ex09.恋愛相談員・影戌ちゃんの可憐なる恋愛指南
私は恋愛相談部の部長・影戌 知麻です。
そう、部長です。むふふ……部長、いい響きです。
二か月ほど前までは鬼畜眼鏡・真壁先輩の下で平部員として辛酸を嘗めていた私も、この春からついに部長としてトップの座に立ちました。書類上では三年の途中から私が部長だったのですが、他ならぬ私自身が真壁先輩を越えたと確信を持てず、部内では平部員の座に甘んじていたのです。
そんな私の部長としての振る舞いも、最近は堂に入ったものだと我ながら思っています。元々去年の時点で、先輩から恋愛相談を任されることも多くなっていましたし、四月に正式な部長になってからもいくつかの相談を見事解決に導いているのです。
「ほい、知麻っち。望ちゃん特製のコーヒーだよ」
「ありがとうございます、のぞぴー」
私が部長席で優雅に部長感を醸し出していると、のぞぴーが淹れたてのコーヒーをテーブルに置いてくれました。美薗先輩にみっちり鍛えられただけあって、相変わらずいい香りがしますね。
私は何度練習しても、最後まで「普通」としか言われませんでしたが。
「GWは楽しかったよねー。マッキー先輩たちにも、久々に会えたし」
「久々って、三月には会ってたんですから、実質一ヶ月くらい空いただけじゃないですか」
確かにGWに先輩たちと遊びに行った時は楽しかったですし、先輩たちの在学中はほとんど毎日会っていたので思うところはありましたが、いくらなんでも「久々」という表現は大袈裟ではないでしょうか?
私が冷静に言うと、のぞぴーは何故かクスクスと笑い出しました。
「……なんですか、その笑いは?」
「いやー、知麻っちってば、『こんな恋愛相談を解決したんです』ってマッキー先輩にめちゃくちゃ話しかけてたのになーって」
「そ、そんなこと言ってましたかね……?」
「めっちゃ言ってたよー。たくさん褒めてもらえて良かったねー♪ それに今日はコーヒーにしたのだって、先輩たちのこと思い出したからじゃないの?」
うぐぐ……物凄く煽られています。
確かに先輩たちと会った時に多少はしゃいでいたのは認めますし、コーヒーをリクエストしたのも全く無関係とは言いませんが……。
仕方ありません。少しばかり分が悪いので、この場は誤魔化しておきましょう。
「と、ところで今日は、他の子たちは来ないんでしたか?」
「あー、知麻っち誤魔化してるー。ていうか、自分が一番小さいのに、ちょいちょい年上振ろうとするよね、知麻っちって」
「ち、小さくないです。成長途中なんです」
「高三になって、その言い訳は苦しくない?」
のぞぴーの煽りが止まりません。
なんですか、自分がちょっと成長したからって。一年生の時は年相応に小柄だったのに、いつの間にか自分だけ胸が大きくなるなんて……とんだ裏切り者です。私は筋肉どころか、身長も大して変わらなかったというのに。
「ちなみに後輩ちゃんたちは、今日はお休みだよ。なんかの説明会みたいなのがあるんだって」
「なんかって、そんな曖昧な……」
「だって忘れちゃったしー」
まったく三年目の付き合いだというのに、のぞぴーは相変わらず読めませんね……。面倒見がいいかと思いきや、こういう適当な部分もありますし。
ちなみに恋愛相談部には現在、私とのぞぴー以外に三人の部員が在籍しています。私たちの下の学年はいないので、去年は真壁先輩たちと合わせて五人だったのですが、今年は入れ替わりのように新入生の女子が三人も入部してくれました。
あの三人も、いずれは立派な恋愛相談員に育てないといけませんね……そう、この私のように。
「いやー、それにしても先輩たちの卒業式から、もう二ヶ月かー。早いもんだよねー」
今のところは相談もないので、のんびりとした時間を楽しんでいると、のぞぴーがそんな話題を持ち出してきました。
「知麻っち、めっちゃ泣いてたよねー。可愛かったなー」
