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17.その距離が壊れた後に

「……ごめん、マイ」


 しばらくお腹を押さえて痛がっていた京介は、落ち着いた途端に謝ってきた。

 真壁くん、そんなに強く殴ったようには見えなかったんだけど……。意外と鍛えてたりするのかな? それとも、京介が貧弱なだけ?


「何について謝ってんの? 京介」


 ぶっちゃけ聞かなくても分かるんだけど、今まで放置されていた恨みを込めて言ってやる。私が勝手に待っていたって? そんなの知らないもん。


「マイがここで待ってるのを知ってて、他の女の子のところに行ってた事とか……。マイが俺のこと好きなの気付かないで……いや、見ない振りかな。ちょっと良く見れば分かるはずなのに、知らないままでいた事とか、色々」


 京介の言葉と表情から、ようやく私の方を向いてくれたのだと気付く。

 それと同時に、私が勘違いしていた京介の気持ちにも気付けた。


 京介は、ずっと私の事を大切に想ってくれていたんだ。


 だけど幼馴染だから、それだけで大丈夫だと慢心して、それ以外の関係を求めてこなかった。私を幼馴染として大事にしたまま、他の子と愛を育もうとしていた。

 そんなの簡単に両立できるわけないのに。ていうか、ほぼ不可能なんじゃない?


「ふーん。てっきり私の事なんて、何とも思ってないのかなーって」

「そ、そんなわけないだろ!? って、言っても説得力ないか……」


 あらら、落ち込んじゃった。

 まあ、今だから言えるけど、結構酷かったもんね。京介の行動って。

 私にも他の子にも、満遍なく失礼だったっていうか。どうせ本気じゃないしね。


 よくもまあ、あんな軽薄な言動が出来たなっていうか。

 私もよく今まで、碌に文句も言わずに待ってたなーって、今なら思える。

 まあ、待っていられた理由なんて、自分で分かってるんだけどね。


「……いいよ、信じたげる。それで京介は、私の事どう思ってんの?」


 ここまで確信を持てて、ようやく私はその質問が出来た。

 これでも素直に聞けないようだと、せっかく私たちのために骨を折ってくれた真壁くんに、申し訳が立たないもんね。


「俺は……俺はマイの事が、大好きだ! 他の奴になんて、絶対渡したくない!」


 見た事ないくらい……いや、さっき一度見たか。まあ、そのくらいに真剣な表情で、京介は私に愛の告白をしてくれた。

 それは私が夢にまで見た言葉で、思わず涙が零れそうになる。


「もうっ、遅すぎだし……。私はずっと前から、京介の事だけ好きなのに」

「ごめん! ごめん、マイ! 俺もこれからは、ずっと好きだから……っ!」


 私が堪え切れずに泣き出すと、京介も貰い泣きしてしまった。

 そのまま私を抱き締めてくれるけど、今までの寂しさを埋めるには物足りない。


「京介、もっと抱き締めて。もっと強く。壊れちゃってもいいから」


 京介に壊されるなら、私は……。



 ――そんなわけで、私と京介は晴れて恋人同士になった。



 まあ、恋人同士になったといっても、今までも二人一緒に過ごしてきたんだから、生活が大きく変わるわけじゃない。

 家族にはその日のうちに報告したけど、むしろ「あんたたち、まだ付き合ってなかったの?」という感じだった。まあ、家だとお互いの部屋を行き来してて、京介の浮気性みたいな部分も鳴りを潜めてたからね。家族が気付いてなかったのも、無理はないか。


 最近の日課は、朝になると京介の部屋まで行って、アイツを起こすことだ。

 元から登校は一緒だったけど、流石に起こすのまではやってなかった。

 だけど今は、京介が準備を終えるまで待つのももどかしくて、前より早く家まで行って目覚まし代わりをするようになってしまった。だって早く会いたいし、将来の予行練習になるじゃない?


