01.恋愛相談員の真壁くん
突然だけど、我が校には「恋愛相談部」なるものがある。
名前からして色ボケした、思春期らしい部活動を想像するだろう。あるいは正式な部活動ですらない、一部の生徒が勝手に名乗るアホな集団だと思われても仕方がない。
僕だって、実際に存在を確認するまで、そんな部が本当にあるとは思っていなかったし、確認した今でも何かの冗談ではないかと思っている。
しかし残念ながら、うちの高校には恋愛相談部は実在し、今も活動していた。
この僕――真壁 良太を部長として。
「部活に行きたくない……」
放課後の教室。自分に割り当てられた席で、僕は一人呟いた。
別に誰かに聞かせようと思ったわけではなく、僕の中にある「恋愛相談部に行きたくない」という熱い思いが、外に漏れ出てしまったに過ぎない。
しかし、こういう呟きというのは、得てして誰かが聞いているものだ。
「そんなに嫌なら退部するなり、サボるなりすればいいんじゃないか?」
僕のメランコリックな独り言に答えたのは、友人の簗木 篤だった。
勤勉な眼鏡男子である僕とは違い、短髪でよく日に焼けたスポーツマンタイプのクラスメイトだ。
「そんな不義理な真似ができるわけないだろ。これだから筋肉ゴリラは」
僕は簗木に向かって、いかにも呆れたという仕草をしながら呟いた。
冷たい言い草に聞こえるかもしれないが、僕だって誰にでもこんな素っ気ない態度を取るわけじゃない。
この簗木という男が、正真正銘の筋肉ゴリラだからこそだ。
簗木は昔からレスリングが好きだったらしく、高校に入ったらレスリング部に入ろうと思っていたのだが、よりにもよってレスリング部の存在しないうちの学校に来てしまったという、迂闊すぎる男である。
入学後、レスリング部がないことに気付いた簗木は、仕方がないので柔道部に道場破りを挑んで、激闘の末に柔道場の一部を使わせてもらえることになったとか。ちなみに激闘の種目は柔道だ。そのまま柔道部に入ればよかったのに。
柔道場でレスリングができるのかって? 僕が知るわけないだろう。
「ふふん。ゴリラと並んで語られるとは、光栄だな」
「喜ぶんじゃないよ」
どうやら簗木の中で「ゴリラ」は誉め言葉になるらしい。心底どうでもいい。
今、重要なのは僕がサボりも退部もできないということだ。
「前の部長には大恩があるからな。あの人に任された部の看板に、僕が泥を塗るわけにはいかない」
これが、僕が恋愛相談部から逃げられない理由である。
あの人は僕を信頼して、自分の愛した部を任せたのだ。それが気付けば何の実態もない部活になっていたらと知ったら、とても悲しむだろう。
「でも前の部長さんって、卒業してから特に連絡とかしてないんだろ? だったら、どうなったって誤魔化せるんじゃないのか?」
不思議そうな顔で簗木が聞いてくるが、一体さっきから何を聞いていたんだ?