「泣いてませんし。のぞぴーこそ大泣きしてたじゃないですか」
「はいー? してませーん。ちょっと涙ぐんでただけですー」
いやいや、のぞぴーの方が泣いてましたって。
言い合っていても埒が空きませんね……。
ちょうど時間もありますし、当時の様子を思い返してみましょうか。
「先輩方、ご卒業おめでとうございます」
「おめでとうございまーす!」
卒業式の後のHRが終わると、先輩たちはすぐ部室に顔を出しました。
事前にのぞぴーと決めていた通り、まずは開口一番でお祝いの言葉を贈ります。
ちょうど一年前も、天ちーと鴨川先輩をこうして祝福しましたね。あれから一年が経ったなんて、いまひとつ実感が湧きません。
「ありがとう、影戌後輩、鳶田後輩」
最初に真壁先輩が応えると、美薗先輩と里利先輩も後に続きます。
「二人とも、ホントにありがとう……!」
「こうして後輩たちに見送ってもらえると、二年からでも部活に入って良かったと思うわね……」
里利先輩は中学から通しても、恋愛相談部が初めての部活だったようで、「親しい後輩」というものに感激してくれているようです。少し後からの入部だったので、私たちにとっても最初は慣れない面がありましたが、今では真壁先輩や美薗先輩に負けないくらい素敵な先輩だと思っています。
「私も顧問をやるのは初めてだったけど……クラスの担任とは、また違った感慨があるのね」
茅ヶ原先生も、どこか寂しそうな表情をしています。
「HRでも皆に向けて言ったけど……体には気を付けて、大学でも頑張ってね。気が向いたら、たまには遊びに来なさいな」
「……お世話になりました、茅ヶ原先生」
優しく語りかける茅ヶ原先生に向けて、揃って頭を上げる先輩たち。
顧問になる前はクールな印象で、私とのキャラ被りが危ぶまれた先生でしたが、本当はとても不器用で優しい人だと、ここにいる全員が知っています。
「……さーて、知麻っち」
なんとなく皆が無言になっていると、のぞぴーが声をかけてきました。
分かってます。忘れてませんよ、もう。
今日は卒業してしまう先輩たちのために、花束などを用意してあるのです。
少し恥ずかしいですが……いいタイミングですし、そろそろ渡しましょうか。
「あの……先輩方、これを……」
「わあっ……! 知麻ちゃんたちが用意してくれたの、これ?」
「そうですよー! 可愛い後輩たちからのプレゼントです♪」
「自分で言うのね、望ちゃん。でも……こんなことされると、確かに可愛くて仕方ないわね」
部長席の裏に隠していた花束を持ち出すと、先輩たちはとても喜んでくれました。
美薗先輩はすでに涙ぐんでいますし、里利先輩も本当に嬉しそうに笑っています。
こんなに喜んでもらえると、用意した甲斐があるというものですね。
「真壁先輩も……先輩? どうかしたんですか? 変な方を向いて」
「い、いやっ……なんでもない……!」
最後に真壁先輩にも花束を渡そうと思ったのに、何故か明後日の方向を見ています。
そんな先輩を見て、のぞぴーがニヤリと怪しい笑みを浮かべました。
「あっれー? マッキー先輩ってば、もしかして泣いてますー?」
「バッ……バカ言うな……! 『鬼畜眼鏡』と言われたこの僕が、後輩に花束を貰うくらいで泣くとでも思ったのか?」
「自分で『鬼畜眼鏡』って言うあたり、全然余裕ないわよね……真壁くん」
呆れる里利先輩がそう言うと、美薗先輩が真壁先輩の手を握りました。
「真壁くん……嬉しいなら、一緒に泣こう?」
「い、いや、小手毬さん。僕も体裁ってものが……」
「私と一緒なら、恥ずかしくないよね? 真壁くん」
穏やかで、それでいて有無を言わさぬ美薗先輩の声。
そんな恋人の声を聞いて、真壁先輩は「参ったな……」と呟き――。
「本当に……小手毬さんには敵わないな」
パッと見で分かるくらいに涙ぐんだ目を、私たちの前に見せてきました。
