談だけどね。なお三割は本気である。


 そうと決まれば、とばかりに私は空いているソファーに腰かける。

 私が居座ったのが意外だったらしく、真壁くんは怪訝そうな顔を向けてくる。


「あ、あの……水澤先輩?」

「ごめんなさい。ちょっと疲れたから、休憩……いい?」


 私はそんな風に、適当な理由を口にした。

 暇潰しとか二人の監視なんて言うと、二人が気を悪くするかもしれないし。


「え? ああ、いいですよ。楽にして下さい」

「ありがとう。じゃあ、お言葉に甘えて――」


 真壁くんに「楽にして下さい」と言われたので、思い切り肩の力を抜いてみた。

 どうやら自分で思っていたよりも疲れていたみたいで、そんなつもりはなかったのにテーブルに突っ伏す形になってしまった。

 いけない、起き上がらないと……なんて思ったけど、ひんやりしたテーブルに体を預けている体勢というのは、思った以上に気持ち良かった。

 思い返してみれば、生徒会の活動をしている時にはいつも背筋をピンと伸ばして、椅子の背もたれすら碌に頼っていなかった気がする。

 相変わらず皆して「氷の女王」なんて呼んでくるし……もう、もうね……。


「ああーっ、もう疲れたよぉぉぉぉっ……!」


 言うつもりはなかった弱音が、堰を切ったように溢れ出してしまった。




「えっと……ミルクティーです。どうぞ」

「ううー……ありがとね、真壁くん……」


 私が叫んだのを聞いて驚いていた真壁くんたちだったけど、すぐに気を取り直して「何か飲みます?」と聞いてくれたので、大好物のミルクティーをお願いした。

 すると真壁くんが慣れた手付きで用意してくれたカップが、私の前に置かれた。


「それにしても、本当に真壁くんが淹れてくれるんだねえ。ちーちゃんから『真壁先輩の淹れてくれるお茶は、悔しいですがとても美味しいです』って聞いてたけど、実際に見るとビックリしちゃうね」

「なんで悔しがってるんだ、あの後輩は……」


 私がちーちゃんの言葉を伝えると、真壁くんは苦笑いを浮かべた。

 本当は「鬼畜眼鏡のくせに」っていう一言も付け加えてたんだけど、流石にそこまでは言わない方がいいだろう。

 まあ言ってる本人も「手のかかるお兄さん」について語ってるような感じだったから、照れ隠しもあったんだろう。ちーちゃんは絶対に認めないだろうけど。


「真壁くんは、私の先生なんですよ」

「先生って、お茶の?」

「はい。恋愛相談部に入ってすぐ、私も何か役に立ちたいなって思って、真壁くんにお茶の淹れ方を教えてもらったんです。……って言っても、私が淹れるのはコーヒーばかりで、他は真壁くんの方が上手なんですけどね」


 そう言って頬を掻く小手毬さんに、真壁くんは優しい顔を向ける。


「僕はコーヒーが一番好きだからね。僕のために一番美味しいコーヒーを淹れてくれるのは小手毬さんだから、僕にとっては小手毬さんが一番の女の子だよ」

「真壁くん……私も、真壁くんが一番大好きっ……あ……」

「アハハ、お構いなく……」


 キラキラした目で真壁くんを見て、そのまま抱き付こうとした小手毬さんだったけど、寸前で私の存在を思い出してくれたらしい。

 本当に、この二人はお互いに夢中なんだなあ……。

 それに真壁くんの、堂々とした口説き文句ときたら。徹くんも最近は結構素直に甘えてくれるようになったけど、ここまで明け透けに平常運転で愛を囁いたりはしてこない。

 デートとかして、いい雰囲気になると言ってくれるような感じだ。


「二人とも凄いねえ。私も徹くんとは前より仲良くなったけど、そこまでハッキリは気持ちを伝えられないかな。恥ずかしかったりしないの?」


 私がそう尋ねると、二人はお互いの顔を見つめ合った。

 ちなみに今気付いたけど、さっきから二人は抱き合ってなくて私に遠慮しているんだなと思ったら、ソファの上でちゃっかり手を握り合っていた。

 なんとなく真壁くんのお茶を飲む姿がぎこちない気がしていたのは、利き手である右手を小手毬さんの左手と繋いでいるせいだったらしい。

 本当にあの手この手で、隙あらばイチャつく二人だ。


「うーん……人前だと少し恥ずかしいですけど、やっぱり恋愛って言葉にして伝えるのが大事だと思うんですよ。だから僕は小手毬さんが『可愛い』とか『好きだ』とか思ったら、とりあえず口に出してますよ」

