42.二ノ宮 花蓮、二度目の恋⑤
僕は鳶田を恋愛相談部の部室に誘導することに成功し、その翌日である現在、二ノ宮さんと内倉さんによる説得――という名の処断が開催されようとしている。
罪状はもちろん「二股して振られた相手に対して、また二人同時に声をかけた罪」だ。あまりにも業が深すぎる。
鳶田を誘導するのは、割と簡単だった。
『恋愛のことで悩んでるって聞いたんだけど……。そうなんだ、自分の気持ちが好きな人に伝わらないのって、凄くつらいよね。その気持ち、よく分かるよ。僕は恋愛相談部っていう部活をやってるんだ。君みたいな恋の悩みを抱えた人の相談に乗ってるから、よかったら部室に来てみてよ。君の力になれるかもしれない』
――こんな感じのことを言ったら、まんまと成功した。
一連の会話を説明したら、影戌後輩から物凄く冷たい目で見られた上に、聞こえるかどうかという声で「詐欺眼鏡」と言われてしまった。何故だ。
そんなこんなで現在、愚かなアレこと鳶田と二ノ宮さんたちが恋愛相談部の部室で一堂に会しているわけであるが、当然のように室内の空気は重い。
ちなみに部室の間取りは部屋の奥――窓際の部分に部長席があり、中央にテーブルを挟む形で二人掛けのソファーが二つ置かれている。
今は二つのソファーに二ノ宮さんと内倉さん、そして鳶田と別れて向き合い、僕と小手毬さんは部長席の辺りに立っているという状況だ。
僕としては小手毬さんをこの場に同席させるのは嫌だったんだけど、ここ数日の反動で僕から離れたがらないので、やむなく隣にいてもらうことになった。こっちの制服の裾を握りしめて、上目遣いに見てくる小手毬さんを拒絶できる奴がいたとしたら、そいつは人間じゃないと思う。
簗木と影戌後輩については、部室の外で待機中だ。
「なあ、真壁くんだっけ? これどうなってんの? 何で花蓮と響がここにいるわけ?」
入室時には僕の強引な誘導で大人しく着席した鳶田だけど、いい加減に落ち着いて状況がおかしいことに気付いたのか、僕に向けて鋭い視線を向けてくる。
改めて鳶田を見ると確かにイケメンではあるものの、中途半端に伸びてきた坊主頭が何とも間の抜けた雰囲気を醸し出していた。二ノ宮さんたちの言った通り、坊主にしたのは謝罪のためのパフォーマンスだったのだろうか。
「ちょっと、馴れ馴れしく名前で呼ばないでくれる? アンタ、あたしたちに何したのか忘れたわけじゃないでしょうね?」
「私も名前で呼ばれるのは、ちょっと……出来れば消えてほしいくらいだけど」
妙に尊大な態度を取る鳶田に対して、二ノ宮さんと内倉さんは辛辣な視線を向けている。内倉さんにも至っては、小声で物凄い毒舌を吐いていた。めちゃくちゃ恐いんだけど。
「ごめんな、花蓮、響。俺がコソコソしたばっかりに、二人を不安にさせちゃったみたいで」
「だから、名前を……!」
「まあまあ、ちょっと落ち着いて」
いきり立つ二ノ宮さんを制して、僕はとりあえずこの場の仕切りを試みることにした。
基本的には鳶田を責める場とはいえ、全員が感情的になっていては話が進まないからだ。
それにしても鳶田の態度は、あまりにもふてぶてしい。
自分に否があることは分かっているはずなのに、よくこうも堂々とした態度でいられるものだと、ある意味では感心できる。
「鳶田。実は本当に相談してきたのは、ここにいる二人の方なんだ。元カレが言い寄ってくるってね」
僕がそう言うと、鳶田はピクリと眉を顰めた。
しかし何も言う気配はないので、そのまま僕のターンを続けさせてもらう。
「しかも聞いてみれば、二股かけて別れたってのに、また同じ二人に言い寄ってるらしいじゃないか。鳶田は知らなかったかもしれないけど、この二人は前の一件以来ずっと仲が良くて、同時進行されてるのも筒抜けだったんだよ」
よし、言ってやったぞ。
流石に二度目の二股は言い逃れ出来ないだろう。仮に暴力に訴えてきたとしても、こっちには簗木がいるからまず問題ないはずだ。
勝利を確信した僕の前で、しかし鳶田はニヤリと笑う。
「二人が仲良いなら好都合じゃん。今度は三人で仲良くやろうよ」
「……は?」
「な、何言ってんの、アンタ?」
鳶田の唐突な発言に、僕も二ノ宮さんたちも疑問の声を漏らした。
コイツ、まさかこの状況で二人とも口説く気なのか……?
戦慄する僕らを余所に、鳶田はまるで舞台俳優のような態度で話し出す。
「前は俺がコソコソしてたから、二人を不安にさせちゃったんだよな。でも今度は隠したりしないから、堂々と三人で愛し合おうぜ」
「ハァ!?」
「……意味分かんない」
二ノ宮さんたちだけでなく、僕も全く意味が分からない。
この状況で二人同時に口説くなんて、どういう神経をしてるんだ?