「まさに『鬼畜眼鏡の目にも涙』って感じね」
「言うと思ったよ……だから嫌だったんだ」
里利先輩に言い返した後、真壁先輩はこちらに向き直りました。
「杉崎先輩が卒業した時、凄く寂しかったんだ。でも僕だけじゃなくて、先輩もこんな気持ちだったんだな……。今更になって、ようやく分かったよ」
「真壁先輩……私は……」
「影戌後輩、鳶田後輩。二人とも、僕の後輩になってくれて、ありがとう。……僕の後輩が二人で、本当に良かった」
「お礼なんて……私も、真壁先輩が……」
「ううー……マッキー先ぱーいっ!!」
真っ直ぐ言葉をぶつけてきた先輩に、私からも何かを言わなければ……。
そう思っていた私でしたが、自分の気持ちを言葉にするよりも先に、のぞぴーが真壁先輩の胸に飛び込んでしまいました。
「うおっ……!? と、鳶田後輩?」
「マッキー先輩、ホントずっこい! こういう時だけ、そんな素直になって……もおぉーっ!」
「はは……彼氏に怒られないかな?」
「うちの彼氏は、そんなに心狭くないから大丈夫ですぅー!」
泣き笑いの表情で、真壁先輩に抱き付くのぞぴー。
羨まし……いえ、そこまでは言いませんが、素直に甘えられるのは凄いと思います。
出遅れた私が手をこまねいていると、美薗先輩たちがのぞぴーに声をかけました。
「望ちゃん、こっちにも来てくれる?」
「そうね。もう一人、真壁くんに甘えたい子がいるから」
いつも真壁先輩にしているように手を広げてのぞぴーを招く美薗先輩と、その隣で待ち構える里利先輩。
いやいや……誰が真壁先輩に甘えたいと? 私は別に、そんな……なんて思っていましたが、のぞぴーはあっさりと美薗先輩たちの方に乗り換えてしまいました。
「ぐすっ……そうですね。てまりん先輩! ラッキー先ぱーい!」
「よしよし……いい子だねぇ、望ちゃん」
「ほら、知麻ちゃん。真壁くん空いたわよ」
抱き合う三人は、揃って私の顔を見てきました。
何を期待されているのやら……。
そう思いつつ、最後くらいは素直な気持ちを伝えるべきかと判断して、私は真壁先輩の前に立ちました。
「真壁先輩」
「影戌後輩。いや……今日からは、『影戌部長』かな?」
「部長……」
「ああ、今までは妙にこだわって『あの席』にも座らなかったけど、これからは本当に部長になるんだろ?」
確かに私は書類上の部長になった後も、部室では真壁先輩を部長として振る舞ってきました。それは私自身が、まだ真壁先輩に勝てていないと思ったからで――。
――いえ、きっとそうじゃなかったんですね。
「……『後輩』でいいです」
「ん?」
「私は……真壁先輩の後輩なんですから……そういう他人行儀な態度は不要です」
「……入部した時も、そんなこと言ってたなあ」
言いましたね、そういえば。
よくそんな前のことを覚えているものです。
でも、それは私も似たようなものかもしれません。言われてすぐに思い出せるくらい、先輩たちと一緒に過ごした二年は、強く心に残っているんですから。
「じゃあ、やっぱり『影戌後輩』だな」
「はい……それでいいです。真壁先輩」
明日からは私が部長ですけど……真壁先輩たちの前では、後輩の私でいたいです。
少し滲む視界の中で、私は真壁先輩の手を掴みました。
私は大人なので、のぞぴーみたいに思い切り抱き付いたりしません。
それに……私の彼氏は、あれでとてもヤキモチ焼きですから。
「真壁先輩……」
「なんだよ、影戌後輩?」
多分、今の私はちょっとだけ泣いていると思います。
恥ずかしいですけど、まあ真壁先輩だって似たような顔をしているから、おあいこですよね。
だから――恥ずかしいついでに、全部言っておきましょう。
明日からは、もう部室に来ない先輩に。
「大好きです。先輩として」
「そうか……僕も影戌後輩が大好きだぞ。後輩として」
……口にしてみれば、なんてことはありませんね。
