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15.楠 舞奈との近すぎる距離⑥

 小手毬さんとの喧嘩……あれは喧嘩か? まあ、そんなようなものを繰り広げた日の放課後、僕は昨日と同様に楠さんのいる屋上へと顔を出していた。

 本当なら小手毬さんのフォローに全力を尽くすべきだと思うんだけど、その小手毬さんが「楠さんを助けてあげて」と懇願してくるのだから、仕方がない。

 その割に、僕が彼女を置いて教室を出ようとすると、悲しそうな顔するのは止めてほしい。どうも彼女自身は、そういう表情を見せているつもりはないみたいだけど。まあ、僕に置いて行かれるのを寂しがってくれているのなら、光栄なことだ。


「真壁くーん、何か楽しそうなことやってたねー。こんなとこ、いていいの?」


 僕が屋上に顔を出すと、楠さんが楽しそうな顔で聞いてくる。

 彼女のためにやってるのに……と思ったけど、よく考えたら僕の独断だったな。

 だけど実際、いつまでもこんなところにいるわけにもいかない。

 楠さんと話すのが嫌なわけじゃないけど、それ以上に小手毬さんとすれ違い続けるのに、僕が耐えられないからだ。


「まあ、お互い冷静になる時間も必要、みたいな感じかな……」

「そういうのは否定しないけど、その間に私のところに来るのは、どうかなー」


 楠さんが軽い感じで言う。

 全くその通りだ。小手毬さんと上手くいってないのに、他の女子のところで時間を潰すなんて、どう考えても理屈に合っていない。

 だから僕は、楠さんに向かって言ってやった。


「確かに、女性を待たせてるのにフラフラしてるのは、あまり良くないよね」

「む……」


 僕が言外に込めた意図に気付いたのだろう。楠さんは不快そうな顔を見せた。

 今のは明確に金名のことを揶揄していたからな。そうなるのも当然だろう。


「うちは幼馴染だから、真壁くんのとことは違うけど?」

「そりゃそうだね。今のはもちろん、僕自身の話だよ」


 僕からの明らかな挑発に、楠さんが苛立っているのが見て取れる。

 まあ、さっきの僕の言葉を素直に「そうなんだ」と受け取れる奴は少ないだろう。楠さんは、どちらかと言えば人より捻くれている方だろうし。

 だからこそ、そんな捻くれた楠さんの本心を引き出す必要があるのだ。

 とはいえ、あまり突き過ぎても逆効果だろう。完全に拒絶されると困るしな。


「ところで、今日はお菓子買ってきたんだ。良かったらどう?」


 僕は少し重くなった空気を発散させるべく、彼女のお気に入りのお菓子を取り出して見せる。購買で売っている何てことのない普通の製品で、確かこれも金名との思い出がある一品だったはずだ。

