66.金名 京介の頼み事③/小野寺さんのウキウキ男子ウォッチング
「ぐふふ……イケメンに眼鏡にチャラ男に……色とりどりの男子三人が、しかも凄く仲が良さそうで、本当に壮観だわ」
視線の先で繰り広げられる、男同士の熱い友情シーンに感動して、私は思わず声を漏らしてしまった。
だって仕方がない。彼氏である勝くんの働きには期待していたとはいえ、リアルでここまで尊い光景が見られるなんて、実際に目にするまで思っていなかったのだ。
思わず油断した私の言動を見咎めて、すぐ傍から声がかかる。
「ちょいちょい小野寺ちゃん。女の子がしたらマズい顔になってるって」
「あら失礼」
いけないいけない。いくら「高嶺の花」なんて肩書に未練はないとはいえ、それでも女であることまで捨てたつもりはないのだ。
勝くんの彼女として恥ずかしくないよう、少しは取り繕わなければいけない。
気分と一緒に表情を引き締めて、私は同行してくれている少女に向き直す。
「ふう……危うく人様にお見せできない顔を、街中で晒すところだったわ。指摘してくれてありがとう――楠さん」
「いや、もう軽く晒してた気がするんだけど……まあいいか。私も京介が、男の子だけだとどんな風にしてるのか、気になるし。目立って見つからないようにするのは、自分のためってね」
そう、現在私は彼氏が男同士で遊んでいる光景を、陰から観察しているのだ。
しかも勝くんと一緒にいるメンバーの一人である金名くんの彼女――楠さんと一緒に。
どうしてこんな事態になっているのかと言えば、昨日の夜に勝くんから電話で連絡を受けたのが切っ掛けである。
元々、今日の私は勝くんと会う予定はなかったんだけど、真壁くんから買い物に誘われた勝くんは、その旨をわざわざ私に伝えてくれたのだ。
流石は100点満点の彼氏である。連絡がマメで、とても嬉しい。
勝くんとしては、自分が誰と出かけるのか事前に知らせておいて、いざという時に私が不安にならないようにしようという、配慮だったのだと思う。
しかし勝くんの報告を受けた私は、考える間もなく即答してしまったのだ。
『私も見たいわ! 男同士の濃厚な絡み!』
『……いや真世さん、絡みとかないからね? ていうか、真世さん的には相手が男とはいえ、彼氏が他の人と絡んでてもセーフなの?』
『最終的に私のところに戻って来てくれるならOKよ! むしろ一人が勝くんだなんて、理想の男優じゃないの!』
『男優とか言わないでくれる!?』
――そんな恋人同士の甘い会話(主観)の末に、私は彼氏が男同士で遊ぶ風景を覗き見る許可を、勝くんから貰ってしまった。
最近の私は神の啓示によってリアルの耐性も付いてきたので、このあたりでステップアップしたいと思っていたのだ。
うち一人が大好きな勝くんであれば、私も十分に妄想を楽しめるだろう。
ちなみに「最終的に私のところに戻って来てくれるならOK」というのは、あくまで男同士の絡み――というか私が妄想のネタにする時だけの話だ。
勝くんが他の女の子と絡むのは、流石の私も冷静ではいられなくなるので、肝に銘じておいてほしい。なんて言わなくても、勝くんは浮気なんてしないけど。
「それにしても勝くんを追いかけてた先で、まさか楠さんに会うとは思わなかったわ」
「私だって、京介と偶然を装って会うつもりだったのに、こうやって小野寺ちゃんと尾行なんてするとは思ってなかったよ」
呆れた顔をしている楠さんと顔を見合わせて、しみじみと話す。
私がこうやって勝くんたちの後をつけている理由は、さっきの通り男子ウォッチングのためだけど、楠さんも一緒にいるのは全くの偶然だった。
私以外にも、どこかで見覚えのある女の子が勝くんたちをつけているなーと思っていたら、それが学校で何度か見かけていた楠さんだと気付いたのだ。
楠さんがここに来た理由は、本人の言った通り偶然を装って金名くんとのデートに持ち込むためで、話しかけるタイミングを窺っていたらしい。
この子、私たちの学年では割と有名だから以前から知ってはいたんだけど、落ち着いたタイプかと思ったら意外と情熱的なのね……。
向こうも私の顔と名前くらいは知っていたので、せっかくだからと現在こうして一緒に行動している。
最終的には金名くんと合流したいとはいえ、楠さんも男子たちが楽しそうにしているところに乱入するのは気が引けるみたいだから、しばらく様子を見たいのだとか。
「それにしても、もう少し過激なアクションはないのかしら……? こう……肩を組むとか、拳をぶつけ合うとか!」
「いやいや、そんなの現実では、なかなかやらないでしょ。小野寺ちゃんの好きな漫画とかなら、あるのかもしれないけどさー」
さっきから男子三人の様子を物陰から見ているんだけど、談笑しながらお店を渡り歩いているだけで、なかなか熱いシーンが見られない。
思わず漏れた言葉に、楠さんから呆れた目を向けられようとも、私は自分の発言を訂正するつもりは一切なかった。
今日の私は平和な一幕よりも、過激なワンシーンを求めているのだ……!
