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25.影戌 知麻より愛をこめて⑦

「それにしても、まさかいきなり付き合うところまで行くとは……」

「本当、ビックリしちゃったね」


 放課後、いつものように僕と小手毬さんは部室に来て、二人きりのコーヒーブレイクを堪能していた。

 簗木と影戌さんのカップルが成立したのは、昨日の話である。

 今回は相談開始から終了まで同日のスピード解決だったけど、やはり一仕事終えた後は小手毬さんのコーヒーがひときわ美味しく感じる。


 ちなみに影戌さんに告白までした件について簗木を問い詰めたところ、「顔がめちゃくちゃ好みだった」という意外な答えが返ってきた。「顔かよ」と思うかもしれないけど、顔が好みで筋肉大好きな女子が他にいるかと考えると、収まるべきところに収まったという印象もある。


 そんなわけで、晴れて僕の友人は彼女持ちになってしまったのだった。

 これからは僕が惚気られるのかな、なんて思っていると――。


「……ん?」

「誰か来たね。もう新しい相談かな?」


 部室の扉が叩かれる、お約束の音が響いた。

 小手毬さんじゃないけど、まさか昨日の今日で新しい相談者が来たのか?

 今回はゆっくりする暇がないと思いつつ、追い返すわけにもいかないので「どうぞ」といつも通りの返事をして、入室を促した。


 すると。


「失礼します。……相変わらず仲睦まじいですね、お二人は」

「影戌さん?」


 ゴリラとカップル成立したばかりの美少女がそこにいた。

 相変わらず簗木以外には愛想がいまいちだけど、昨日よりは態度が柔らかい。

 ちなみに「仲睦まじい」と言ったのは、僕と小手毬さんがソファで密着状態になっているからだろう。でも抱き合うのに比べたら、かなり普通じゃないか?


「今日はどうしたの? まさか、もう喧嘩でもした?」


 いくら簗木がゴリラとはいえ、そこまで無神経な奴だとは僕も思っていない。とはいえ、昨日の今日で影戌さんがうちに来る理由も思い付かないので、念のために尋ねてみた。

 しかし、それを聞いた彼女は不満そうに眉を吊り上げる。


「違います。篤先輩はそのような矮小な筋肉の持ち主ではありません」


 なるほど。筋肉と優しさの関連性は意味不明だけど、別に簗木と喧嘩したわけではないらしい。それどころか順調なように思える。


「影戌さん。簗木くんのこと、名前で呼ぶようになったんだね」


 小手毬さんの言う通り、影戌さんは簗木のことを「篤先輩」と下の名前で呼んでいた。


「え、ええ。なにせ私は、あの人のパートナー、彼女ですから! 名前で呼ぶなど、当然のことです」


 なんか、めちゃくちゃ嬉しそうなドヤ顔で言われた。いまだに簗木と恋人関係になれたことが、嬉しくて仕方ないらしい。

 容姿はともかく言動の方は、すっかり人形っぽさがなくなったな。どう見ても、恋する年頃の女子でしかない。その方が可愛げはあるけど。


「それなら、今日はどうしたの? もちろん遊びに来てくれたなら嬉しいけど」

「いえ、そうではなくてですね……」


 小手毬さんの言葉を否定しながら、影戌さんは鞄から一枚の紙を取り出した。

 ……なんか、どこかで見たような光景だな。


 僕はその紙の正体を予想しつつ、小手毬さんと一緒に覗き込む。


「……入部届け?」

「はい。私も恋愛相談部(ここ)に入れて頂こうかと」

「え? 影戌さん、うちに入るの?」


 案の定、その紙は入部届けだった。しかも恋愛相談部という、相変わらず浮わついた感じの名前が書いてある。


「レスリング部はいいのか?」


 うちの学校は、確か部の掛け持ちは認められていないはずだ。

 僕がそれを尋ねると、影戌さんはゆるゆると首を振った。


「あそこは正式に認められた部ではありませんから。篤先輩の所属は、あくまで柔道部ということになっています。ですから、私がここに入っても問題はありません」


 そういえば、そうだったな。

 簗木は交渉(物理)の末に柔道場を間借りしているだけで、レスリング部が学校に認められたわけではない。形としては柔道部に籍を置いて、個人的にレスリングの練習をさせてもらっているだけである。

