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06.小野寺 真世は高嶺の花②

 オタク風の男子生徒――建山 勝(たてやま まさる)は、僕と小手毬さんの対面にあるソファに座りながら、所在なさげに視線を彷徨わせていた。

 ちなみに「オタク風」などと称してしまったけど、普通にオタクそのものだった。本人が隠していないので、少し話しただけで即確信できてしまった。


「で、建山の相談内容っていうのは? 好きな相手か、それとも既に付き合ってる相手がいるのか?」


 どうも建山は緊張している様子なので、小手毬さんの時と同じように僕の方から話の流れを作ってやる。

 その小手毬さんだけど、全員分のコーヒーを淹れてくれた後は、僕の隣で座っている。割と距離が近い。

 現在、二つのソファの片方に僕と小手毬さんが並んで座って、テーブルを挟んだ向かいに側のソファに建山が一人で座っている形だ。小手毬さんの秘書っぽい立ち位置が、止まるところを知らない。


「えっと、前者です。僕、気になる人がいて……」


 うむ、相談内容も小手毬さんの時と似たような方向性だな。

 偏見かもしれないけど、小手毬さんと同じく彼も自分から相手との距離を詰められるタイプには見えない。おそらく今のところ、意中の相手とは顔見知りレベルなのではないだろうか。


「相手とは親しいのか? というか、まず向こうは建山のこと知ってるのか?」

「え……ああ、まあクラスメイトなんで。名前くらいは憶えてくれてるかな」


 なるほど、相手はクラスメイト。……の割に、何だか自信なさげだな。


「その様子だと、ちゃんと話したことないんじゃないか?」

「あ、そうです……。分かっちゃうんだ。凄いね、真壁くん」


 建山だけでなく小手毬さんまで、感心したように「ほぇー」と小さく声を上げているが、君らが分かりやすいだけだからね? 特に小手毬さんは、建山の姿を客観的に見ていても分からないあたり、なかなかの天然ぶりのようだ。

 ちなみに建山は僕らと同じ二年生で、クラスは違う。僕も小手毬さんも初対面である。


「まあ、ここに来る人は悩みの傾向が近いからね。経験を重ねてると、何となく分かるんだ。それで、お相手のことは聞いても大丈夫か?」

「あ、うん、大丈夫。えっと、小野寺さんっていう子なんだけど……。知ってるかな?」

「小野寺……小野寺!? まさか、小野寺 真世(おのでら まよ)さんのことか!?」


 建山が口にした名前を聞いて、僕は思わず大声を上げてしまった。

 隣では小手毬さんも、口をあんぐりと開けて驚きを表現している。

 だって仕方がないだろう。小野寺さんといえば……。


「小野寺さんって、うちの学校でも『高嶺の花』って評判の人じゃないか」

「わ、私も知ってる。美人で成績優秀で、性格もいいって。話したことはないけど……」


 僕たちの驚き様を見て、今更になって建山は身を縮こまらせた。


「や、やっぱり無謀かな……?」


 無謀かどうかで言えば、残念ながら無謀だろう。

 小野寺さんは、さっき小手毬さんが言った通り容姿端麗・成績優秀・品行方正の有名人だ。さらに加えるなら、それなりにいい家の娘らしい。

 鳶田の女性版、どころではない。あちらはイケメンでスポーツ優秀くらいだから、小野寺さんはそこに頭脳と性格、そして家柄を足した人だ。何でこんな学校にいるんだろう?


「正直に言うと……まあ、無謀だな。接点もないんだろ?」

「う、うん。同じクラスってことくらいしか……」


 同じクラスというだけでチャンスがあるなら、苦労はしないだろう。

 小野寺さんは言うまでもなくカースト上位。対して建山は下位、とまでは流石に憶測で断言しないが、まあ上位ではないはずだ。それなら同じクラスのカースト上位の男子の方が、よほどチャンスがあるということになる。

 実は小野寺さんと幼馴染で……といった建山独自の利点があれば良かったのだが、話を聞く限りでは碌に会話をしたこともなさそうだ。

 ぶっちゃけ、その関係性なら大した思い入れもなさそうだし、潔く諦めた方が無難だと思うが……。いや、勝手に思い入れがないなんて決め付けるのはよくないな。何か建山が彼女に惚れた、切実な切っ掛けがあるのかもしれない。


「建山。どうして小野寺さんと付き合いたいんだ? 建山だって、自分が彼女と釣り合ってないのは分かるだろ?」


 かなり厳しい言い方になってしまったが、これは確認しておく必要がある。

 建山が本気だと言うなら、僕だって力を貸すのは吝かではないのだ。

 僕が建山を見据えると、向こうも僕を真剣な顔で見て……。


「だって、小野寺さんって信じられないくらい美人で、二次元顔負けの設定じゃないか。あんな子なら、三次元でも付き合いたい!」


 堂々と何の躊躇いもなく、そう言った。


「……」


 さっきとは違った意味で、僕は真顔になってしまった。

 横に目を向けると、小手毬さんも似たような表情になっている。こんなに表情の死んだ彼女を見るのは初めてだ。

 まあ無理もない。どんな事情かと身構えていたら、こんなにどうでもいい内容だったとは。あと建山、「設定」とか言うんじゃないよ。


『帰れ』


 そう言い捨ててやりたいのは山々だったが、先輩への大恩という行動理念が、どうにも僕を迷わせる。果たして相談者にまともに取り合わず、門前払いにするような部が、先輩に対して誇れるのだろうか。

