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65.金名 京介の頼み事②

 小手毬さんとデートをしようとして振られ……いや、この表現は止そう。そういう表現だと分かっていても、思い浮かべただけで死にたくなってしまう。

 まあ、とにかくこの週末は用事があるという小手毬さんに誘いを断られた後、突然やって来た金名の頼みによって、僕はこうして貴重な休日を男と一緒のお出かけに費やしているわけだ。うむ、不毛なことをしている感が半端ないな。


「で、今日買うのは、楠さんへの誕生日プレゼントだったよな?」

「そうそう。もうすぐマイの誕生日なんだよ」


 駅前で集合した直後、僕は金名に今日の目的を再確認した。

 金名の頼み事というのは単純明快で、来たる楠さんの誕生日に向けて、彼女へ贈るプレゼントを一緒に選んでほしいというものだった。

 恋人へのプレゼントに気合が入るという気持ちは、小手毬さんをこよなく愛する僕にも大いに分かるんだが、これが金名と楠さんの話だと少し事情が違ってくる。


「楠さんへの誕生日プレゼントって、金名は贈り慣れてるんじゃないのか?」


 そう、金名と楠さんは仲のいい幼馴染で、金名がナンパ野郎として浮名を流していた間も、その関係はしっかり維持されていたはずだ。楠さんの健気さによって。

 金名が万死に値するか否かは別として、楠さんから聞いた話からしても互いにプレゼントを贈る習慣はあったみたいだし、誕生日なんてそれこそ毎年のように贈り合っていたのだろうと容易に想像できる。

 そういった思いを込めた僕の質問に、金名は首を振って答えた。


「確かにマイには、何度も誕生日プレゼントを渡してるけどさ、今年は恋人になった年だから、もっと特別なものを渡したいんだよね」

「へえ……いい心がけじゃないか」


 元は彼女を悲しませていたナンパ野郎だったというのに、ずいぶんと殊勝になったものだ。

 まあ、別の女子をナンパする傍らで、楠さんに対しても一定の思いやりは見せていたみたいだから、根はこういうヤツだったんだろう。

 そういう態度を見せてくれるなら、協力するのは吝かではないんだが……。


「でも女子へのプレゼントだろ? 男の僕に聞くより、女子の意見を取り入れた方がいいんじゃないのか?」


 金名ならナンパ師時代の女友達が、学校に何人かいるだろう。

 そういう子たちに聞いた方が、いいプレゼントが見つかるんじゃないだろうか。

 しかし僕の案を聞いた金名は、妙に清々しい顔で笑い出した。


「はっはっは、バカなこと言わないでくれよ、真壁くん。他の女の子と出かけたりしたら、俺がマイに殺されちゃうだろ?」

「え、殺されるのか? 楠さんに?」


 いや、確かに楠さんは金名に対してだけは情熱的だけど、流石に浮気の疑惑が出ただけで命までは奪ってこないんじゃないかな。凄んできそうな気はするけど。

 ちなみにこれが小手毬さんの場合だと、おそらく僕の気付かないところで涙を流しながら、「きっと何か理由があるんだよね」とか言ったりすると思う。ヤバい、想像しただけなのに、小手毬さんに謝罪したい気分になってきた。


「まあ殺されるのは冗談だけどさ。でも碌な事にならないのは分かるだろ?」

「確かにそうだな、止めといた方が無難か」

「ああ。そんなわけで改めて、悪いけど今日は頼むよ」


 人懐っこい笑顔で言ってきた金名に、僕は頷き返した。

 ナンパ師だった頃は、ニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべていた金名だけど、楠さんと付き合うようになってからは、一転して気持ちのいい笑顔を見せるようになった。どちらかと言えば、こっちが金名の本来の笑顔なんだろう。