「京介ー、おっはよー♪」


 ごく僅かに声を潜めながら、京介の部屋に入った。

 京介の家族も慣れたもので、今では私をこの部屋まで顔パスで通してくれる。


 うーん、ちょっと散らかってるから、今度掃除してあげようかなあ。

 でもあんまり旦那さんが生活力ないと、いずれ苦労しそうだし……。私に子供が出来て動けない時なんか、京介に家事をやってもらうこともあるだろうしね。

 そうと決まればこの部屋は練習がてら、二人で掃除することにしよう。

 二人の共同作業って感じで、ちょっといいかも。


 あ、Hな本あった。

 どうしよう。これお義母さんに渡したら、処分してくれるかな。

 でも京介がお小遣いで買ったものだし、いくらHな本だからって勝手に処分するのは良くないよね……。うん、ここはちゃんと話し合って、どうするか決めよう。

 親しき仲にも礼儀あり。夫婦は話し合いが大切だよね。

 もしかしたら私の体に不満があるのかもしれないし、ちゃんと聞かないと。


 さて、部屋の観察はこのくらいにして、そろそろ京介を起こしてあげよう。

 今は高校生だからいいけど、会社に遅刻するようなったらマズイからね。

 ちゃんと朝起きられるように、習慣付けておかないと。


「京介、京介ー」


 京介の名前を呼びながら揺すってみるけど、起きる気配はない。

 昔から京介って、寝起きはあんまり良くないからなー。

 仕方ない、ここは起こし方を変えよう。これは京介がなかなか起きないからであって、断じて私が京介にちょっかいを出したいから、手を抜いて起こしているわけではない。違うったら違うのだ。


「お邪魔しまーす♪」


 私は京介の布団に入り込んで、背中から抱き付く体勢になる。

 そのまま京介の背中に顔を当てて、頬ずりを始めた。

 あー、やばいよこれ。京介の背中おっきいし、すっごく濃厚な京介の匂いがする。

 もうちょっとくっつきたいな……。足も絡めてみよう。あ、最高かも。


 うーん、何か学校とか、どうでも良くなってきたなー。

 ここなら京介と二人きりだし、サボって二人でいちゃいちゃすれば良くない?