 まあ、正式な部ならリングがないとおかしいからな。


「でも、それなら影戌さんも、柔道部のマネージャーになったんじゃないの?」

「いえ、マネージャーにはなりませんでした」


 小手毬さんの質問を、影戌さんはすぐさま否定する。

 僕もてっきり彼女は、マネージャーになると思ってたんだけど……。

 すると影戌さんは、当然のような顔で言う。


「私がお世話をしたいのは、篤先輩だけですから。あくまで個人的にお手伝いをさせて頂く形になります。……か、彼女として!」


 なるほど。正式なマネージャーだと、他の柔道部員の世話もしないといけないから、入部しなかったってことか。

 そうなると無関係の人間が頻繁に出入りしていることになるけど、おそらく柔道部としても簗木は貴重な戦力だから、多少の無茶を通してでも置いておきたいんだろう。相変わらず、めちゃくちゃな奴だ。


「でも、どうしてうちに?」


 僕が影戌さんに尋ねると同時に、小手毬さんも興味深そうな視線を彼女に向けた。別にうちに入らなくても、上手く話を通せば簗木専属のマネージャーという形に持っていくことも出来たはずだ。

 それをせずに敢えてうちの部に入るというからには、それなりの理由があるのだろう。少なからず、簗木との時間は減るはずだしな。


「その……先輩方には、篤先輩の件で大変お世話になりまして……」


 少し恥ずかしげに、影戌さんは話し出した。


「恋愛相談部というのは、多感な高校生にはとても大切なものだと思いました。まるで筋肉にとっての、タンパク質やビタミンのように。なので私も、その活動に加わりたいと思いました」

「影戌さんも、誰かの恋愛相談に乗ってあげたいってこと?」

「はい。私のように悩んでいる方を、助けてあげられたらと思います」


 なるほど。まあ、影戌さんのように筋肉的な悩みを抱えている高校生が、どれだけいるかは分からないけど、恋愛という意味でなら山ほどいるだろう。

 僕が納得したのを見て、影戌さんは「それに」と前置きして話を続ける。


「篤先輩からお聞きしましたが、この部は先輩方お二人しか部員がいないんですよね? 部を存続させるなら、私のような一年生の部員が必要なはずです。――だから、くれぐれもよろしくと篤先輩からも言われました」


 影戌さんの説明を聞いて、僕は思わず唸った。


「あいつ……」


 簗木の奴、僕が先輩への恩返しとして部を盛り上げたいのを知っていて、そのために影戌さんをうちに送り込んだのか。どうやら影戌さん自身も望んでいるみたいだし、無理を言ったわけではないんだろうけど。

 それに実際のところ、将来の事を考えて後輩が必要なのは事実だしな……。


「分かった。じゃあ、歓迎する――」


 これで卒業後の部員も確保できて、恋愛相談部は安泰だ。

 影戌さんが加わることで、この部室も賑やかになるだろう。


 つまり――小手毬さんと二人きりになれなくなるのでは?


「……予想はしてましたが、そうハッキリと顔に出されると、複雑な気分です」


 一瞬、脳裏に浮かんだ事実に対する思いが、顔に現れていたのだろう。影戌さんはジト目で僕の方を見て、不快そうに眉を顰めていた。

 僕は慌てて、あくまでも影戌さんを拒絶しているのではないと説明する。


「い、いや。別に影戌さんを歓迎してないわけじゃないんだ。むしろ歓迎してる。……というか、そんなに僕って分かりやすい顔してた?」

「まあ、貴方も分かりやすいですが、隣にもっと顔に出ている方がいますので」

「隣……?」


 言われて横を見れば、小手毬さんが捨てられる子犬のような顔をしている。

 いや、ちょっと待って。影戌さんが入部して、二人きりじゃなくなるだけだよね? なんで、そんな「追い出される?」みたいな顔になってるの?


