36.悩める乙女・小手毬ちゃんと過去から来た彼女②
やや強引に私の相談を受けると決めた利佳子さんは、戸惑う私を連れて近くにあったカフェに入った。
ちなみに真壁くんは「今からガールズトークするから、鬼畜眼鏡は家に帰りな」と利佳子さんに言われて、しょんぼりしながら帰って行ってしまった。あのシュンとした表情を見ると、抱き付いて慰めたくて堪らなくなるけど、流石にそれを言い出せる空気じゃなかったので我慢した。
「好きなもの頼んでいいよ。あたしの驕りだから」
「え、でも……」
「小手毬ちゃんも恋愛相談部なら、あたしの後輩ってことでしょ? 遠慮しないの。あ、だけど『ここからここまで全部』みたいなのは無しね?」
利佳子さんがそう言うので、私は紅茶をご馳走してもらうことにする。
何となく、コーヒーを注文する気にはなれなかった。
この大人っぽい振る舞い。
真壁くんが本当に利佳子さんのことを好きだとしたら、私に付け入る隙なんてあるのかな……。
「さーて、それじゃあ相談に乗っちゃおうかな。最近は大学の同級生ばっかだから、あんまり甘酸っぱい感じの相談がなかったんだよねー。どいつもこいつも変にドロドロしてるっていうか……」
「お、大人なんですね……。大学生にもなると」
「あっはは、そうでもないよー? 実際に細かいとこまで話を聞くと、意外と単純なことで悩んでたりするんだよね。結局、納得できるかどうかだよ、こういうのは」
「納得……」
それは私が初めて恋愛相談部に行った時、真壁くんが私に語ってくれた言葉でもある。
同じ言葉が利佳子さんの口から出てきたことで、やっぱり二人の間には私の知らない絆のようなものがあるのだと実感してしまった。
「ありゃ、ちょっと落ち込んじゃった? あー、あれか。まかべぇも似たようなこと言ってたかな?」
私の表情を見て内心を察したらしい利佳子さんが、そう言ってきた。
そんなに分かりやすい表情をしていただろうか……。
「わ、分かるんですか?」
「まあね。恋愛相談で大事なのは、観察力とか洞察力だよ。もっと乱暴に言うと『想像力』とか『こじつけ力』でもいいかもね」
「こ、こじつけですか?」
思ったよりも聞こえの悪い言葉が出てきた。
困惑する私を見て、利佳子さんは面白そうに笑う。
「乱暴言うと、だけどね。今の場合は小手毬ちゃんが少し落ち込んでるっぽかったから、直前の話でどこに原因があるか考えて、多分『そこ』だろうって感じで、こじつけたわけ。まかべぇにも、この『納得』の話はしたことあったしね。律儀に覚えてるのは意外だったけど」
「……それだけ利佳子さんを尊敬してるってことじゃないですか?」
言葉は少しぶっきらぼうだけど、真壁くんが自分の言ったことを覚えていたと聞いて、利佳子さんは少し嬉しそうな様子だった。
そんな彼女を見て、私の反応もつい刺々しくなってしまう。
「いや、ほんっと。あのまかべぇが、こんなに青春してるなんてねえ」
だけど利佳子さんは、そんな私の態度に気を悪くした様子もなく、ニヤニヤとした顔で私を見ている。
「まかべぇとは、どんな感じなの? 気持ちは伝えてないわけ?」
「……一応、ちょくちょく『大好き』とは言ってます」
「え、そこまで言っちゃってるの?」
今度は一転して、利佳子さんは驚いた表情になった。
多分、私が真壁くんに「大好き」と言っていることが意外だったんだろう。
そこまで話してしまうのは少し恥ずかしかったけど、利佳子さんの鼻を明かせたような気がして、ほんのちょっとだけ気分が良かったのは内緒だ。
「えー? でも付き合ってないんだ……。何か理由とかあるの? 別に言いたくなかったら、無理には聞かないけどさ」
「理由……」
利佳子さんの言葉に、私は少しだけ考え込む。
当たり前だけど、真壁くんが私と付き合わない理由を、ハッキリと聞いたことはない。それを聞いた時点で、私が真壁くんと付き合いたいって告白しているようなものだし。
まあ、今の時点で「大好き」とは何度も言ってるわけだし、私の気持ちが伝わっていないわけはないと思うんだけど。
それでも私が真壁くんに「大好き」と言えても、「付き合いたい」と言えない理由ならある。
もしかしたら真壁くんも、同じ理由で言わないのかもしれないと思っているものが。
ひとつは目の前にいる先輩のこと。
そして、もうひとつが――。
「私、最初は恋愛相談をする側として、真壁くんのところに行ったんです」
「へえ。まかべぇとのことで……じゃないよね? 当たり前だけど」
利佳子さんの言葉に、私はコクリと頷いた。
もしそういう展開だったのなら、私はとっくに付き合うか振られるかしているだろう。
「他の男子とのことです。今はもう、その……真壁くんのことが好きなんですけど、その時は違ってて……」
やっぱり真壁くんも、それが理由で私にハッキリと言ってくれないのだろうか。
それとも本当は利佳子さんのことが一番好きで、私の気持ちには応える気なんてないのかもしれない。
堂々巡りで落ち込みだした私を見て、利佳子さんは溜息を吐いた。
「ったく……あの鬼畜眼鏡は」
ま、また鬼畜眼鏡って……。
真壁くん、それを言われると落ち込んじゃうのに。
最近は知麻ちゃんに呆れられた真壁くんを慰めるのが、私の密かな楽しみだったりするんだけど。
私の視線が非難めいて見えたのか、利佳子さんは付け加えるように言った。
「女の子の気持ちを知ってて有耶無耶にする眼鏡なんて、鬼畜で十分でしょ」
「そ、それは私が他の人のことを……」
「あーあー、そんなの関係ないない」
私が真壁くんのことを擁護しようとすると、すぐに遮られてしまった。
「まかべぇが小手毬ちゃんと付き合ってないのは、もっと仕様もない理由だよ。……まあ、それについては本人に確認した方がいいかな。とりあえず今は、あたしとまかべぇの昔のことを教えてあげる。気になってるんでしょ?」
「は、はい……」
私が頷くと、利佳子さんも頷き返してくれる。
「あたしがまかべぇに初めて会ったのは、アイツが高校に入る前――」
そして、真壁くんと彼女の過去が語られる。