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16.楠 舞奈との近すぎる距離⑦

「真壁くん、マイに何してんの?」


 僕の耳に聞こえた言葉が金名のものだと理解するのに、数秒の時間を要した。

 まともに話したのは先日の部室が初めてだし、後は合同授業や楠さんを訪ねてきた時の様子を見ただけだったけど、彼のこんなに冷たい声を聞いたのは初めてだ。

 声色だけではなく、視線も彼らしくない重さと冷たさを秘めている。

 誰よりも金名のことを知っているはずの楠さんですら、驚きで目を見開いているくらいだ。まあ、むしろ彼女だからこそ、知らないのかもしれないけど。


「何だよ、金名。そんな顔も出来たんだな」

「いいから。質問に答えてくれない?」


 いや、本当に誰だよ。予想通りと言いたいけど、ちょっと予想以上だったわ。

 この様子だと、想像していたよりも面倒な手間がかかりそうだなあ……。


 かなり辟易しつつ、僕は努めて軽薄そうな態度で金名に応じた。

 幸い演技の手本は、少し前にどこかのチャラ男で見たばかりだ。


「別に何も? ちょっと同じクラスの女子と、お話ししてただけだよ」


 悪びれた様子を見せない僕の言葉に、金名は目を細める。怖いって。

 どいつもこいつも、何だって僕を睨みつけたがるんだ。


「話してただけで、何でマイが泣いてるわけ? 普通に話してるだけで、泣いたりしないでしょ。真壁くんが何かしたんじゃないの?」


 金名の言葉と視線の圧力に耐えつつ、僕は悪そうな顔を想像してニヤリと笑う。

 まるで本当に鬼畜眼鏡みたいだな……。小手毬さんには見せられない。


「何もしてないって。本当に話してただけだよ。話の流れで感極まって泣いちゃうことだって、たまにはあるんじゃないかな?」


 うわー、我ながら白々しい。美白かよ。

 だけどまだ足りてない。もっと煽らないと、金名の本音を引き出せない。

 どうせ口で言うだけだし、とことん鬼畜眼鏡を演じてやるとするか。


「ていうか、金名は関係ないだろ? 仮に僕が痴情のもつれで楠さんを泣かせたとしても、それは僕が反省して行動を改めればいいんだから」

「は? 真壁くん、小手毬ちゃんと仲良いんじゃないの? 何でマイと……」


 理解が出来ないという顔で、金名が言う。って、お前がそれを言うのか……。


「小手毬さんと仲が良いから、何だよ? 楠さんだって可愛いんだから、気になって声かけても不思議じゃないだろ? ()()()()()()()()?」


 いつか金名が僕に言った言葉を、そのまま返してやる。

 それを聞いた金名は、今にも殴り掛からんばかりの形相で歯を食いしばり、身の危険を感じるほどの鋭さで僕を睨み付けた。


「え? ちょ、真壁くん? さっきから何を……?」


 緊迫した空気に、さっきから黙っていた楠さんも、ついに口を出してきた。

 かなり困惑した様子だけど、まあ僕が唐突に下衆な男みたいな発言をしているんだから、そういう反応をするのも無理はないだろう。

 だけど今の流れを止められると、少し困る。申し訳ないけど彼女のことは無視して、しばらく悪い男に弄ばれたヒロイン役に徹してもらおう。


「金名が言ったんだよな、この言葉。全くその通りだと思うよ。小手毬さんも可愛くて良いけど、楠さんも美人だしお近付きになりたいと思うのは、うん不思議じゃないな」

「マイは俺の、幼馴染なんだけど……?」


 多分、自分が言っている言葉に正当性がないと、自覚しているのだろう。

 金名の声はさっきまでと比べて、明らかに自信がなさそうだった。

 僕は彼のこの発言を、ずっと待っていた。


 そして、ここが攻め時だ。

 今こそ目覚めろ! 僕の中の鬼畜眼鏡!



