46.二度目の恋が終わっても
「えっと……これで一件落着?」
「まあ、それでいいんじゃないかな」
真壁と小手毬さんが抱き合ったままの体勢で話しているのを、あたしはどこか遠い世界の出来事のように見ていた。
隣にいた響が肩を叩いてくれたなかったら、そのままずっと呆けていたかもしれない。
「本当にありがとう、真壁くん。多分、これでアレも大人しくなると思う」
「あ、ああ、そうだね」
響の発言を聞いた真壁は、少し引いたような表情になっている。
気持ちは分かる。響は鳶田のバカに騙されて以来、アイツのことを絶対に名前で呼ばないから、あたしも最初は結構驚いた、というか引いた。あたしもアイツに怒ってるのは事実なんだけど、そこまで徹底するのかって感じだよね。
まあ響がこうやってガンガン怒ってくれるから、あたしも一緒にいて救われた部分もあるかもしれないんだけど。
「あたしも……ありがとう、真壁。また助けられちゃったね」
「いいよ別に。二ノ宮さんや内倉さんみたいな子が騙されたりするのは、やっぱり嫌だからね」
そう言って、真壁は屈託のない笑顔を見せた。
……あの時もグチグチ言ってたあたしに、こうやって言ってくれたな。
真壁って普段はクールぶって澄ました顔してるくせに、こういう時だけ優しい顔で笑うんだよね。
あの後、しばらく距離を置いたりしなければ、少しは違う結果になったのかな。
「小手毬さんも、しばらく居座っちゃってごめんね」
「ううん、いいよ。よかったね、二ノ宮さん、内倉さん」
ほんの数分前に、真壁の彼女になった小手毬さん。
あたしたちが部室でお茶を淹れたりするのを、この子が本当は嫌がっているって、あたしはずっと分かっていた。
あんな悲しそうな顔されたら、すぐに分かっちゃうよね。
なのにこの子は、あたしたちに「よかったね」って言ってくれた。
あたしたちが鳶田のことで困っていたから、部室を使っていたのも仕方がないって思ってくれてるんだろう。
だけど、あたしは――。
「それじゃ、あたしたちは行くね。二人の邪魔したら悪いだろうし」
「ええ? 邪魔だなんて、そんな……」
「あはは。まあ付き合いたてのカップルだもんね。しょうがないよ」
小手毬さんは慌ててたけど、響があたしの話に乗ってきてくれたので、自然にここから離れられる。
早く出て行かないと、きっとあたしの目には毒になる。
「そういうこと。じゃあね、真壁」
「ああ、問題ないとは思うけど、一応気を付けてね」
最後までこっちの心配をしてくれる真壁に背を向けて、あたしたちは恋愛相談部の部室を出た。
扉を閉める直前、小手毬さんの甘えるような声が聞こえて、あたしは少しだけどんよりとした気分になった。
恋愛相談部の部室を出た後、あたしは響に断わって学校の屋上へ向かった。
屋上に用事があったわけじゃない。ただ、なんとなく一人になって黄昏たい気分だったからだ。屋上から夕日を眺めながらだったら、気分も出るだろう。
そう思って向かったんだけど……。
「あれー、珍しいね。こんなとこに人が来るなんて」
私の予想は外れて、屋上にはすでに先客がいた。
扉を開けて屋上に身を投げてすぐ、塔屋の陰から気だるげな声と共に、一人の女子生徒が歩み出てきたのだ。
緩いパーマのかかった茶髪と、ほどよく施されたメイク。
名前は知らないし話したこともないけど、その容姿には見覚えがある。
確か同じ学年の……。
「えっと……確か二年の……」
「あ、私? 楠 舞奈だよ、B組の」
B組というと、真壁と同じクラスか。
ちょっと羨ましいな……。
「それにしても、うちの学校の屋上ってあんまり人こないんだけど、私と真壁くん以外にも来るなんてね」
楠さんの口から思わぬ名前が出て、私はドキリとした。
いや、彼女は真壁と同じクラスなんだから、知り合いでもおかしくないか。
だけど真壁も、屋上に来ることなんてあるんだ。
「……真壁と仲良いの?」
「ん? 真壁くんと知り合い? 私は同じクラスだし、前にちょっと相談に乗ってもらったことあるからね。彼氏以外の男子では、まあまあ仲は良いかな」
「相談……」
「そうそう、恋愛相談ってやつ」
言いながら楠さんは、嬉しそうな顔で笑った。
恋愛相談――彼氏がいるみたいだから、きっと真壁に相談して仲を取り持ってもらったんだろうか。ほんと羨ましいなあ……。
「マイ!」
「うわ!?」
あたしが羨ましがっていると、扉が勢いよく開いて人が出てきた。
出てきた男子生徒はあたしの顔を見て驚いたみたいだけど、すぐにあたしの近くにいた楠さんに目を留めて、安心した様子を見せる。
「マイ、いつも言ってるけど、フラフラいなくなるの止めてくれよ」
「えー、京介が私にそれ言うわけ?」
「うっ……そ、そうだけどさ。やっぱ心配なんだよ。か、彼女だし……」
「んふふーっ♪ そっかそっか心配かー。ごめんね、京介?」
