51.小野寺 真世、再び③
「それでは、これより建山の弾劾裁判を執り行います」
「ちょ、ちょっと待ってよ! なんでいきなり弾劾裁判!?」
建山をソファーに座らせてお茶を振る舞った後、僕が静かに開廷を告げると、慌てたように叫び出した。
まあ、「たまには遊びに来ないか?」なんて言葉で呼び出された先でこの扱いだから、動揺するのも分からないではないけど。
ちなみに今回は裁判の雰囲気を出すため、僕は部長席に座っている。
二つのソファーのうち一つに建山が座り、もう一方に女子二人が座る形だ。
隣に小手毬さんがいないので、とても寂しいのが悩みどころである。
ふと彼女の方に目を向けると、首を伸ばして僕の手元――正確にはコーヒーを注いだカップを窺っているように見えた。
あれは多分、コーヒーのおかわりを注ぐのを理由に、僕の傍に来ようとしているんだろう。可愛すぎるので、後で抱き締めようと心に決めた。
「ネタは上がってるんだぞ、建山」
「それは取り調べじゃ……相変わらず自由だね、真壁くん」
呆れた目で見られるが、実に心外である。
日がな小手毬さんを愛でていたいという欲求を抑え込んでいる僕ほど、自由から程遠い人間はいないというのに。
僕は建山をスルーして、影戌後輩に向けて言った。
「よし、影戌検察官。言ってやれ」
「検察……今度はまた裁判ですか。なんでもありですね、真壁先輩」
影戌後輩にまで呆れた目を向けられてしまったが、彼女はそれ以上のツッコミをする気はないらしく、建山の方に向き直した。
「それでは――建山先輩。実は昨日、小野寺先輩がうちに来まして」
「え、真世さんが?」
「ええ、そうです。昨日の放課後、お一人で来られました」
小野寺さんの訪問について、影戌後輩は建山に説明する。
ちなみにこれは僕が無茶振りをしたわけではなく、将来的に部長になるつもりである影戌後輩が、自ら今回の件を引き受けた形だ。
おそらく二人が両想いであることは間違いないし、そこまで難しい相談でもないから、彼女の練習――というのは小野寺さんに悪いけど、まあ僕が横でフォローしていれば問題はないだろう。
「建山くん、小野寺さん泣いてたらしいよ」
「ええっ、真世さんが? な、なんで……?」
僕が何かを言うまでもなく、すかさず小手毬さんが影戌後輩のフォローに入ってくれている。当人にやる気があるとはいえ相手は上級生だし、影戌後輩もそちらの方が助かるはずだ。
僕はそれを眺めながら、何かあればフォローが出来るよう、どっしりと構えていればいい。うむ、いつになく部長っぽいな、僕。
「それが実は……建山先輩に告白してもらえないと、泣いていたんです」
「ぼ、僕に? 真世さんが告白してもらえないって?」
「建山くん、あれから小野寺さんとどうなったの?」
「ど、どうなったって言われても……」
女子二人から責めるような目で見られて、建山は縮こまる。
まあ小手毬さんは別に責めていないだろうけど、おそらく小野寺さんへの同情心で悲しそうな顔をしているので、建山は罪悪感を覚えているはずだ。
物怖じしない影戌後輩と、良心に訴えかける小手毬さん。
この二人、なかなかいいコンビなのかもしれないな。
「ふ、普通に仲良くしてると思うけど……」
「普通にって?」
「彼氏彼女ではないんですよね?」
「え、ええっと……」
建山は完全に影戌後輩たちに押されている。
言ってはなんだけど彼は女性慣れしているタイプじゃないから、ああやって二人の女子に詰め寄られている状況は堪えるだろうな。
「ま、まだ付き合ってないよ! 友達にはなれたけど、真世さんみたいな子と僕が、簡単に付き合えるわけないだろ!?」
「でも小野寺さん、泣いてたみたいだよ?」
「うっ……!」
「貴方は自信なさげですが、告白すればチャンスはあるのではないですか?」
押せ押せな雰囲気の二人に、たじろぐ建山。
実際のところ、昨日の時点で小野寺さんに「建山も恋愛相談に来たよ」と伝えていれば、それだけでこの問題は解決していた可能性が高い。
それをしなかったのは、今の建山が小野寺さんのことをどう思っているのか、確信が持てなかったからだ。僕らが知らない間に建山が心変わりしていたとしたら、迂闊に小野寺さんに話すのはマズいことになる。
しかし、その懸念もこうして建山の話を聞いたことで払拭された。
問題は心変わりしたわけでもないのに、建山が足踏みしていることなんだけど……。
「い、いや、僕から告白するのは、ちょっと恥ずかしいっていうか……。真世さんなら男子に人気あるし、そういうの慣れてるかなって思ったんだけど……」
「ええ……? 小野寺さんに告白させる気なの? 建山くん」
「流石にそれは……男気がないのでは?」
小手毬さんと影戌後輩は、建山の言い分に引いていた。
まあ僕も同意見だ。告白するのが恥ずかしいのは仕方ないけど、だからって女子の方に告白されるのを待つというのは、あまりに情けなさ過ぎる。
これ以上、女子二人に責められると建山も必要以上に委縮してしまいそうなので、僕の方からも口を出すことにした。
「建山。そもそも小野寺さんがお前の事が好きだっていうのは、気付いてたのか?」
