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26.私の彼は筋肉ゴリラ

 ――その日、私は運命の筋肉に出会いました。


 少し遅くなってしまった帰り道。人気のない道で二人、いえ三人だったでしょうか? 正直よく覚えていませんが、とにかく私は下卑た悪漢に絡まれました。

 所詮は鍛えられていない現代のもやしっ子。そこそこ身なりを取り繕っているように見えて、肝心の筋肉は並み程度という滑稽な様相の悪漢どもでしたが、かくいう私は鍛えても逞しくなれない非才の身。為す術もなく囲まれてしまい、下劣な言葉を……ええと、何か言われたような気はしますが、その後の衝撃が大きすぎて、全く覚えていません。とりあえず大ピンチでした。


 もはやこれまでと自決すら頭をよぎったその時、颯爽と現れて私を助けてくれたのが、後に私のか、彼氏となる簗木 篤先輩だったのです。


「お前ら、そんなに元気なら俺と組体操でもしようぜ」


 血気盛んな悪漢どもは篤先輩の挑発にまんまと乗せられましたが、軟弱な都会人では現代の益荒男である先輩に敵うはずもなく、呆気なく組体操の餌食に。

 最後には泣いて許しを請い、這う這うの体で逃げ出すことになるのでした。


 そして私はといえば、先輩のあまりに美しい肉体美に心を奪われ、碌にお礼を申し上げる事も出来ませんでした。今にして思えば、失礼極まりない態度です。


 家に帰っても私の興奮は収まらず、数時間前に目撃した雄姿を思い返しては、またあの方にお会いしたいという思いを強めていく一方でした。

 並み居る悪漢を蹴散らし、有無を言わせぬ筋力で平伏させるその雄々しさ。そして脆弱極まる私を見かねて救って下さった慈悲の心。


 まさしくあれこそ森の賢人。


 そう――ゴリラです。




 その後、私は篤先輩への想いを募らせ、しかし(筋肉を)持たざる者である私があの方の傍にいるのは相応しくないという考えから、せめて少しでもお役に立ちたいと陰ながらサポートすることにしたのですが……。


「なんつうか……恋人なんて出来たことねえから、どうすりゃいいのか分かんねえな。知麻はどうだ? そんだけ美人だし、今まで彼氏の一人くらいはいたのか?」

「び、びじっ……! い、いえ、おりません! 私は清い身です!」

「マジか……。そうなると、どっちも素人ってことになるな」


 そう、なんと私は篤先輩の恋人になってしまったのです。

 最初に専属トレーナーの話を持ちかけられた時点で、すでに天にも昇る気持ちでしたが、直後に赤面した篤先輩から「俺のものになれ」と言われた時は、本当に死んでしまうかと思いました。……え? 告白の内容が違う? 大丈夫、最終的に付き合ったのは事実ですから、だいたい合ってます。


「どうする? 試しにデートでもしてみるか?」


 私と篤先輩が恋人になったその日、先輩からこの後どうするかを尋ねられました。もちろんデートというのは非常に魅力的な提案なのですが、それよりも重要なことがあります。


「先輩、今日は休養日ではなかったはずです。デートはどのみち情報不足ですし、今日のところは鍛錬に勤しみましょう」


 そう、私には篤先輩の筋肥大という、最も重い使命があるのです。

 確かにデートは魅力的。しかし今からデートに行ったとしても、不慣れな二人では満足のいくデートに出来るかわかりません。先輩と一緒にいて不満を覚えることなど、そうそうないとは思いますが。

 なんにせよ、そんな不完全なデートになる危険性を冒すくらいなら、日課のトレーニングをこなした方が無駄がないでしょう。

 筋力増強も恋愛も似たようなもので、無理は禁物なのです。


「そうか? じゃあ、そうするか。今日のメニューは――」

「走り込みですね。ローテーションだと持久力中心の日です」


 先輩のトレーニング風景はずっと見守って(ストーキングして)いたので、完璧に把握しています。

 私は先輩の疑問にすぐさま答えて、パートナーとしての心意気を示しました。


「そうか、じゃあ外を走るけど……知麻はどうする? あれだ。せっかくだしウェイト代わりにおぶってみるか? そうすりゃ、一緒にいられるだろ」

「い、いえ。とても魅力的なお誘いなのですが……。私はトレーニングのために自転車通学していますので、それで先輩を追いかけます」

「お、マジか。気合入ってんじゃねえか」


 常在戦場。常に体を鍛えるのは、レディーとして当然の嗜みです。とはいえ私は肉が付きづらいので、結果が伴わないのが情けないところなのですが。


「ランニングする先輩を自転車で追うというのは、なにやら青春らしいものを感じますね。いかにもマネージャーやトレーナーらしいと言いますか」

「おお、分かるわ。なんかこう、スポ根漫画っぽい感じがするよな」


 まさに青春の一ページというべき光景が、これから繰り広げられようとしているのです。

 私は基本的にデータ主義ですが、モチベーションの重要性は理解していますので、こういう演出によって奮起するのも大切なことだと思っています。


「よし、ついて来い! 知麻!」

「はい、先輩! どこまでもお供します!」


 そう、たとえ地の果てでも!