制服の袖が引っ張られたので横を見れば、小手毬さんも青い顔をしていた。その表情はどう見ても「気持ち悪い」と語っているようにしか見えない。おい、鳶田。お前は気付いてないだろうけど、僕なら小手毬さんにこんな顔されたら生きていけないぞ……。
「大丈夫だって。俺はこれでも度量はあるつもりなんだよ。二人相手でもちゃんと愛してやるって」
あまりに頭の悪い言い分を聞いて、クラクラしてきそうだ。
不意にスマホが振動したのでこっそり覗くと、『やっちまうか?』というメッセージが来ていた。差出人を見なくても、相手が誰かは一目瞭然だ。
部室の扉に目を向ければ、顔を覗かせた簗木が拳を握って僕の許可を求めている。気持ちは痛いほどに分かるけど、先制攻撃は後で不利になってしまうのでご法度だ。僕は簗木に向けて、小さく首を振って待機を続けるように指示した。
その間も鳶田の演説は続いていた。
三人でのデートの展望や、三人で過ごすメリットを語っている。
さっきは自分に心酔した舞台俳優のようだと思ったけど、今はまるでタチの悪い訪問販売員のようだった。
冷静に鳶田の様子を観察してみれば、一見余裕のようでその表情は硬いし、声の感じも少し強張っているように聞こえる。
もしかしたらこのトンデモ発言は本気で言っているのではなく、追い込まれた上での苦し紛れなのだろうか。そもそもこの二人に声をかけたこと自体、二股発覚でモテなくなったコイツの自暴自棄みたいなものだろうし。
要するに鳶田という男は、未だに人気者だった過去を忘れられないのだ。
「な? だから二人とも、俺とヨリを戻そうぜ。今度はちゃんとやるからさ」
「ちょ、やめなさいよ……」
マズいな……。二ノ宮さんが気圧され始めた。
彼女はサバサバした物言いに反して情に厚いタイプだけど、同時に人一倍のセンチメンタリストでもある。
鳶田のあまりに突飛な言動から来る恐怖に、飲み込まれているようだ。
これはそろそろ助け舟を出した方が……と考えた僕よりも先に動いたのは、二ノ宮さんの横に座っている内倉さんだった。
内倉さんは小さく震えている二ノ宮さんの肩を抱き、鳶田を鋭い目で睨み付ける。
「ふざけないで」
「え? ちょ、響? どうしたんだよ、急に……」
普段は大人しいはずの内倉さんの気勢に、鳶田が動揺を見せた。
鳶田だけではなく僕と小手毬さんも、それどころか隣にいる二ノ宮さんまで驚愕の表情で内倉さんを見ている。そんな中で彼女は、淡々と言葉を続けた。
「こっちが黙ってれば、さっきからバカみたいなことを好き放題……。花蓮ちゃんが嫌がってたから先生には言わなかったけど、もうこの辺が潮時だね」
「ま、待てよ! ただの恋人同士の喧嘩だろ!? 先生に言うようなことじゃ……!」
「恋人関係なんて、もうとっくに終わってるの。今の私たちは、あなたとは無関係の他人だよ」
「他人なんて、そんな……」
鳶田は完全に、内倉さんの雰囲気に押されている。
無理もないだろう。僕らだって、こんな内倉さんの姿を見るのは初めてだ。
内倉さんはここに来た時もそうだったように、二ノ宮さんを友達として大事に思っているのは分かるけど、基本的には二ノ宮さんが話しているのをニコニコと聞いているような印象が強い。
そんな彼女がこうして静かに怒りを表しているのは、凄く意外だった。
「大体その頭はなんなの? ふざけてるの?」
「あ、頭はお前らが……!」
「別に私たちは坊主にしろなんて言ってないでしょ? 反省してるからって、そっちが勝手にやったんじゃない。まあ単なるパフォーマンスだったみたいだけどね。今のその頭、凄くダサいよ」
「おい、響。あんま調子に――」
「調子に乗ってるのはどっち? さっきから名前で呼ばないでって言ってるよね? 言われてることも分からないなら、幼稚園からやり直して来たら? 本当は二度と話しかけないでくれるなら退学まではしなくてもいいと思ってたけど、したいなら好きにしていいよ」
「う……ああ……」
つ、強い……! 内倉さんが強すぎて、横で聞いてる僕ですらきついぞ……。
鳶田もすっかり意気消沈して、何も言い返せなくなっている。
何か言ってやろうとはしているみたいだけど、言ったらきつい言葉が返ってくるのが分かっているから、口をパクパクとさせているだけだ。
ちなみに二ノ宮さんは、内倉さんに肩を抱かれて完全に硬直している。友達のこんな姿を見たことがなかったんだろう。
追い込まれた鳶田は、いよいよ二人から目を逸らした。
逃げ場を求めるように部室内に視線を彷徨わせて、やがて僕――ではなく隣にいる小手毬さんに目を留めた。
そして九死に一生とばかりに、その表情に怪しい笑みを浮かべる。
「み、美薗ちゃん! 君も俺のこと好きだったでしょ!? 俺と付き合おうよ!」
「え? え?」
「……あ?」
コイツ、何を言ってるんだ?
ぶっ〇すぞ。
次回、愛し合う二人の前に、二股クソ坊主が立ちはだかる……!