表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/155

23.影戌 知麻より愛をこめて⑤

「美しい筋肉の隣には、同じくらい美しい筋肉が必要なんです! 私のような肉の付かない女では、あの人の隣に立つ資格はありません……!」

「なるほど……。そういう事情があったんだね」


 どうしよう、意味が分からない。


 恋愛相談部の部長として、恋の相談なら解決して見せると意気込んでいたけど、果たしてこれは恋の悩みに入るんだろうか?

 助けを求めようと小手毬さんの方を見ると、ぷるぷると首を振っていた。

 どうやら二人揃って無力だったようだ。


 いや、もちろん影戌さんと言葉は通じている。向こうも日本語だし。

 何が分からないって、なんでそこで悩んでいるのかってことだ。

 まあ、人の悩みなんて十人十色だし、彼女にとっては重要なことなんだろう。


「ま、真壁くん。私、ちょっと良く分からないんだけど……」

「安心して、小手毬さん。僕も分からないから」


 自らの貧弱さを嘆くのに夢中な影戌さんを余所に、僕と小手毬さんは小声で相談を交わす。

 どうも彼女は自分の感情に浸りやすい性格らしく、こちらの動きには気付いていないようだ。一種の激情家といったところだろう。


「とりあえず、最初から確認していこう。影戌さんの体質の事もあるから、小手毬さんに話してもらいたいんだけど、大丈夫かな?」

「う、うん……。私も恋愛相談部(ここ)の部員だもん。頑張るね……!」

「よろしく。頼りにしてるよ」


 グッと両腕を握って意気込みを示す小手毬さんの頭を、勇気付けるように撫でる。一瞬、小手毬さんの表情がほにゃっと崩れたが、すぐに気を取り直して真面目な顔になった。

 そのまま小手毬さんは僕よりも前に身を乗り出して、影戌さんに話しかける。


「えっと……間違ってたら、ごめんね? まず影戌さんは、自分の身長とか体格を気にしてるって事でいいのかな?」

「はい……そうです」

「うんうん。女の子なら誰でも、そういうのは気になるよね」


 上手い滑り出しだ。影戌さんの悩みに共感を示すことで、彼女の落ち込みや警戒心を和らげている。こういうのは、女子の小手毬さんだからこそだろう。

 ちなみに僕は外見を含めて、小手毬さんに不満なところなどひとつもない。


「私、小学生の途中から、全然大きくならなくて……。せめて体格だけでもと思って運動しても、ほとんど肉が付かないんです。だから知識だけが増えて筋肉が増えない、自分が情けなくて……」


 多分、筋肉が付かない代わりに、脂肪も付かないような気がする。人によっては羨ましがる体質だろうな。……ちょっと身長は小さすぎるけど。

 あと影戌さん自身も言ってたけど、知識が多いのは決して悪い事ではないと思う。


「だから体格のいい方に憧れていて……。自分もあんな風になりたいって」

「そうだね。ガッチリした人って、格好いいよね」


 僕が筋トレを決意した瞬間だった。

 いや、おそらく小手毬さんは影戌さんが話しやすいように、彼女に共感するような態度を取ってるんだろうけど。でもまあ、筋肉はあって困るものでもないし。他意は全くないけど、男としては最強を目指すのも悪くないというか……。


「はい。その中でも、あの人の……簗木先輩の筋肉は本当に美しくて、私の理想の――運命の筋肉なんです。でも、だからこそあの人のような素敵な筋肉の隣に、私のような貧相な人間がいるのは相応しくないと……」


 ダメだ、また分からなくなった……。なんでそこで、そういう話になるんだ?

 正直、簗木と女子の好みについて話した事なんてないけど、アイツは別に交際相手に対して筋肉を求めてはいないだろう。人のトレーニングを世話するくらいなら、その時間を自分が鍛える事に費やすタイプだ。

 そういう意味では、トレーニングに関する知識を持つ影戌さんは、少なくとも相性の悪い相手ではないと思うんだけど……。


「だから、せめて……せめて、あの人のトレーニングの助けになりたくて……っ!」

「……それで簗木くんにプロテインを贈ったり、アドバイスを書いた手紙を贈ったりしたんだね。自分のことは内緒にして。つらかったんだね、影戌さん……」

「うっ、うううう……っ!!」


 小手毬さんに頭を撫でられて、影戌さんはさめざめと泣きだしてしまった。

 僕としては深刻な雰囲気の割に、内容が筋肉なのが気になって入り込めないんだけど、小手毬さんはすっかり影戌さんの雰囲気に飲まれて涙ぐんでいる。


「小手毬さん、小手毬さん」


 この先の展開について相談するべく、僕は小手毬さんを呼び寄せた。

 小手毬さんは自分の目元を拭うと、こちらに寄って来る。


「真壁くん、どうしよう。影戌さんが可哀想だよぉ……」

「うん、そうだね……。それで、ここからどうするかなんだけど」


 正直、解決案は明確だ。

 簗木は交際相手に筋肉を望んでいないんだから、好意を伝えるなり助けられたお礼を口実にするなりして、普通に仲良くなってしまうのが一番手っ取り早い。そうすれば影戌さんも自己肯定感を得られて、立ち直れる可能性が高いだろう。

