35.悩める乙女・小手毬ちゃんと過去から来た彼女①
ど、どうしよう。
こんなことになるなんて、思ってもいなかった。
「いやー、まかべぇ。久しぶりじゃーん! ちったあ背ぇ伸びたかー?」
「もうそんなに伸びるような歳じゃないですよ、先輩」
「あーん? 何だ、お前。一丁前に大人ぶってんのかぁ?」
私の目の前で真壁くんと親しげに話しているのは、道端で偶然会った杉崎 利佳子さんという大学生。
少し派手だけど決して下品ではない、美人なお姉さんという感じの人だ。そんな彼女が真壁くんと仲良くしているのを、私はただ見ていることしか出来なかった。
「初めて会った時は、あんなに心細い顔してたくせになぁ」
「いや、まあ……その節は大変お世話になりました」
「いいっていいって。あたしとアンタの仲じゃん? 相変わらずかったいなー、まかべぇは!」
けらけらと楽しそうに笑うこの人こそ、真壁くんが以前から口にしていた「大恩のある先輩」らしいんだけど……。正直な感想を言ってしまうと軽い、なんかもう軽すぎだよ!
真壁くんの「先輩」については、時々話に出てくる内容から女の人だっていうのは察していたけど、こういうタイプの人だとは思ってもみなかった。
私の勝手な想像の中では、凄く理知的なお姉さんが現れて「わ、私なんかより、ずっと大人っぽい……! でも諦めない!」なんて展開になるものだと思っていたのに。
まあ、利佳子さんも私なんかに比べると、ずっと大人っぽい人なのは事実なんだけど。ちょっと大人の方向性が、想定とは違うというか……。
で、でも真壁くんと親しげなのは事実だし、利佳子さんにだって負けてられないよね。
真壁くんのことを一番大好きなのは、私なんだから!
「先輩は大学でも、相談に乗ったりしてるんですか?」
「あー、まーねぇ。今は一年だから同級生くらいだけど」
「来年には下級生からも相談されそうですね」
「やっぱ、まかべぇもそう思う? ダルいなぁ……。まかべぇ、アンタさっさと大学来て、あたしの手伝いしてよ」
「手伝うのは望むところですけど、再来年まで待って下さいよ」
「あーん? あたしのために飛び級くらいしてこいっての」
ダ、ダメだ……。私が口を挟む余地が全然ない……!
真壁くんって、私が相手だとニコニコして話を聞いてくれる感じなんだけど、利佳子さん相手だと雰囲気が違うんだなあ……。
簗木くんや知麻ちゃん相手の時とも、少し違う気がする。
ていうか真壁くん、利佳子さんと同じ大学に行くの決定してるんだ……。
やっぱり利佳子さんのことが好きで、追いかけて行っちゃうのかな? 私は置いてかれちゃうのかな……?
ううん、違う。真壁くんは、きっと私を置いて行ったりしない。
私が「大好き」って言うと、いつも「僕もだよ」って言ってくれるもん!
「つーか、まかべぇ。あの子、ほっといたらダメでしょ。彼女じゃないの?」
き、気遣われた……。いい人だよ、利佳子さん!
「いや、彼女ではないですけど、まあその大事な……」
「お? なんだよ、まかべぇ。見ない間に青春してんじゃん」
大事な? 今、大事なって言わなかった? つ、続きは……?
真壁くんが続きを言ってくれるかと思って視線を送ったけど、利佳子さんにからかわれて口を閉ざしてしまったので、その先は聞くことが出来なかった。
そして真壁くんは気を取り直すように、私のことを利佳子さんに紹介する。
「えっと……彼女は恋愛相談部の部員ですよ。僕のクラスメイトでもある、小手毬 美薗さんです」
「恋愛相談部の? へー、まかべぇってば、ちゃんと続けてたんだ」
意外、といった感じの顔を見せた利佳子さんに、真壁くんは誇らし気な顔で返す。
「もちろんですよ。先輩に託された部ですからね。あの部を守るのが、僕なりの先輩への恩返しのつもりですよ」
「恩返しって……。さっきも言ったけど、そんなに気にすることないっつーに。まかべぇは好きに青春してればいいじゃん」
一方で利佳子さんは、そんな真壁くんに対して少し申し訳なさそうにしている。
確かにさっきも言っていたけど、どうも利佳子さんは真壁くんの言う「大恩」について、そこまで深刻に考えてはいないように見える。
真壁くんの方は、まるで「一生の恩」みたいな感じで語ってるんだけど。
「あ、あの……」
「ん? どうかした? えーっと、小手毬ちゃんだったかな」
「は、はい、そうです」
さっきから二人の親しげな空気に割り込めなくて黙っていた私だけど、意を決して口を開いた。
ずっと気にはなっていたのだ。真壁くんが先輩――利佳子さんに対して、どんな恩を感じているのか。
今まで何となくその答えを、正確にはそのこと込みで真壁くんが利佳子さんをどう思っているのか知るのが怖くて、真壁くんが私に向けてくれている好意だけを信じて、何も聞かずにいた。
だけど、もう有耶無耶には出来ない。真壁くんにとって利佳子さんが、どういう意味合いかはまだ分からないけど、特別な女性であると直接会って理解してしまったから。
今までは真壁くんが私の「大好き」という言葉に応えてくれるだけで満足していたけど、もうそれでは済まないのだろうと感じていた。
だから私は、知らないといけない。
たとえ真壁くんと利佳子さんの間に、どんな関係があったのだとしても。
「真壁くんの言う『恩』って、何なんですか? 真壁くん、利佳子さんに凄く感謝してるみたいです。大学だって、同じところに行くみたいだし……」
「え、小手毬さん……」
私の言葉を聞いた真壁くんが、驚いた顔になる。
そのまま何かを言おうとしたけど、そんな真壁くんを利佳子さんは手で制して、私の顔を見ながらニヤリと笑った。ちょ、ちょっと怖いかも……。
「へぇー。まかべぇってば、マジで青春してるんだね。まあ高校生なんだし、そうじゃないとね」
「あ、あの……先輩?」
「アンタはちょっと黙ってなよ、鬼畜眼鏡」
何やら面白そうなこと思い付いたような利佳子さんに真壁くんは声をかけようとしたけど、あっさりと一蹴されてしまった。
先輩にまで「鬼畜眼鏡」と呼ばれて、明らかに落ち込んでいる。ああ、私が慰めてあげたいのに……。
だけど利佳子さんの纏う雰囲気は、それを許してくれない。
不敵な表情のまま私の前に立ち、こう言った。
「よろしい。恋愛相談部の元祖部長であるこのあたしが、悩める小手毬ちゃんの相談に乗って進ぜよう」
お、お手柔らかに……?