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60.茅ヶ原 有瀬は卵が割れない⑥

「お、俺は……有瀬姉と」


 茅ヶ原先生に向けている感情について僕から問いただされた門脇は、間違いなく何かを言いたそうにしながら、それをハッキリと口に出来ないでいた。

 まあ、生徒と教師という関係上、たとえ付き合えても大っぴらには出来ないし、言葉にするのを躊躇ってしまう気持ちは、分からないでもない。

 それでも、ここでそれを口に出来ないようなら、きっと門脇の想いは成就することはないだろう。


「茅ヶ原先生と? どうしたいんだ? ああ、聞いといてアレだけど、別にムリに言ってくれなくてもいいぞ」


 だから僕は、いつも通り相手の感情を煽ることにした。

 仮に先生と両想いになれたとしても、お互いの両親や周囲の人間など、二人の関係に口を挟んでくるであろう相手は数多くいるのだ。それなりに強い意志を持っていなければ、最後まで添い遂げるなんて不可能だろう。


 僕がお約束の流れに入ったのを見て、横で女子二人がひそひそ話をしていた。


「ああいうところが鬼畜っぽいんですよね、真壁先輩って」

「でも、ああしてる時の真壁くんって、凄く格好よくない?」

「……まあ、私は真相を知っているので、あまり悪くは感じませんが」

「ふふふ、そうだよねー。格好いいよねー」

「いえ、あくまで悪くないという話でして……」


 ……恥ずかし過ぎる。聞くんじゃなかった。

 いや、影戌後輩から格好いいと思われているのは、先輩冥利に尽きるんだけど。

 小手毬さんは後で甘えた後、お礼に僕からもめちゃくちゃ甘やかします。


 僕の目の前にいる門脇には、二人の会話は聞こえていなかったらしい。どう見ても、いっぱいいっぱいになってるからな。

 自分が煽られたことは分かるらしく、眉を吊り上げて僕を睨んできた。


「なんすか、それ……? なんで無関係の先輩に、有瀬姉とのことでゴチャゴチャ言われないといけないんすか……?」

「あ、あれ、真壁くん? なんか門脇くん、凄く怒ってない……?」

「そうだね。ちょっと煽り過ぎたか」

「ええ……? 『そうだね』って、そんな暢気な……」


 急激に物騒な雰囲気に変わった門脇を見て、小手毬さんは慌てて僕の肩を揺さぶってきた。うん、小手毬さんはこういう状況に耐性なさそうだよね。

 影戌後輩はどうかと言えば、落ち着いた様子で……後ろから僕の背中を突いていた。


「大丈夫ですか? ちゃんと収拾付くんですよね? この鬼畜眼鏡」

「その語尾、本当に必要だったか……?」


 まあ、影戌後輩からすれば、僕が無神経に門脇を煽って怒らせたようにしか見えないだろうから、そう言われても仕方ないんだけど。そもそも見えるも何も、実際に煽って怒らせたわけだしな。

 責任を取って、この場を収めないと。


「まあまあ。落ち着いてくれよ、門脇」

「……俺は落ち着いてます。先輩が煽ってきたんじゃないっすか」

「ですよね。真壁先輩が悪いです」

「ごめん。影戌後輩は、ちょっと静かにしててくれる?」


 この子は本当に、隙あらば俺を貶そうとするなあ。やはり愛情表現だろうか。


「門脇。煽るようなことを言ったのは悪かったと思うけど、僕なりにお前のことを思って口を出したつもりなんだよ」

「俺の……? どういう意味っすか?」

「ひとまず、お前が茅ヶ原先生のことを好きだと仮定して、話を進める」

「いや、それは……まあ、いいっすけど」


 明らかに物申したいという顔の門脇だったけど、実際に口には出さなかった。

 あくまで仮定の話であると、しっかり前提を聞いてくれているようだ。


「影戌後輩。もし門脇が先生とめでたく恋人関係になれたとして、その後にどんな問題が起こると思う?」

「え、私ですか? 唐突ですね……えっと、問題ですか……」


 僕の急な質問に驚いた影戌後輩だったけど、流石の落ち着きで考え始めた。

 そしてすぐに答えが出たらしく、ゆっくりと口を開く。


「まず、学校の人間には隠さないといけませんね。先生方は当然ですけど、生徒側も迂闊に話すと噂になってしまう可能性がありますから」

「その通りだ。――じゃあ、小手毬さん。他にはどんな問題があると思う?」

「ええ? 今度は私? えーっと、そうだなあ……」


 影戌後輩に続いて小手毬さんにも話を振ると、困った顔で首を捻った。

 悩む彼女の姿もとても可愛いと絶賛したいところだけど、残念ながら今は非常に真面目な場面なので、断腸の思いで堪える。


「うーん……門脇くんには申し訳ないんだけど、どっちのご両親も賛成してくれるか分かんないよね。年の差とかあるわけだし」

「うん、僕も同じ意見だよ。流石は小手毬さんだね」

「……そう? 真壁くんと一緒なら、大丈夫かな」


 正解のご褒美に、後で抱き締めてあげよう。

 ……僕のご褒美じゃないかって? その通りだけど、何か問題が?

