67.金名 京介の頼み事④
金名の驕りで豪華ランチと洒落込むつもりだった僕たちだけど、昼食場所を探して歩き出した矢先に、意外な人物に呼び止められる事となった。
「あれー、真壁じゃん。こんなところで何やってんの?」
「あ、ほんとだ。建山くんと……金名くんもいるね。こんにちは、三人とも」
「二ノ宮さん、内倉さん。奇遇だね」
そこにいたのは、かつて鳶田の一件で相談を受けた女子二人だった。
いかにも休日の女子高生らしいラフな私服姿で、バッチリと決まっている。
「二人の私服を見たのは初めてだけど、可愛いね。よく似合ってるよ」
「うぇ!? ちょ、いきなり何言い出すのよ、真壁……」
「ありがと、真壁くん。花蓮ちゃんも、褒めてくれたんだから素直に喜んだらいいのに」
「うう……そうだけどさぁ」
意外とこういう時は、内倉さんより二ノ宮さんの方が恥ずかしがるんだな。
そんな事を考えていると、金名が横から小声で話しかけてきた。
「真壁くんって、あんなサラッと女子の格好を褒めるんだな。なんか意外だったわ」
「そうか? 女心が分からないと、恋愛相談なんて受けられないだろ」
「ああ、そういう事か」
小手毬さんの可愛い部分だって、僕は普段から頻繁に口にしている。
まあ本気で全部褒めると常時褒め倒すことになるから、加減はしているけど。
「そういえば、二人は二ノ宮さんたちの事は知ってるのか?」
内倉さんは二人の名前を知っていたみたいだけど、知り合いなんだろうか。
「僕は内倉さんとは、同じクラスだからね。二ノ宮さんは初めてだけど」
「そうだね。真壁くんと仲が良いってことは、建山くんと真世ちゃんたちも恋愛相談部のお世話になったんだ?」
「うん、まあそんな感じかな」
なるほど。そういえば建山も内倉さんも、同じD組だったか。
「あたしはそっちの彼は知らないけど……金名だっけ? こっちの彼は見た事あるわね」
「え、そうだっけ?……ああ、前にマイと一緒に、屋上にいたっけ」
「一緒にいたっていうか、たまたま出くわしただけだったんだけどね」
そして金名と二ノ宮さんは知り合いというより、顔見知りという感じか。
二人は別のクラスだけど、意外な繋がりがあるものだ。
「二ノ宮さんたちは、今日は二人で遊びに来たの?」
「まあね。この間の件はお陰様で解決したけど、しばらく男は懲り懲りだし」
「むふふ、そうだよねえ。今は花蓮ちゃん、私とラブラブだもんねえ」
そう言いながら内倉さんは、二ノ宮さんの首に手を回して横から抱き付いた。
二ノ宮の方も「ちょっと響」と迷惑そうな口振りではあるものの、その腕を無理に払いのけるような真似はしないし、表情もどこか緩い。
鳶田の件でまた落ち込んでいないか心配だったけど、仲が良さそうで何よりだ。
内倉さんが頬を赤らめているのが、ちょっと気になるけど……風邪かな?