「先輩に知られるかどうかじゃない。先輩から任された部活をしっかり盛り立てていくことが、僕にできる恩返しだ」
「行きたくないとか言ってなかったか?」
ゴリラのくせに鋭いじゃないか。おっと、ゴリラは誉め言葉だったな。
「それとこれとは話が別だ。恩を返すために部は守るが、僕個人の感覚としては『恋愛相談部の部長』なんて恥ずかしくて嫌だ」
「だったら名前を変えちまえば……ああ、看板守るんだったな」
そういうことだ。
簗木に頷き返した後、僕は自分の鞄を掴んで席を立った。
恥ずかしくて仕方がないが、今日も恋愛相談部の部長をしっかり務めるとしよう。
新たに決意を固めて、僕は恋愛相談部に宛がわれた部室へ向かうのだった。
とはいえ――恋愛相談部にやって来る生徒は、別に毎日いるわけじゃない。
高校生ともなれば多感な時期なので恋の悩みは尽きないだろうが、そんな胡乱な部に相談しようとまで思い詰める生徒は決して多くないのだ。大半は友人や家族に相談して、あるいは自力で解決してしまうものだろう。
だが中には自力で解決に努めるより、こんなわけの分からない部に相談することを選ぶ人間もいるにはいる。理由は人によって様々だが、一番は気が弱くて友人よりも「恋愛相談部」という看板があった方が気楽という理由なのだろうと思う。もしくは普通に友人がいないかだな。
そんなわけで、来るか分からない相談者を部室で待つこと一時間ほど。
暇潰しに読んでいた文庫本も佳境を迎えたところで、部室の扉が控えめに叩かれたことに気付いた。
「どうぞ」
僕は扉の前にいる人物に声をかけて、入室を促す。手に持った文庫本は伏せようかと思ったが、相談者ではない冷やかしの客という可能性もあるので、そのまま手に持っておくことにした。たまにいるんだよな、うちの部室に遊びに来る奴も。
「し、失礼します……」
おずおずと挨拶をしながら入ってきた女子生徒を見て、僕は少しだけ驚いた。
それは彼女が僕の顔見知り――要するにクラスメイトだったからだ。
「やあ、小手毬さんじゃないか」
「あ、真壁くん……。本当に真壁くんが、ここの部長だったんだ」
彼女――小手毬 美薗さんは緊張の面持ちで部室に入ってきたが、中にいるのがクラスメイトの僕一人だと分かって安心したようだ。別に彼女と僕は親しい友人ではない、というより二人で話したこともない程度の薄い関係だが、それでも見知らぬ相手よりはマシだと思われたのだろう。
「小手毬さんは、噂を聞いてここに来たの?」
「う、うん。恋愛相談に乗ってくれる部活があるって、友達から聞いて」
「なるほどね」
我が部は大々的な宣伝など(僕が恥ずかしいから)していないが、一応は生徒の恋の悩みを解決していた実績というのがある。そういう生徒が非常にありがたいことに、部の評判を友人知人に語ってくれるので、こんな怪しげな部活でも一部の生徒には認知されていたりするのだ。
「その……うちのクラスだと、真壁くんが部長っていう噂もあったりしたんだけど……」
「マジで?」
そうか、噂になっちゃてるのかあ……嫌だなあ。絶対に碌な噂じゃないだろ。
『あの真壁って、真面目な顔して恋愛相談部の部長やってるらしいぜ』
みたいに言われてそう。やだ、恥ずかしい。
噂がうちのクラス限定なのは、僕が校内で特に有名人でも何でもないからだろう。しかし、もしかしたら「理知的な眼鏡男子の部長」という情報くらいは出回っているかもしれない。特定されないように気を付けないと。
「流石にそっちは、何かの冗談じゃないかと思ったんだけどね……」
苦笑気味の顔で、小手毬さんは言った。
まあ、僕は教室では勤勉な真面目ガネだからな。恋愛相談部なんて看板を掲げた部に入っていて、しかも部長まで勤めているとは、そうそう思わないだろう。
だが、残念ながら冗談でも何でもないのだ。遺憾だが、この部の部長は僕である。
「生憎、そっちも冗談じゃないんだ。僕がここの部長だよ」
「あ、やっぱりそうなんだね……何か意外かも」
そうだね。僕だって高校入学前は、こんな部に入ることになるとは思わなかったよ。
「まあ、色々と事情があってね。それで小手毬さんは何か相談があって、ここに来たってことでいいのかな?」
「あ、うん」
僕が部室の中央にあるテーブルとソファを手で示しながら尋ねると、小手毬さんは答えながら座った。何か――つまりは恋愛に関する相談があるということだ。
「ちょっと待っててね。お茶でも淹れるから」
「え、そんな、いいよ」
「まあまあ、いいから」
僕は遠慮する彼女を宥めながら、部室の隅に設置してある給茶スペースへ向かった。とりあえず彼女には、僕のもてなしを受けていただこう。
堅実に相談を解決するには、まず相談者をリラックスさせることが大切だ。
「今回はクラスメイトか……」
小手毬さんが好きなのはどんなお茶だろうと考えながら、僕は小さく呟いた。
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