「だから?」



 自分でも最高にムカつくと思う顔と声で、僕は金名に言ってやった。

 コイツ、よく殴り掛かってこないな……。僕だったら、今ので一発だぞ。

 まあ多分、色々と自覚したんだろうけど。


 しかし、その殊勝な態度もここまでだ。


「幼馴染だろ? 男と女の話には、関係ないだろ。部外者は引っ込んでろ」

「お、前!」

「ちょ、京介!?」


 流石に今の挑発は、我慢できなかったんだろう。

 金名は怒りの形相で僕に詰め寄り、制服の襟首を掴んできた。ちょっと痛い。


「ぐっ……お前はっ!」

「京介! 待ってよ! 真壁くんも、何で変な煽り方するの!?」


 僕に掴みかかる金名を、楠さんが必死に止めようとする。でもごめん、ちょっと大人しくしといてもらえる? 今、本番中だから。


「俺はマイと、ずっと一緒にいたんだよ! 小さい頃から、ずっと! ぽっと出のお前が、いきなり入り込んでくるんじゃねえよ!」

「笑わせんな。楠さんは、ここでずっと一人だっただろうが。幼馴染が優しく甘えさせてくれるからって、付け上がってるんじゃないよ」

「だから、もー! 何なの、これ!?」


 いや、だから楠さんは黙って……。今、いいところなんだって。

 幸い金名の方は、興奮して楠さんの声が耳に入ってないみたいだけど。


「安心しろよ。お前と鴨川先輩の仲は、ちゃんと取り持ってやる。僕は恋愛相談部の部長だからな。持ちかけられた相談は、きっちり解決するよ」


 僕は雰囲気を壊さないように、小さく息継ぎをする。

 役者って大変だよな。もっと長いセリフを喋ったりするんだもんな。


「そうしたら、楠さんはフリーだ。今まではお前が傍にいたから誰も手を出さなかったけど、鴨川先輩と付き合うなら楠さんとは距離を置くだろ?」

「誰が離れるかよ! 俺とマイは、ずっと一緒だったって言ってるだろ!? これからだって――」

「一緒にいられるわけないだろ。何、ふざけたこと言ってんだよ」

「は……?」


 僕の言葉を聞いて、金名は本気で驚いたような顔を見せた。

 おそらく今の今まで、本当にそんな当然のことも理解していなかったんだろう。

 そうでなければ、悪意を持って楠さんを放置していたことになる。


 だけど、いい加減に学習しろ。


「お前が鴨川先輩でも誰でもいいけど、他の女子と付き合ったとして、楠さんとも今まで通りやっていけると思ってるのか? 仮にお前の彼女がそれを認めてくれたとしても、楠さんに彼氏が出来た場合、そいつもお前と楠さんの付き合いを認めてくれる可能性が、どれだけあると思う?」


 金名だけじゃなく、楠さんも僕の言葉を聞いて黙り込む。


 多分、僕がこんなお節介を焼かなくても、最終的にこの二人は付き合うことになるのかもしれない。だけどその過程で、二人と付き合って上手く行かない相手が出ることになるだろう。そうやって一度失敗することでしか、この二人はお互いの認識の間違いに気付けないのだ。

