41.二ノ宮 花蓮、二度目の恋④
二ノ宮さんたちから相談を受けて以降、僕は鳶田への対策を考えていた。
相談してきた二人には教師に打ち明ける意思はないようだから、とりあえずはこちらで対応するしかないだろう。
小手毬さんにまで被害が及ぶようなら僕も考えるけど、差し当たり鳶田からの被害は奴が口説いてくることくらいだ。いや、それも結構なストレスではあるだろうけど。
とはいえ被害を受けている当人が大事にしたくないのなら、それで済むうちは僕らだけで動くか。
「なんて、悠長なことばかり言ってられないんだよな……」
僕は思わず呟いてしまった。
確かに鳶田の行動は迷惑ではあるものの、危険性は低い。
しかし奴が危険か否かとは別の理由で、僕はこの件の解決を急がなくてはならない。
何故ならここ数日、小手毬さんのフラストレーションが確実に溜まってきているからだ。
温厚な小動物である小手毬さんがどうして不満を溜めているかというと、ずばり二ノ宮さんと内倉さんが原因である。
二人は最近、「相談に乗ってくれてるお礼」という名目で、甲斐甲斐しく僕の世話を焼いてくれている。
お菓子を持ってきたり……あとお茶を淹れたり。
昨日、小手毬さんと二人で放課後に部室へ行った時、先に来ていた二ノ宮さんたちがコーヒーを淹れていたのを見て、僕は本当に焦った。
青い顔になった小手毬さんがそのままガチ泣きするのではないかと、気が気ではなかったのだ。
幸い昨日は小手毬さんも持ちこたえてくれたけど、僕が彼女の「大事な話」を聞けていないのもあって、確実に不平不満は溜まっているだろう。
だから小手毬さんが爆発する前に、この件をどうにかしないといけない。
「というわけで協力してくれ、簗木」
「まあ、いいけどよ。そのクソ野郎をボコればいいのか?」
「いいわけないでしょうが」
僕が鳶田への対抗策として最初にやったのは、簗木に協力を取り付けることだ。
放課後になってすぐ、小手毬さんには先に部室へ行ってもらって、こうして教室で簗木と話している。
当然、このゴリラが言うように暴力で鳶田を懲らしめようというわけではない。
あくまで簗木は、鳶田が手荒な行動に出た場合の保険だ。
「とりあえずは話し合いだよ。それが拗れて向こうが暴れたりするようなら、お前に抑えてほしいんだ」
「まどろっこしいなあ……」
「仕方がないだろ。いきなりぶん殴るわけにもいかないし」
いや本当に、殴って終わりなら簗木に頼んだ時点で解決だ。
しかし現実はそうもいかないので、まずは二ノ宮さんたちと話し合いの場を設けて、鳶田を諦めさせるというのが今回のプランである。
どうやら二ノ宮さんたちは以前、二股の件で動いていたのが恋愛相談部――というか僕であることを鳶田に知らせていないらしいから、恋愛で困っている鳶田の相談に乗るという体で呼び出すことは可能だろう。
向こうは切羽詰まっていて、藁にもすがり付きたいだろうからな。
説得というか鳶田に話す内容としては、現在進行形で二人を口説いている件でいいだろう。
ただでさえ肩身が狭いが狭い二股野郎なのに、性懲りもなく二人の女子――それも前に騙した女子を口説いているとバレたら、流石にアレも愚行を止めるはずだ。
どうも二ノ宮さんたちは、お互いに仲が良くて情報のやり取りをしていることも、鳶田には話していないみたいだしな。
多分、女子だけの場でアレを刺激したくないとかだろうか。
「とにかく簗木は、アレが暴れたりした場合の保険だ。もしかしたら出番はないかもしれないけど……というか、出来ればないに越したことはないな」
「まあ、ボディーガードってとこだな。分かった」
「助かる。影戌後輩もそれでいいか?」
僕は横で黙ったままだった影戌後輩に声をかけた。
彼氏に荒事を任せるので、一応確認を取っておこうと思って彼女も呼び出しておいたのだが、特に不満はないようで……というか、妙に目を輝かせている。