「ったく、響ったらはしゃいじゃって……あの子、普段は大人しいのに、たまにああやって子供っぽくなるのよね」
「でも内倉さんのそういうところが、二ノ宮さんも嫌いじゃないんでしょ?」
「……相変わらず、いい性格してるわね、真壁って」
僕がからかうように言うと、二ノ宮さんも恥ずかしげな表情を見せる。
ガッツリ睨まれてしまったけど、こういう睨まれ方なら全然怖くないな。
「それで、そっちは男三人で遊んでるわけ? アンタ、小手毬さん放っておいて大丈夫なの?」
「大丈夫かって、何が?」
「いや、あの子って小動物っぽいから、寂しがらせると泣くんじゃないかって」
「流石に男子と休日に出かけたくらいで、小手毬さんも泣いたりしないよ」
寂しがらせると泣いてしまうのは、楠さんの時で証明済みなんだけど。
今回は直接女子が絡んでいるわけでもないし、特に問題はないだろう。
あくまで今回の僕は金名と買い物に付き合って、その過程でこうして二ノ宮さんたちに偶然会っているだけだ。
「それより、僕らはこれから金名の奢りで昼なんだけど、二ノ宮さんたちは? 良かったら二人も、金名の財布を空にするのに協力してくれないかな?」
「ちょっと真壁くん!? なんでわざわざ出費増やそうとしてんの!?」
「おいおい金名。こんな可愛い女子二人と同席できるのに、昼飯代くらい出し渋るのは少しダサいんじゃないか?」
「え、そ、そうかな……?」
僕が金名を煽っていると、二ノ宮さんと内倉さんが笑い声を上げた。
「アンタ、相変わらず鬼畜眼鏡やってんのね。まあ、でもお昼くらいなら付き合うわよ。もちろん自分たちの分はちゃんと払うから、金名も安心しなさい」
「え!? いや、でもここは俺も男を見せるべきじゃ……!」
「大丈夫だって。金名くんのお財布すっからかんにしたら、楠さんとのデートで困っちゃうでしょ?」
どうやら二ノ宮さんたちも、昼食を一緒にするのは問題ないらしい。
金名に奢らせるとかは冗談なので、僕も別に問題ない。
なんなら僕と建山の分だって奢らせずに、その分を楠さんへの誕生日プレゼントに回してくれても問題ないくらいだ。
「建山もそれでいいか? 僕の方で勝手に誘っちゃったけど」
「うん、僕も別にいいよ。せっかく会ったんだし――」
「こらーっ! そこの女子二人ー!」
二ノ宮さんたちと一緒にランチと話がまとまりかけたところで、唐突に大きな声が聞こえてきたと思ったら、僕と二ノ宮さんたちの間に人影が飛び込んできた。
「男子三人の桃源郷に踏み込むなんて、この私が――って、あら? よく見たら響ちゃんじゃないの」
「……真世ちゃん? こんなところで、何やってるの?」
急に現れた人物は、誰かと思えば小野寺さんだった。
三つ編みにして伊達眼鏡をかけているから、普段とは少し違う格好なんだけど、流石に以前の「寺野さん」スタイルに比べると変化が少ないし、あれだけ大きな声で話せば嫌でも小野寺さんだと分かってしまった。
彼女は気勢を上げて乱入してきたものの、内倉さんと顔を合わせた途端に大人しくなってしまった。
乱入してきた時の発言を考えると、建山が見知らぬ女子と一緒にいると思って声をかけに来たら、実はただのクラスメイトだったというオチだろうか。
問題はどうして小野寺さんが、この場にいるのかという事なんだけど……。
「京介!」
「うわ!?」
そんな事を考えていると、今度は金名の名前が呼ばれた。
視線をやれば、いつの間に現れたのか楠さんが金名に抱き付いている。
こちらは小野寺さんとは違い、いつも通りの格好だった。
「こんなところで会えるなんて偶然だね! これってやっぱり、運命の赤い糸ってヤツじゃない?」
「マ、マイ? お前……さては後つけて来ただろ!?」
「えー? そんなの知らなーい♪」
金名の見立てによれば、楠さんは後をつけてきていた可能性あるらしい。
そんな発想がすぐに出るという事は、もしかしてこれが初犯ではないのだろうか?
