54.次期部長・影戌ちゃんと乙女の花園
「でも本当によかったね、真世ちゃん。建山くんと恋人同士になれて」
「ええ、これも知麻ちゃんのおかげだわ。もちろん美薗ちゃんにも、ずいぶん助けられてたみたいだけど」
「私はただ真壁くんのお願いを聞いただけだよ」
目の前で繰り広げられている会話に耳を傾けながら、私は数分前に注文したハーブティーを口に含みました。……癪ですけど、真壁先輩に淹れていただいた方が私には合っていますね。お店の商品ですから、決して不味いわけではないのですが。
現在、私と美薗先輩、そして真世先輩は、学校から程近い場所にあるカフェにて、女子会を開催しています。
参加者は三人だけなので言うほど立派な会ではありませんが、美薗先輩も真世先輩もタイプは違えど美人なので、そこそこ目立っているのが分かります。
この店は男性だけで入るような雰囲気ではないので、不躾な視線がないのはありがたいですね。
先日行われた建山先輩の告白練習は、私の思惑通り本番の告白となり、真世先輩は無事に建山先輩とお付き合いすることになりました。
あの日は真世先輩たちと詳しい話をするのは野暮かと思ったので、数日が経った今、こうして報告を兼ねて女子会を開催したわけです。
ちなみに今回の件で真世先輩は私たちに大いに感謝しているようで、すっかり打ち解けた雰囲気になっています。先程からお互いのことを名前で呼んでいるのも、真世先輩の希望によるものです。
「でも知麻ちゃん。勝くんが私の正体に気付いてるって、よく分かったわね。後で勝くんに聞いたけど、打ち合わせしてたわけじゃないんでしょう?」
「いえ、私も分かっていませんでしたよ。あれは建山先輩が気付いていようがいまいが、どちらでも良かったので」
「どっちでも良かった?」
先日の告白練習の際、実は建山先輩は最初から寺野さんの正体が小野寺さんであると気付いていました。
まあ、カツラや伊達眼鏡があったとはいえ好きな相手ですから、雰囲気や仕草でそのくらいは分かっても不思議ではありません。
建山先輩としては、わざわざ自分のために変装までしてきた真世先輩の意思を汲んで気付かない振りをしていたようでしたが、最終的には真世先輩の方が感情を抑えきれなくなって、あの告白に至ったというわけです。
「私が予想していた結果は、大きく分けて三つです」
一つ目は建山先輩が真世先輩の正体に気付いて、自分の告白練習に協力してくれる=自分に好意があると確信を持つというもの。
二つ目は正体には気付かないまま普通に練習を終えて、自信を持って真世先輩への本番の告白に挑むというもの。
「そして三つ目は、建山先輩の告白練習の相手をした真世先輩がその気になって、自分から建山先輩に告白するというものです」
カースト差を気にしていた建山先輩の不安を取り除く最良の方法は、どう考えても真世先輩の方から告白することでしたから。
私がそこまで説明をすると、美薗先輩と真世先輩は感心したような表情でこちらを見てきました。
「じゃあ私は、まんまと三つ目のルートを選んだってわけね。まさか後輩にここまでしてやられるとは、思ってもみなかったわ。そういえば知麻ちゃん、途中で勝くんの告白を煽ってたわね」
「凄いねー、知麻ちゃん。真壁くんみたい!」
「あ、ありがとうございます」
美薗先輩から「真壁先輩みたい」と言われて、思わず苦笑してしまいました。
美薗先輩の性格を考えると最大の賛辞なのだと思いますが、私としてはあの先輩のようだと言われても素直に喜びづらいです。
いえ、まあ私もいまさら真壁先輩のことを本気で性悪だとは思っていませんし、今回の告白が終わった後に先輩から「流石は影戌後輩だな」と言われた時は誇らしい気持ちになりましたが、あの人はどうにも建山先輩を煽ったような場面で生き生きとしているんですよね……。本人は気付いていないみたいですが。
「それにしても、クラスでの私と勝くんの扱いもビックリしたわ」
私が複雑な気分になっていると、真世先輩も複雑そうな表情になっていました。
どうも聞くところによると、真世先輩は建山先輩と恋人関係になったことについて、クラスで盛大に祝われたとのことです。
「皆でお祝いしてくれたんでしょ? 良かったね、真世ちゃん」
「それはそうなんだけど……結局、私が誰よりもカーストだなんだって気にしてたのね。『高嶺の花』なんて言われて、思い上がってたんだって実感したわ」
「そういうものですよ。自分のことは、意外に自分が一番分かっていないものです」
「あはは。後輩なのに、知麻ちゃんが一番大人みたいだね」
「本当、そうよね」
建山先輩は「高嶺の花」である真世先輩と自分が釣り合うのか気にしていましたし、真世先輩も自分と建山先輩が付き合った場合に周囲がどういう反応を見せるのか、内心では不安がっていた部分もありました。
結局、それを気にしていたのは当人たちだけで、周囲は二人の気持ちに気付いて「早く付き合えばいいのに」と思っていたというのは、まさしく笑い話ですね。
「ま、それもこれまでの話よ。これからは堂々と勝くんとイチャイチャ出来るわ」
「いいねえ、建山くんとはどんな感じなの? 真世ちゃん」
「一昨日、うちに遊びに来てもらったわよ。両親もいたから、勝くんったら凄く緊張しちゃって……」
そう言うと真世先輩は、思い出し笑いを浮かべました。
対して美薗先輩は、羨ましそうな顔を真世先輩に向けています。
「ご両親に挨拶かあ……まだ真壁くん、うちに来たことないんだよね」
