19.影戌 知麻より愛をこめて①
「じゃあ、挿れるね……真壁くん」
僕の上から、小手毬さんが上擦った声で宣言した。
小手毬さんの声を聞けば、彼女がとても緊張しているのが分かる。
かく言う僕も初めての経験なので、かなり緊張しているのだが。
「ああ……いいよ、小手毬さん」
やはり僕の声も固い。
こういう時は男の方が余裕のある姿を見せて相手を安心させるべき、などと時代錯誤なことを考えている僕だけど、いざ本番となればご覧の有り様だ。
「ん……しょ」
「ぐっ……」
小手毬さんの動きによって与えられる未知の感覚に、僕は思わず苦悶とも取れる呻き声を漏らしてしまった。
そんな僕の様子を見て、小手毬は不安そうな表情で僕を見下ろしてくる。
「あ……ごめんね。痛かった? 真壁くん」
「いや、大丈夫……。そのまま続けて」
「うん、分かった」
つい強がってしまったが、小手毬さんが与えてくる刺激は、確実に僕を追い込んでいた。せめて情けない声を上げないようにと心掛けるものの、わずかに漏れる声まで抑えることはできない。
「ん……く……っ」
「……真壁くん、本当に大丈夫?」
僕の声に不安を覚えた小手毬さんが、再度尋ねてくる。
「ごめんね。私、初めてだから……。あんまり気持ちよくないかも」
「い、いや、そんなことないよ」
どこか落ち込んだ様子の小手毬さんに、僕は否定の言葉を返した。
確かに本人の申告通り、小手毬さんは経験がないのでテクニックには欠けているのだろう。まあ、僕だってこれが初めてなので、偉そうに彼女の技量を推し測れるような身分じゃないんだけど。
「大丈夫。ちゃんと気持ちいいよ、小手毬さん」
「本当? えへへ……よかった」
僕が満足していることを伝えると、小手毬さんはパッと嬉しそうな顔になる。
もちろん彼女を気遣って、嘘を吐いたわけじゃない。
こういうのは単純な技量以外に、誰が相手かというのも大事なのだ。
その点で言えば、僕にとって小手毬さん以上の相手などいるはずがない。彼女相手に満足できないなら、僕は一生満足することなど敵わないだろう。
僕が肯定したことで緊張が解れたのか、それとも単に慣れてきたのか、小手毬さんの動きが徐々にスムーズになっていく。
それに伴って僕に与えられる刺激も心地よいものになり、正直に言えば快楽と呼んで差し支えないほどだ。
「あー、本当に気持ちいい。ちょっとヤバいかも……」
「いいよ、真壁くん。もっと気持ちよくなって?」
僕としては無様な姿を見せないよう、手を緩めてほしいとお願いしたつもりだったんだけど、小手毬さんにとっては自分の技量を純粋に称賛されたような気分だったのだろう。緩めるどころか、心なしか彼女の動きは活発になっている。
「えへへ……。なんか、こうやって真壁くんとくっついてると、嬉しいんだけどちょっと恥ずかしいね」
さっきからこれ以上ないくらいに僕らは密着しているというのに、今更ながら小手毬さんは恥ずかしそうに言った。
確かに僕も恥ずかしいし、以前ならここまで触れ合うこともなかっただろう。
そもそもこんなこと、本来なら学校の部室でするようなことじゃない。
だけど楠さんたちの一件で離れ離れになる寂しさを覚えた僕らは、それを埋めるために相手と深く触れ合うことまで覚えてしまった。
そんな僕らがより深い繋がりを求めるのは、当たり前だったのかもしれない。
「小手毬さんのここ、柔らかいんだね。やっぱり男とは全然違うな……」
手持無沙汰になっていた僕の手が小手毬さんの柔らかな部分に触れて軽く撫でると、彼女の体がビクンと跳ねる。
「あんっ、もう。真壁くん、そんなとこ触っちゃダメだよ……」
「ごめんごめん。柔らかくて気持ちよさそうだったから、つい」
「そんなこと言って、もう悪戯したらダメだからね?」
言葉だけなら怒っている風だが、声音からすると満更でもなさそうだ。
……それなら、もう少しくらい彼女の柔肌を楽しんでもいいのでは?
