47.新米彼女・小手毬ちゃんの真壁くん好き好きダイアリー
先日、人生最高の出来事があった。
なんと……なんと……! 私が真壁くんの、彼女になってしまいました!
正直、告白された時は、夢なんじゃないかと思った。
状況だってとても告白するような感じじゃなかったし、真壁くんってば急に言ってくるんだもん。本当にビックリしちゃったよ。
だけど夢じゃない。本当の話だ。
本当に私は、真壁くんの彼女になってしまったのだ……!
そして、私たちは――。
「じゃあ……挿れるよ、小手毬さん」
「う、うん……真壁くん」
真壁くんの緊張した声に、私も同じく固い声で答えた。
普段は凄く落ち着いていて頼りになる真壁くんだけど、今はとても不安そうで、それがなんだかとても嬉しい。
真壁くんも、初めての時はやっぱり緊張するんだ。私と一緒なんだなと思えて、二人の心が通じ合っているように思えてしまう。
「その……初めてだから、上手く出来ないかもしれないけど」
「ううん、大丈夫。私も初めてだもん。真壁くんとお揃いで、凄く嬉しいよ。それに真壁くんがしてくれるなら、痛くてもつらくなんてないから大丈夫」
私がそう言うと、真壁くんはホッとした顔になる。
少しくらい強がりも入っているけど、私が言ったことは嘘じゃない。
真壁くんなら私を傷付けないように、出来る限り頑張ってくれるって信じてるし、たとえ傷付けられたとしても真壁くんになら私は構わない。
「……僕の初めてが小手毬さんで、本当によかった」
「うん……私も、真壁くんが初めての人でよかった」
そうやって言葉を交わした後、真壁くんは動き出した。
自分の中に異物が入ってくる感覚に、私は思わず声を上げてしまう。
「んうっ……」
「……小手毬さん、大丈夫? やっぱり止めておこうか?」
「う、ううん、大丈夫。続けて、真壁くん」
真壁くんは、私が痛がっているのではないかと心配して動きを止めてくれたけど、私は逆に続けてほしいと懇願した。
大丈夫。真壁くんは、きっと最後には私を幸せにしてくれる。
私はそれを信じて、ただ身を委ねればいい。
だって私は、真壁くんの彼女なんだから。
「分かった。じゃあ今度こそ行くよ……」
硬い声で言った真壁くんの緊張を少しでも和らげたくて、私はなるべく笑顔になるように意識しながら声を出した。
「うん。お願い、真壁くん。ちゃんと最後まで――」
「あの……お二方」
「え?」
今度こそと思ったところで、向かいに座っている知麻ちゃんから声がかかった。
緊張で閉じていた目を開くと、何故か呆れたような目で私たちを見ている。
「どうかした? 知麻ちゃん」
「いえ、どうかしたというか、どうかしているというか……何してるんですか?」
「え? 何って……」
目の前にいるんだから、見たままだと思うんだけど。
「耳掃除だよ?」
前と違って、今回は私がされる側だけど。
でも、なんでわざわざ聞くんだろう? 変な知麻ちゃん。
結局、耳掃除は知麻ちゃんからの抗議により、中止になった。「公序良俗に反する」って言われたけど、知麻ちゃんは難しい言葉を知ってるなあ……。
私も真壁くんに耳掃除してあげるのはともかく、自分がしてもらうのは恥ずかしかったから、助かったと言えないこともないんだけど。
真壁くんは残念がっていたから、また二人きりの時にさせてあげよう。
そんなわけで今は、いつも通りコーヒーを淹れたところだ。
「真壁くん、今日のコーヒーはどうかな?」
「最高」
鳶田くんの一件が終わって、いつもの平和な恋愛相談部の日常が戻ってきた。
真壁くんとのこういうやり取りもお約束だけど、あの一件で恋人同士になった今は、前よりもずっと甘くて幸せなやり取りになっている。
「小手毬さんの淹れてくれるコーヒーは、いつだって最高だけどね」
そんな嬉しいことを、真壁くんは笑顔で言ってくれる。好き。
それだけで私は天にも昇りそうな気持ちになるけど、そこで満足するわけにはいかない。
「でも、これからずっと飲んでもらうんだから、真壁くんが飽きちゃわないように工夫しなきゃ」
「小手毬さんのコーヒーに飽きるなんて、一生ないと思うけど……。でも頑張ってくれるのは嬉しいよ。小手毬さんが僕の彼女で、本当によかった」
「嬉しい、真壁くん……大好き!」
「僕も愛してるよ、小手毬さん」
ああ、なんて幸せなんだろう。
付き合う前でも真壁くんは、私が「大好き」って言うと「僕もだよ」なんて返してくれたけど、今は「愛してる」とハッキリ言ってくれる。
毎日こういうやり取りをする度に、私は真壁くんをどんどん好きになってしまう。このまま何年もこれを続けていったら、私たちは一体どうなってしまうんだろうか。
真壁くんがコーヒーを飲み終わったら、今日も抱き締めてもらおう。好き。
「何故か目の前で耳掃除を始めたかと思えば、今度はコーヒーを淹れるだけでこれって……。何なんですか、この人たちは……」
そう思っていたら、知麻ちゃんが沈んだ顔でボソッと呟いた。
なんだろう、今日のコーヒーはあんまり口に合わなかったのかな?
