ex05.小手毬ちゃんと女子だけの部室
最近、望ちゃんが次期副部長としてやる気を出している。
私に「お茶の淹れ方を教えて下さい!」と言ってきたり、他にはどんなことに気を付ければいいのかを尋ねてきたり。
教えるのは別にいいんだけど、ちょっと突然で驚いたから二人きりの時にやる気になった理由を聞いてみたら、照れくさそうな顔で教えてくれた。
「知麻っちってクールな顔してますけど、まあ……ちょっとおバカなところあるじゃないですか。だから私が親ゆ――と、友達として手を貸してあげないとなーって」
確かに知麻ちゃんは落ち着いた外見に反して少し危なっかしいところがあるから、しっかり者で面倒見のいい望ちゃんが支えてくれたら、真壁くんや私が卒業した後も安心できる。
そんなわけで、ここ最近は望ちゃんに色々と説明してるんだよね。
まあ私が教えてあげられることなんて、美味しいお茶の淹れ方くらいだけど。
「こんな感じですか? てまりん先輩」
「そうそう。上手になったね、望ちゃん。私なんかすぐに抜かれちゃいそう」
「いえー、まだまだですよ。コーヒー以外も覚えたいですし」
今日は真壁くんが用事ですぐ帰ったので、女子だけの部室でお茶の淹れ方の練習をしていた。
なんとなく懐かしい気持ちになるなあ。私がこの部に入ったばかりの頃も、真壁くんから「僕が追い越される日も、そう遠くはなさそう」なんて言われたっけ。
実際、望ちゃんの手際はとても良かった。
望ちゃんは基本的に要領がいいから、教えてあげれば割とすぐに覚えてくれる。
本人は謙遜してるけど、私よりも上手く淹れられるようになる日は、そんなに遠くないんじゃないかという気がする。真壁くんのために淹れるコーヒーだけは、絶対に負けない自信があるけど。
そんな望ちゃんの隣では、里利ちゃんが悪戦苦闘していた。
自分が淹れたコーヒーを飲んで苦い顔をしては、また入れ直すのを繰り返している。
間違いなく、あの顔はコーヒーの苦さのせいじゃないと思う。
「ぐぬぬ……ダメよ、こんなんじゃ。これじゃ小手毬ちゃんのと比べたら、泥水みたいなものだわ……」
「そ、そんなことないと思うよ? 里利ちゃんも、最初の頃よりずっと良くなってるよ」
これは本当に嘘じゃない。
最初だって別に悪くはなかったと思うけど、里利ちゃんの淹れるコーヒーは少しずつ良くなっている。
そんなに難しい顔をするような味じゃないと思うんだけどなあ……。
それでも里利ちゃんは納得がいかないようで、何度もコーヒーを淹れ直していた。
「これじゃダメなのよ……こんなんじゃ小手毬ちゃんどころか、真壁くんにだって勝てないわ……」
「う、うーん……」
そもそも真壁くんは私の先生だから、基本的には私より上だと思うんだけど。
里利ちゃんの場合は真壁くんと味覚が近いから、私が真壁くんのために淹れたコーヒーが口に合ってるんじゃないかな?
ちなみに里利ちゃんが真壁くんの淹れたコーヒーを飲んだのは、私が……ちょっと前に三年の先輩から告白された時。
私が部室に戻ってきた後、凄くはしゃいだ真壁くんが里利ちゃんのコーヒーを淹れ直したら、それがビックリするくらいに美味しかった。
私に気を遣って、真壁くんが自分でコーヒーを淹れることは滅多にないんだけど、あれを飲んだら私もまだまだ今の味で満足しちゃダメだなと思ってしまった。正直、ちょっとだけ悔しい。
そして残る一人の部員、知麻ちゃんはと言えば……。
「知麻っち、練習やんないの? 結構楽しいよー?」
「どうせ私が淹れても『普通』って言われるだけですから……」
壁際のソファーで、すっかり不貞腐れていた。
前の練習の時に、皆から「普通」って言われたのを気にしているみたい。
別にマズいとか、そういうことはなかったと思うんだけど……。
うん、まあ……ちょっとインパクトは弱かった……かな?