 そんなの、付き合わされる方は堪ったもんじゃない。


「お前、鴨川先輩のことが好きって言ったよな?」

「そんなの……本気なわけ……」


 ああ、そうだろうな。僕もお前が本気だなんて、最初から思ってなかったよ。


 楠さんと金名は、距離が近すぎる。

 だから金名は楠さんが自分にとって特別な存在だと気付けないし、楠さんは金名の考えを勘違いしたまま、自分が正しく理解していると思い込んでしまうんだ。

 本当はこんなにも想い合って、すれ違っているというのに。


「知ってるよ。自分が本気になれる相手が誰かぐらい、ちゃんと自覚しとけ。この馬鹿野郎」


 そう言いながら、僕は金名の腹に拳を叩き込んだ。腹パンという奴だ。


「ぐっ……!?」

「京介!?」


 僕から手を放して腹を抑えた金名に、楠さんが心配そうに寄り添う。

 いきなりだから驚いただろうけど、大して力も込めてないから、大丈夫だろう。

 僕は溜息をひとつ吐いてから、楠さんに向けて言った。本番終わったしね。


「楠さん、そういうわけだから。勝手に恋愛相談やっちゃって、ごめんね?」

「え? あ、あー……。うん、大丈夫」


 一瞬、僕に非難めいた目を向けたけど、すぐに楠さんは僕の意図を理解してくれたようだ。まあ、好きな男を殴っちゃったのは、僕が悪かったよ。


「そんなわけで、あとはそこの馬鹿野郎と、ゆっくり話したらいいんじゃない?」

「あ、ありがと……」


 そこはコクコクと首を縦に振ってくれると……。いや、本物の方がいいか。

 ようやく問題が解決したし思う存分、小手毬さんを愛でられるというものだ。


「じゃ、後は二人でごゆっくり」


 少し呆然としている楠さんと、未だに痛がっている金名を置き去りにして、僕は屋上を後にする。あれ、金名のリアクション長くない? 大丈夫だよね?

 まあ、楠さんが自然に寄り添う形になったので、結果オーライということで。




 屋上を後にした僕は、真っ直ぐ部室へと向かった。

 別に小手毬さんが待っていてくれるわけではない。単に例の一件以来、彼女が待ちぼうけになっていないか確認するため、屋上から帰る度に寄っていただけだ。

 あくまで確認のためというだけで、あの一件から小手毬さんが部室にいたことはない。多分、明日からはいつもの日常が取り戻せるだろう。


 でも今日は凄く疲れたから、出来れば癒されたかったなあ……。


「……あれ?」


 そう思いながら部室の前まで来ると、中の電気が点いていることに気付いた。


「まさか……」


 少しだけ焦りながら、部室の扉を開く。

 そこには予想通り小手毬さんがいて、どう見てもコーヒーの準備をしていた。


「あ、真壁くん。おかえりなさい」

「小手毬さん……どうしてここに?」


 僕を見て笑顔になる小手毬さんに癒されつつ、彼女に疑問を投げかける。

 小手毬さんは恥ずかしそうに「えへへ」と笑いながら、答えてくれた。


「何となく、今日は真壁くんが来てくれるような気がして」


 少し赤らんだ頬が、とても綺麗だと思った。



 ――今のこの気持ちを、僕はどう言い表したら良いだろうか。



「それで、どうかな? 楠さんたち、上手く行きそう?」


 笑顔で聞いてくる小手毬さんには答えず、僕はおもむろに彼女を抱き締めた。

 流石にこの行動は予想していなかったらしく、僕の腕の中で硬直した小手毬さんが「え?……え?」と動揺の声を漏らしているのが聞こえる。


「あの……真壁くん?」


 僕の顔を見上げようと小手毬さんが頭を動かしたけど、そうはさせまいと彼女の後頭部に伸ばした手で、僕の胸に頭を押し当てる。

 身じろぎをされるとくすぐったいけど、今の顔は見られたくないので仕方ない。


 しばらく慌てていた小手毬さんも、一分も経てば落ち着いてくる。

 やがて、おずおずと僕の背中に手を回してきてくれた。

 そんな彼女の温かさや匂いをひとしきり堪能した後、僕はようやく口を開く。


「ようやく解決したよ……。ただいま、小手毬さん」


 そう言うと小手毬さんの手は、僕の苦労をねぎらうように背中を撫でてくれる。

 その手は暖かくて、優しくて。これは……癖になりそうだ。


「おかえりなさい、真壁くん」


 僕の腕の中から、彼女のくぐもった「おかえりなさい」の声が聞こえる。

 それだけで今日までの苦労が、何てことなかったように思えてしまった。


 そのまま、しばらく小手毬さんと抱き締め合う。

 もう結構いい時間だけど――。


 きっとコーヒーを一杯飲む時間くらいはあるだろう。

次回、楠さん視点で締めます。

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