「また篤先輩の快刀乱麻の活躍が見られると思うと、胸が熱くなります」
「君、ちゃんと僕の話聞いてた?」
活躍させるつもりはないというに。熱くしてるんじゃないよ。
まあ、異論がないというなら別にいい。
「それにしても、私がいない間にそんなことになっていたとは……」
「まあ、それも明日までだ。僕は今から鳶田に声をかけてくるよ」
早く解決しないと、小手毬さんのフラストレーションがヤバいからな。
それに二ノ宮さんたちのコーヒーも悪くないけど、そろそろ小手毬さんと二人で彼女の淹れてくれたコーヒーを飲む日常が恋しくなってきた。
なんだか相談が来る度に、僕はそんなことを言っている気がするけど。
「ちょっと、あなたたち。いつまでも残っていないで、用がないなら帰りなさいな」
「あ、茅ヶ原先生」
鳶田のところへ行こうとしたタイミングで、おそらく校内の見回りをしていたであろう担任の茅ヶ原先生がやって来た。
不躾な視線を向けられてしまっているけど、今の僕らは用もないのに教室でダラダラしているように見えるだろうから仕方ないだろう。
「すみません。もう出ますね」
「ええ、そうして頂戴。ハァ……こう忙しいと婚活してる暇もないわね……」
「……婚活?」
茅ヶ原先生の口から漏れた言葉を繰り返すと、先生は「マズいことを言った」という表情で自分の口を押えた。僕らに聞かせるつもりではなく、思わず口に出してしまったんだろう。
それにしても婚活か……。茅ヶ原先生は確か今年で二十六歳だったか。教師としては、まだまだ若手の方だ。
今時の気風を考えると焦るような年齢でもないと思うんだけど、その辺は個人の考えや事情というものがあるんだろう。
「な、何でもないわよ。ほら、鍵閉めちゃうから、早く出なさいな」
「はぁ……分かりました」
「うっす」
「失礼します」
各々挨拶をしながら教室を出ると、先生は扉の施錠を始めた。
その横顔を盗み見ながら、僕は先生の言った「婚活してる暇もない」という言葉について考える。
茅ヶ原先生は少しきついタイプではあるけど美人には違いないし、おそらく異性が靡かないというより時間が取れなくて接する暇がないのではないだろうか。
「さて、これでいいわね。あなたたちも、早く帰るなり部活に行くなりしなさい」
「茅ヶ原先生」
言い聞かせてその場を立ち去ろうとする先生を、僕は呼び止めた。
これから言うことはかなり失礼かもしれないけど、一応言うだけ言っておこう。
「もしお困りなら、お気軽に恋愛相談部にお越しください」
「恋愛相談部って……ああ、あなたが部長をやってる?」
流石に担任なので、僕の所属している部活も把握していたようだ。
先生は少し考え込んだ後、苦笑いをして僕に言った。
「流石に生徒に相談するほど、切羽詰まっていないわ。あなたたちこそ恋愛も大切かもしれないけど、学生の本分を忘れないようにしなさいな」
そう言うと先生は、今度こそ僕らに背を向けて歩いて行った。
きっと次の見回り先へと向かうんだろう。
少しストレートに言い過ぎたかと反省していると、影戌後輩と簗木が僕にジト目を向けていた。
「真壁先輩。女性のデリケートな部分を突くのは、どうかと思いますが」
「いや、僕も失礼だとは思ったんだけど……なんかこうビビッと来たというか」
「おいおい、小手毬の次は先生かよ。節操ねえな」
「そういうんじゃないっての」
本当にそういう話ではないのだ。
もっとこう……嫌な予感がするというか、面倒な気配がするというか。
まあ、こういう予感は外れてくれるに越したことはない。
今は目の前の問題を先に片付けてしまおう。
僕は二人と別れて、鳶田を探し出しすべく行動を開始した。
二ノ宮さんたちの鳶田への対応が中途半端なのは、多分バレバレだと思いますが
ある理由で恋愛相談部に来たかったからです。