「わ、私はそういう難しいことは全然考えてなくて、真壁くんに優しくしてもらったりすると『大好き!』って気持ちが溢れてきちゃうっていうか……」


 わあー、ラブラブだなあ。

 ちーちゃんが「あの部室は胃もたれしますよ」って言ってた気持ちが、今ならよく分かる。

 真壁くんは「流石は恋愛相談部の部長だな」って感じもするけど、小手毬さんは全部素でやってるところが凄いよね。

 今も現在進行形で「大好き!」が溢れ出てるっぽいし。


「私も徹くんと、もっと仲良くなりたいなあ……。でも徹くん相手でも素で話せないし、生徒会は忙しいし……」

「でも先輩。生徒会はもう少しで任期終わりじゃないですか?」

「あー、そう言われると、もうそんな時期かあ……」


 真壁くんに指摘されて気付いたけど、そういえば私の任期も残り少しだ。

 うちの生徒会長は、前年の後期から翌年の前期までの一年が任期だから、もう何か月も残っているわけじゃない。

 そう思えば、「氷の女王」扱いも少しは気楽に……ならないよね、そっちは。

 まあ二年以上もこんなキャラを通してきた私も、どうかと思うんだけど。


「生徒会長じゃなくなったら、釘原くんとたくさんデート出来ますねっ」

「う、うん……そうだね。たくさんデートか……楽しみだけど、化けの皮が剥がれそうで怖いなあ……」

「釘原くんなら、ちゃんと受け止めてくれると思いますよ?」

「んんー……そうなんだけどねえ……」


 そんな感じで――私は後輩との恋バナ(?)を楽しんだのだった。

 ちーちゃんはいなかったけど、小手毬さんたちと仲良くなれたから、いい気分転換になったかな?




「それじゃあね、みーちゃん。真壁くんも」

「はーい、天ちー先輩もまた来て下さいね」


 しばらくお喋りを楽しんだところで、私は恋愛相談部の部室を後にした。

 小手毬さん――みーちゃんとは、すっかり打ち解けて、お互いにあだ名で呼ぶようになった。

 真壁くん? 彼とも結構打ち解けたけど、まあ男の子だしね。

 徹くん以外を気安く呼ぶのは、ちょっと抵抗があるかな。


 さて、ここからは当初の予定通り、柔道部に向かうとしよう。

 ちーちゃんは途中で抜けられないかもしれないけど、確認のために顔を出すくらいなら大した手間じゃない。

 ダメならダメで、今日はみーちゃんたちと仲良くなれたと満足しておこう。


 そんなことを考えながら柔道場を目指して歩いていると、見知った女子生徒の姿を見かけた。

 一瞬、態度を取り繕わないといけないと思ったけど、すぐに思い直した。

 彼女なら、私の素を知っているから問題はない。


「こんなところで、どうしたの? なんか楽しそうな顔してるね――(かも)ちゃん」

「あら……天乃じゃない」


 同じ学年の友人である鴨川 星(かもがわ せい)は、綺麗な黒髪を靡かせながら振り向いた。

 相変わらず美人で、同性の私でも惚れ惚れしてしまうほどだ。

 ただ普段ならもう少し澄まし顔をしているはずなんだけど、今日の鴨ちゃんは珍しく楽しそうな表情をしていた。


「いえ……ちょっとスポーツに励んでいる男の子と話してね。凄く情熱的な目だったから、『青春してるな』って感心しちゃったわ」

「へえ……なんか珍しいね。鴨ちゃんが男の子と話すなんて」

「そう? あまり意識したことはなかったけど」


 鴨ちゃんは凄く美人だけど、あまり異性に興味がない印象だった。

 女王様の時の私みたいに冷たくするというより、さらっと受け流している感じだ。

 女子に対してもそこまでグイグイ来ないけど、男子に対してはさらにドライな対応をしているように見えていた。

 そんな鴨ちゃんが、特定の男子のことを楽しそうに話すなんて……。

 これはもしや、彼女にも春が来たということだろうか?