「いやー、いい汗かいたな、知麻」

「素晴らしい走りでした。先輩」


 流石に地の果てまでということはなく、普通に学校の近所を走り回りました。

 あくまで持久力が目的ですので、厳しいコースでもありません。というより、もしかしたら先輩が私を気遣って、少し緩やかなコースだったのかもしれません。


「しかし知麻って、意外と体力あるんだな。割と普通に走ってたけど、なんだかんだで最後までついて来れたもんな」


 どうやら気遣ってはいなかったようです。

 しかし私の目的は先輩の筋肥大ですから、私に気遣ってトレーニングの効果を落とすようでは本末転倒です。妥協しない姿勢こそ、先輩の愛と言えるでしょう。


「身長が伸び悩んでから、せめて逞しくなりたいと体は動かし続けてきたんです。なので持久力だけは人並みより少し上かと思います。肝心の筋力が付いていないので、あまり意味のない努力だったのかもしれませんが……」

「んなことねえよ」


 私が自嘲すると、先輩はすぐさまそれを否定してくれました。

 そしてその大きな手のひらを私の頭の上に置き、言ってくれたのです。


「俺はこれでも真面目に走ってたんだ。それにずっとついて来られる女子は、どこにでもいるもんじゃねえよ。ナリは小さくても、お前の心には立派な筋肉が付いてるよ」


 その言葉を聞いて、私は救われたような気持でした。

 今までムダと思いつつ続けてきた努力が、意味のあるものだと言ってもらえたのです。他ならぬ運命の筋肉である篤先輩が、私の筋肉を認めてくれたのです。

 こんなに嬉しいことが、他にあるでしょうか。

 そのまま心の汗を流す私を、先輩は優しく撫で続けてくれたのでした。




 その後、私は篤先輩の専属トレーナー兼マネージャーに……なるつもりでしたが、色々とあって「恋愛相談部」に入部することにしました。


「真壁の奴、いずれ後輩がいなくて困るだろうからな。お前が嫌じゃなかったら、恋愛相談部(アイツのとこ)に入ってやってくれよ。俺のパートナーなんて、マネージャーにならなくても勝手にやればいいだけだし」


 篤先輩からそう言って勧められたというのもありますが、先輩と恋人になるのに私自身も恋愛相談部のお世話になったというのが一番の理由です。

 ちなみに勝手にマネージャーをやるのは、流石にマズいのではないかと思ったのですが、どうやら柔道部の方々からは許可が出たようです。流石は篤先輩。真の筋肉とは、些細な道理をものともしないのですね。


 そんなわけで、晴れて恋愛相談部の一員となったのですが――。


「真壁くん、今日は新しい豆を使ってみたんだけど、どうかな?」

「最高」


 先輩方の距離が、非常に近いです。


「もう小手毬さんのコーヒーがないと、やっていける気がしないよ」

「えへへー。ずっと淹れてあげるからね? 真壁くん」


 その……肉体的にも、精神的にも近すぎと言いますか……。

 正直、見ていて目に毒ですね。

 ちなみにこの二人、これで恋人関係ではないとのことです。多分、常人とは「恋人」という言葉の定義が違うのでしょう。そうとしか思えません。

 今だって、ほら。肩が触れ合う距離で、隣り合っているんですよ。

 仮に恋人だとしても、拳一つ分くらい空くんじゃないですか?


「たまには、お礼もしないとね。今度、どこか出かけようか?」

「本当? 嬉しい、大好き!」


 ほら! 今、大好きって言いましたよ!?

 なんで真壁先輩も「僕もだよ」なんて、澄ました顔で言ってるんですか!?

 もう付き合えばいいじゃないですか!


 大体、少しはコミュニケーションを深めようと部室へ遊びに来たのに、どうして私が空気になっているのでしょうか?

 もしや以前、「鬼畜眼鏡」と言ったのを、いまだに根に持っているのでしょうか。これだからインドア眼鏡は……。

 美薗先輩も美薗先輩で、デレデレしすぎです。真壁先輩は、まあ決して悪い方ではないと思っていますが、私からすると男の魅力(筋力)が足りていませんね。


 そんな風に不満を抱いている私に、二人はようやく気付いたようです。


「あ、ごめんね、知麻ちゃん。せっかく遊びに来てくれたのに、二人で話しちゃって」

「ああ、悪いな、影戌後輩。つい、いつも通りにしてたよ」


 二人でいちゃついていたの間違いじゃないんですか?

 あと、いつもこんな感じなんですね……。


 私は用意して頂いたお茶を素早く飲み干すと、すぐに立ち上がりました。


「ごちそうさまでした。篤先輩のことが心配ですので、今日はこのくらいで失礼します」

「そうなのか? 悪いね、あんまりもてなせなくて」

「また、いつでも遊びに来てね? 知麻ちゃん」

「ええ、それでは」


 そう言って部室を出た私が向かう先は当然、篤先輩のところです。

 付き合ってすらいない二人に、あんなに見せ付けられたのですから、恋人同士である先輩と私が負けるわけにはいきません。篤先輩のトレーニングをお助けしつつ、邪魔にならない程度に甘えさせて頂くとしましょう。


 さあ、待っていて下さい、篤先輩。

 貴方の知麻が、いま会いにゆきます!

これにて影戌ちゃん編は終了です。


今回の章は新レギュラー加入もあって少し癖の強い設定でしたが、

今後はオーソドックスなラブコメや「なろうあるある」といった設定の

相談を扱っていく予定です。

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