疑問だらけの状況の中、僕は一番事情を知っていそうな人間に目を向けた。
「建山……お前、もしかして何か知ってるんじゃないか?」
「あー、出てきちゃったのか、真世さん……ごめんね、真壁くん。実は――」
その後、落ち着いた小野寺さんが建山と一緒に、状況の説明をしてくれた。
要するに小野寺さんは男三人の買い物風景を見たくて、彼氏である建山に許可を貰い後をつけていたらしい。
彼女はリアルの方は専門外だと思っていたけど、無事に佐紀さんからの汚染を受けていたようだ。いや、これ無事じゃなくて大惨事だな。
楠さんの方も小野寺さんと同様――流石に彼女の目的は男子ウォッチングではなかったけど、自分を置いて出かけてしまった金名と偶然を装って合流すべく、後をつけていたようだ。
ちなみに楠さん本人は、ずっと金名にベッタリでこちらには軽く挨拶してくれただけだったので、そのあたりの事情は一緒にいた小野寺さんが説明してくれた。
彼女たちは偶然ここで出会って、一緒に尾行をしていたらしい。
「何やってるんだ、一体……建山も、サラッとそんな許可出してるんじゃないよ」
「いやあ、真世さんが『どうしても見たい』って言うから、断れなくて……」
僕が軽く睨むと、建山は苦笑しながらそう言った。
恋人にせがまれて断れない心境は分かるけど、尾行の許可は出さないだろ、普通。
もし小手毬さんが、僕にそんな許可を求めて来たら……多分、あまりのいじらしさに予定をキャンセルするな、うん。僕の主義は、常に小手毬さんファーストだ。
その理由が男子ウォッチングだったら? 僕の小手毬さんはそんな事しないので、考えるだけ時間のムダである。
「ていうか、建山も『濃厚な絡み』とやらに混ぜられてるんだけど……。彼氏として、そんな扱いでいいのか?」
「真世さんが喜んでくれるなら、妄想のネタにされるくらいは全然いいかな」
「そ、そうなのか……」
コイツ……ダメな方向に器が大きくなっている……!
小野寺さんの方も、「高嶺の花」という肩書を振り切ったせいか、以前よりも残念な部分が明け透けになっている気がする。
生き生きしているから決して悪いことではないんだけど、キリッとしていた頃の彼女を思うと、これで良かったんだろうかと思わないでもない。
そんな寂寥感を抱いていると、楠さんにしがみつかれた金名が、申し訳なさそう顔をしながら声をかけてきた。
「真壁くん、建山くん。悪いけど、俺はマイと抜けるわ」
「ん? ああ……まあ、仕方ないだろ。楽しくやってこいよ」
どうやら金名たちは、これから二人でデートに行く事にしたらしい。
急な予定変更ではあるが、元はと言えば金名が楠さんの誕生日プレゼントを買うのが今回の主目的であり、最終的には「楠さんと一緒に買いに行ってやれ」と僕がアドバイスしたんだから、これで本来の目的を達成できるとも言えるだろう。
カップルの邪魔をする趣味はないし、二人で仲良くやってくれればいいと思う。
「ほんと悪いね。また今度、一緒に飯でも行こうよ」
「じゃあねー、真壁くん。小野寺ちゃんたちも」
そんな言葉を言い残して、金名たちはどこかへ歩いて行った。
別に金名と食事に行くのが嫌なわけじゃないけど、あんな調子で僕らと昼を過ごす時間が取れるのか、大いに疑問だ。
「真壁くん。私と勝くんも抜けるわ。男女比もすっかり偏っちゃったし」
金名に続いて、小野寺さんもそんな事を言ってくる。
女子の方が多くなってしまったから、もはや男子ウォッチングどころではないという事だろうか。
何を言っているのか分からないと僕が戸惑っていると、建山が小声で話しかけてきた。
「真世さん、最初にヤキモチ焼いて声をかけてきたから、なんか気が収まらないみたいで」
「二人きりになりたいって事か。それだけ聞くと、結構可愛いんだけどなあ」
「ちょっと二人とも、聞こえてるわよ! わ、私はそんなんじゃなくて、ただ桃源郷が見れないならデートする方がマシだと思っただけよ!」
「ハイハイ」
「もう! 何よ二人して!」
僕と建山が二人揃って生ぬるい笑顔を向けると、小野寺さんはムキになったように声を上げた。
いや本当に、愉快な人になったなあ……。
そのまま少しばかり話した後、建山たちも去って行く。
取り残された僕と二ノ宮さん、内倉さんの三人は、何となく顔を見合わせた。
「真壁のところでカップルになると、みんな変わり者になっちゃうのね……」
「私たちは彼氏が出来なくて良かったかもね、花蓮ちゃん」
「いや、うちの部のせいにされると困るんだけど……」
どう考えても、うちに来る相談者が変わり者というだけだろう。
この後、僕は二ノ宮さんたちと三人で、ランチを楽しんだのだった。
ちなみに家具屋の見物は、一人で行った。
今回のエピソードはこれで終わりです。
ちょっと小手毬さんが不在過ぎましたね。