 小手毬さんも喜んでくれるし、完全にWin-Winの関係じゃないか。


 もちろん遠回しに小手毬さんを抱く理由を作るために、わざわざ女子二人にこんな質問したわけではない。別に理由を作らなくても、小手毬さんは拒まないし。

 この質問は、あくまで僕以外の人間でもそういう可能性を考慮して然るべき、という事実を門脇に認識してもらうためのものだ。

 僕の意図は伝わったようで、門脇は神妙な表情で黙り込んでいる。


「どうだ、門脇? 二人の関係を実際に見た事ない僕らでも、このくらいの問題はすぐに出てくるわけだけど、考え過ぎだと思うか?」

「……いえ、思わないっす」

「もしお前が先生とそういう関係になる気が無いなら、将来的にはお前が傍にいるのは残念ながら先生にとってマイナスになる」

「……分かってますよ、そんなこと」

「だけど、そういう関係になったとしても、こうして色々な問題が待ってるんだ」

「分かってるって言ってるじゃないっすか!」


 僕の言葉に耐えきれなくなった門脇は、俯いて声を荒げた。

 僕の隣で、小手毬さんが驚きからびくりと震えたのが分かる。

 まったくコイツは……小手毬さんを怖がらせるんじゃないよ。


 そんな僕らの様子には目もくれず、門脇は俯いたまま叫び続けた。


「そんなこと、ずっと前から分かってるんすよ! 有瀬姉をただの『姉ちゃんの友達』だと思えなくなった時から!」


 茅ヶ原先生から聞いたところによると、先生は門脇のお姉さんとは中学時代からの友人で、門脇が幼稚園児の頃に初めて会ったらしい。

 そのまま友人関係は長く続き、門脇にとって先生は「もう一人の姉」のような存在になっていった。そして、それだけでは終わらなかったということだ。


「『有瀬姉』のために家事やってる振りして、ただ俺が傍にいたいだけだったんだ! 本当は俺がいつか邪魔になるのだって分かってる! 有瀬姉のことを本当に思うなら、自立させるべきだってことも! でも俺は、こういう形でしか有瀬姉の傍にいられないんすよ!!」


 顔を上げないまま、門脇は心の奥に眠らせていた想いを赤裸々に叫ぶ。

 僕の横にいる小手毬さんは、そんな彼の様子を見て息を呑んでいる。きっと後ろにいる影戌後輩も、深刻そうな顔をしているのだろう。

 だから僕は、愛する小手毬さんと可愛い後輩にそんな顔をさせないためにも、門脇の悩みをここで解決してやらないといけない。


「そうだな。分かってるなら、どうする? 先生に家事を教えて自立させるか?」

「……嫌っす」


 僕の言葉を、門脇はハッキリと拒絶した。

 そうそう、それでいいんだよ。そのくらい言えないと、これから先生と恋人になっても、とてもやっていけないぞ。


「俺はやっぱり有瀬姉の傍を離れたくないっす。誰に何を言われたって、俺は有瀬姉が好きっすから。それに……」

「……それに?」


 ようやく先生への素直な気持ちを吐露した後、門脇は少し言い淀んでから口を開いた。


「有瀬姉に家事を教えるのは、俺にはムリっす」

「……ん? どういう事だ? いや、教えたくないってのは分かるけど」


 僕が尋ねると、門脇は「そうじゃなくて」と首を振った。

 その表情は、何故だか手のかかる子供を可愛がる親のようにも見える。

 そして門脇は妙に清々しい笑顔で言った。


「有瀬姉の不器用さは、俺には手に負えないっす。昔、少しくらい自分でやれた方がいいと思って教えたんすけど、わざとやってんのかと思うくらい酷かったっす」

「え、そんな酷いのか? 茅ヶ原先生って」

「マジで酷いっす。あれで他のことはしっかり出来るのが、不思議なくらいっす」

「そ、そうなのか……」


 いや、まあ先生が相当な不器用だっていうのは、話を聞いて分かってたけど。

 親だけじゃなくて、男子高校生にも匙を投げられるレベルで酷いとは……。


 なんだか、さっきまでの真面目な空気が緩んでしまったけど、とりあえず僕が門脇に伝えたかったことは、しっかり伝えておこう。


「えっとだな、門脇。僕が言いたかったのは、先生と一緒になりたいなら障害は多いから、それを乗り越えられる気概を持てって事だ。正直、ここまで先生の世話を焼いてきたお前の気持ちを、僕だって無碍にはしたくないしな」

「真壁先輩……そうだったんすね……!」


 僕の言葉を聞いて、門脇が目を輝かせた。

 どうやら上手いこと、その気になってくれたらしい。

 門脇はそのまま立ち上がって、高らかに宣言した。


「……よし! 真壁先輩。俺、有瀬姉に告白します!」

「お、やる気になったか?」

「はい! 先輩たちと話して、改めて自分が有瀬姉を好きだって分かりました。それに有瀬姉には、やっぱり俺がついてないと!」

「……そうか。それじゃあ、もう僕から言うことは何もないな」

「はい、ありがとうございました!」


 最後に礼を言うと、門脇は意気揚々と部室を出て行った。

 ほんの少しだけ予定とは違う部分もあったけど、告白する決心をしたのはいい事だ。どんな結果になるにせよ、これで門脇は前に進めるだろう。

 後はもう一人にも、進んでもらうだけだ。



「で、あなたはどうするんですか?――茅ヶ原先生」



 僕は部室の奥――窓際の部長席に向かって、声をかけた。

密かに公開処刑されていた先生でした。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 年の差カップル、ましてや片方が学生なら色々と制約も多くなるし、 互いに今やるべきことに専念したら、どうしたって不憫を強いることになってしまいますからね… 長い積み重ねを経た門脇くんの…
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