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02.小手毬 美薗の相談①

「あ、美味しい」


 僕が淹れたコーヒーを恐縮しながら受け取った小手毬さんは、肩を縮こまらせながら口を付けた後、ほっこりとした笑顔でそう呟いた。なかなか気分のいい光景だ。

 ちなみに小手毬さんはコーヒー派らしい。僕と気が合いそうだな。


「気に入ってもらえてよかった。前に相談に来た生徒の中で、かなりお茶にうるさいのがいたんだよ。『安物は飲みたくない』って言われて腹が立ったから、良い豆や葉を揃えて、淹れ方も練習したんだ」

「へー……。そ、そうなんだ」


 当時の怒りを思い出しながら僕が説明すると、小手毬さんは少し引き攣った笑顔になる。

 まあ気持ちは分かるぞ。ただで出されたお茶に文句をつけるなんて、実にナンセンスだ。そんな高校生がいるなんて、思いたくないのも無理はない。だが残念ながら、そんな高校生は実在したのだ。


「あ、でもこれだけ美味しくなったんだから、その人も満足したんじゃない?」


 小手毬さんはフォローするように言ってくれたが、この話のオチはもっと酷い。


「……二度目に出した時、言われたよ。『相変わらず安物だ』って」

「そ、そうなんだ……。大変だったんだね」


 結局、あの時の相談者は味の違いなんて分かってなかった。

 単に安物だろうとあたりを付けて、適当に貶しただけだったのだ。性格悪っ!

 だがこうして僕は、お茶を淹れる楽しさに目覚めたわけだ。感謝はしてないが。


「それで、小手毬さん。そろそろリラックスできた?」

「あ、うん」


 僕が話題を変えると、ようやく今日の趣旨を思い出したらしい小手毬さんが、コクコクと頷いた。気の弱そうなところも含めて、なんだか小動物みたいだな。


「えっと……。真壁くんが、恋愛相談に乗ってくれるんだよね?」

「ああ。ここに来たってことは、小手毬さんも何か相談したい事があるんだよな?」

「あ、うん」


 うーむ、まだ少し反応が微妙だな。

 相談に来たら知らない相手じゃなかったから安心したが、よく考えたらクラスメイトの男子に恋愛相談するのも恥ずかしい、というところだろうか。

 彼女の気持ちも分からないではないが、相談内容を話してもらえない事には、僕にどうすることもできない。僕は彼女の家族でも親しい友人でもない、単なるクラスメイトなのだ。何なら普通の友人ですらないので、彼女の気持ちを察してやることなどできるはずもない。


「小手毬さん、もしかして恥ずかしい?」

「あ、ご、ごめんね? こういうの慣れてないから……。真壁くんのことも正直よく知らないし……」

「まあ分かるよ。小手毬さんとは、まともに話したことなんてなかったよね」


 僕が同意を示すと、小手毬さんはいかにも「わかってくれた!」という安心した顔でコクコクと首を振る。妙にホッとしたような表情だけど、おそらく自分の発言で僕が気を悪しないか心配だったんだろう。

 僕としてはこのリスにも通じる、保護欲をそそるクラスメイトを眺めていたいという気持ちもあるのだが、このままでは話が進まない。

 何故なら我が部には、致命的な問題があるのだ。


「だけど残念ながら、うちの部は僕しか部員がいないんだ」

「え、そうなの?」


 僕の言葉に、小手毬さんが驚いた顔になる。

 まあ無理もないだろう。僕と小手毬さんはクラスで関りがないとはいえ、僕がこんなところで部長をやっている人間だとは、小手毬さんも思っていないはずだ。

 それなのに部長を務めているどころか、他に部員が誰もいないと来た。

 まあ、それにはちゃんと事情があるんだけど……。


「去年は前の部長と僕の二人だったんだけどね。先輩も卒業しちゃって新入部員も入らなかったから、今年は僕だけなんだよ」

「そうなんだ……。活動を止めようとか思わなかったの?」


 簗木と同じようなことを言う。まあ小手毬さんに悪気はないだろうが。


「先輩には大恩があるからね。あの人に任された以上、僕がこの部を台無しにするわけにはいかないんだ」

「そうなんだ……。真面目なんだね、真壁くんって」


 うむ、真面目が売りの僕だ。

 とはいえ感心してもらえるのは吝かではないけど、本題はそこじゃない。

 小手毬さんの相談を聞くことだ。


「まあ、そんなわけで女子の部員はいないから、小手毬さんの相談を聞けるのは僕しかいない。聞かせてくれるなら全力で相談に乗るけど、無理に話してくれとは言わないよ。どうする?」

「うーん……」


 小手毬さんが改めて悩みだしたが、果たしてどちらを選ぶんだろうな。

 まあ彼女に言った通り相談されたら期待に応えて、されなかったら特に何もしないだけだ。僕としては彼女の事情を自分の手で解決してやろうという欲求もないので、どちらを選ぼうが別に構わない。