 いっそこのまま、この部屋で二人暮らししても……。


「いつまでくっついてるんだよ、マイ! 離れろって!」


 そんな事を考えてたら、いつの間にか起きてた京介に怒鳴られてしまった。


「あ、おはよー、京介。起きてたんだね」

「そりゃ、抱き付かれたら起きるだろ! いいから、離れてくれ!」

「あーん、もう……」


 怒った京介が、布団から出て行ってしまった。

 私と京介の仲なんだから、恥ずかしがる事なんてないのに……。

 だけど京介は、そのまま私にお説教を続けてくる。


「大体お前、起こしに来てくれるのはいいけど、いつも最後は一緒に寝ようとしてんじゃねえか! 起こすなら、ちゃんと起こしてくれよ!」


 真面目な顔の京介も、格好いいなー。

 ちょっと寝癖が付いてるけど、そこも抜けた感じがして可愛いかも。

 でも皆の前で恥ずかしい思いはしたくないだろうから、後で直してあげよ。


「ちょっとマイ。聞いてんの?」

「聞いてる聞いてる。今日も格好いいよ、京介♪」

「聞いてねえじゃねえか!!」


 あれ、怒られちゃった。褒めたのになー、もう。




「そんな感じで、朝から怒鳴られちゃった。これって、亭主関白って奴?」

「いやあ、どうだろうね。ははは……」


 私が質問すると、真壁くんは曖昧な笑顔を見せた。

 うーん。真壁くんと小手毬ちゃんは、うちと違ってまだ夫婦じゃないから、京介の考え方は理解できないのかな。


 今は放課後で、私と真壁くんはいつかのように屋上へ来ていた。

 もちろん浮気なんかじゃない。私は京介のものだからね。京介も私のものだよ。

 ここに来たのは、真壁くんに聞きたい事があったから。教室で聞くのは少し恥ずかしかったから、呼び出して来てもらったってわけだ。


「気になってたんだけど、真壁くんって京介が私のこと好きだって、気付いてる感じだったよね? あれって何でだったの?」


 私が聞くと、真壁くんは「ああ、それか」と何でもない事のように言った。

 むー、何か「出来る男」って感じ。小手毬ちゃんも、見る目があるなあ。

 まあ私にとっては、京介が一番なんだけどね。


「大した話じゃないんだけど。楠さん、前に体育の授業中に倒れた事あったでしょ?」

「あー、あったね、そんな事」


 結局、単なる貧血だったけど。

 あの時は確か、京介が保健室まで背負ってくれたんだっけ。格好よかったなあ。


「その時の金名が、凄く真剣な顔してたからさ。『コイツも楠さんのこと、大事に想ってるんだな』って。まあ、本人は自覚してなかったみたいだけど」

「京介……っ!」


 真壁くんの話を聞いて、私はときめいてしまった。

 京介相手には年中ときめいてるけど、今のときめきは普段の比じゃない。

 ああ、もう早く京介に会いたい。今すぐ会いに行こう。


「あっ、ま、マイ!」


 そんなことを考えてたら、本当に京介が現れてくれた。

 だけど何だか焦ってるみたいだ。落ち着かない表情で、真壁くんを見ている。


「あー、今回は本当に話してただけだから。じゃあ、僕は帰るよ」


 そんな京介を見て、真壁くんは何かを察したように屋上から出て行った。

 後に残された私は、隣にいる京介に質問してみる。


「京介、何か様子おかしくない?」


 よくよく思い出すと、私が真壁くんと話している時、京介はいつもこんな感じだったような気がする。京介と真壁くんが二人の時は、むしろ真壁くんを信頼しているように見えたんだけど……。

 私の質問に、京介はバツの悪そうな表情で答えた。


「いや、何かマイが真壁くんと話してると、盗られるんじゃないかって不安で……」

「盗られる? それって私が? 真壁くんに?」


 私が聞き返すと、京介は申し訳なさそうな顔で頷く。

 多分、私や真壁くんを疑っていることに、罪悪感があるのかな。

 それにしても、この間の真壁くんは演技してただけだって、ちゃんと説明したはずなんだけど……。


 私の視線から、考えを読み取ったんだろう。

 京介は明後日の方向に目を向けながら、ボソボソと呟いた。


「その、真壁くんって凄い奴だから……。もしかしたら、マイが靡く事もあるかもって……」


 あー、弱々しい京介も可愛い! 好き!

 つまり京介は真壁くんの事を尊敬していて、だからこそ私がそんな彼に惹かれるんじゃないかって、心配しているんだろう。そんな心配、要らないのに。


「京介! 早く帰ろ! 京介の部屋行くよ!」

「え、なんで急に?」

「私の愛、ちゃんと証明してあげるから!」


 この胸のときめきは、もう止まらない。

 今日こそ私は、京介と結ばれるのだ!



 ――結局、その日は京介に愛を証明してあげられなかった。


 だって京介ったら、『まだ責任取れないからダメ』って言うんだもん。

 私と将来の子供のことを考えてくれるのは嬉しいけど、ちょっと不満だなあ。

 甲斐性は大事だけど、私はちゃんと共働きするし! ちょっとくらい良くない?


 あ、そうだ。こういうのも、恋愛相談に入るのかな。

 今度、真壁くんに相談してみよう。


 京介が私に、なかなか手を出してくれませんって。

これにて楠さん編は終了です。


ちなみに金名くんは、本命に対しては奥手なタイプです。

そして楠さんは、すでに夫婦気取りです。


本来なら次回から新しい相談に入りますが、一回だけ小手毬さん視点を挟みます。

今回の反動で小手毬さんが真壁くんに甘えるという、大変シリアスなエピソードです。

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