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58.茅ヶ原 有瀬は卵が割れない④

 茅ヶ原先生から顧問になる事を聞かされ、流れで先生の恋愛相談も受けた翌日。

 僕は小手毬さんと――行き先が一年生の教室という事で案内役を頼んだ影戌後輩を伴って、先生の世話を焼いているという男子生徒を探しに来ていた。


 先生は「あの子はそういうのじゃないんだけど……」としきりに言っていて、異性としては意識していないみたいだったけど、僕に言わせれば男子高校生がなんの下心もなく成人女性の世話を焼くとは、とても思えない。

 常日頃から真剣に小手毬さんとの将来を考えている僕ですら、たまに「もう将来設計とかどうでもいいから、さっさと事実婚でいいじゃん」と思ったりするのだ。

 何かしらの下心があった方が、逆に健全と言えるだろう。


 まあ、流石に恋愛感情があると決めつけるのは短絡的かもしれないけど、少なくとも数年にわたって自主的世話を焼く程度には先生に対して好意を持っているようだし、先生の婚活をサポートするにしろ話くらいは聞いておきたいところだ。


「先輩方、ここが1-Bですが、その男子はここにいるんですよね? 私が中に入って探してきますか?」

「いや、話は通ってるはずだ。えっと……あ、いたいた」


 先生を「通報」の二文字で脅して得た情報によると、(くだん)の男子生徒は1-Bに所属しているらしい。

 同学年とはいえ、男子生徒のアポを取るのを影戌後輩に頼むのは申し訳ないと思っていたんだけど、都合のいい事に男子の知り合いがいるクラスだったので、事前に連絡しておいたのだ。


