34.女王様の御心のままに
どうしてこんなことに――。
私の高校生活は、そんな思いの連続だった。
元々緊張しがちな性格の上、狼狽えたところを人に見せるのが嫌で、つい強がって冷たい態度を取ってしまうのが、私という人間だった。
外見の方も、何故か内面ではなくそんな外面の方に近付いてしまって、ずいぶんと目付きの鋭い人相になってしまった。幸い顔の造形自体は、自分でも悪くないと思ってるけど。
あまり取っ付きやすいとはいえない私は、それでも容姿のお陰でいじめられたりすることはなかった。その代わりに怖がられることもあったけど、人見知りな私にとっては都合がいいとも言える。
おかしなことになったのは、高校二年生になってからのこと。
クラス替えがあるとはいえ、大半は一年以上の近い付き合いだからクラスメイトも私の性格に慣れてくれて、「ちょっと怖いけど本当は普通の子」みたいな扱いをされていた。「普通」の部分は私の自己申告だけど、多分そんな感じなはず。
そんな平和な高校生活を過ごしていた私に、クラスメイトのおふざけで変なあだ名が付けられてしまった。
「天乃ちゃんって緊張してると、女王様っぽいよね」
「あー、分かる。でも、もっとこう……そう! 『氷の女王』とかどうよ!?」
「何それ? アンタ、中二病ってヤツじゃないの?」
……なんて笑いながら考案された「氷の女王」というあだ名は、いつの間にかクラス中に広まっていた。
別にクラスの子が悪意をもって付けたわけではないのは、私も分かっている。
だから少しだけ……かなり恥ずかしかったけど、私も嫌がる素振りは見せずにそのあだ名を受け入れていた。
今になって思うと、それがいけなかったんだろうか。
「え……生徒会長? 無理無理無理!」
「なんか全然、候補者がいないらしくてさー。単なる賑やかしだから、安心して出て大丈夫だよ。なんたって当選候補は、あの鴨川さんだし」
「か、鴨ちゃんなの……? それなら大丈夫かな……?」
二年後期から三年前期の生徒会長を決める選挙が開かれる際、私は選挙管理委員の友達に頼まれて、数合わせの候補者として推薦されることになった。
私としては当然出たくなんてないんだけど、あくまで本命の鴨ちゃんが当選する前提での賑やかしなので、選挙活動やスピーチも適当でいいらしい。こんな面倒くさい私にも良くしてくれる友達のお願いだし、そこまで目立つ必要がなければ協力してもいいかなって思ったんだけど……。
『次期生徒会長は、水澤 天乃さんに決定しました――』
結局、当選したのは私だった。
いやいやいや、おかしいよね!?
私、めちゃくちゃ態度悪かったよ!?
校内での活動も立ってるだけで、実際はクラスの友達にやってもらってたし、スピーチとか自分でも引くくらい素っ気なかったでしょ!?
何で私が当選しちゃってるの! おかしいよ、無効だよ!
ちょ、鴨ちゃん? 「負けたわ、流石ね」って何!?
全然悔しそうじゃないし! 笑ってるの隠し切れてないじゃん!
――なんて心の中で叫んだところで、当選結果が変わるわけもなく。
「ごめん、天乃ちゃん! まさか、こんなことになるなんて……」
「う、ううん。受かっちゃたものは、仕方ないよ……」
誤算だったのは、私たちが知らない間に「氷の女王」の異名が学年どころか、学校中にまで広まっていたことだ。
その異名と選挙期間中の素っ気ない振る舞いが、私にとっては最悪なことに上手く噛み合ってしまった結果、「クールな新生徒会長」として期待されたらしい。
実際の私はクールどころか、こんな体たらくだというのに。
その異常には中間発表の時点で私たちも気付いていたけど、そこから皆のイメージを変えることは出来なかった。だって態度の悪いスピーチとかしても、「流石は『氷の女王』だ」とか言われるし……。これっていじめじゃないの?
ふざけた態度を取ったり、「実は賑やかしのつもりでした」なんて公表すれば流石に支持率は下がったかもしれないけど、そこまでする度胸は私にはなかった。生徒会長になるのは嫌だけど、嫌われるのはもっと嫌だ。ただ「氷の女王」なら、これも私の性格の一部ではあるから、悪く言われたとしても納得できるんだけど。
結局、悪く言われるどころか、その「氷の女王」が当選してしまった。
ちなみにこの時、私は自分のクラスからの得票数0で当選するという、前代未聞の偉業を達成してしまったらしい。知らないよ、そんなこと!