「ハァ……せっかく個性的な男子が、三人も揃ってるのに……」
「個性的って言えばさー、建山くんが『チャラ男』って、ちょっと無理があるんじゃないの?」
「え、どういう意味?」
楠さんが思い付いたように口にした言葉の意味を、私は上手く理解できなかった。
勝くんがチャラ男って? そんなわけないじゃない。勝くんほど誠実な男の子なんて、そうそういないわよ。
「いや、さっき言ってたじゃん。イケメンに眼鏡にチャラ男って」
「え? それは勝くんが『イケメン』って言ったつもりだったんだけど」
私がそう言うと、楠さんは途端に眉を顰めた。
さっきまでは呆れ顔か、素っ気ない顔がデフォルトだったのに、今は明らかに不機嫌そうな顔をしている。
「んんー? それってもしかして、京介が『チャラ男』ってこと?」
「え、うん、そうだけど?」
実際、金名くんの見た目は割とチャラいし。
「分かってないなー。京介は確かにチャラいところがあるけど、あの中では一番イケメンじゃん。それを差し置いて他の人を『イケメン』なんて呼んだら、伝わるわけないって。真壁くんが『眼鏡』なのは、別にいいけど」
「ハァ? いえいえ、一番のイケメンは勝くんですけど? 真壁くんは『眼鏡』でいいと思うけど」
熱くなった私は、思わず楠さんと睨み合うような形になってしまった。
勝くんと金名くん、どちらが一番のイケメンか――これだけは譲れない。真壁くんは、別にどうでもいいけど。
しばらくメンチ合戦を繰り広げていた私たちだったけど、不意に楠さんがフッと表情を落ち着けたのを見て、私もクールダウンした。
こんな事したって、結論は分かりきってるしね。
「ハァ……止めよっか。どうせ結論なんて出ないし」
「そうね……お互いに彼氏が一番に決まってるから、意味ないわよね」
この場に美薗ちゃんまでいなくて、本当に良かった。
あの子も、あれで真壁くんの事に関しては熱量が凄いから、三人とも一歩も引かずに泥沼化していた可能性が高い。
「そうそう、そんな不毛な事……って、小野寺ちゃん、あれあれ!」
「え、なによ楠さん? いきなり大きな声出して……って、うぇえええ!?」
会話の途中で楠さんが突然、勝くんたちのいる方を指差した。
その方向に目を向けてみると、私たちが少し目を離した隙に何かがあったのか、恥ずかしげに顔を押さえている金名くんと、そんな彼をニヤニヤと見ている勝くんたちの姿があった。
え、なにこれ? 一体何があったら、こんな尊いシーンが生まれてしまうの?