くそう。失恋の傷を癒したかったはずなのに、どうしてあたしはカップルのイチャイチャを見せつけられてるんだ……。
楠さんはさっきまでの気だるげな態度が嘘のように、彼氏――京介と呼んだ男子生徒に抱き付いている。
会話の内容からすると、彼氏に心配して探してほしくて、屋上にいたのかな。
どうも彼氏の方も楠さんに負い目があるみたいだし、そのあたりに真壁が介入したのかもしれない。まあ勝手な想像だけど。
彼氏が迎えに来たので、楠さんは屋上に用はなくなったらしい。
私に「じゃあね」と言い放ってから、彼氏と一緒に校舎の中に戻って行った。
……そういえば、あたし一度も名乗ってなかった気がするけど……きっと彼氏以外には、大して興味がないんだろうなあ……畜生、羨ましい。
ようやく一人で黄昏る環境が整ったわけだけど、さっきまでのバカップルに当てられた今は、むしろ人恋しくて堪らなくなっていた。
だけど響は先に帰ってもらったので、仕方なく屋上で一人座り込む。
そのままボケっと夕日を眺めていると――。
「花蓮ちゃん、そろそろ落ち着いた?」
「……響?」
また扉が開いたと思ったら、先に帰ったはずの響が姿を現した。
「……帰ってなかったんだ?」
「花蓮ちゃんを置いて、帰ったりしないよ。それに花蓮ちゃんが行った後に思い出したんだけど、屋上はよく楠さんがいるって噂だったし」
「あー、会ったよ。有名だったんだ、あの子」
あたしがそう言うと、響は隣に座って楠さんに関する噂の内容を教えてくれた。
なんでも楠さんは幼馴染がいてずっと好きだったけど、その幼馴染は楠さんを放置してフラフラと遊び回っていたらしい。楠さんは健気に屋上で幼馴染を待っていたけど、いつの間にか幼馴染と恋人同士になって、今ではすっかりラブラブカップルだとか。
きっとその「いつの間にか」の部分に、真壁が関わっているんだろう。
「恋愛相談か……あたし、二回もしたのに、どっちも上手く行かなかったな」
「……そうだね」
二回とも真壁は、ちゃんと問題を解決してくれた。
だけどその二回とも、あたしは最後に失恋をすることになってしまった。
「まさか真壁くんに、彼女が出来るなんてね。しかも目の前で」
「ほんっと、マジ意味分かんない……」
あたしは真壁のことが好きだった。
鳶田のことで一生懸命になって助けてくれた時から、アイツが気になっていた。
今回の件だって、本当は先生に相談すればどうにかなったけど、鳶田に振られてすぐにアピールするのもどうかと思ったし、ちょうどいい機会だと思って真壁に相談したのに……。
「もっと早く動いてればよかったのかな……」
「どうだろうね? 小手毬さんも、最初は私たちと同じような感じだったみたいだけど」
やっぱり、すぐにでも真壁と関係を築かなかったのが、失敗だったのかな。
お陰で二度目の失恋だ。笑える。いや、本当に笑えない。
あのバカの件が無事に解決したのだけが、せめてもの救いか。
「ねえ、花蓮ちゃん」
「……なに? 響」
あたしが落ち込んでいると、響が優しげな声で話しかけてきた。
夕日で赤く染まった笑顔で、あたしのことを見つめている。
な、なんか変な雰囲気だな……。
「前にも言ったけど私、しばらくは男の人はいいかなって思う。だって花蓮ちゃんがいてくれるし。彼氏がいるより、花蓮ちゃんがいてくれた方がずっと嬉しい」
「響……あ、あたしも、響は大事な友達だと思ってるよ」
最初は鳶田に騙された者同士、傷を舐め合うような関係だと思ってたけど、いつの間にか響はかけがえのない友達になっていた。
こうやって失恋したあたしを慰めてくれるし、とても可愛いくて優しい、あたしの一番の友達だ。
そっか……そうだよね。
二度目の恋は終わっちゃったけど、あたしにはまだ響がいるんだ。
彼氏なんていなくたって、響がいてくれたら十分じゃないか。
「よっし! なんか元気出てきたっ!」
あたしは勢いよく立ち上がった。
そして隣に座っていた響に向けて、スッと手を伸ばす。
「響、カラオケでも行こっか。なんかパーッと騒ぎたい気分!」
「うふふ、元気になってよかった。そうだね、二人で騒いじゃお?」
響があたしの手を取って立ち上がる。
その顔は相変わらず、夕日に照らされて真っ赤になっていた。
「ずっと……ずっと一緒だからね、花蓮ちゃん」
「もちろん!」
どこかうっとりとした笑顔で言う響に、あたしは全力で頷いた。
彼氏なんて当分は要らない。だってあたしには、一番の友達がいるんだから。
あたしたち、ずっと友達だからね、響!
これにて二ノ宮さん&内倉さん編は終了です。
二ノ宮さんの二度目の恋は終わってしまいましたが、果たして内倉さんは……?
次回は小手毬ちゃん視点で、交際開始後の日常回をやります。
別名「影戌さんが口に砂糖を詰め込まれる回」です。