43.二ノ宮 花蓮、二度目の恋⑥
「さ、最近はあんま喋ってなかったけど、前は選択授業で結構いい感じだったじゃん! 美薗ちゃんが俺のこと好きだったの、ちゃんと分かってるからさ。俺も前から君のこと可愛いと思ってたんだよ。だから付き合おう! な!?」
凄まじい勢いで、あまりに勝手なことを口にする鳶田。
そもそもあり得ない話ではあるけど、億歩譲って仮にこの場で小手毬さんにOKを貰えたところで、何だというのか。周囲から総スカンになっている状況は覆らないし、二ノ宮さんと内倉さんから向けられている冷たい視線が和らぐはずもない。
それでもわずかな希望に縋り付くしかないくらい、コイツには異性にモテるということしか自分を認める手段がないのだろうか。ある意味では憐れな男だ。
最も憐れなのは、そのわずかな希望ですら幻ということなんだけど。
「鳶田。ふざけたこと言ってるんじゃないよ。小手毬さんがお前のことを好きなんて、妄言もいいところだ」
「あ? えーっと、真壁くんだっけ? なんなの、お前。あっちの二人のこともそうだけど、なんで美薗ちゃんと俺の邪魔するわけ?」
さっきまでの弱々しい態度が嘘のように、鳶田は僕に対して強気に接してくる。
気弱な小手毬さんを前にして粋がっているのか、それとも僕自身がひ弱な眼鏡とでも思われているんだろう。
だがまあ小手毬さんを前にして引けないのは、こちらも同じだ。
鳶田はソファーから立ち上がって、僕らのいる部長席の方に歩いてくる。
それに対して僕は、小手毬さんをかばうような形で一歩前に出た。
部室の入口を見れば簗木が「もうやっちまっていいよな?」という視線を送っていたので、鳶田には見えないように手元で制止のジェスチャーを送り返しておいた。
「どけよ、眼鏡くん。俺と美薗ちゃんの邪魔すんじゃねえよ」
「嫌だよ、どくわけないだろ。お前こそ眠たいこと言ってないで、さっさとその頭を刈り直してこい」
いよいよ僕らの目の前まで来た鳶田と、正面から睨み合う。
身長は向こうの方が高いけど、こっちは後ろに小手毬さんがいるのだ。癒し系小動物の名は伊達じゃない。こんな勘違い野郎なんて、小手毬さんの愛らしさの前ではカス同然だ。
「だから何なんだよ、お前は。美薗ちゃんは俺のことが好きなの。部外者は引っ込んでろよ」
部外者は引っ込んでろ、か。
以前、金名にそう言ったことがあったな。
自分が言われてみると、やっぱりムカつくな、これ。
「ち、違うもん……。わ、私は真壁くんが……っ」
小手毬さんは僕の背中にしがみつくような状態になって、ほんの少し震えている。
鳶田の言葉を思い切り否定したいけど、一時的とはいえ奴に好意を持ったのは事実なので、強く言えないんだろう。
かく言う僕も、目の前の男に対して苛ついていた。
小手毬さんが過去に誰を好きだったとしても気にしないとずっと思っていたし、今だってそのことで彼女に隔意を持ったりはしていない。だが男の方にそれを言われると、無性に腹が立つ。
「僕は恋愛相談部の部長で、小手毬さんはここの部員だ。僕には部長として、彼女を守る義務がある」
僕がそう言うと、鳶田は嘲るような笑みを浮かべた。
「なら俺の恋愛相談にも乗ってくれよ、部長さん。美薗ちゃんと付き合いたいんだよ。なあ、いいだろ?」
「ダメだ」
「は……?」
お前がそう言うのは想定してたよ。
でもいくら僕が恋愛相談員でも、その相談は受け付けられない。
「鳶田。お前が真剣に女子と付き合いたいなら、僕も相談に乗る。二ノ宮さんと内倉さんは望み薄だろうけど、どちらかに決めて心を入れ替えるって言うなら、協力してもいい」
「ちょ……真壁?」
「花蓮ちゃん、ちょっと待って」
場合によっては鳶田との仲を応援するという僕の宣言に、二ノ宮さんは文句を言いたげだったけど、内倉さんが抑えてくれた。
ありがたい。そこは本題じゃないからな。
「だけど小手毬さんはダメだ。彼女との仲だけは、僕は認めない」
僕の言葉に、再び鳶田はせせら笑いを見せる。
「なんで彼氏でもないお前に認められないといけないんだよ。いいから俺と美薗ちゃんの応援でもしてろって。な?」
彼氏でもない……か。
そうだな。僕は小手毬さんがコイツの件で落ち着くまで、なんて殊勝なことを言って、ずっと彼女と中途半端な関係を続けてきた。あれだって僕なりに気遣っていたつもりだったし、少し時間をかけるような恋も小手毬さんとなら楽しめると思ってたけど、こうなったのは僕がのんびりしていたツケでもあるんだろう。
だったら、ツケはちゃんと払わないとな。