生徒会長になってしまった私は、自暴自棄になって圧政を始め――なかった。
うん、漫画じゃあるまいし、生徒会長にそんな権限なんてないよね。
苦し紛れに役員の皆に冷たくしてみた、というか格好悪いと思われたくなくて自然とそうなってたんだけど、それで不信任案とか出ないかなーっていう浅はかな期待は、あっさりと打ち砕かれてしまった。だって新生徒会の評判が、少しも下がらないんだもん。
学校新聞には「『氷の女王』率いる歴代最高支持率の生徒会」と書かれていて、私は真剣にこの学校の未来を憂いてしまった。やだ、私ったら生徒会長っぽい。
まあ、私なりに活動自体は真面目にやってたんだよね。冷たいと思われて不信任案を出されるのはいいけど、出来ない子だと思われるのは嫌だし。
そんな良くも悪くも生徒会長として支持されていた私にも、春が来た。
まさしく春が来て三年生になった後、会計補佐として生徒会に入った一年生の釘原 徹くんから、熱烈な告白を受けてしまったのだ。
それまでも告白を受けたことはあったけど、一度も付き合ったことはなかった。だって大抵は「氷の女王」の私を好きになってくれるから、本当の私を知ったら幻滅されそうで怖いんだもの。
だけど釘原くん――後に徹くんと呼ぶことになる彼の告白を、私は受け入れた。
何故なら徹くんは、めちゃくちゃ私好みの可愛い男の子だったから!
そんな可愛い徹くんと恋人同士になれた私だけど、関係がなかなか進展しないのが悩みだった。
私が年上としてリードしたいくせに、上手く彼と接することが出来ないのが悪いんだけど、徹くんの方も初めての彼女で気負っているのか、どうもぎこちない。
そこで私は幼馴染のちーちゃんが入部したという「恋愛相談部」に、相談をしてみることにした。
本当なら「氷の女王」が恋愛で悩む姿なんて見せられないんだけど、ちーちゃんは私の素を知ってるから今更だ。ちーちゃんは小さくて可愛いけどしっかりしてるから、他の部員もちゃんとした人たちなんだろう。
その結果――。
「天乃さん、こっちですよ! ほら、早く行きましょう!」
「ちょ、徹くん……そんなに慌てないで」
徹くんが、とても人懐っこくなってしまった!
相談部の人たちとのトリプルデートの途中までは、いつも通りお互いに硬くなっていて、恋人同士じゃないはずのきち……部長さんたちにも親密さで負けていると落ち込んでいたのに、お昼が終わって早めの解散になってから、急にこの調子だ。
何だか唐突だし、これは……まさか、ついに私の年上オーラが目覚めた!?
……そっかそっかー。ついに目覚めちゃったか、私のオーラ!
まあ、私も「氷の女王」なんて呼ばれるくらいには大人っぽいですし? いつか徹くんみたいな可愛い男の子をメロメロにしちゃうんじゃないかって、心配してたんだよねー。いやー、私ってば罪な女。
「この高台、景色が凄く良いんですよ。天乃さんと一緒に見たかったんです」
「そう……本当に綺麗」
わんこのように私の手を引きながら、お気に入りの場所を紹介してくれる徹くん。ダメだ、可愛すぎる!
さっきまでいた動物園の子犬も可愛かったけど、今なら私の徹くんが一番可愛いわんこだと断言できる。世の中に理不尽なことは多いけど、徹くんという癒しがあれば皆が前を向いて生きていけるだろう。でも徹くんは、私の彼氏なの。独り占めしちゃって、ごめんね?
そんな風に徹くんの愛らしさを堪能しながら過ごしていると、徐々に周囲が薄暗くなってきた。
そろそろ帰るべきかと声をかけようとした私の手を、徹くんが握ってくる。
「もう少しだけ、天乃さんとここにいたいんです……ダメですか?」
「い、いいけど……」
もちろんOKよ! 死ぬまで一緒にいたっていいわ!
上目遣いでお願いしてくる徹くんの姿を見て、鼻血が出るかと思った。
そうして周囲が更に暗くなって――。
「わあ……っ」
「どうですか、天乃さん? 綺麗でしょう?」
高台から見下ろす街に光が灯ると、とても幻想的な風景が私の眼前に広がった。
別に観光地でもない高台から見下ろした夜景が、こんなに綺麗だなんて……。
「先輩……」
「徹くん? あっ……」
夜景に見とれていた私の肩を、徹くんが優しく掴んだ。
そして目を閉じながら、私に顔を近付けてくる。
こ、これはまさか……!
反射的に目を閉じて、そして――私たちの間にあった距離はなくなった。
こ、これがキス……!
緊張でよく分からないけど、凄くドキドキする。
徹くんが愛しくて、だけど恥ずかしくて、唇を離してもまだ目を開けられない。
「ああ……あの天乃さんが俺の手で……。最高に可愛い……!」
「え?」
夢見心地の中で聞こえた声に、私は思わず目を見開いた。
だけど私の目に移ったのは、頬を染めて笑う徹くんの可愛らしい顔だけだ。
うーん、気のせいだったのかな……?
「天乃さん。俺、天乃さんとしたいこと、もっといっぱいあるんです。その……これからも、付き合ってもらえますか?」
「ええ、もちろん。私で良ければ、いくらでも」
うん、きっと気のせいだよね。
それより今は、私の彼氏の愛らしさを堪能することに集中しよう。
この子犬のような男の子を、しっかりリードしていかないと。
ふふふ……楽しみにしててね、徹くん。
これからもお姉さんが、たっぷり甘やかしてあげるからね?
受け継がれる鬼畜の魂……!
これにて天ちー先輩編は終了です。
次回は小手毬ちゃん視点になります。
真壁くんの過去が明かされる、大変シリアスなエピソードです。