03.小手毬 美薗の相談②
一度、話し出してしまえば、意外に小手毬さんの語り口は軽快だった。
どうも彼女の友人も本人同様に気の弱い子が多いらしく、今回の件について相談できなかった以前に、これまで恋バナなんてしたことなかったようだ。
つまり彼女にとっては、これが初めての真面目な恋バナである。浮かれるのも止む無しといったところだろう。
で、彼女と意中の相手――鳶田の関係だけど、今のところは小手毬さんが気になっているだけで、特に特別親しい関係というわけでもないらしい。
どうも二年生から始まった選択授業で隣の席になり、向こうから話しかけられているうちに意識するようになった、という話のようだ。要するに片想いだな。
「その……私みたいな地味な子じゃ、鳶田くんみたいな恰好いい男子と釣り合わないかもしれないけど……」
恥ずかしげに俯く小手毬さんの話を聞きながら、僕は彼女の容姿を改めて観察した。
高慢にも批評めいたことを言わせてもらうなら、小手毬 美薗という女子は可愛い部類に入るだろう。決して派手ではないし目立たないが、顔立ち自体は十分に整っている方だと思う。
女子の平均程度もしくは、やや低めの身長。濃い茶色のミディアムヘア。小動物的な雰囲気もあって、綺麗というよりは確実に可愛い系である。
僕の見立てでは「クラスで一番の美人は?」という質問なら名前は出ないが、「クラスで一番好きな女子は?」という質問なら何人かに名前を挙げられるのではないだろうか。
「小手毬さんは、十分見た目はいいと思うけどね」
とはいえ、いわゆるスクールカーストという点では、確実に鳶田とは差がある。
向こうはバリバリのイケメンスポーツマンでカーストトップなのに対して、小手毬さんは自分と同じ大人しい女子とつるんでいることが多い。
正直、小手毬さんの容姿なら女子の上位グループに入り込むことも可能だろうが、彼女はそういうカースト的な駆け引きはしないタイプなのだろう。まあ仮に上位グループに混ざったところで、気苦労も少なからずあるだろうしな。
「え、そ、そんなことないよ……私なんて」
「いやいや、そんなことあるって」
と、まあそれは普通に彼女と鳶田をくっ付ける場合の問題点である。本来なら僕は彼女がの恋が成就するように尽力するべきなのだが、今回はそうもいかない事情があるのだ。
「ただ、こうして相談してくれたのに申し訳ないんだけど……。小手毬さん、鳶田のことは諦めた方がいい」
「えっ?」
僕の言葉に、小手毬さんは呆気にとられた表情になる。
さっきまで「相談に乗る」と息巻いていた人間が、急に手のひらを返して「諦めろ」と言ってきたのだから、当然の反応だろう。彼女からすれば、勇気を出して事情を話したのに裏切られたという気分なのかもしれない。
「ど、どうして? 真壁くん、私のこと可愛いって言ってくれたのに……」
いや、正確には「見た目は十分いい」だったと思うんだけど。似たようなものか。
とはいえ、自信がない彼女に「そんなことないよ」と励ましたのに、次の瞬間には「でも諦めた方がいいよ」なんて言われても、小手毬さんにはわけが分からないだろう。
もちろん、その理由はちゃんと説明するけど。
「小手毬さんの問題じゃなくて、そもそも鳶田には彼女がいるんだ」
「え? でも、鳶田くんはそんなこと……」
「それ、鳶田から直接聞いたの? 『彼女はいない』って」
「う、ううん。何となく、彼女とかいそうな雰囲気じゃないなって……」
まあ、そうだろうな。小手毬さんの性格上、彼女から鳶田に彼女の有無を直接尋ねるような真似はしないだろう。
そんなことを聞いたら、自分が鳶田に好意を持っていると白状しているようなもの。……実際はそうでもないかもしれないが、少なくとも内気な小手毬さんならそう思うはずだ。
「鳶田には彼女がいる。これは間違いない」
「……そんな」
僕がキッパリと断言したのを見て、それが事実だと認識したのだろう。小手毬さんは傍から見て分かるほどに肩を落として、落ち込んでいる様子を見せた。
「初恋だったのに……」
こう落ち込まれると、こちらとしても心苦しいものがある。だからといって彼女に「横から彼女の座を奪い取れ」だなんて言えるわけないし、そもそも彼女にそんなことができるとも思えない。
「恋愛相談部なら、恋の悩みを解決してくれるんじゃなかったの……?」
「ん?」
「何でも解決してくれるって、噂になってたのに」