 その相手は僕の頼みをしっかり遂行してくれたらしく、教室の中で他の生徒と話しているところが見えた。おそらく一緒にいるのが、件の男子生徒だろう。


「あ、真壁先輩!」


 僕を見つけて駆け寄ってきた彼に対して、こちらも声をかけた。


「顔を合わせるのは久しぶりだな――釘原」

「はい、お久しぶりです!」

「今日は急なお願いで悪かったな、助かったよ」

「いえ、先輩には天乃さんの件で、いつもお世話になってますから!」


 僕がアポイントを任せた相手は、目の前にいる男子生徒――「氷の女王」と呼ばれる生徒会長・水澤 天乃先輩の彼氏である釘原 徹だ。

 釘原とは水澤先輩との仲を後押しして以来、連絡を取り合っている。

 さっき向こうが「いつもお世話になってます」と言ってきたのは、彼氏として先輩を甘やかす方法を時折伝授しているからだ。


「先輩とは最近どうなんだ?」

「順調ですよ! この間は先輩のアドバイス通り、耳掃除もしてもらいました!」


 うんうん。僕の教えをしっかり実践しているようだな。


「お、いいじゃないか。する方はやったのか?」

「え! す、する方ですか? それは流石に……」

「おいおい、耳掃除はする方もあってのものだぞ。水澤先輩が恥ずかしそうに耳掃除される姿を、見たいとは思わないのか?」

「み、見たいです……!」

「よし、後で手順を考えてやろう。先輩はあれで割とチョロいから簡単だろう」

「そこが可愛いんですけどね」


 キラキラした笑顔で言う釘原。

 よく分かっているヤツだ。そう、チョロい女の子は可愛いのだ。

 後で釘原が先輩にどんな感じで甘えているのか、しっかり話を聞いておこう。

 彼はまだ未熟だけどなかなか見所のあるヤツなので、僕が小手毬さんとイチャイチャするのに役立つヒントが得られるかもしれない。


「……真壁先輩、私と美薗先輩の知らないところで、こんな事をしてたんですね」

「なんか楽しそうだね。真壁くんって、簗木くん以外の男の子と仲良くしてるの珍しいから、ちょっと安心したかも」

「……そういう純粋なところが、美薗先輩のいいところだと思います」


 なにやら女子二人が話しているけど、聞き流しておこう。

 今は釘原と語り合うのが先決だ。……いや、他に用があったな。


「あの、先輩ですよね? 俺に用があるって聞いたんすけど……」

「あ、悪い門脇(かどわき)、つい話し込んでた。真壁先輩、コイツが先輩の探してたヤツです」


 さっきまで釘原の後ろに引っ込んでいた男子生徒が、痺れを切らして僕に声をかけてきた。

 なるほど。彼が話に聞いていた、茅ヶ原先生の弟分か。


「急に押しかけて悪いな。二年の真壁だ」

「どうも……門脇 広哉(かどわき ひろや)っす」


 男子生徒・門脇は名乗りながら、訝しげな目を向けてくる。

 まあ、クラスメイトを通じて事前にアポを取っているとはいえ、見知らぬ先輩から「話がある」と言われて緊張しない一年生はいないだろう。


「あの……なんの用すか? 俺と先輩って、会ったことないですよね」

「まあ、そう警戒しないでくれよ。物騒な話をしたいわけじゃないからさ」


 場合によっては、門脇には都合の悪い話になるかもしれないけどね。

 今のうちから警戒心を強められると面倒なので、そこまでは言わないでおく。


「とりあえず、助かったよ釘原。悪いんだけど、後はこっちで話したいから席外してもらってもいいか?」

「あ、はい、分かりました! また今度、よろしくお願いします!」


 釘原が門脇と先生の関係をどこまで知っているのかは分からないけど、ひとまずは席を外してもらった方がいいだろう。

 門脇を呼び出すためだけに使ってしまって申し訳ないと思ったものの、釘原は大して気にした様子もなく、笑顔でその場を離れて行った。水澤先輩の件が終わった後、釘原にも僕らの部活については説明しているので、今回もその用事だと察しているのかもしれない。


 一方、自分に声をかけたクラスメイトがいなくなってしまった門脇は、一気に不安そうな表情になって僕らの方を窺っていた。まあ、見様によっては釘原が先輩相手に、自分を差し出したように見えなくもないよな。

 円滑に話をするために、まずは門脇の緊張と不安を取り除く必要がある。

 僕が目配せをすると、後ろに控えていた小手毬さんと影戌後輩が前に出てきて、門脇に声をかけ始めた。


「えっと……私は二年の小手毬だよ。よろしくね、門脇くん」

「あ、はい……よろしくお願いします」

「私は同じ一年ですけど、話したことはないですよね。影戌です」

「あー、何度か見たことはあったと思うけど、話したことはないな……え? これって何の集まりなわけ?」


 事前に打ち合わせていた通り、同学年の影戌後輩と小動物の小手毬さんをメインに話を進めてもらう。

 よく分からない男の先輩よりは、この二人相手の方が話しやすいだろう。


「私たちは恋愛相談部という部活です。そこの鬼畜……真壁先輩が部長を務めています」

「……きちく?」

「おいこら、影戌後輩」


 話が進むまで口は挟まないつもりだったけど、ついツッコミを入れてしまった。

 どうしてこの後輩は、息をするように僕を鬼畜扱いするんだろうか。

 最近は割と懐かれている気がするのに、そういうところは改善されないんだな。

 これはこれで、彼女なりの愛情表現みたいなものなんだろうか。実際に聞いてみても、素直に答えてはくれないだろうけど。


「冗談ですよ。場を和ませるための、ジョークというヤツです」

「本当かよ……」

「なんか影戌ってクールなタイプに見えたけど、意外と面白いんだな」

「ふふん。どうですか、真壁先輩?」


 意外に門脇には好感触だったらしく、影戌後輩が「ドヤァ」という顔を見せる。

 まあまあウザイが、警戒を解くという役目は果たしているので文句は言わない。

 そんな僕たちの様子を見ながら、門脇はさらに言葉を続けた。


「先輩とも仲良さそうだし。ちょっと兄妹みたいに見えるかも」

「はい? こんな軟弱眼鏡が私の兄ですか? 冗談はやめて下さい。私の兄なら、金剛力士像の如き肉体を持っていないと認められません」

「いや、影戌後輩の兄なら遺伝的に、そっちの方が難しくないか?」

「もう、真壁くんも知麻ちゃんも。完全に話がずれてるよ?」


 おっと、そうだった。小手毬さんに指摘されて、門脇の方を見る。

 最初の緊張はだいぶ解れているようだけど、今度は目の前で先輩後輩の漫才が始まったので、動揺しているようだ。僕は漫才始めたつもりはないんだけどね。


「悪い悪い。ここだとアレだから、ちょっと場所を移そうか」

「場所を? な、なんの話っすか、一体?」


 うむ、問答無用で断らないあたり、やっぱり会話の効果は出てるな。

 それじゃあ、そろそろ詳しい話を聞かせてもらいますかね。


「何って、茅ヶ原先生の話だよ。よく知ってるだろ?」

「えっ?……な、なんの話だか……」

「いいからいいから。それじゃあ悪いけど、ちょっとついてきてくれ。小手毬さんと影戌後輩も、行こうか」


 茅ヶ原先生の名前が出た途端にしらばっくれようとした門脇に取り合わず、僕は落ち着いて話すための場所――恋愛相談部の部室へと歩き出した。声をかけた女子二人も、僕についてきてくれている。

 そんな僕らの様子を見た門脇は、少しだけ悩むような素振りを見せた後、大人しく僕らの後を追うことに決めたのだった。

もちろん門脇くんは、先生との関係で脅されるのではないかと誤解しています。

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