「あんまり期待しないでくれよ。こういうのは結局のところ、当事者じゃないと分からないものだからな」


 特に楠さんは、好みがとにかく金名由来に偏っている。

 金名が勧めたり、彼に贈られたものを、彼女の方も好きになるという形だ。

 あくまで今日の僕は、金名の疑問や不安を解消するための話し相手といった役どころだろう。


「いやいや、真壁くんには期待してるって。それに今日は、もう一人呼んでくれてるんだろ? 人数が多い方がいろんな意見が出るけど、俺の友達って軽い奴が多いからさ……」


 なるほど。金名はチャラついてからの友達が多そうだし、彼女のために真面目にプレゼント選びをするなんて言ったら、冷やかされそうだな。

 まあ、そんなこともあろうかと、今日は僕の方で助っ人を呼んである。

 断じて金名と野郎二人で出かけるのが、嫌だったというわけではない。


「向こうも、そろそろ来ると思うんだけどな……お、噂をすればってヤツだな」


 言いながら辺りを見回すと、こちらに向かって歩いてくる見知った顔があった。

 あちらも僕たちに気付いたらしく、近付きながらにこやかに声をかけてくる。


「おはよう、真壁くん、金名くんも」

「ああ、おはよう。急に呼び出して悪かったな――建山」


 僕が呼び出した助っ人とは、恋愛相談部ではすでに馴染みの客となった建山だ。

 恋人である小野寺さんと合わせて、通算二回の相談に乗っているし、最初の時は数日うちで放課後の時間を過ごしていたので、割と気安い関係である。

 小野寺さんが、いつの間にか小手毬さんや影戌後輩と仲良くなっていたこともあって、建山も彼女と一緒にうちに顔を出したりしているのだ。


「名前と顔は知ってたけど、建山くんと絡むのは初めてだよね。今日は俺のせいで面倒かけちゃって、マジでごめんね」

「あはは、いいよ別に。彼女さんのプレゼント買うんでしょ? 僕もいずれ参考にするかもしれないし、勉強させてよ」

「建山くん……真壁くんの友達なのに、凄く良いヤツなんだな」

「おい、それはどういう意味だ、金名?」


 和やかな初対面の挨拶を見守っているつもりだったが、急にディスられたので思わず口を挟んでしまった。

 さてはコイツも、僕の事を鬼畜眼鏡だとか思っている口だな?

 心外だ。僕が金名にした事なんて、楠さんにちょっかいを出した後、軽く腹パンで喝を入れた程度だというのに。あ、だからか。


「あはは……まあまあ、とりあえず立ち話もアレだし、歩きながら話そうよ」

「そ、そうだな! 二人とも、マイのプレゼントで意見があったら、どんどん言ってくれよな!」

「むう……ま、いいか」


 誤魔化された気しかしないが、あまり追及したところで時間がムダになるがけだろう。

 それに僕は、どこかの生意気な後輩のせいでディスられるのには慣れているのだ。悲しいことに。




 建山の提案通り、僕らは会話をしながらモール街を適当に見て回っていた。

 楠さんへのプレゼント選びをする上で、建山が彼女と金名の情報をあまり知らないのはマズいので、それについて話している形だ。


「へえ……金名くんと楠さんも、真壁くんのところに相談して付き合うようになったんだ」

「そうなんだよ。真壁くんには、マジでキツいのを貰ってさ……」

「ああ、分かるよ。真壁くん、たまに結構キツいよね」


 いや、これ僕への愚痴じゃないのか? もしかして。

 金名はともかくとして、建山に相談された時は、結構親切にしていたつもりなんだけど。


「建山の時って、そんなにキツく当たってたか?」

「いや、その後の真世さんの時がね……」

「ああ、そっちか」


 あの時は確かに、そこそこ煽った覚えはあるけど。

 あれは建山がヘタレたせいで小野寺さんが泣いていたから、ああいう対応になるのも仕方なくないか?