これは、まあ八つ当たりだろうな。内気な小手毬さんなりに初恋をしたのに、何もしないうちにあっさり終わってしまったので、手近なところにいる僕に責任の所在を求めているんだろう。
こういう反応は、ここに相談に来る人間のものとしては特に珍しくない。それに小手毬さんが本気で僕が悪いと思っていないことも理解している。伊達に恋愛相談部の部長などという、恥ずかしい肩書を背負っているわけはないのだ。
だから、ここは部長として恋の悩みを解決するため、フォローをしてあげよう。
「小手毬さん。解決って言うけど、この場合はどうなったら満足できるんだ?」
「え?」
「僕が小手毬さんを手助けして、鳶田の彼女から彼を寝取る? そうしたら君は満足できるのか?」
「ねとっ……そ、そんなこと……っ」
僕の言葉を、小手毬さんは慌てて否定する。
だが小手毬さんの恋を成就させるとなると、どうしても今の恋人の存在がネックになる。そうなれば自然と、寝取るしか選択肢がなくなるだろう。
それを理解できたのか、小手毬さんは消沈した様子を見せた。
「ごめんね、真壁くん。私、八つ当たりしてた……」
「こういう時の反応には慣れてるからね。あまり気にしなくてもいいよ」
僕としては素直に言ったつもりだったけど、それでも小手毬さんは落ち込んだままだ。
まあ八つ当たりには違いないし、反省するのはいいことだろう。
とはいえ、こう沈んだ姿を見ていると、どうにも保護欲が湧いてくる。
「それに――」
だから言おうかどうか迷っていたことを、彼女に伝えることにした。
「鳶田の彼女は一人じゃない。彼は浮気中で、二人の恋人がいるんだ」
「……へぇ?」
突拍子もない発言だったせいか、小手毬さんは気の抜けた反応を返してきた。目を潤ませながら口を半開きにしている表情というのは、なかなか珍しい。
流石に女子のそんな顔に言及するのは野暮なので、僕は指摘などせずにそのまま話を続ける。
「最初の彼女との付き合いは、普通に恥ずかしくて周りには黙っていたらしい。だけどそれを知らない二人目の彼女から告白されて、魔が差したんだろうね。今は二人と同時進行で付き合ってる、立派な二股野郎だよ」
「え、え? 二股? 鳶田くんが? そんな……」
仮にも一度は惚れた相手が、そんな男だとは思いたくないのだろう。小手毬さんは狼狽えながら、「そんなまさか」と鳶田の罪を否定しようとする。だが残念ながら、これは純然たる事実なのだ。
「な、何で真壁くんが、そんなこと知ってるの?」
「相談を受けたんだ。鳶田の一人目の彼女から」
「ええ!?」
これは予想していなかったのだろう。小手毬さんは驚きの声を上げた。
小手毬さんにとって恋愛相談部とは、好きな相手と付き合う方法を相談する場所というイメージだったんだろうけど、我が部は付き合った後の悩みにも当然対応している。むしろ最近は小学生や中学生から付き合うような生徒も多いので、むしろ付き合った後の悩みの方が相談件数としては多いくらいだ。
「鳶田はまあまあ要領よくやってたみたいだけど、どうしても二人同時進行だと違和感は出てくるからな。不審に思った彼女から相談があって、僕が調べたんだ」
「探偵みたい……」
感心したような目を向けられるが、まさしく探偵そのものだ。鳶田の周囲に聞き込みをして、行動範囲や最近の変わった行動などを探り、真相に辿り着いた。もしかしたら将来はこれで食っていけるのかとも思ったけど、探偵って儲からなそうだな……。
「その結果は一人目の彼女にも知らせたし、何も知らなかった二人目の方にも教えておいた。だから近いうちに、鳶田の恋人関係は修羅場になると思うよ」
「うわあ……」
女子二人から責められる鳶田の姿を想像したのだろう。小手毬さんが引き攣った笑顔になる。まあ鳶田は自業自得だけどね。
それよりも、僕が小手毬さんに伝えたいのは別のことだ。
「だから……小手毬さんが落ち込む必要なんてない。小手毬さんは、鳶田なんかには勿体ないよ」
こんなか弱い小動物が、三股の毒牙にかからなくて本当によかった。
鳶田の彼女二人も真相を聞いた時は落ち込んでいたが、どちらも気の強いタイプで立ち直りは早かった。まあ彼氏をどう料理してやろうかという方向で、自分を奮い立たせていたようだから、鳶田はえらい目に遭うかもしれないが。
「真壁くん……ありがとう」
とりあえず今は小手毬さんが笑顔でいられるなら、それでいいだろう。