「そうなの? あなたたちなら、頻繁に行き来してそうだけど」
「なんだか、あの部室が私たちの家みたいな感じがするっていうか……。だから私も、まだ真壁くんの家に入ったことないの」
「……一応、私も部員なんですが」
「あ、もちろん知麻ちゃんも、家族の一員だからね!」
「いえ、そういう事が言いたいわけでは……」
まあ、部室がお二人の愛の巣になっているのは認めますが、くれぐれも行き過ぎた行為に走らないよう、気を付けていただきたいものです。
「知麻ちゃんはどう? 唐変木……ええっと、簗木くんとは」
「とうへん……? いえ、篤先輩とは順調ですよ。トレーニングのパートナーという面もありますから、お二人とは少し違うかもしれませんが、たまに甘えさせていただいたりもしています」
「知麻ちゃんが甘えてるところかあ。可愛いだろうなあ……」
「可愛いかは保証しかねますが……」
美薗先輩だけでなく、篤先輩も時々「可愛い」と言ってくれますが、私はどうにも捻くれていますので、本当に可愛く見えていると自分で自信は持てませんね。
一応、篤先輩に対しては、かなり素直に接しているつもりですけど。
なんというか、「可愛い」という点においては他の追随を許さない先輩が、私の身近にはいますからね……。
「私は真壁くんの家には行った事ないけど、最近は真壁くんとよく不動産の情報誌を見てるよ。『こんな家に住みたいね』って話すと、楽しいんだよね」
「ああ、そういえばやってたわね……この間も」
キラキラした笑顔で語り始めた美薗先輩に対して、真世先輩は少し疲れたような笑顔を見せました。美薗先輩は、特に違和感は持っていないようですが。
まあ、気持ちは分かります。美薗先輩たちって、将来一緒になることが当たり前のように話すんですよね。まだ高校生だというのに。
お互いに別れようとする姿が想像できないのも、事実なんですけど。
「あの……こんなこと聞いてもいいのか分からないんだけど……」
「なあに? 真世ちゃん」
おもむろに真世先輩が、少し言い出しづらそうな様子を見せました。
なんでしょう、そこはかとなく嫌な予感が……。
「二人とも、その……彼氏とは、どこまで行ってるの?」
「……えっと、どこまでというのは」
「もしかして、そういう意味?」
美薗先輩から遠回しに質問されて、真世先輩が恥ずかしげに頷きます。
「や、やっぱり私たち高校生だし、そういうの何もないってわけにはいかないと思うの。男の子の方だって、その、したがるかもしれないでしょ?」
いやいや、ちょっと待って下さい。
さっきまでの平和な女子会は、一体どこに行ってしまったんですか。
そういう下世話な話題は、まあ、き、気にならないと言うと嘘になりますが、こんなお洒落なカフェで話す内容ではないような……。
何より、私としては聞きたくない話が出てきそうで、非常に恐ろしいです。
「えーっと、そう、だね……」
ほら、見て下さいよ。美薗先輩の、この真っ赤な顔。
どう見ても「何かあります」と言わんばかりじゃないですか。
万が一、「実は部室で……」とか言われたら、私は明日からどんな顔をしてあの部室に行けばいいんですか?
「わ、私と真壁くんはね……」
「ふ、二人は……?」
「あわわ……」
美薗先輩がポツポツと話し始めて、真世先輩は身を乗り出すような姿勢でそれを聞こうとしています。お願いですから、もう少し興味を隠して下さい。
かく言う私も、部室が爛れた情事の現場になっている話など聞きたくないと思いつつ、やはり年頃なので好奇心も捨てきれずにいます。……いえ、だって気になるじゃないですか。私だって、いつかは参考にするかもしれませんし。
ゴクリ、と唾を飲んだのは、果たして誰だったでしょうか。
真世先輩かもしれないし、私だったかもしれません。
ふと思い出したのは、かの不埒者を精神的に痛めつけた時の、真壁先輩と美薗先輩の発言でした。
あの時は二人揃って「抱く」だの「優しくする」だのと、紛らわしい言い方をするものだと思いましたが、あれは実話でつい口が滑ったのだとしたら……?
私が胸の高鳴りを感じていると、ついに美薗先輩が口を開いて――。
「や……」
「や!?」
「やっぱり恥ずかしいから、内緒!」
「……ええ?」
これからというところで、お預けを食らう羽目になりました。って、これでは私が興味津々だったみたいじゃないですか。
いえ、でもこう中途半端なところで止められると、流石に気になりますね。
「ご、ごめんね? でも、やっぱりそんなこと言えないよぉ」
相変わらず真っ赤な顔で、ブンブンと首を振る美薗先輩。
その仕草はとても愛らしくて、真壁先輩がたまに気持ち悪くなるのも無理はないと思うのですが、せめてやっていないなら否定していただきたいものです。
おかげで私と真世先輩は、真相が気になって仕方がないというのに。
私が真世先輩に目を向けると、向こうもこちらをジッと見ていました。
どちらともなく頷き合い、無言のコンタクトが成立します。
「こうなったら根掘り葉掘り聞くわよ、知麻ちゃん!」
「そうですね。この際ですから、とことんまで聞かせていただきましょう」
「ええっ? や、止めてよ二人とも、恥ずかしいよぉ」
こうして私と真世先輩による、美薗先輩への尋問が始まりました。
とりあえず美薗先輩は意外に強情で、最後まで口を割らなかったとだけは言っておきましょう。
こういうのも、女子会の醍醐味なんでしょうかね。
これにて小野寺さん編その2は終了となります。
今のところ男子会の予定はありません。