「……彼氏ならいいのか?」
「あ?」
「小手毬さんの彼氏が言うことなら、お前は聞くのか?」
「ああ……まあ俺も人の彼女を寝取る趣味はないからな。美薗ちゃんに彼氏がいるなら、大人しく身を引くよ」
そうか、なるほど。言質は取ったぞ。
「んなことより、美薗ちゃんと話を――」
「分かった」
「は?」
ムードには欠けるけど、仕方がない。
小手毬さんを守るのに「彼氏」という肩書が必要だって言うなら――今この場でなってやるよ。
「小手毬さん」
僕は背中にしがみ付いていた小手毬さんを振り払わないように、ゆっくりと後ろに振り向いた。
小手毬さんは僕から手を離して、きょとんとした顔でこちらを見ている。その目には少しだけ涙が浮かんでいて、僕は改めて鳶田に対する怒りを覚えてしまう。
だけどその怒りも、いったん忘れなければいけない。これから小手毬さんに言う言葉は、彼女のことだけを考えて話すべきだ。
「は、はい……?」
小手毬さんは僕の顔を見ながら、困惑顔になっている。
さっきまで僕と鳶田が舌戦を繰り広げていたのに、いつの間にか僕が真剣な顔で彼女を見つめている現状を、まだ飲み込めていないようだ。
そんな呆けた顔も、凄く愛らしい。
愛らしい。そう、愛らしいんだ。
小手毬さんはいつだって可愛くて、僕の心を癒してくれた。
だから、さっさとこの気持ちを言葉にして伝えておけば良かったのに、変に気を回して、ずいぶんと遠回りしてしまったものだ。
今まであんなに躊躇してきたのに、いざこういう状況になると言葉がすんなりと口から飛び出しそうになる。
だから、僕はその言葉を抑えることなく口にした。
「小手毬さん、君が好きだ。僕と付き合ってほしい」
やっぱり――言ってみれば、何てことないじゃないか。
僕が小手毬さんのことを好きだなんて、当たり前の話なんだから。
「はい、あ、え? ええええっ!?」
小手毬さんは一拍置いてから、驚きの絶叫を上げた。
動揺しているところに申し訳ないけど、ちょっと僕の中の愛が溢れそうになっているので、このまま畳み掛けさせてもらおう。
「ま、真壁くんが、私のこと……?」
「うん、そうだよ。僕はずっと小手毬さんが好きだった」
「ず、ずっと……」
「ずっとだよ。小手毬さんが恋愛相談部に入ってくれた時から、ずっと。だから僕は君が鳶田を好きになってくれて、本当に良かったと思う」
そうじゃないと小手毬さんは、ただのクラスメイトだっただろうから。
自分の名前が出てきても、僕の後ろにいる鳶田は反応を見せない。
目の前でいきなり始まった告白に、驚いているのだろうか。
二ノ宮さんや内倉さんも驚愕の表情を……浮かべていると思うんだけど、今はそれを確認している余裕なんてない。
今の僕は小手毬さんに胸の内をぶちまけることで、頭がいっぱいだ。
「小手毬さんの笑顔は、いつも俺を癒してくれる。抱き締めた時の香りも、温かさだってやみつきだ。それにコーヒーも凄く美味しくて、もうあれを飲まないと落ち着かないんだ」
「ま、真壁くん……」
「だから僕が死ぬまで、君のコーヒーを飲ませてほしい」
本当は死んだ後でも飲みたいくらいだけど、小手毬さんには僕より長生きしてほしいからね。そこは涙を飲んで我慢しよう。
そこまで言うと、小手毬さんは飛び付くように僕を抱き締めてきた。
「真壁くん……真壁くん、真壁くん!」
僕の胸に顔を擦り付けるようにして、何度も名前を呼んでくる。
その背中を、僕は壊れないようにギュッと抱き締めた。
「小手毬さん……」
「私、なるね! 真壁くんの彼女になる!」
ああ、本当に。まごまごしてないで、さっさと言っておけばよかった。
ただ素直に気持ちを口にすれば、すぐにでもこの笑顔が見られたんだから。
僕の腕の中から、潤んだ瞳で見上げてくる小手毬さんを、じっと見つめる。
恋人になっても相変わらず――いや、もっと可愛いな。
そのまま小手毬さんが目を閉じて顔を持ち上げてきたので、僕もそれに――。
「ちょっと待てよ、お前ええええええっ!!」
最高にいい雰囲気のところで、後ろから鳶田の怒号が聞こえた。
チッ……なんだよ、まだいたのか。
仕方ない、お邪魔虫にはとっと退散して頂こう。
二人を付き合わせるのは先輩とクソ坊主の件を解決してからだと、
当初から決めていました。
ただ本作の見どころは相談にかこつけて二人がいちゃつくという
点でもあるので、いっそのこと目の前で告白するという展開に。
ようやく心置きなくいちゃいちゃさせられますね。
次回はクソ坊主に、さらなる追撃が……!