52.小野寺 真世、再び④
両想いが発覚した小野寺さんに告白できない、などと泣き言をいう建山を煽り倒し、後輩からいつものように鬼畜眼鏡と罵られながらも、どうにか建山をその気にさせることに成功した。
……罵られるのが日常風景って、ちょっと酷くないか?
まあ、それはそれとして建山がやる気になったなら、後は告白して一件落着と言いたいところだったんだけど、ヘタレ野郎は告白の練習がしたいらしい。あ、普通にヘタレって言ってしまった。
「練習って……どうするんだよ? 僕らが協力する事なんてあるのか?」
「と、とりあえず女子相手に告白する緊張感には、慣れておこうかと……」
「女子相手にって……」
なんか物凄く嫌な予感がするんだけど。
「具体的には?」
「えーっと、じゃあ小手毬さんに相手役をしてもらって――」
「ぶっ〇すぞ、お前」
「ひぃっ!?」
おっと、思わず口から漏れてしまった。
鳶田の時だって、心の中で言うだけだったのに。
僕の言葉に怯えた建山は、続けて影戌後輩に視線をスライドさせた。
そっちはそっちで、色々な意味でチャレンジャーだと思うぞ……。
「じゃあ、えっと、影戌さんは……」
「貴方が益荒男に挑む勇気があるなら、別に構いませんが」
「……よく分かんないけど、止めときます」
僕もそれがいいと思います。
建山はヘタレとはいえ、僕も友人の一人だと思っている。いかに鬼畜眼鏡と言われる僕でも、友人がゴリラ相手に命を散らすところなど見たくはないのだ。
「えーっと……それじゃあ、他に誰か心当たりはいないかな?」
「うーん、心当たりって言われても……」
「良く知らない先輩男子の告白練習に付き合うのは、難しいですね」
建山からの質問に、小手毬さんと影戌後輩は難しい顔になる。
小手毬さんが頼る女子として、一番最初に思い浮かべるのは信楽さんだろうけど、彼女はこういう事には協力してくれないだろう。というか、どうもうちの部室を邪悪な鬼畜の巣窟だと思っている節があるので、ここに来てくれるかすら怪しい。……って、誰が邪悪な鬼畜だよ。
影戌後輩の方は、もっと難しいだろう。
彼女の交友関係については幼馴染の水澤先輩しか知らないけど、彼女は問題外としても同学年の友達を建山の告白練習の相手にするのは、流石に気が引ける。
後は僕だけど、個人的な付き合いのある女子なんて小手毬さんくらいだ。
そして今後も小手毬さんさえいてくれれば、それでいい。
そうなると部活関係になるんだけど……。
楠さん……金名にベタ惚れだから無理だな。
二ノ宮さんと内倉さん……あの二人に頼むのは、なんとなくマズい気がする。
そこまで考えたところで、ソファーを立った影戌後輩が僕の方に寄ってきた。
「真壁先輩、実は思い付いたことがあるんですが……」
「思い付いたって、建山の練習相手が?」
「はい、すみませんがお耳を拝借します」
そう言いながら影戌後輩は、僕の耳元に口を寄せてくる。
見た目は小柄な人形のような彼女だけど、制汗剤かフレグランスでも使っているのか、近付いた瞬間にふわりといい香りが漂ってきた。
うーん、近くで見ると、影戌後輩って美人ではあるんだよな……。
なんて思っていると、ソファーに座っている小手毬さんから悲しげな視線を向けられていた。
僕が影戌後輩の魅力を再認識していることを見咎めているのかと思ったけど、流石に僕も顔には出していないはずなので、きっと「自分も近くに行きたいのに」みたいなことを考えているんだろう。
彼女を寂しがらせるのは僕も本意ではないので、後でしっかりフォローしておかなければ。
「……真壁先輩。美薗先輩に見惚れていないで、話を聞いてください」
「ああ、悪い」
僕が小手毬さんの方に目を向けていたので、影戌後輩に怒られてしまった。
見惚れるという意味なら、どちらかと言えば影戌後輩の方を意識していたんだけど、それを言ってもややこしくなるだけなので大人しく謝っておく。
ようやく僕が聞く態勢になったと見た影戌後輩が、聞かせてくれた案は――。
「……妙案だと思う。でも出来るのか?」
「問題ありません、やってみせましょう。篤先輩の上腕三頭筋に懸けて」
「そんなもん懸けるんじゃないよ」
別に影戌後輩を信用してい居ないわけじゃないけど、仮に失敗したところで簗木の上腕三頭筋なんて渡されても困る。……いや、僕がムキムキになるならありか? って、実際に渡せるわけじゃないんだから、考えても意味ないか。
「いえ、ですが……」
僕が手腕を疑っていると考えて信頼を得ようとしているのか、さらに言い募ろうとする影戌後輩を制して、僕は言った。
「影戌後輩がやれるって言うなら、やってくれるんだろ。変なもの懸けなくたって、疑ったりなんてしないよ」
「真壁先輩……」
僕がなかなか部長っぽい事を言うと、影戌後輩は嬉しそうな顔で自らの胸に手を当て、宣言した。
「ええ、分かりました。不肖・影戌知麻、次期部長として見事役目を果たして見せましょう」
……この子、たまに武士っぽいこと言うよね。
一体どんな家庭で育ったら、こんな感じになるんだろうか。
ともあれ、次の行動は決まった。
僕に仕事を任された影戌後輩は、小手毬さんと建山に軽く頭を下げて挨拶した後、部室を出て行った。きっと本人の言う通り、見事に目的を達成してくるだろうから、僕はそれを信じて待っていればいいだけだ。