「そうだよ! 鴨ちゃんが男子に興味を示すなんて、これはついに鴨ちゃんにも、彼氏が出来るんじゃない?」

「んー、どうかしら……? 確かに面白そうな子だったけど……」

「ええー? いいじゃん。鴨ちゃんも彼氏作って、ダブルデートとかしようよー」

「……それ、貴方がしたいだけじゃないの?」


 鴨ちゃんが呆れた様子で、私のことを見てくる。

 彼氏に甘える鴨ちゃんとか、絶対に可愛いと思うんだけどなあ。

 まあ、あんまり外野が急かしても仕方ないか。


「ところで天乃は、こんなところで何してるの?」

「あ、ちーちゃんと一緒に帰れないか、誘ってみようと思って」

「柔道部はまだ終わらないでしょう? 今日は知麻ちゃんと帰るのは諦めて、私で我慢しなさい」

「え、鴨ちゃん、一緒に帰ってくれるの?」

「ええ、たまにはいいでしょう? 今日はなんだかいい気分だし、甘いものでも食べに行きましょうか?」

「いいねえ、どこ行こっか? クレープの屋台とか?」


 思いがけず、珍しい友人と帰ることになった。

 鴨ちゃんの会った男子というのは気になるけど、今のところは脈ありとも言い切れない感じだし、要観察といったところだろう。


 だけど……もしかしたら、鴨ちゃんが真壁くんのところに恋愛相談する日が来たりするのかもね?

 いつもより少しだけ緩んだ鴨ちゃんの横顔を見ながら、私はそんなことを思った。

賢明なる読者様方はお気付きかもしれませんが、天ちー先輩の視点は最後のシーンをやりたくて入れてみました。

「まさか鳶田の奴、今度は天ちー先輩に!?」とガバガバなミスリードに乗って下さった方は、果たしておられるのでしょうか……?


とりあえず今回のエピソードは、次回の望ちゃん視点で締めます。


また、四季様よりファンアートをいただきました。

四季様には個人で連絡をしていたので再度になりますが、この場を借りてお礼申し上げます。

可愛い小手毬ちゃんを描いた可愛いイラストで、真壁くんが愛でるのも納得できます。

活動報告に上げていますし、「登場人物紹介」の方にも掲載してあります。

皆様に小手毬ちゃんの可愛さを堪能していただけたら幸いです。


それと同時に「登場人物紹介」が大幅に更新されています。

感想で「キャラの容姿とか描写ないっすねw」(超意訳)というお声をいただいたので、「だったら書いてやりましょうとも!」と追記しました。


あと「カスタムキャスト」で手慰みに作ったキャラの画像も、活動報告に上げています。

こちらは未熟な出来ですが、作品のイメージ補強に役立てて……いや、役立つかなあ……。

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― 新着の感想 ―
[良い点] たくさんのキャラの色々な考えがわかって楽しかったです。 [一言] クズだけどクズになりきれないキャラが大好きなんで鳶田君にはがんばってほしいです。
[一言] ミスリードについてはどっちの可能性も半々といった感じで読んでました。 というのも相談部で上手くいった子ばかりに惚れてピエロになる鳶田くんが見たかったもので笑 それにしてもファンアートの小手…
[良い点] 噂のあの先輩がそこで登場でしたか(笑) キャラからして天ちー先輩ではなさそうでしたが、新キャラか?と。 天然ちー先輩視点はその振りだったんですね。 [気になる点] 鳶田君・・・ 色々、業…
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