04.新入部員・小手毬ちゃんの素朴な入部理由
「よし、じゃあこれで相談は解決だな」
「解決?」
私が立ち直ったのを悟ったのか、真壁くんが安心した顔でそう言った。
結果を見れば鳶田くんは残念ながら浮気するような人だったし、私としても付き合うようなことにならなくてよかったと思う。まあ鳶田くんがイケメンなのは変わらないから、私が釣り合ったかどうかは別の話なんだけど。
だけど結局は失恋したことになるわけだし、恋愛相談部として無事解決したって言ってもいいのかな?
「小手毬さんは誤解してるかもしれないけど、うちの部は別に相談者の恋を成就させるのが目的じゃないんだ」
「え、そうなの? でも普通、恋が叶ったら解決するんじゃないの?」
私が疑問を持ったのを察してか、真壁くんが説明してくれる。だけどその説明を聞いても、私にはそれを解決と言っていいのか分からない。
そんな私に呆れることなく、真壁くんは真面目な顔で教えてくれた。
「恋愛の悩みで重要なのは、相談者が納得できることだ」
「納得……?」
「そう。さっきのケースは二股とかいう特殊な状況だったけど、好きな相手にもう恋人がいるってケースは結構あるんだ。その場合、無理に恋を成就させるってわけにもいかないだろ?」
「だから、納得させるってこと?」
「そういうこと。略奪愛なんて、そうそう幸せにはなれないからね」
真壁くんの説明を聞いて、私はようやく『納得』できた。
確かに全部の恋を叶えられたら幸せかもしれないけど、そんなの神様の芸当だ。だから真壁くんは可能な人には恋が叶うよう手助けをして、そうじゃない人には納得できるように語りかけるんだろう。恋愛相談なら何でも解決と噂になっていたのは、きっとそういう意味だ。
でも、それって……。
「それって大変なんじゃないの? 皆が素直に納得できるわけじゃないでしょ?」
恋を諦めるにしろ、別れ話にしろ、どうしたって当人はそんな状況で冷静じゃいられない。そんな人たちを納得させるのは、とても大変なことなんじゃないだろうか。真壁くんは前の部長さんへの恩返しなんて言ってたけど、それにしても相当な苦労だろうと思う。
だけど真壁くんは、事もなげに言った。
「さっきも言ったけど、基本は先輩への恩返しだね。先輩が大事にしてた部活を、僕が守っていかないと」
やっぱり、それが理由なんだ。
真壁くんからそんな風に言われる先輩という人が、どんな人なのか私は知らない。性別も、顔も、真壁くんとどんな関係だったのかも。
だけど私はこの瞬間、その先輩のことを「羨ましい」と感じた。
それは「誰か」にそうやって大切に思われて、一生懸命になってもらえているからなのか。それとも「誰か」ではなく、「真壁くん」だからなのか。
って、あれ? 私、さっきから何を考えてるんだろう。
これだと私が真壁くんのことを……いやいや、それはないよね! もちろん真壁くんが「なし」って意味じゃなくて!
だって、さっきまで私は鳶田くんのことについて、真壁くんに相談してたんだから。そんなあっさり心変わりするような人間だと、自分で思いたくないなあ。うん、私はそんなにチョロい子じゃないはず。
私がそんなことを考えているなんて知らない真壁くんは、真剣な表情のまま……と思ったら、何故か明後日の方向に視線を向けながら口を開いた。
「それに小手毬さんが、いつか鳶田のことで泣かされていたらと思うと、こうして相談に乗れてよかったと思うよ」
はい、無理でした。どうやら私は、自分で思う以上にチョロかったみたいだ。
恥ずかしそうに私のことを話す真壁くんを見て、顔が熱くなるのを止められない。真壁くんが視線を逸らしてくれていて、本当によかったと思う。だってこんな顔を見られたら、それこそ節操のない軽い女だと思われちゃうから。
「あ、ありがとう、真壁くん。私はもう平気だよ。全部、真壁くんのお陰」
最初は少し緊張していたし、正直ちょっと怖かったけど、真壁くんに相談して本当によかった。だって真壁くん、私がこの部屋に入ってきた時も、持ってた本から視線を動かさないんだもの。もしかしたら冷たい人なのかも……って不安になっちゃったよ。
だけど今はそんな風に思っていない。
だって……。
「そっか。小手毬さんの助けになれたなら、僕も嬉しい」
そう言いながら真壁くんが初めて見せてくれた笑顔が、とても眩しかったから。
その翌日、私は再び恋愛相談部の部室前に立っていた。
自分でも緊張しているのが分かる。手足とか、ちょっと震えてるし。
本当は教室で真壁くんと話す機会も作れたんだけど、皆の前で声をかけるのは少し恥ずかしいし、何よりこの部屋で話したいという思いもあった。……本当だよ? 何度も声をかけようとしたけど無理で、放課後になっちゃったわけじゃないからね?
ちなみに鳶田くんと彼女二人の修羅場は、まさに昨日開催されていたらしい。
何があったのかは分からないけど、とりあえず今朝登校してきた鳶田くんが坊主頭になっていたことだけは間違いない。うん、あまり知りたくないかも。
まあ鳶田くんのことは、どうでもいい。
今はそれより真壁くんに伝えないといけないことがある。
こうして扉の前に立っていると、中から本のページを捲る音がわずかに聞こえてくる。きっと今日も昨日と同じように、真壁くんは一人で本を読んでいるんだろう。恋愛相談を持ちかけてくる相手を待ちながら。
「よ、よしっ……!」
私は一人で声を出して気合を入れると、目の前の扉を軽く叩いた。ドキドキする間もなく、すぐに「どうぞ」という真壁くんの声が聞こえてくる。昨日までは真壁くんの声は覚えてなかったけど、今はもう聞き間違えることもない。
「し、失礼します!」
扉を開けながら言った私の言葉は、思ったよりも大きな声になった。
いきなり失敗したかな……。真壁くんも、何だか昨日より驚いた顔をしてるし。変な子だと思われてたら、どうしよう?
「小手毬さん、どうしたの? また何か……鳶田と何かあった?」
いけない。どうやら昨日の今日でやって来た私を見て、真壁くんはよからぬことがあったのではと勘ぐってしまったらしい。
私は細かい説明をしたいものの、どうも緊張で舌が回らない。仕方がないので否定を示すために、ふるふると首を横に振った。
「あ、あのっ。今日は相談に来たんじゃなくて……」
私がどうにかそう言うと、真壁くんは安心半分、怪訝半分という顔になる。
まあ、相談じゃないなら何をしに来たのって思うよね。
そもそも相談じゃないっていうのが、嘘なんだけど……。
私は真壁くんを困惑させていることと、彼に「相談じゃない」なんて嘘を吐いていることを申し訳なく思いつつ、意を決して宣言した。
「私も、この恋愛相談部に入れてほしいの!」
これが私の、本当の恋愛相談の始まりだった。
最初の相談者が助手ポジションになると、少年ジャンプの新連載っぽいですよね。
今後も解決時にはその章のヒロインか、小手毬ちゃんの視点が出せたらと思っています。
本作は基本的に、恋愛相談にかこつけて真壁くんと小手毬ちゃんがいちゃつく物語です。