30.氷の女王・水澤 天乃④
「へぇー、生徒会長さんって、そういう人だったんだね」
「本当、ビックリしたよ」
水澤先輩に会った翌日、僕は部室にて小手毬さんに昨日の出来事について語っていた。
一日どころか放課後に会っていなかっただけなのに、朝から教室で小手毬さんに会えた時は嬉しさが溢れるかと思ったほどだ。放課後まで小手毬さんを抱き締めるのを我慢した僕を、誰か褒めてほしい。
部室に入って数秒で、先に来ていた影戌後輩からドン引きされたけど。
「はい、真壁くん、知麻ちゃん。コーヒー入ったよ」
話しながら淹れてくれていた小手毬さんのコーヒーが、僕と影戌後輩の前に置かれた。いつも通り、いい香りが――。
「あれ? このカップって……」
「これは、お揃いでしょうか? 私のも同じですね」
影戌後輩が言った通り、僕らの前に置かれたコーヒーは色違いのカップに入っていた。僕が青で影戌後輩が赤だ。よくよく見ると、小手毬さんの手元にもクリーム色のカップが残っている。
「えへへ。せっかく知麻ちゃんが仲間になったんだから、みんなで何かお揃いの物があったらいいなって思って。昨日、用事のついでに買ってきちゃった」
「こ、小手毬さん……!」
「美薗先輩……!」
照れくさそうに言う小手毬さんの姿に、僕は胸を打たれた。向かいのソファでは、影戌後輩も嬉しそうな顔をしている。
やはり小手毬さんは最高だ。僕はまたひとつ、世界の真理に近付いてしまった。
この思いを小手毬さんに伝える方法は、ただ一つだ。
「小手毬さん!」
「はい、いいよ。真壁くん」
僕に向けて両手を広げた小手毬さんを、力の限り抱き締めた。
「真壁くん。ちょっと苦しいよお」
「ごめん。なんか嬉しすぎて……」
「えへへ。私も真壁くんが喜んでくれて、凄く嬉しい」
そんなことを言われると、ますます強く抱き締めたくなってしまう。
しかし流石にこれ以上は、小手毬さんが苦しいだろう。
だから僕は時間をかけて、彼女に思いを伝えることに――。
「いつまでやってるんですか。言っておきますが、私もお揃いですからね」
影戌後輩から、冷静な突っ込みが入ってしまった。
「おっと、悪い。つい盛り上がってしまった」
「……そう言いながら美薗先輩を離さないところが、真壁先輩の凄いところですね」
「よせよ、照れるじゃないか」
「褒めてませんが?」
どうやら褒められていなかったらしい。
このまま小手毬さんを抱き締めながら放課後を過ごしたいところだけど、そろそろ影戌後輩が怒りそうな気がするので大人しく離れることにする。
「あ……」
僕が体を離すと、小手毬さんは寂しそうな顔をして、小さく声を漏らした。
……やっぱりもう少し抱き締めようかな。
「真壁先輩」
「はい」
僕が何をしようとしているのか、気付いたのだろうか。影戌後輩が鋭い声で名前を呼んできたので、僕は大人しく身を引くことにした。
どうも彼女には、すっかり手綱を握られてしまっているような気がする。
「ええと、話は戻るけど、水澤先輩の相談に乗ることになったわけだ」
「相談って、どんな内容だったの?」
「まあ、要するに彼氏との仲を進展させたいってことなんだけど、その前に先輩のことについて説明しないと、ちょっと分かりづらいと思う」
そう言ってから僕は影戌後輩と協力して、小手毬さんに先輩についての説明を始めた。ちなみに部内で先輩の情報を共有することについては、影戌後輩も了承済みだ。
まず第一に、水澤先輩はとんでもない恥ずかしがり屋である。
これは昨日、実際に会ってよく分かっている。
特に強面でもなんでもない後輩の僕に対しても、かなりビビってたからな。
そして第二に、恥ずかしがり屋の割には見栄っ張りな部分もある。
これが例の「氷の女王」と呼ばれる振る舞いに繋がるらしい。