「知麻ちゃん? 美味しくなかった、かな?」
「い、いえ、そんなことはありませんよ。美薗先輩のコーヒーは、いつも美味しいです」
「そう? よかった」
どうやらコーヒーが口に合わなかったわけじゃないみたいだ。
まあ知麻ちゃんだって、お年頃の女子だもんね。
簗木くんとだって仲良くしてるみたいだけど、悩みだってあるに違いない。
やっぱり同性の先輩である私が、相談に乗ってあげないと!
「知麻ちゃん。もし悩みとかあったら、なんでも言ってね?」
私がそう言うと、何故か知麻ちゃんは一瞬凄くげんなりした顔になった。
だけど「あれ?」と思った次の瞬間には、いつも通りの笑顔になっている。
……私の気のせいだったのかな?
「いえ大丈夫です、はい。悩みとかはありませんので……」
「そう? それならいいんだけど」
うーん、知麻ちゃんは「悩みはない」って言うけど、本当かなあ。
私は真壁くんみたいにいろいろ分かってあげられないし、本当は悩んでいるのに頼りなくて相談できないのかもしれない。
今日だっていつも通り遊びに来てくれたけど、実は悩みを聞いてほしくてサインを出しているっていう可能性も……。
うん。私も、もっと頑張らないと!
「小手毬さん、ほら」
私が密かに気合を入れていると、コーヒーを飲み終えた真壁くんが声をかけてきた。
「真壁くん、おかわりはいいの?」
「うん、それよりも今は小手毬さんがいいかな」
なんて、真壁くんはまた嬉しいことを言ってくれる。大好き。
頼れる先輩になるのも大事だけど、彼氏との時間も大事だよね、うん。
そう思った私は、元から隣に座っていた真壁くんに、さらにくっついた。
「真壁くん、あったかいね……」
「小手毬さんの方があったかいよ」
そう言いながら真壁くんは、私の頭を撫でてくれる。本当に大好き。
ああダメだ。こんなの幸せ過ぎる。
もうこのまま、時間が止まってしまえばいいのに……。
「うう……」
不意に、知麻ちゃんの方から呻き声のようなものが聞こえてきた。
幸福感でまどろみかけていた意識を戻すと、知麻ちゃんは顔を俯かせている。
「ど、どうしたの、知麻ちゃん? どこか痛いの?」
「……です」
「え?」
知麻ちゃんが何かを呟いたけど、私にはよく聞こえなかった。
もう一度言ってもらおうとする前に、知麻ちゃんは勢いよく立ち上がる。
そして半泣きの顔で、部室の入口に向けて走り出してしまった。
「も、もう嫌です! 何なんですか、この空間は!? 助けて、篤先輩!」
「あっ……ち、知麻ちゃん!?」
知麻ちゃんは小さいけど、意外に足は速い。
呼び止める暇もなく、あっという間に部室から飛び出して行ってしまった。
「ど、どうしたんだろう、知麻ちゃん。やっぱり、何か悩みがあるんじゃ……」
私はそう言ったけど、真壁くんは何故か苦笑を浮かべていた。
「うーん。『寝取り眼鏡』の仕返しとはいえ、ちょっとからかい過ぎたか……」
「え? 仕返し?」
「いや、何でもないよ。影戌後輩のことなら、簗木に任せれば大丈夫だよ」
確かに簗木くんなら、信頼できるかな。
本当なら、私が先輩として知麻ちゃんの助けになりたいんだけど。
そんな風に思っていた私に、真壁くんが優しい顔を向けてきた。
「それより小手毬さん。二人きりになったね」
「え? あ……」
そういえば、知麻ちゃんが出て行ったから、今は二人きりなんだった。
知麻ちゃんを追いかけようとして離れていた体が、真壁くんに抱き寄せられる。
真壁くんの腕の中はいつも落ち着くけど、今はなんだか心臓が落ち着かない。
知麻ちゃんのことは心配だけど、簗木くんなら大丈夫だよね?
真壁くんが私の耳に口を寄せて、そっと囁いてきた。
「小手毬さん」
「……うん、いいよ……真壁くん」
私は目を閉じて、私を愛してくれる真壁くんに身を委ねた。
身を委ねた(意味深)
次回は影戌ちゃん視点です。