「あ、もう真壁くん。ダーメっ」
「うぐっ……」
僕がおイタをしようとしているのに気付いたのだろう。小手毬さんは自身の動きを強めることで、僕に強い刺激を与えてきた。やや痛みすら伴う快楽に、僕は彼女の思惑通り手の動きを止めてしまった。
「ふふ……悪戯する悪い子は、もっと強くしちゃうからね?」
いけない。完全に小手毬さんにペースを握られている。
僕を翻弄する小手毬さんは、とても嬉しそうな顔をしていた。まさか彼女が、こういう場面ではSっ気を発揮するなんて、思ってもみなかった。
「ご、ごめん。もうしないから、もうちょっとゆっくり……」
「ふふふ……どうしよっかなぁ」
ダメだ。小手毬さん、めちゃくちゃ楽しそう。
いやしかし、小手毬さんに為すがままにされるというのも、悪くないかも……。
チラリと彼女の顔を窺うと、赤みが差して上気しているように見えた。
きっとこの状況に、彼女も酔っているんだろう。
「ん……これ、おっきいのが中で引っかかって……」
「うあ……」
小手毬さんが何かを言っているが、僕の方もそれどころではない。
ただでさえ経験がなくて刺激に慣れていないというのに、同じ条件だったはずの小手毬さんは、意外なほどの上達を見せているのだ。
もはや僕の方が、彼女に一方的に弄ばれている状態である。
しかも小手毬さんは、さらなる試練を僕に強いてきた。
「真壁くん。もうちょっと強くしてみてもいい?」
「え? こ、これ以上?」
「うん、ダメかな?」
ダメかなと聞かれると「もう僕はダメです」と言いたいのだけど、ここで音を上げるのは僕の男としての沽券にかかわる。
「ね? 真壁くん。おっきいの、一回出してスッキリしちゃお?」
それに小手毬さんから甘えるような声で言われると、何も拒める気がしない。
観念した僕は、「お手柔らかに……」とせめてもの慈悲を願う。
僕の返答を肯定と捉えた小手毬さんは、嬉しそうに笑いながら動きを強めた。
「あ、ちょっ……。小手毬さん、ちょっと強い……!」
「大丈夫、大丈夫。なんだか、ちょっとコツが分かってきたかも」
コツを掴んだという言葉通り、小手毬さんの動きは明らかに洗練されている。
最初は僕も動きの激しさに身構えたけど、すぐに強烈な快感が襲ってきた。
ちょっ……。小手毬さん、上手すぎ……!?
「あ、ううっ……!」
「真壁くん、気持ちよさそう……。私が気持ちよくさせてるんだよね。嬉しいな」
僕があられもない声を出さないようにと懸命に耐える一方、小手毬さんは自分の手で僕に快楽を与えている事実に、幸福感を覚えているらしい。僕としても小手毬さんが喜んでくれるのは吝かではないんだけど、いかんせん余裕がない。
「あ、真壁くん、出そうになってる。もうちょっと強めにするね」
「え!? あぐっ……!」
恐ろしいことに小手毬さんは、さらに動きを強めてきた。
さっきから薄々思っていたけど、彼女は局所的にサディスティックな一面を発揮するようだ。そして僕はされるがままである。情けないけど、どうしようもない。
断続的に与えられる強烈な快感に、かえって冷静さを取り戻した僕は、今更ながら恥ずかしさを覚え始めた。
「あの……小手毬さん。僕の……汚いんじゃないかな」
僕のもので彼女を汚すことに、どうしようもない罪悪感を覚える。
しかし小手毬さんは、天使の様な笑顔で僕に語りかけた。
「大丈夫。私、真壁くんのなら平気だから」
そんな無邪気な天使さながらの残酷さで、彼女は僕にトドメを――。
「おい、さっきからノックしてるのに、なんで無視して……って、何やってんだ、お前ら?」
最高潮に達したところで部室の扉が開き、筋肉ゴリラが現れた。
「簗木……。部室まで来るなんて、どうしたんだ?」
僕は寝そべったまま、簗木に声をかける。
小手毬さんはと言えば、思わぬところを見られて恥ずかしがっているようだ。「あわわ」と口に出して慌てている。初めて見たよ、本当に口に出す人。
そんな僕らを見る簗木は、何故だか呆気にとられたような顔をしていた。
「いや、ちょっと相談があったんだが……。え? マジで何やってんの?」
「は? 何って……」
見れば分かるだろうに。
「――耳掃除だけど?」
一体、他の何に見えるっていうんだ?
約3000文字にわたる、熱い耳掃除描写でした。