真壁くんの厭らしい顔は、まあいつも通りと言えないこともないけど、勝くんのからかうようなニヤケ顔は、ちょっとレア過ぎる。
金名くんも見かけは割とチャラいから、そんな彼が見せる初心な反応というのは、なかなかにそそる光景だった。
しかも、この桃源郷と言うべき光景は、それで終わりではなかった。
さっきまで恥ずかしがっていた金名くんが、急に元気になって声を上げたと思ったら、そのまま勝くんたちの後ろに移動して、その背をバンバンと叩き始めたのだ。
私としては、それに対して「あはは」という感じで困った笑顔を浮かべている勝くんも高ポイントだけど、それ以上に迷惑そうにしながら傍目から見ても分かる「満更でもない感」を醸し出している真壁くんに、百点満点を差し上げたい。
彼は出来る眼鏡だって、ずっと思っていたのよ、私は。
今日一日、私はこれを見るために、こうして男三人の後をつけていたのだ。
端的に言うと、極めて絶景かな。まさに値万両の眺めである。
「むほほっ、これはヤバいわ! 世界を獲れるヤバみよ、これは!」
「いやー、小野寺ちゃんの方がヤバいと思うなー、私は」
後ろで楠さんが何か言っているけど、そんなのはどうでもいい。
今の私は高嶺の花どころか、女である事すら捨て去る勢いなのだ。
そんなもの、目の前の光景を堪能するという使命に比べれば、何の価値もない。
「男同士ってヤツでしょ? 私にはよく分かんないなー。しかも自分の彼氏まで巻き込むとか、それって楽しいわけ?」
ふむ、素人さんが何か言っているので、少し解説してあげましょうか。
「勝くんが入っているのは、あくまで妄想で楽しむからよ。楠さんだって、金名くんが出演してるドラマとかあったら、見たくならない?」
「京介が……? あ、それは分かるかも」
この子、実は金名くんの名前を出しただけで、コロッと行くわね……。
将来、金名くんを騙る詐欺に引っかかったりしないか、少し心配だわ。
「でしょう? それで男同士のアレな話はともかくとして、まずは絡み方ね」
「絡み方? それってエッチな話じゃないの?」
「男同士の絡みっているのは、それだけじゃないのよ。題材として一番分かりやすいのは、間違いなく真壁くんね。彼って『攻め』と『受け』……っていうより『押される側』だと、どっちになると思う?」
「そりゃあ攻めでしょ? だって鬼畜眼鏡くんだし」
特に悪気もない様子で、楠さんは断言した。
どうやら真壁くんは、私の知らないところでも「鬼畜眼鏡」という印象を持たれているらしい。
どんな高校生活を送っていたら、そんな印象を周囲から持たれるのだろうか。
まあ、真壁くんが鬼畜攻めっぽいのは、私も同意見なんだけど。
「うんうん、そうよね。じゃあ、真壁くんと金名くんが喧嘩するシーンがあるとしたら、どんな感じの配役になると思う?」
「うーん……やっぱ真壁くんが口で煽って、ネチネチ攻める感じかな。で、最後は腹パンで沈める」
「は、腹パン?」
一体、今の話のどこから腹パンが……?
よく分からないけど、まあいいか。
「腹パンはともかく、私もそんな感じになると思うわ。でも、そこであえて金名くんが、真壁くんに逆襲するとしたら?」
「逆襲……京介が真壁くんに? なんか後で酷い目に遭わされそう……」
この子、自分の彼氏にも真壁くんに対しても、なんか印象が酷くない?
まあ私も絶対に真壁くんは、後で仕返ししてくるタイプだと思うけど。
「し、仕返しの事は、一旦考えないでおきましょう。例えば真壁くんの腹パンを受け止めた金名くんが、その手を捻って逆に真壁くんを壁に押し付けたりしたら……?」
「京介が、真壁くんを壁に……? それって、なんか――ああーっ!?」
「え、ちょっと何!?」
いい感じに楠さんを堕としかけていたというのに、急に叫び声を上げられてしまった。
もしや初心者には刺激の強い妄想だったかと、少し心配になったけど、そうではなく彼女は再び勝くんたちの方を指差していた。
「もう何よ、いきなり大きな声なんて出して……うそぉー!?」
「小野寺ちゃん、ヤバいよ! なんか京介たち、女の子に話しかけられてるんだけど!」
楠さんの言う通り、視線の先では勝くんたちが女子二人に声をかけられていた。
しかも顔はハッキリ見えないけど、なんとなく女子の方は二人とも美人っぽいし、勝くんたちも割と親しげな雰囲気を醸し出している。
これはまさか……逆ナンというヤツでは!?
「こうしちゃいられないわ。ここは突撃するわよ、楠さん!」
「オッケー、小野寺ちゃん! 私の知らないところで女子と仲良くなるのは、ちょっと見逃せないかなー」
こうして私たちは尾行を止めて、勝くんたちのところに突撃する事にしたのだった。
なんとなく女子の片方に見覚えがある気がするけど、そんなのは突っ込んでから考えればいい。
男三人の桃源郷に入り込もうとする女子なんて、私は絶対に許さないわよ!
エピソードの途中でも別視点を入れるのにあたり、タイトルで悩みました。
色々考えた結果、今回のような形になりましたが。
次回は真壁くん視点に戻す予定です。