 というか、今は僕の話なんてしている場合じゃないだろう。


「それより楠さんの誕生日プレゼントだろ。なにか当てはないのか、金名?」

「んー……マイの好きなものは分かるんだけど、これっていう決め手がないんだよな。結構、幅広いジャンルが好きだし」


 幅広いっていうか、実質一択だと思うんだけど。

 しかし金名は理解できていないのか、イチゴミルクなどを筆頭に楠さんの好きなものの名前を並べ挙げる。

 その多種多様ぶりに、建山は目を丸くして驚いていた。


「本当に雑食っていうか……共通点がないものばかりだね」

「だろ? だから、いまいち決まらなくてさあ」


 うーん……あそこまで楠さんの好きなものを列挙できるのは、確かに見事なものだと思うけど、明らかに肝心な部分に気付いていないみたいだな。


「いや、金名は本気で気付いてないのか? 楠さんの好きなものの共通点」

「え、あれって何か共通点あるの?」


 建山の質問に、僕は頷いて返す。

 そして金名はといえば、何故か悔しそうな顔を僕に向けていた。


「おい金名。なんで僕を睨むんだ?」

「い、いや悪い。マイのことで俺が知らなくて、真壁くんが知ってることがあるっていうのが、ちょっと悔しくて……」

「ハァ……そんなことか」

「そ、そんなことって何だよ、真壁くん!」


 すっとぼけたことを言う金名に、僕は真実を教えてやることにした。別に悔しがらせて遊びたいわけでもないしな。


「確認したいんだけど、金名はさっき並べたものが楠さんの好きなものだって、どうやって知ったんだ?」

「え、それはマイにあげた時とかに、めちゃくちゃ喜んでたからだけど」

「それだよ、共通点は」

「それ……? え、何が?」


 金名はまだ分かっていないらしく、目を白黒させている。

 一方でその隣の建山は「ああ」と声を漏らした後、ニヤニヤした顔で金名の様子を眺め始めた。どうやら建山の方が、先に真相に辿り着いたらしいな。

 僕どころか、楠さんと碌に面識のないはずの建山にまで先を越されて焦ったのか、金名はうんうんと唸り声を上げる。


「ええ……? 何だろ。俺がマイにあげて……あっ!」


 しばらく悩んだ後、答えに思い至ったらしい金名は、そこでようやく僕と建山からニヤけ顔で見られている事に気付いたようだ。

 途端に恥ずかしげな顔になり、それを隠すように手で覆ってしまった。


「うわ……マジで? もしかしてマイって、俺があげたものを『好き』って言ってくれてるわけ……?」

「もしかしなくても、そうだよ。付き合っても相変わらず鈍い奴だな、金名は」

「いやー愛されてるねえ、金名くん。僕も見習わないとね」

「ちょ、建山くんまで……からかうのは止めてくれよ……!」


 まったく……おそらく相当昔から、こんなにも愛されていたというのに、よくもまあ楠さんを放置するような真似が出来たものだ。

 金名が反省しているのは分かっているから、敢えて口にはしないけど。


「分かったみたいだから言うけど、結局のところ楠さんは金名が一番なんだよ。だからやっぱり何を贈るかより、金名が贈ってあげる事が一番重要だと思う。何なら一緒にデートでもして選べば、それが一番喜ぶんじゃないのか?」

「そ、そうかも……うわー、マジか。マイって、ちょっと可愛すぎない……?」

「確かに実情を知ると、凄く可愛いよね。僕と真世さんは最近になってからの付き合いだから、そういう思い出が多いのは素直に羨ましいよ」


 僕から見ても楠さんの最も可愛いポイントだというのに、肝心の彼氏が今日まで全く気付いていなかったとは、何とも皮肉な話だ。

 まあ無事に知れたのだから、これでいっそう好きになってしまえばいいだろう。


 それにしても、無事に相談が解決したのはいいけど、その方法が「楠さんとデートして選んでやれ」というものだったせいで、僕と建山がこうして出張ってきた意味があったのか、すっかり怪しくなってしまった。

 金名と楠さんの付き合いの長さを羨んでいる建山を見ると、こうして呼び出したせいで小野寺さんとの仲を深める時間を、意図せず邪魔してしまったような気分になってきた。


「悪かったな、建山。何か呼び出したのが、ムダになったみたいなオチで。休日なんて、それこそ小野寺さんとの思い出を増やす、絶好の機会なのに」

「え? ああ、さっきはあんな風に言ったけど、別に気にしなくていいよ。真世さんとは普段から仲良くしてるし、それに真壁くんや金名くんと遊ぶのだって、十分楽しいからさ」

「……そうか。そう言ってもらえると助かるよ」


 少し前はヘタレだったのに、すっかり男前になってしまったようだ。

 金名も今の建山の発言には感動したらしく、キラキラした目を向けている。

 

「建山くん、超いい人じゃん! よーし、俺のために来てもらったんだし、今日の昼は奢るよ! もちろん真壁くんもな!」

「お、言ったな? そういう話なら、遠慮はしないぞ。建山も今日はカロリーの事なんて気にせず、二人で金名の財布をすっからかんにしてやろう」

「あはは。楠さんのプレゼントを買うお金くらいは、残しておいてあげないと」


 このまま昼食の流れになったので、三人で何を食べたいか話し合いながら移動する。

 すっからかんは冗談だとしても、せっかくの奢りなので少しくらいは豪華なものを希望してもいいだろう。金名が音を上げたら、手加減してやってもいいけど。


 男三人……むさ苦しくて、昨日時点では正直あまり乗り気ではなかったけど、なかなか悪くない休日になりそうだ。

 そんな風に、らしくもなく浮かれていたせいか、僕はその後に建山が呟いた言葉を完全に聞き逃してしまっていた。


「真世さんにも言われたしね。『男三人の濃厚な絡みを期待してる』って」

次回は謎の美少女視点になります。

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