 問題は影戌さんが簗木と接触するのに、そもそも自己肯定感――というか勇気が足りていない点なんだけど。


 ……いや、そこも解決策はあるっていうか、もう解決してるっていうか。

 あまり強引なのはどうかと思うけど、この際だから仕方ないか。


「まあ、解決策は出てるから、ここからは僕が引き受けるよ」


 僕は言いながら小手毬さんの頬に指を当てて、目尻に溜まった涙を拭う。

 小手毬さんは一瞬キョトンとした後、笑顔を見せて僕を応援してくれた。


「うんっ……! 頑張ってね、真壁くん!」


 この笑顔があるだけで、僕はいくらでも頑張れると思う。

 いつも通りの癒し効果を実感しながら、僕は影戌さんの正面に座った。


「影戌さん、念のために聞きたいんだけど、もし簗木が質のいいトレーナーの指導を欲しがってたとしたら、君はどうしたい?」

「それは……もし許されるなら、あの人のお役に立ちたいですけど……」


 なるほど。やっぱり自信がないだけで、傍にいたいって気持ちはあるんだな。


「ところで影戌さん、トレーナーの方はそこそこ覚えがあるのかな? 影戌さんが贈った手紙のアドバイスを見て、簗木は『参考になる』って言ってたけど」

「ほ、本当ですか? ……嬉しいです。私の拙いアドバイスが、あの人の筋肥大の助けになれるなんて……」


 ……とてもいじらしいんだけど、『筋肥大』っていう表現は止めてくれないかな。なんか一気に雰囲気がぶち壊しになる。


「鍛えても身にならなくて、やり方が悪いのかと知識を検めて……。そうやって学んだことが、少しでもあの人のお役に立てたのなら、本当に嬉しいです。こんなに嬉しいのは、腕立て伏せが普通に出来るようになった時以来です」


 ……出来なかったんだね、腕立て伏せ。まあ、女子にはいるって言うよね。

 まあ、それはともかくとして。


「影戌さん。簗木は多分、付き合う相手に筋力は求めてないと思うんだ」


 自分で言ってて「当たり前だろ」と思うけど、多分彼女は分かってないだろうから、ハッキリと口にしておく。

 案の定、影戌さんは呆然とした顔になっていた。


「そ、そうなんですか……? あんなに逞しい方なら、パートナーにも相応の筋力が求められるのでは……?」


 何でそうなる。そう突っ込みたい気持ちを、僕は必死に抑えた。

 彼女の筋肉至上主義は筋金入りだ。金属じゃなくて、まさしく肉の筋が入ってるかも……って、やかましいわ。


「いや、アイツは自分の事はガッツリ鍛えるし、まあ求められればアドバイスくらいはすると思うけど、別に体格のいい女性が好きってわけじゃないと思うよ」

「そんな……女性のしなやかな筋肉に惹かれないはずが……」


 もしかして彼女、女性に対する美的感覚まで筋肉寄りなんだろうか?

 そうだとしたら、この容姿で自分に自信がないというのも納得できる。彼女にとっては、逞しい筋肉を持つ女性こそが美人なのだろう。


「簗木はそうなんだよ。だから影戌さんにも、チャンスはあると思うよ」

「私にも、チャンスが……」


 考えもしなかった可能性を提示されて、にわかに影戌さんの瞳が輝く。

 しかし長年のコンプレックスのせいか、すぐに目を伏せてしまった。


「……いえ、それでも周囲から見れば、逞しい男性と貧相な女です。あの人が笑いものになってしまうのに、私は耐えられません」


 多分、美少女とゴリラが並んでいるようにしか見えないと思う。


 しかし、まあ本人がそう言うなら仕方がない。

 僕は溜息のついでに息を吸い、()()()()()()()()()()()()()言った。


「だってさ。後は任せるよ――簗木」

「――おう」


 僕の声に応えて、部室の入口から筋肉ゴリラ(彼女の想い人)が現れる。

 影戌さんと小手毬さんは驚いた顔をしているけど、そんなに不思議なことじゃないだろう。


 このバカが人任せにして素直に帰るなんて、そんなことあるわけがない。

次回はまだ真壁くん視点です。

簗木くんとの熱い友情を描いた、UGTウホウホゴリラタイムです。


「ウホッ」と思いましたら、評価や感想もお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