 そう思いながら小手毬さんの悩む姿を堪能していると、彼女はしばらく唸った後にひとつ頷いた。


「決めた。真壁くん、相談に乗って下さい」


 どうやら僕に相談する方向で決定したようだ。

 真剣な顔付きになった小手毬さんが、僕を真っ直ぐに見据えて頼み込んできた。

 彼女がそうと決めたなら、僕は全力で対応するだけである。


「分かった。それじゃあ、できるだけ詳しい話を聞かせてほしい。もちろん、どうしても話したくない部分は無理に言う必要はないよ」

「う、うん、ありがとう。よろしくね、真壁くん」


 一応、覚悟は決めたものの、やはりクラスメイトの男子に恋愛相談をするのは、それなりに緊張するのだろう。小手毬さんは少し強張った様子だった。


「まあまあ、そんなに緊張しなくても大丈夫だよ。そうだな、まずは基本的なところから聞こうか。小手毬さんの悩みっていうのは、付き合う前の話? それとも付き合ってる相手の話?」


 とりあえず僕の方から質問をして、情報を掘り下げていくことにした。

 緊張もあってか今の小手毬さんは口が重そうなので、こうやって話の方向性を誘導してあげた方がいいだろう。僕もその方が楽だしな。


「あ、えっと……付き合う前の話。私の、好きな人の話です……」


 なるほど。というか、ほとんど予想は付いてたけどね。

 さっきからの小手毬さんの内気ぶりを見る限り、とても彼氏がいるようには思えないから。もしかしたら彼氏にだけは気安く接することができる可能性もあったけど。うん、それはそれで見てみたい気がする。


「好きな相手か。つまり、その人と付き合いたくて相談に来たってことでいいのかな?」


 僕が要約すると、小手毬さんは真剣な表情でコクコクと頷いた。

 さっきから思ってたけど、この頷き方は小手毬さんの癖かな。僕の小手毬さんに対するイメージは、完全に気弱なリスで定着していた。


「その……正確には付き合いたいっていうか、どうしたらいいか分からなくて。私、こういうの本当に初めてだから……」

「なるほど、初恋ね」


 何とも初々しくて、甘酸っぱい話だ。俯いて恥ずかしげに話す小手毬さんの姿に、保護欲をそそられずにはいられない。


「せっかくの小手毬さんの初恋だから、いい思い出にしたいよね。それで差し支えなければ、相手のこと教えてもらえないかな」

「あ、うん……」


 なるべく柔らかい口調を心がけて聞いたが、流石に小手毬さんは逡巡していた。

 その反応を見て、何となく相手は僕も知っていそうな人物だとあたりを付ける。


「うちのクラスか……もしくは他のクラスの有名人かな。お相手は」

「え? わ、分かるの?」


 小手毬さんは驚いた顔をするが、そこまで大したことではない。


「まあ、こういう相談に乗るのは初めてじゃないからね。話してる時の様子で、色々と分かるもんだよ」


 あと本人には言わないけど、ぶっちゃけ小手毬さんはかなり分かりやすい。ポーカーフェイスとか、全然できなさそう。将来、彼女がギャンブルに嵌まらないことを祈るばかりだ。

 そんな失礼なことを僕が考えているとは露知らず、小手毬さんは僕に尊敬の眼差しを向けている。というか意識してないだろうけど、口にも出している。


「すごい……」


 うむ。どうやら彼女からの信頼を、ある程度は得られたようだ。

 ……ていうか早くない? ちょっと彼女の悩みを言い当てただけで、まだ何ひとつ解決してないんだけど。何なら軽くチョロいぞ、小手毬さん。

 まあ話が早いに越したことはないか。


「そう言ってもらえると光栄だよ。それで、どうかな? 僕を信頼して、話を聞かせてくれる?」

「あ、そうだね……うん、分かりました」


 ようやく覚悟を決めた小手毬さんは、体の前で両手をグッと握り締めて、本気度をアピールしてくる。あの手の間に、ドングリとか握らせてみたいな……。

 僕がドングリ型のぬいぐるみの購入を検討している間、スーハーと深呼吸して間を取っていた小手毬さんだったが、やがて意を決して口を開いた。


「あのっ、私……C組の鳶田(とびた)くんが気になってて……!」


 小手毬さんの口から出たのは、僕らの在籍する2-Bの隣のクラスにいるイケメン男子の名前だった。


「鳶田か……」


 その名前には聞き覚えがあった。というか、数日前に聞いたばかりだ。


 ――ちょっと面倒だな……。


 目の前で真剣な顔をしている小手毬さんに悟られないよう、僕は心の中で呟いた。

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