「真壁くん。知麻ちゃん、どこに行ったの?」
「ああ、ちょっと建山の練習相手に心当たりがあるらしくてね。まだ学校に残ってると思うからって、探しに行ってくれたよ」
「ほ、本当に? なんだか悪いなあ……」
「そう思うなら、さっさと告白を成功させてくれ」
「わ、分かってるよ」
僕が再び煽ると、建山はたじろぎながらも言い返してくる。
この反骨心が健在なうちに、もう少し盛り上げておきたいところだな。
僕は影戌後輩がいなくなったことで空席になった小手毬さんの隣に移動しつつ、建山に話しかけた。
隣に移動する意味? そこに小手毬さんがいるからに決まってるだろ。
「影戌後輩とその知り合いの協力をムダにしないためにも、告白のやり方を考えておいた方がいいんじゃないか?」
「そ、そうだね……えーっと……うーん……」
「建山くん……?」
僕と小手毬さんが黙って待っていても、建山は言葉を続けようとしない。
「もしかして告白の言葉、出てこないの?」
「それで本当に好きなのかよ……」
「なあ!? そ、そんなこと言われても……恥ずかしいじゃないか!」
心外とばかりに叫ぶ建山だけど、好きなら素直に言うしかないだろうに。
小手毬さんも同意見らしく、思わず顔を向け合ってしまった。
「そうか?」
「そうかなあ?」
「……そうだよ! 二人だって、相手のどこが好きかとか聞かれても、上手く答えられないでしょ!?」
建山は「どうだ!」とばかりに叫ぶけど……小手毬さんの好きなところ?
うーん、いろいろあるけど……。
「可愛いところ」
「格好いいところ」
「ええ!? 普通に言った……そ、そんなの見た目だけじゃん!」
見た目だけだとダメなのかよ。注文の細かい奴だな。
えーっと、それじゃあ……。
「笑顔が素敵で、僕を癒してくれるところ」
「優しくて、あったかいところ」
「ぐうう……も、もういいよ! 分かったから……」
建山は「もういい」と言うけど、正直かなり楽しくなってきた。
小手毬さんも同じ気持ちなのか、心なしか次に僕が何を言うのかと、期待するような眼差しを向けてきている。
そういうことなら、小手毬さんが喜びそうなところを言うべきだろう。
うん、やっぱりあれだな。
「僕のために、美味しいコーヒーを淹れてくれるところ」
「真壁くん……じゃあ私は、私のことをたくさん愛してくれるところ♪」
「もういいって言ってるでしょうが! なんで続けてるのさ!?」
怒られてしまった。
なんでって聞かれても、途中から建山に言われたからじゃなくて、普通に小手毬さんの好きなところを僕が言いたいだけになってたからだな。
「まったく……さっさと結婚でもしちゃいなよ……!」
不満そうに言う建山だけど、流石に結婚なんて簡単に出来るものではない。
僕が小手毬さんに目を向けると、彼女も悲しげな顔で僕を見ていた。
「建山……結婚っていうのは、付き合うのと違って簡単じゃないんだよ」
「あ……そ、そうだよね。恋人になるのと違って、二人だけの問題じゃないし。無責任なこと言っちゃって、ごめん」
僕が小手毬さんと遊びで付き合っているわけはなく、当然真剣な交際のつもりなんだけど、それでも結婚となると様々な障害が待ち構えているのだ。
そう、例えば――。
「年齢制限とかな……」
「そうだよね。私たち、まだ十八歳未満だもんね……」
「そこお!? もっと先に色々あるでしょ!?」
いやいや、ないだろ。とりあえず愛はあるわけだし。
待てよ……流石に先立つものは必要だな。
「すまん、生活費なんかも足りないな。まず稼げるようにならないと」
「真壁くん、私も頑張って働くからねっ」
「ありがとう、小手毬さん。でも小手毬さんが嫌じゃなければ、行く行くは家のことをお願いしたいかな。僕だけの稼ぎでもやっていけるように、頑張らないと」
「そうしたら毎朝コーヒー淹れて、真壁くんをお見送りだね」
「最高だね、その生活」
いまどき古臭いとか、夢見がちとか言われるかもしれないけど、やはり小手毬さんには外でバリバリ働くよりも、専業主婦が似合うと思う。
もちろん小手毬さんが仕事にやりがいを感じるタイプなら、僕の希望を無理に押し付けたりはしないけど。
「ええ……? なんなの、この二人……」
建山は今日何度かになる、遠い目をしていた。
とまあ、そんな風に僕や小手毬さんがアドバイスをして、建山が時折消えてしまいそうになりながら、告白のセリフを考えていると――。
「すみません、先輩方。お待たせしました」
練習相手の候補を探しに行っていた影戌後輩が、無事に戻ってきた。
どうやら彼女は上手くやったらしく、後ろにはもう一人の女子が控えている。顔が隠れそうな長めの茶髪と眼鏡が印象的だけど、顔立ち自体は整って見える。
「えっと、知麻ちゃん。その子って……」
「はい、彼女は私の友達で――」
小手毬さんが声をかけると、影戌後輩は一つ頷いて後ろの彼女に振り向いた。
「今回、練習に付き合ってくださる、寺野さんと言います」
影戌後輩の紹介を受けて、寺野さんは黙ったまま小さく頭を下げた。
果たして、寺野さんはどんな子なのか……?
次回、小野寺さん視点で締めます。