44.二ノ宮 花蓮、二度目の恋⑦
「お、お前! 急にしゃしゃり出てきて何なんだよ!? いきなり美薗ちゃんに告白とか、意味分かんねえよ! ふざけてんのか!?」
「は? ふざけてるのはそっちだろ。おら、どうだ。僕が小手毬さんの彼氏だぞ」
「えへへ……真壁くんが彼氏……」
いかん、小手毬さんが可愛すぎる。
僕と正式に恋人関係になったのが本当に嬉しいようで、今まで見たこともないほどに輝く笑顔を浮かべている。真っ赤な顔はあまりに魅力的で、僕の頭はもうどうにかなってしまいそうだ。
しかし残念ながら、この場にはまだお邪魔虫がいる。あ、二ノ宮さんと内倉さんのことじゃないよ。でも申し訳ないけど、これが終わったら席を外してほしい。
まずは未練がましく僕と小手毬さんの愛を引き裂こうとする、野暮なクソ坊主を退治しなくては。
「お前、言ったよな? 小手毬さんに彼氏がいるなら、大人しく身を引くって。寝取る趣味はないんだろ? さっさとお引き取り願おうか」
「ハァ!? ふざけんなよ! 横からかっさらうような真似しやがって。んなもん勢いで押しただけだろ。俺が先に告ってたら、美薗ちゃんは頷いてたに決まってる!」
「そうなの? 小手毬さん」
「ううん、全然そんなことないよ?」
苦し紛れに言い募る鳶田だけど、僕の腕の中にいる小手毬さんに確認すれば、そんな言い訳は一発でご破算だ。
僕は見苦しい振られ男を諦めさせるべく、見せつけるように小手毬さんの体を抱き寄せた。
「ま、真壁くん? ちょっと苦しいかも」
「ごめんね、少しだけ我慢して。……鳶田、見ての通りだよ。僕らはいちゃいちゃするのに忙しいから、大人しく帰ってくれないかな」
「だ、誰が……! この陰険眼鏡……!」
凄まじく不本意な呼ばれ方をしたけど、ここはスルーだ。
何といっても、こっちには彼女である小手毬さんがいるのだから、後でいくらでも慰めてもらえばいい。
今の僕は無敵だ。往生際の悪いクソ坊主なんて、簡単に打ちのめしてやれる自信がある。
「ぽっと出とか言うけどな。お前が坊主頭になって反省した振りしてる間に、僕と小手毬さんはこの部室で愛を深めてきたんだよ」
「あ、愛を……?」
僕の言葉に狼狽える鳶田。
二股野郎には、僕らの愛は刺激が強すぎたか。
小手毬さんは僕の腕の中で、頬を赤く染めていた。
「僕はお前がフラフラしてる間、ここで小手毬さんといろんなことをしたよ。人に見せるには恥ずかしいこと(耳掃除)だってした。それにお前は小手毬さんを抱き締めた時の温かさなんて、知らないだろ?」
「お、おお……?」
目の前の鳶田は、なにやら変な顔をしている。
何だろう。愛というものが理解できない奴なんだろうか。
何故か二ノ宮さんと内倉さんも、真っ赤な顔をしてるけど。
しかし鳶田が動揺しているのは好都合なので、小手毬さんに手を出す気が完全になくなるよう、さらに畳み掛けていこうか。
「今じゃあ僕は、小手毬さん(が淹れてくれるコーヒー)なしでは生きていけないくらいだ。小手毬さんだって、僕に(ギュッと)抱かれると喜んでくれる。そういう関係なんだよ、僕たちは」
「……」
よし。ここまで言ってやれば、もう変なちょっかいを出す気も起きないだろう。僕と小手毬さんの間に入る余地なんてないと、諦めの悪い鳶田にも伝わったはずだ。
……と思っていたのに、何故か鳶田は僕を睨み付けて、いきなり掴みかかろうとしてきた。
「お、お前えええっ!」
「簗木!」
「おう!」
飛び付くような勢いだった鳶田だけど、僕が叫んだと同時に簗木によって取り押さえられた。
鳶田が僕と小手毬さんに注目している間、簗木は部室の入口から僕らのすぐ傍まで、こっそり移動してきていたのだ。鳶田からしたら背後だけど、僕からは簗木の動きが丸見えだったのて、落ち着いて対応することが出来た。
「助かったよ、簗木。ナイス筋肉」
「筋肉って言っとけば、喜ぶと思ってるんじゃねえぞ。ったく……いきなり告白なんて見せられるとは思わなかったぜ」
「お前がそれを言うのかよ」
自分だって僕らの前で、いきなり影戌後輩に告白したくせに。
鳶田を床に押さえ付ける簗木の後ろには、その影戌後輩が立って鳶田の姿をまじまじと覗き込んでいた。
「スポーツマンと聞いて、少しだけ期待しましたが……正直ガッカリですね」
「ガッカリ?」
「ええ。どこぞのインドア眼鏡よりはマシだと思いますが、特筆するほどの筋肉でもありませんね」
「おい。インドア眼鏡って、僕のことじゃないだろうな?」
これでも少し前から、真面目にトレーニングは続けてるんだぞ。まだ人に見せられるほどには、効果が出てないけど。
一応、軽く睨んでは見たものの、小生意気なこの後輩が悪びれないのは今までの経験から分かっているので、すぐに二ノ宮さんたちの方に視線を向ける。
ここまでの怒涛の展開に呆けていた二ノ宮さんは、僕の視線を見て鳶田のことについて質問したいのだと察してくれたようだ。
「あ、えっと……。鳶田って中学の頃から運動なら何でも出来たから、真面目に練習とかしたことないみたい」
「ああ、なるほど」
才能だけでやってこられたから、そこまで鍛えられてないってことか。
二ノ宮さんの言葉を聞いてすでに鳶田への興味を失ったらしい影戌後輩は、次に僕へと視線を向けてきた。
「それと真壁先輩。一応確認しておきますが、美薗先輩と部室で不適切な行為には及んでいませんよね?」
「は? いきなり何だよ」
不適切な行為って……そっち方面の話か?