そう思っていたら、のぞぴーが急に抱き付いてきました。
「あははっ……知麻っち、超泣いてるじゃん! 顔も真っ赤だしぃっ……」
「……のぞぴーだって、泣いてるじゃないですか」
全然、人のことを言える顔じゃありませんよ。
そうして美薗先輩と里利先輩も、私たちを抱き締めました。
「私も……知麻ちゃんと望ちゃんが、大好きだよ」
「そっ……ぐぬ……そうね、私も」
二人とも、すっかり感極まっています。
関係ないですけど、里利先輩は泣く時も「ぐぬ」って言うんですね。
「……いいわね、青春って感じで。なんだか懐かしくなるわ」
「先生も他人みたいな顔してないで、こっち来て下さいよー!」
「え、私も……? まあ、今日くらいはいいかしら……」
隅で涙ぐんでいた先生でしたが、のぞぴーに呼ばれて素直に私たちの方に来ました。
そのまま皆で、揉みくちゃに抱き合って……もちろん真壁先輩は、私と手を繋いでいるだけでしたけど。
「……なんか僕だけ、仲間はずれみたいじゃない?」
主に美薗先輩の方を見ながら、不満そうに言う真壁先輩。
失礼な。何が不満だというんですか。
「可愛い後輩と手を繋いでいるんですから、それで満足して下さい」
「……まあ、今はそれで十分か」
苦笑いを浮かべた後、真壁先輩は私の顔を真っ直ぐに見てきました。
「恋愛相談部のこと、よろしく頼んだぞ、影戌後輩」
「当たり前です。あの時、真壁先輩が相談に乗ってくれたお陰で、私は篤先輩と結ばれたんですから。その恩は、必ず返します」
「……大袈裟なヤツだなあ」
そう言いながら真壁先輩は、困ったように――どこか安心したように笑って。
「もう、じれったい! いいから、くっつけー!」
なんて言って、のぞぴーが押してきたせいで結局、真壁先輩も含めて皆で抱き合うことになり。
――そして私たちの恋愛相談部は終わって、新しい恋愛相談部が始まりました。
「……この話は、ここまでにしよっか。知麻っち」
「……そうですね、のぞぴー。ここは引き分けということで」
思い返してみると、二人揃って完全に泣いていました。
おかしいですね。もう少し爽やかな別れだと思っていたんですが……。
気恥ずかしさから、二人で無言になってコーヒーを飲んでいると、不意に部室の扉がノックされました。
私の返事の後に入室してきたのは、勝気そうな赤毛の女子生徒。
おや、彼女は確か私たちと同じ学年の……。
「ようこそ、恋愛相談部へ。何かご相談ですか?」
「あのっ……実は私の好きな人に彼女が出来たんだけど、その彼女が他の男と仲が良くて……もしかしたら浮気してるんじゃないかって……!」
緊張した様子の彼女は、一気にまくし立ててきました。
これはまた……根が深そうな相談ですね。
なかなか厄介な予感はしますが、まあ私とのぞぴーにかかれば問題ありません。
「ふふふ、安心して下さい。この恋愛相談部部長・影戌 知麻が、あなたの悩みを見事に解決して見せましょう! のぞぴーも、私の華麗な活躍をしっかり見ていて下さいね」
「オッケー! ちゃんと覚えといて、マッキー先輩たちに聞かせてあげないとね。また褒めてもらえるといいね、知麻っち!」
「だ、だから、そういう話ではなく……!」
ほら、ふざけているから、相談に来た彼女も困っているじゃないですか。
まずは気を引き締めて、しっかり彼女の悩みを解決してあげなくては。
まあ……次に先輩たちと会う機会には、少しばかり近況報告をするかもしれませんが。
そうしたら、先輩は私に何を言ってくれるでしょうか。
そして来年、同じ大学に通えるようになったら――。
――その時は、「頑張ったな」って言ってほしいです。
「恋愛相談部」としては実質、今回が最終回となります。
この話のために番外編を書いたようなもので、「ようやく書けた」という気分です。
次回で本当に最後となりますので、どうかお付き合い願います。