 楠さんは僕の持つパッケージを横目で見て、小さく呟いた。


「……食べる」

「そう? じゃ、遠慮なく召し上がれ」


 僕がお菓子を手渡すと、楠さんはすぐさま袋を開けて食べ始めた。

 心なしか、表情が緩んできているような気がする。

 彼女は好きなものをリピートするタイプなので、こうして好きなものがあれば、機嫌を取るのは難しくない。その最たる例が、幼馴染である金名の存在だろう。

 一見サバサバしているように見えるけど、実際は執着心の塊という真逆の性質を持っているのが、楠 舞奈という少女なのだ。


「そういえば、前に京介もこれ買ってきてさ――」


 案の定、楠さんは金名の話を始める。

 こうやって少しずつ、機嫌を取りつつ彼女の内面を攻めていくことにしよう。

 本当はもっと時間をかけていくつもりだったけど、早くしないと僕と小手毬さんの仲が拗れかねない。


 そして数日が経ち――。


「京介もほんと、いい加減に諦めたらいいのに。手当たり次第に声かけたところで、彼女なんて出来るわけないじゃん」


 僕の目論見はある程度のところまで成功し、こうして楠さんから金名の女性関係についての愚痴を引き出せるようになっていた。


「金名って、中学の頃はどんな感じだったの?」

「最初は、ああじゃなかったかな。だんだん派手っぽい趣味になって、そしたら『彼女欲しい』ってナンパみたいなことするようになったんだよね」

「へえ。楠さんも、金名に合わせてそういう格好にしたの?」

「むぇ? い、いやー、私は別に。自分がこういうの気に入っただけだし」


 僕の質問に、楠さんは狼狽えた反応を見せる。最初の頃なら見せなかった姿だ。

 おそらく図星で、金名の趣味に合わせて今のような格好になったんだろう。

 何というか、本当にギャルっぽい見た目に反して、健気で一途なタイプだ。


「京介もこういうの似合うって言ってくれたし、悪くないかなーって」

「うん、そうだね。僕も似合うと思うよ」


 僕がそう言うと、自分が動揺していることに気付いたんだろう。楠さんはコホンとひとつ咳払いをして、気を取り直すように言った。


「真壁くんこそ、小手毬ちゃんとはどうなの? 最近、私のとこばっか来てるみたいだけど。あ、私に乗り換えようとしても、ムダだからね?」


 彼女としては、冗談で僕に意趣返しするつもりだったんだろう。悪戯っぽい笑顔を浮かべて、口の端に八重歯を覗かせている。

 だけど僕にしてみれば、この発言は完全な攻めどころだった。


「楠さんが嫌ってわけじゃないけど、僕は小手毬さんが一番好きだから、乗り換えたりしないよ。それに君に手を出して、金名と喧嘩になるのも嫌だしね」


 僕の言葉を聞いた楠さんは、一転してショックを受けたような顔になる。

 ある程度は予想していたけど、思ったよりも露骨な反応だったので、僕としても少し焦ってしまった。

 そのまましばらく黙っていると、やがて楠さんが力なく話し出した。


「京介が、そんなことで喧嘩するわけないじゃん」


 楠さんは俯いてしまったので、その表情は僕から見えない。

 声色は笑っているようにも、泣いているようにも聞こえた。


「今だって、そうじゃん。私が待ってるのに、他の子に声かけに行ってさ」


 だけど多分、彼女は泣いているのだろうと僕は思った。

 こんな話を笑って出来るほど、彼女は軽薄でも無感動でもない。

 少なくとも彼女の内面は、ずっと前から泣いていたはずだ。


「小手毬ちゃんが、羨ましい。こんな風に真壁くんから愛されて。私だって、京介のこと、ずっと好きなのに……」


 そう言いながら、いよいよ楠さんは泣き出してしまった。

 こんな場面を誰かに見られたら、僕が彼女を泣かせたと思われてしまうだろう。まあ、ある意味では僕が泣かせたようなものなんだけど。


 だけど、ここからだ――。

 彼女の本音を引き出して、僕に「恋愛相談」をさせる。

 予定を早めたので少し乱暴になってしまったけど、概ね想定した通りの流れだ。


「楠さん。金名だって、楠さんのことを何とも思ってないわけじゃないと思うよ。いっそのこと、金名に全部言ってみたらどうかな?」


 僕がそう言うと、楠さんは俯いたまま首を横に振った。


「やだよ、どうせムダだし。京介とはずっと一緒にいたから、分かるもん。私のことなんて、ただの幼馴染としか思ってないって」


 悲観的なことを言う楠さん。

 だけど彼女の言葉は、まだ終わりじゃない。


「それに私、嫌なの。フラフラしてる京介が。私がこんなに京介のこと好きなんだから、京介にも私のことだけ愛してほしいの……!」


 もはや彼女の中では、僕に向かって話しているわけではないのだろう。

 ただ今まで秘めてきた想いが、とめどなく溢れ出ているだけだ。


 だけどお陰様で、彼女が何を思って金名と一緒にいたのか、理解ができた。

 要するに彼女は乙女で、ロマンチストなのだ。

 金名にも自分を一番に愛してほしいし、出来れば向こうから告白してほしい。

 僕はそれを受け身な姿勢だとは、決して思わなかった。女性なら少なからず、男性の方から情熱的に愛を囁いてほしいと思う人はいるだろう。


 ただ問題は、このままでは二人は何も変わらないままということだ。

 なにせ二人は()()()()から、何も起こらなければ、何も変えられない。


「楠さん。僕が恋愛相談部っていう部の部長をやってるって話、知ってる?」

「え? あ、うん、聞いたことあるかも……。本当だったんだ」


 突然何を、という顔で楠さんが僕を見てくる。

 僕はそんな彼女の疑問に答えるべく、言葉を続けた。


「少し前に、金名が相談をしてきたんだ。『鴨川先輩と仲良くなれるように、協力してほしい』って」


 僕の話を聞いた楠さんは、一瞬だけ表情を歪ませた後、ぎこちない笑顔を作る。

 そんな痛ましい表情のまま、無理しているのが分かる口調で言った。


「あははっ。やっぱ真壁くん、嘘吐きじゃん。『一人になりたかった』なんて言って、毎日こんなとこまで来てさ。……ずっと両想いの小手毬ちゃんと、仲良くやってればいいのに。バカじゃないの?」


 僕がどうして屋上(ここ)に通い詰めていたのか、理解したのだろう。

 まるで恨み言を言うように、楠さんは言葉を紡ぐ。


「私に同情なんてしなくていいよ。恋愛相談なんて、私はしてないし。余計なことしてないで、京介とそのナントカ先輩の仲でも取り持ってれば?」


 嘲るような言い方だけど、僕は少しも腹が立たなかった。

 だって楠さんが、目の前で涙を堪えているのが見えているから。


 本当なら、ここで彼女に発奮してもらって、金名に告白してほしかった。

 そうすれば問題は解決して、僕は小手毬さんとの日常に戻れたはずなのに。

 だけど楠さんは、僕が思っていた以上に頑固で、そして面倒な子だったようだ。その面倒臭さが欠点だとは、少しも思わないけど。


「楠さん。今からでも、金名に自分の気持ちを伝えてみない?」

「やだってば。しつこいよ、真壁くん」


 鎧袖一触、考える余地もないようだ。

 だったら仕方ない。あまり気は進まないけど、次のプランに移るとしよう。

 本当に嫌だけど、僕だっていい加減、小手毬さんを愛でたくて仕方ないんだ。


 楠さんから視線を外して、ズボンのポケットから出したスマホを確認する。

 時刻はほとんど予定通り。いつもなら、とっくに僕が退散している頃合いだ。


 ――その時、錆び付いた蝶番の擦れる音が響いた。


「お待たせー、マイ。帰ろっか……って」


 屋上の扉を開けて現れたのは、予想通り楠さんの想い人である金名だ。

 金名は幼馴染以外に、予期せぬ人物――要するに僕がこの場にいることに、驚いた様子を見せる。まあ、僕と楠さんの繋がりなんて、クラスメイトってことだけだからな。一緒に放課後を過ごしているとは、夢にも思わないだろう。


 さて、金名には今の状況が、どういう風に見えているだろうか。

 幼馴染がクラスメイトと、仲良く談笑? そんなわけないよな。

 だって楠さんは、明らかに目に涙を溜めているんだから。


 楠さんと、金名。二人の距離は近すぎるんだ。

 だから――。


 そんな距離は、今ここで僕がブチ壊してやる。

Q.シリアスは無かったのでは?


A.思春期の赤裸々な感情が表に出ただけなので、多分セーフ

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