「僕と小手毬さんが付き合い始めたのは、今さっきだぞ。付き合ってもいないのに、そんなことするわけないだろ。それは今まで僕らを見てきた影戌後輩が、一番分かってるんじゃないのか?」
「いえ、今までの様子からして信用できなかったんですが……」
「……?」
「……何でもありません。それよりお二人とも、おめでとうございます。いまさら……いえ、ようやくという感じですね」
何だか歯切れの悪い影戌後輩だけど、最終的には僕らを祝ってくれるみたいなので、その言葉を素直に受け取っておく。
「ああ、ありがとう」
「ありがとう、知麻ちゃん!」
僕が影戌後輩に礼を言うと、小手毬さんも嬉しそうに追従してくれた。
こうして僕らは、無事に恋人同士になることが――。
「って、無視し過ぎだろ、お前らぁ!」
「あ、おいこら、暴れるんじゃねえよ」
しまった。会話の流れで、鳶田のことをすっかり忘れていた。
叫び声を聞いて思い出したので目をやると、簗木の拘束から逃れようとしているようだ。しかし鍛えられていない肉体では、ゴリラの筋力に及ぶべくもない。
「こ、この鬼畜眼鏡! 美薗ちゃんを……美薗ちゃんを調教しやがってぇ!」
「……何言ってるんだ? コイツは」
いきなり鳶田が意味不明なことを言い出した。
しかも鬼畜眼鏡呼ばわりまでされるし。お前も僕をその名で呼ぶのか……。
「小手毬さん、意味分かる?」
「わ、分かんないけど……ま、真壁くんに、ちょ、調教……あうぅ……」
小手毬さんに聞いてみたけど、やはり鳶田の言っている意味は分からないらしい。しかし「調教」という言葉のニュアンスは分かるらしく、真っ赤になっている様子が非常に愛らしい。
もしかして自分が調教されるところでも、想像しているんだろうか。……そうだよね? まさか僕を調教する方じゃないよね?
まあ、それはともかくとして、鳶田にはそろそろ引導を渡しておくか。
小手毬さんに全くその気がないと分かれば、少しは思い上がりも治まるだろう。
「小手毬さん、鳶田に教えてやってよ。君の本当の気持ちを」
「う、うん……ちょっと恥ずかしいけど、真壁くんのお願いなら」
僕の腕の中にいる小手毬さんに発言をお願いすると、少し恥ずかしそうな顔をしながらもコクリと頷いてくれた。
そして僕に抱かれた体勢のまま、鳶田を見下ろしながら口を開いた。
「あの……鳶田くん。確かに私、前に鳶田くんのこと、いいなって思ったこともあったよ。恋愛相談部に来たのも、最初はその相談のためだったの」
「み、美薗ちゃん……! お、俺も――」
「でもね、もうダメなの」
「え……?」
「私、もう真壁くんじゃないとダメなの。真壁くんのために(コーヒーを淹れたり)してあげてる時が、一番幸せになれるの。真壁くんは、いつも私に優しくしてくれて……真壁くんに(ギュッと)抱かれてるうちに、鳶田くんのことを好きだった気持ち、全部忘れちゃった。だから(そもそも彼女でもない)私がこんなこと言う資格はないかもしれないけど、私のことは忘れてね?」
「あ……ああ……」
鳶田は呻き声を上げて、放心しているようだった。
きっと小手毬さんの赤裸々な告白を聞いて……いや、ちょっと待って。今の発言、なんかおかしくなかった?
僕の気のせいでなければ、完全に寝取られビデオレターのノリだったんだけど。
冷静になってみれば、さっきまでの僕も小手毬さんと恋人になれた嬉しさで、大概なことを言っていたような気がしていた。
あれ? もしかして鳶田が言ってた「鬼畜眼鏡」とか「調教」って……。
「……寝取り眼鏡」
「それだけは止めろ!」
影戌後輩がボソッと呟いた言葉に、僕は思わず叫んでしまった。
過去最低のあだ名が誕生した瞬間だった。
鳶田は精神に多大なダメージを受けた!