「う、うーん……。気を許してくれてる感じはしてたけど、確信はなかったかな……。やっぱり僕と真世さんだと、釣り合ってない気がするし……」
「その後ろ向きな態度も問題だな……。というか釣り合ってないなんて、前に恋愛相談に来た時から分かってた話だろ? なんでいまさら怖気づいているんだよ」
正直なところを言えば、僕は建山と小野寺さんがそこまで釣り合っていないとは思っていないんだけど、そこは建山の自己評価の問題なので今ここで議論しても埒が明かないだろう。
そんなことよりも小野寺さんが建山のことを好きという事実の方が、建山にとって何倍も価値があるはずだ。
「いや、だって真世さんは僕と仲良くしてくれるけど、やっぱり彼氏彼女っていうと……。仲の良い友達ってだけでも、十分光栄な気がしちゃってさ」
「それで満足して、恋人になるのは諦めるのか? 当の小野寺さんが恋人同士になりたくて泣いてたってのに……いいご身分じゃないか」
「そ、そういうわけじゃないけどさあ!」
僕が軽く煽ってやると、建山はヤケクソ気味に叫んだ。
コイツ、逆切れしやがった……。
「そういう真壁くんは、どうやって小手毬さんと付き合ったのさ!? 君らこそ、どっからどう見ても両想いだったのに、ずっと付き合ってなかったじゃないか!」
「真壁先輩、気持ちは分かりますが煽り過ぎです。この鬼畜眼鏡」
「気持ちは分かるのに、なんで貶すんだよ……」
僕が影戌後輩の罵倒に凹んでいると、小手毬さんが恥ずかしそうにしつつ、どこか嬉しそうな笑顔で建山に話しかけた。
「もちろん真壁くんの方から告白してくれたよ。凄く素敵だったなあ」
「え、そうなの? ち、ちなみにどんな風だったか聞いてもいい?」
「うん、いいよ」
――そこから先は、完全に小手毬さん劇場だった。
女性の敵である鳶田に言い寄られた小手毬さんを、颯爽と庇う僕。
鳶田から「彼女でもないのに口を出すな」と言われた僕は、その場で小手毬さんをきつく抱き締めて愛の言葉を囁く。
長年(二か月足らず)の想いが通じた小手毬さんは歓喜の涙を流しながら告白を受け入れ、愛を知らない哀れな鳶田は真実の愛の前に消え去ったのだった……。
……という話を、情感たっぷりに建山に語ってくれた。
まあまあ大袈裟に表現している部分もありつつ、大筋はまったく間違っていないのでタチが悪い。いや、鳶田は別に愛の力で消え去ったわけじゃないけど。
僕との馴れ初めを語れたのが嬉しいのか、小手毬さんは超笑顔だった。
対する建山は、なんかもう今にも消え去りそうな遠い目をしている。鳶田じゃなくて、お前が消えそうになってるのかよ。
「――こんな感じだったかな。ね? 真壁くん、知麻ちゃん」
「うん、まあそんな感じだったかな……」
「そうですね……敢えて否定するほど、かけ離れた部分もありませんでしたね」
どうやら鳶田が消え去ったのは、否定するほどではないらしい。
建山はさっきまで虚無の中にいたけど、復活して疑いの眼差しで僕を見てきた。
「え、マジで? 本当に公開告白したの? 真壁くん」
「まあ大筋は、小手毬さんが話した通りだよ。ちょっと大袈裟だったけど」
「大袈裟じゃないよ! 真壁くん、凄く格好良かったんだから!」
「ありがとう、小手毬さん。愛してるよ」
「えへへ……私も大好き」
やばい、今すぐ小手毬さんを抱き締めたい。
だけど小手毬さんはソファーに座っていて、僕は少し離れた部長席にいる。
誰だよ、こんな席にしたヤツ。僕か。
「ええ……? 普通に『愛してる』とか言ってるんだけど……!?」
「……お二人は、最近いつもこんな感じですよ」
「そ、そうなんだ。影戌さん、大丈夫なの?」
「……なんとか」
そう短く言った影戌後輩の表情は、まるで先の見えない暗闇の未開地に踏み込む旅人のような、苦難の道を決意したものに見えた。いや、大袈裟過ぎない?
でも少しは影戌後輩に配慮して、小手毬さんとイチャつくのを控えるべきなんだろうか……。いや、無理だな。小手毬さんが甘えてきたら、僕が拒めるはずがない。
「まあ、とにかく僕らの時はそんなそんな感じだ。参考になったか? 建山」
「……今、なんだか物凄くディスられたような気がするんだけど」
「それはお前が内心で罪悪感を持っているから、そう感じるだけだ」
「いえ、今のは確実に心の中でディスっていましたね。私には分かります」
影戌後輩はなんなの、エスパーなの?
しかし建山の反骨心を煽ることには成功したようで、ヤケになったように声を上げた。僕だって、別に鬼畜だからという理由で煽ったわけではないのだ。
「ああもうっ、分かったよ! 僕だって真世さんに告白するよ!」
「わあっ、頑張ってね、建山くん!」
「貴方の筋肉はなかなかのものですから、きっと大丈夫ですよ」
筋力と告白の間に関連性があるのは影戌後輩だけだろうが、建山も女子二人からの応援を受ければ、いまさら引き下がるような真似は出来ないだろう。
そう思っていたら、何故か建山は不安そうな顔で僕を見てきた。
「告白はする! するけど……や、やっぱり不安だから、練習させてくれない?」
「ええ……? 建山、お前……」
「建山くん……」
「筋肉が泣いていますね……」
やっぱりヘタレ野郎じゃないか。
次回、ヘタレ野郎は無事に告白できるのか……!?