37.悩める乙女・小手毬ちゃんと過去から来た彼女③
「その日は雪の日で、うちの入試試験の日でもあったんだよ」
確かにそう言われると、入試の日は雪が降っていた覚えがある。
「本当なら在校生は休みなんだけど、あたしは野暮用があって学校に来ててさ。そこで一枚の封筒を拾ったんだよね」
言いながら利佳子さんは、紅茶を飲んで一息つく。
こういう言い方は失礼だけど、意外と優雅な飲み方をする人だと思った。
「悪いとは思ったんだけど、中身を少し見させてもらって。そしたら『これは今すぐ届けないとヤバい』って思って、試験が始まる前の教室を探し回ってたら、ちょっと泣きそうな顔で焦ってるまかべぇがいたってわけ」
泣きそうになってる真壁くん……。
なんだろう、想像しただけで凄く心がときめく。
真壁くんのそんな姿を見たら、抱き締めて頭を撫でたい衝動を抑えられないかもしれない。
「ん? あの、その封筒の中身って……」
「そう――受験票だったんだよ」
ああ、受験票かあ。
確かにそれは大事だよね。なかったら試験が受けれないかもしれないし。
「そ、そうですか。それで、その後は何があったんですか?」
「え? それで終わりだけど?」
「終わり!? え、それだけ? あ……ごめんなさい」
流石に「それだけ」なんて言い方は、失礼だったかもしれない。
私が謝ると、利佳子さんはクスクスと楽しげに笑った。
「いいよいいよ、本当に『それだけ?』って感じなんだからさ。あたしも気にしないでいいって言ったんだけど、まかべぇってば『このご恩は絶対にお返しします!』なんて言っちゃって。その時、恋愛相談部はあたし一人だったから、何気なしに『じゃあ入学したら、うちの部活に入ってよ』って言っちゃったんだよね」
真面目な真壁くんなら、ありそうな話だ。
「そうしたら、本当に入ったと……?」
「そういうこと。別に有耶無耶にしたってよかったのに、わざわざ私のいる部活を探してさあ。『約束通り来ました!』って。いやー、あれはビックリしたね」
そう言って笑う利佳子さんは、どこか昔を懐かしんでいるように見えた。
なんてことないような言い方をしているけど、きっと真壁くんと二人で過ごした一年は、彼女にとっても大切な思い出なんだろう。
「恋愛相談部を任せたのだって、そこまで本気じゃなかったんだけどね。気軽に『あたしが卒業した後はよろしく』って言っただけなんだけど」
なのに真壁くんは、先輩のために自分がいる間はずっと部を守ろうとしている。
今は知麻ちゃんもいるから、少なくとも再来年までは安泰のはずだ。
「そもそも恋愛相談部って、あたしが趣味……っていうか、好きでやってたことを効率的にこなすために作ったようなものだし」
「え、そうなんですか?」
そういえば、さっき『元祖部長』って言ってたような気がする。
言葉通りなら恋愛相談部は、利佳子さんが設立した部活ということだろう。
「あたしは元々、人の相談に乗るというかお節介を焼くのが好きでね。だけどあんまり過干渉なのは良くないから、人から頼まれた時だけそうするようにしてたんだけど、それだと結構面倒だったり相談に来れない人もいたんだよ」
確かに余所の教室まで行ったり、女子個人にアポを取るのは面倒かもしれない。
そういう手間を無くして、相談を受けやすい環境を作りたかったんだろう。
「あたし、これでも成績は良くてさあ。そういうとこで色々と信用を稼いでたお陰で、思ったよりトントン拍子で相談のための場所が実現しちゃったってわけ」
「す、凄いですね……」
部活を一から一人で作るのもそうだけど、誰かの相談に乗ったり世話を焼くのが好きという理由で、そこまで出来るという熱意が何よりも凄いと思った。
真壁くんが恋愛相談部を存続させようとしているのは、きっと利佳子さんへの感謝だけじゃなくて尊敬という意味合いも強いんだろう。
「そんなお節介焼きの元祖部長様から言わせてもらうと、まかべぇの本命は小手毬ちゃんで間違いないと思うよ?」
「本命が、私? で、でも真壁くん、利佳子さんと同じ大学に行くって……」
「ああ、それはあたしの大学の名前聞けば、すぐ分かると思うけど」
利佳子さんが続けて私に言った大学の名前は、この辺りから通える範囲では最もメジャーなところだった。
なるほど、そこなら真壁くんも私も、自然とそこに行く可能性が高い。
利佳子さんを追いかけるというより、結果的に同じ大学に行くだろうという話だったみたいだ。
「じゃあ私は置いてかれないんですね……」
「なに、置いてかれると思ったの? あのまかべぇが、そんな真似するわけないじゃん。心細そうな顔しちゃって、小動物みたい」
なんて言って、笑われてしまった。
……真壁くんも時々言うけど、私ってそんなに小動物っぽいのかな。
「再来年になったらさ、まかべぇと一緒にあたしの大学に来なよ。今度は小手毬ちゃんも正式な後輩として、可愛がってあげるからさ」
「お、お手柔らかにお願いします……」
「あははっ。その時には、まかべぇと恋人になれてるといいね?」
「……はい」
絶対になろう。利佳子さんの後輩も、真壁くんの恋人も。
あれ? そういえば利佳子さんって、自分の恋人はいないのかな?
利佳子さんだって凄く美人だし、こんなに頼れる人なら好きになる人だって、たくさんいると思うんだけど。
「あの……利佳子さんって、今は彼氏とかいないんですか?」
「ん? あたしの恋人? 今はいないなあ。基本的に悩んでる人にばっか絡んでて、解決すると他の人のとこに行く感じだからさ。そういう意味では、一人の男と一緒にいたのは、まかべぇが間違いなく一番長かったね」
そういうと利佳子さんは、ニヤリと笑いながら私を見た。
「ぶっちゃけ言うと、まかべぇに告られたら付き合ってたかな。ちょっとアレなとこもあるけど真面目だし、まあ好きではあるよ」
「ええー、止めて下さいよ。利佳子さん相手じゃ、勝てないですよ」
「あははっ。まあ、あたしから告るほど好きってわけでもないから、安心しなよ」
そう言われても、なんだか安心できない。
この後は、二人で他愛もない話を楽しんだ。
真壁くんの昔の話だったり、お互いが最近解決した相談の話だったり。
利佳子さんは三人目の後輩である知麻ちゃんにも興味津々で、今度連れてきてほしいとお願いされてしまった。
きっと知麻ちゃんも、利佳子さんとなら仲良く出来るだろう。
ひとしきり話し終えて、利佳子さんと別れて家に帰る。
利佳子さんは送迎のために真壁くんを呼び出そうとしていたけど、流石に悪いので断っておいた。
それに今、真壁くんに会うのは少し恥ずかしい。
だけど近いうちに私の気持ちをちゃんと伝えて、真壁くんと恋人になろう。
そうしないと、大学に行ったら利佳子さんに取られちゃいそうだしね。
恋人として一緒に進学する未来を、私は実現すると決意した。
「真壁くんは恩とか言ってるけど、実は割とショボい理由」というのは、
最初から決めていた設定です。
今回は最初から小手毬ちゃん視点なので、これで終了になります。
真壁くんと小手毬ちゃんが付き合う前に消化しておきたいフラグが二つ
ありまして、一つは今回の先輩エピソードです。
残る一つは次章で消化……ということで、次章では存在はしていたけど
登場していなかった人たちが出てきます。