弱い自分を周囲に見せたくなくて虚勢を張った結果、ああいう風になってしまうようだ。
そんな漫画やアニメみたいなことがあるのかと思うけど、先輩の不器用な性格と、生来の怜悧な容姿が奇跡的に噛み合ってしまった結果、「氷の女王」が誕生してしまったとのことだ。
ちなみに本人も言っていたけど、先輩は「氷の女王」なんて名乗ったことはないし、そう呼ばれることも恥ずかしいので嫌がっている。
じゃあ何でそんな異名が広がったのかと言えば、元はクラスメイトが冗談半分で呼んだのが切っ掛けだったらしい。
流石に一年間ずっと取り繕うのは無理なので、クラスメイトには先輩本来の性格が知られているわけだけど、彼女の実態を知らない他のクラスや下級生にも異名だけが広まってしまった。そのタイミングで「水澤さんは見た目はクールな会長っぽいから」という理由で他薦されて、ダメ元でうっかり会長選挙に出てしまったばかりに、生徒会長という望まぬ役職に就いてしまったのだとか。
もう、ここまで来ると冗談としか思えないけど、現実はご覧の通りに残酷で水澤先輩は生徒会長を続けているし、生徒会でも見栄を張った結果として「氷の女王」という異名は広がり続けている。
能力自体は高いので、実務はしっかりこなせているのは、幸か不幸か。
「本当に漫画みたいな話だね……」
「まったくもって。で、ここからが恋愛相談になるんだけど……」
生徒会長なんてなりたくなかった水澤先輩だけど、なってしまったものは仕方ないので、「氷の女王」状態で頑張ってきたわけだ。
役員にも恐れられてはいるものの、基本的に真面目なメンバーなので厳しい指摘をしても腐ることなく、割と上手く生徒会を運営してきた水澤先輩。
そんな彼女はある日、役員の一人である男子生徒から告白を受けた。
密かにタイプだと思っていた男子から告白された先輩は、彼の告白を受け入れて恋人同士になったわけだけど……。
「いまだに恥ずかしくて、『氷の女王』の状態でしか話せないらしいよ」
僕が話し終えると、小手毬さんはうんうんと頷いて見せた。
「なるほど。そういうことかー」
「……美薗先輩。今のもしかして、真壁先輩の真似ですか?」
「うんっ。どうかな、似てた?」
似てるかどうかはともかく、とても可愛いと思います。
「……あまり似ていませんね。美薗先輩だと鬼畜さが足りません」
「おいこら、後輩」
この後輩は、隙あらば僕を鬼畜扱いしようとするな……。
「それはそうと、天ちーと彼氏さんの関係についてですね」
一言文句をつけてやろうと思ったけど、その前に話を進められてしまった。
憎らしいほどに将来有望な後輩である。
「天ちーとしては、年下の彼氏をリードしたいと思っているみたいですね。だから素の性格を晒すというより、見栄を張ったまま仲を深めたいんだと思います」
「……将来のことを考えると、素の自分を見せた方がいいと思うんだけどなあ」
「まあ、高校生の恋愛ですし、そこまで先のことは考えていないのでは?」
そういうものか。僕は小手毬さんとの幸せな未来しか、考えてないんだけど。
「もちろん私は生涯をかけて、篤先輩の筋肥大に努めるつもりですが」
「私も好きな人には、ずっとお世話してあげたいなあ。……コーヒー淹れたり」
小手毬さんと影戌後輩も、僕と似たようなことを考えたらしい。
ちなみに小手毬さんの言葉は最後が小声だったけど、バッチリ聞こえている。
僕もずっとお世話してもらいたいので、どうやら気が合っているようだ。
「明日、また先輩に会いに行くから、それまでに色々考えておこうか。僕の方でも案はあるけど、二人の意見も聞かせてほしい」
「うんっ、頑張るね」
「私の幼馴染の相談ですからね。分かりました」
こうして僕らは、見栄っ張りな女王様の願いを叶えるべく話し合うのだった。
不在期間を補う、濃厚な小手毬さん分をお届けしました。