38.二ノ宮 花蓮、二度目の恋①
週末のトリプルデートは小手毬さんの愛らしさを堪能し、水澤先輩の相談を無事解決、さらには帰り道で杉崎先輩と久々の再会を果たすなど、大成功に終わった。
先輩からも「鬼畜眼鏡」呼ばわりされたのは、若干気になるけど。
去年はそんな呼び方してなかったはずなのに……。
ずっと冗談というか単なる嫌味だと思ってたけど、影戌後輩が言う「鬼畜さが滲み出てる」みたいな表現は、実は真実だったりするんだろうか。
「なあ、簗木。僕ってそんなに鬼畜っぽいのか?」
「たまに何か企んでそうな顔してるとは思ってるぞ」
「マジかよ」
自分では気付いてなかったけど、そんな顔をしていたらしい。
多分、恋愛相談の解決策を考え付いた時だろうか。
でもいつも横で見てる小手毬さんは、何も言わないんだよな……。
僕がそう言うと、簗木は呆れたような顔で返してきた。
「まあ、小手毬はお前に、ほら……アレだから、気にならないんだよ」
「アレって何だよ。気になるでしょうが」
「……惚れてるってことだよ」
「よせよ、照れるじゃないか」
「何なんだ、お前」
そうかそうか。小手毬さんは僕に惚れてるのかな、やっぱり。
そろそろ僕もキッチリ身を固めるべきだろうか。
杉崎先輩と二人になる時も「恋愛相談」って言ってたしな。
「でもよお、真壁」
「なんだ?」
「今日の小手毬、なんか少し変じゃねえか?」
そう言われると確かに。
というか、僕も薄々様子がおかしいとは思っていた。
今日の小手毬さんは、朝から何か言いたそうだけど声かけてこないんだよな。
「お前から言ってやればいいじゃねえか」
「でもモジモジしてる小手毬さんも、可愛くないか?」
「……お前、それ俺が頷いたら怒る奴だろ」
まあね。小手毬さんを愛でるのは、僕一人で十分だ。
その日の放課後――部室に来ても、小手毬さんの様子はおかしいままだった。
「影戌後輩が邪魔ってわけじゃないけど、二人きりだと落ち着くね」
「そ、そうだね……。やっぱり慣れてるからかな」
僕の言葉に同意したものの、小手毬さんはどう見ても落ち着いていない。
流石に二人きりの状況で無視したりしないし、いつも通り美味しいコーヒーも出してくれるんだけど、やはり何か言いたげな雰囲気を漂わせている。
ちなみに影戌後輩は、今日は簗木のトレーナー業務に精を出している。
先週は水澤先輩の件で、恋愛相談部に掛かりきりだったからな。
しかし小手毬さんには、そろそろ僕から話を促した方がいいんだろうか……。
そう考えたところで、話題を作るのにお誂え向きのものがあるのを思い出した。
「小手毬さん、これなんだけど」
「なあに? 真壁くん」
僕が鞄から取り出したものを、小手毬さんが覗き込む。
それは一緒に行った動物園で買った、デフォルメされた動物のストラップだ。
「デートの記念だよ。帰りに渡そうと思ったんだけど、先輩に会ったからさ」
正確には先輩に追い返されたので、有耶無耶になってしまった。
ストラップを見た小手毬さんは、嬉しそうに目を輝かせている。
「い、いいの? 私、何も買ってなかったのに……」
「もちろん。二つあるから、両方あげてもいいしお揃いでもいいよ」
「お、お揃い! お揃いがいい!」
そう言って、改めて二種類のストラップを見比べる小手毬さん。
僕が買ってきたのは、子犬とリスの二つだ。
どちらか決めあぐねているようで、うんうんと唸っている。
「どっちも可愛いから、悩んじゃうなあ」
どうせ一番可愛いのは小手毬さんだから、どっちでも同じだと思う。
なんてことは、流石に口にしないけど。
「迷うようなら、やっぱり二つともあげても……」
「ううん! お揃いがいいから! ちゃんと選ぶね」
そう言って小手毬さんは、再び真剣に悩み始めた。
しばらく唸っていたけど、直に決めて頷いた。
「うん。このワンちゃんの方にするね」
「そう? じゃあ、はいこれ」
どうやら子犬の方に決めたらしいので、小手毬さんに渡してあげる。
僕も小手毬さんはリスのイメージがあるから、どうせ自分のスマホなんかに付けるなら、こっちの方が良かったんだよね。
彼女に好きな方をちゃんと選んでほしかったから、敢えて言わなかったけど。
「ありがとう、真壁くん。大事にするね。それと……大好き!」
最後に付け加えられるように言った「大好き」に、心臓が止まりそうになる。
どうにかこの動揺を小手毬さんに悟られないように、「僕もだよ」とお決まりの返しをするので精一杯だった。
「えっと……そ、それでね?」
僕が自分の中の「小手毬さん大好きゲージ」が溜まるのを実感していると、小手毬さんは恥ずかしげな表情で僕の方をチラチラと見てきた。
そういえば元は小手毬さんが何か言いたげだから、話題を振ったんだったか。
僕を見る小手毬さんの顔は真っ赤で、愛らしさに思わず抱き締めたくなる。
いや、別に真っ赤な顔じゃなくても、いつだって抱き締めたいんだけど。
それにしても、これじゃあまるで告白のシーンみたいだな……。
先輩に相談していた件もあるし、これはもしかするのではないだろうか。
つ、ついに小出毬さんと恋人になるのか? 今更ながら緊張するな。
「わ、私ね」
「うん……」
「私、真壁くんと――」
「助けて、真壁!」
今まさに一番いいところだったというのに、突然の来訪者が現れた。
部室の扉をノックもせずに開き、僕に助けを……え、『助けて』?
「もーマジでヤバいんだってば! 助けてよ、真壁!」
挨拶もなしで部室に飛び込んできたその人物は、ソファに座っていた僕に縋り付くような体勢になり、必死の形相で助けを求めていた。
急な展開で驚いたが、僕は彼女を知っている。
「ちょ、いきなりどうしたの? 二ノ宮さん」
僕が名前を呼ぶと、ギャルっぽい女子生徒――二ノ宮 花蓮さんは、少し薄い眉を吊り上げて怒り出す。
「だから助けてって! マジでヤバいの!」
「いや、マジで分からないから。何がヤバいのか説明してよ」
「ううう……もー、仕様がないなー」
僕が説明を求めると、二ノ宮さんは不承不承という感じで頷いた。
久々に会ったけど、相変わらずだな彼女は。
「え、えっと……真壁くん、その人は? なんか、仲良さそうだけど……」
「え、そう? あたしと真壁って、仲良さそうに見えちゃう? やー、そんなこと全然ないんだけど……って、アンタ誰?」
僕の隣に座っていた小手毬さんは、二ノ宮さんとは初対面らしく困惑していた。
二ノ宮さんも同様で、僕にしがみ付きながら目を瞬かせている。
ていうか、そろそろ離れなさいよ。
「えー、彼女は二ノ宮さんっていって、僕らと同じ二年生」
まずは二ノ宮さんの紹介をしようと、小手毬さんに向けて話す。
彼女の詳細まで教えるかどうは一瞬迷ったけど、小手毬さんも一応話だけは知っているし、言ってしまっても大丈夫だろう。
「それと……鳶田の元カノだよ」