 ぶっちゃけ考え過ぎだと思うが……。まあ、それでもいいだろう。


「はあ……ちょっと待ってろ」

「真壁くん?」


 僕は溜息をひとつ吐くと、小手毬さんと建山を残して部長席へと向かう。

 そして机の最上段にある鍵付きの引き出しを開けて、一冊のノートを取り出した。


「真壁くん、そのノートって何?」


 僕が手に取ったノートを見た小手毬さんが、その正体を尋ねてくる。

 彼女と、ついでに建山にも見えるようにノートを顔の横に掲げると、僕はその正体を口にした。


「これは……僕の秘密兵器だ」

「ひみつへいき?」


 流石にその一言では分からなかった小手毬さんが、不思議そうに首を傾げた。

 その対面では、建山も同じように首を……って、可愛くないから止めなさい。

 何とも気が滅入る建山の姿から目を逸らし、僕は小手毬さんに向けて頷いた。


「このノートには、僕が恋愛相談のために集めた情報が記録してある。特に校内でモテると噂になってるような生徒は、いつ相談の対象になるか分からないから、念入りにね」

「え? それって、つまり……」

「小野寺さんの情報も、もちろん書いてある」


 あと鳶田の情報もね。せっかく色々と嗅ぎ回って調べたんだし。例の処断があったから今後、彼がモテる可能性はかなり低いだろうけど。

 何て思っていたら、建山が興奮した様子でこちらを見てきた。


「それって、もしかして……三年の鴨川(かもがわ)先輩のことも書いてあるの!?」


 おい、ちょっと待て。鴨川先輩って何だよ。いや、知ってるけどさ。

 鴨川先輩というのは、三年の有名人の一人である。こういう話題に上る時点で美人なのは言うまでもないが、更に家柄のいいガチのお嬢様だ。小野寺さんも同様だが、彼女が「いいとこの娘さん」なのに対して鴨川先輩は「権力者のご令嬢」なので、さらに格が違う。

 もちろんモテる人なので、このノートにも情報が載ってるわけだけど……。


「建山。そんなことを聞いて、どうするつもりだ?」

「え? いや、別にただ興味本位で……」


 興味本位、などとふざけたことを言う建山を、僕は睨み付けた。

 そのまま僕は、眼鏡の奥から走る眼光に怯む建山に向けて言う。


「僕はこの情報を、純粋に恋愛相談に役立てるためだけに集めている。プライバシーの問題とかあるからな。建山が小野寺さんのことを好きだと相談してきたから、僕はこの情報をお前に伝えるんだ。なのに鴨川先輩の情報が、どうして必要なんだ?」


 ――そんな生半可な気持ちなら、小野寺さんのことも諦めてしまえ。


 僕が言外にそう言うと、建山は俯いて黙り込む。

 流石に小手毬さんも言葉を発することができず、部室は重苦しい沈黙に包まれていた。

 が、それも一分足らずの話で、建山は顔を上げると真剣な表情で僕を見る。


「ごめん、真壁くん。ちゃんと真剣にやるから、小野寺さんのことを教えて」


 何だ、思ったより早く腹を括ったな。もう少し時間がかかると思ったけど。

 まあ、腹を決めたと言うなら、僕は全力で協力してやるだけだ。

 と、僕が建山に声をかけようとすると、その前に制服の袖をクイクイと引っ張られたのに気付いた。


「小手毬さん?」

「……」


 横に目を向けると、小手毬さんが不安そうな目で僕を見つめていた。どうやら僕が建山に対して、本気で怒っていると思ったらしい。

 もちろん僕はそこまで怒っていないので、小手毬さんに優しく声をかけてあげたいところだが、今は話の流れというものがある。とりあえず安心させるよう、小手毬さんの頭に手を載せるだけに留めておいた。

 これでも少しは効果があったようで、小手毬さんはフッと表情を緩ませる。


「さて。建山も腹を括ったっていうなら、僕も力を貸そう」

「え? なんか今、ナチュラルにいちゃついてなかった?」


 建山が関係ないことを言っていたので、僕はスルーした。

 そんなことより、今は伝えるべき重要なことがある。


「この情報は、はっきり言って諸刃の剣だ。これを聞いても、建山が小野寺さんのことを好きでいられるか、僕には判断できない。だけど建山が小野寺さんと付き合うなら、これしか突破口はないだろう。どうする?」


 ゴクリ、と建山が息を飲んだのが分かった。

 僕の横にいる小手毬さんからも、緊張した雰囲気が伝わってくる。


 やがて意を決して頷いた建山を見て、僕はノートの内容を読み上げ始めた。

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