「ご、ごめんなさい……! なんか、ちょっと寂しくて……。で、でも影戌さんが入ってくれるのは、私も嬉しいよ! ほ、本当だよ!?」


 さっきの僕と同様に、小手毬さんも慌てて影戌さんに思いの丈を語る。

 そういう複雑な心境は、まさしく僕も同じなのでよく分かる。


 そんな僕らを見て、影戌さんは呆れたように息を吐いた。


「別に嫌われているとは思っていないので、大丈夫です。それに私も、この部室に入り浸りになるつもりはありませんから」

「そ、そうなの? あ、で、でもっ、いつでも遊びに来てもいいんだよ? 私、影戌さんのためにもお茶淹れちゃうから!」

「いえ、遠慮しているとかではなく、私の本分は篤先輩の筋肥大をお助けすることですから。パートナーとして、か、彼女として、公私にわたり先輩を支えていかなくては……」


 影戌さんが遠慮しているのかと小手毬さんは慌てていたけど、そうではなく簗木のパートナーとしての活動と兼任なので、入り浸りにはならないという話らしい。

 なんか、ちょっと気合の入り方がおかしいような気もするけど。

 影戌さんの説明に納得した小手毬さんは、途端に笑顔になる。


「そうだよね。好きな人のお世話するのって、幸せだよねっ」

「ええ、私の手で篤先輩の肉を大きく出来ると思うと、胸の高鳴りが止みません」


 凄いな、小手毬さん。何ひとつ隠す気が感じられない。

 あと影戌さんは、その言い方と恍惚とした顔を止めなさい。


 色々とアレな部分はあったけど、どうやら話はまとまったようだ。


「それじゃあ、改めて歓迎するよ。影戌さん……って、なにその目?」


 僕は今度こそ素直に歓迎したつもりだったのに、何故か影戌さんからチロリと睨まれてしまった。え、あれかな。喜びのひと睨みって奴? 違うか。


「真壁先輩」

「ん?」


 僕が不思議がっていると、不意に影戌さんから名前を呼ばれた。

 そういえば、この子からちゃんと呼ばれるのって、何気に初めてだったな。


「私は名実ともに後輩になったので、そういう他人行儀な態度は不要です」


 どことなく照れくさそうな様子で、影戌さんが言った。

 なるほど。「部員になったんだから、もっとフレンドリーに」ってところか。

 そういうことなら……。


「じゃあ、よろしくな。影戌後輩」

「後輩って、そのままじゃ……。まあ、真壁先輩がいいなら、それでいいです」


 呆れた目で僕を見てきたものの、最終的には諦めて受け入れる影戌さん――改め影戌後輩。


「あ、じゃあ私は知麻ちゃんで!」

「分かりました。では私は美薗先輩にしましょう」

「えへへ。よろしくね、知麻ちゃんっ」


 小手毬さんの方も、お互い下の名前ということで決まったらしい。

 何気に小手毬さんが下で呼ばれるのは、初めて聞いた気がする。仲の良い信楽さんですら、「小手毬ちゃん」って呼んでるし。

 まあ、小手毬さんの「小手毬さん感」は尋常じゃないから、仕方ないだろう。

 僕も当分の間は、彼女を下の名前で呼ばないと思う。名字が変わったら、諦めて呼ぶだろうけど。


「よし、じゃあ歓迎会でもしようか。あのお節介(バカ)も呼んできていいよ。影戌後輩」

「む。私の彼氏をバカにするのは、許しませんよ。真壁先輩」

「まあまあ。それじゃあ、私はお茶の準備するね」


 恋愛相談部が三人体制になって最初の活動は、影戌後輩の歓迎会だ。

 きっと今日だけでなく明日以降も、賑やかな部活になることだろう。

次回、影戌後輩の視点で締めます。


彼女のキャラが妙に濃いのは、レギュラー予定だったためです。

真壁くんと小手毬ちゃんの二人きりというのも捨て難かったのですが、

設定的に一年生がいないと将来困るので、加入させました。

簗木の方に行くことも多いので、二人きりの状況はなくなりません。

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