「普通なだけいいじゃん。別にマズいってわけでもないんだしさー」
「そうよ。いいじゃない、普通で」
「もしかしてお二人とも、私をからかっているんですか……?」
多分、からかってるわけじゃないと思うなあ。
私は苦笑を浮かべつつ、知麻ちゃんの傍に言って声をかけた。
「ねえ、知麻ちゃん。一緒にやろ? 練習したら、知麻ちゃんのお茶も美味しくなるよ?」
「……普通よりも、ですか?」
「もう、そういうこと言わないの」
あまり柄じゃないけど、お姉さん風を吹かせて知麻ちゃんに言い聞かせる。
知麻ちゃんって落ち着いているように見えて、たまに子供っぽいんだよね。
そういうところが可愛いんだけど。
私の言葉を受けて、知麻ちゃんはゆるゆるとソファーから腰を上げた。
「分かりました。拗ねてばかりでは大人げないですし……まあ、アレよりはマシですしね」
「……悪かったわね、アレで」
知麻ちゃんがチロリと視線を向けた先では、茅ヶ原先生がお茶を淹れていた。
正確に言うと、お茶を淹れようとしてペーパーフィルターをぐしゃぐしゃにしていた。
「話には聞いてましたけど、本当に不器用なんですねー、先生って」
「だから言ったじゃないの……私にはムリだって」
望ちゃんの軽口に、先生は不満げな声を漏らす。
「いやー、だって先生が上手にお茶淹れられるようになったら、ヒロくんも喜ぶかなーって。でも、まさかこんなに酷いとは……」
「あなたが『ヒロくん』って言うの、止めてもらえるかしら……」
「せ、先生! 大丈夫ですよ!」
「……これのどこが大丈夫なのか、教えて頂戴な」
「ううっ? そ、それは……」
ダメだ、先生もすっかり拗ねちゃってる……。
たまたま部室に来ていた先生に望ちゃんが声をかけて、半ば強引に練習に参加させちゃったんだけど、私もここまで先生が不器用だとは思ってなかった。
美味しいかどうか以前に、ドリップがままならないなんて……。
「先生、小手毬ちゃんに八つ当たりするのは止めて下さい。大人げないですよ」
「うっ……そ、そうね。ごめんなさい、小手毬さん……信楽さんも」
「い、いえ、いいんですよ! 私たちが、ムリにやらせちゃったのが悪いんですし。それに先生には美味しいお茶を淹れてくれる人がいるんですから、大丈夫です!」
「なーんか、それだと私が悪いみたいじゃないですか?」
望ちゃんが不満そうに言うけど、私も敢えて言うなら望ちゃんが悪いと思うかな……。本人に悪気がなかったのは分かってるんだけど。
そんな賑やかな練習もどうにか終わって、その後は皆でお茶会だ。
私が用意していたお菓子と、それぞれ自分で淹れたコーヒーを楽しんでいる。
「ぐぬ……やっぱり、まだまだだったわね」
「里利ちゃんのも、十分美味しいと思うんだけどなあ……」
少し味見をさせてもらったけど、里利ちゃんのコーヒーは決して悪くない。
それでも不満なのは、あの時の真壁くんのコーヒーを追いかけているからだと思う。
もしかしたら私が淹れたコーヒーも、追いかけてくれてるのかもしれない。
「知麻っちのは、相変わらず普通だねー」
「やっぱり普通って言うじゃないですか。だから嫌だったんですよ」
「ごめんごめん。まあ知麻っちのお茶が普通でも、私が美味しいの淹れてあげれば問題ないでしょ?」
「まあ……よろしくお願いします」
知麻ちゃんと望ちゃんも、なんだかんだで仲がいい。
この二人が中心になった恋愛相談部も、きっと素敵な部になりそう。
「ハァ……美味しくはないけど、自分で淹れたコーヒーは感慨深いわね……。いつも家事をやってくれてるヒロくんには、本当に感謝しないと」
「えへへ……そうですね。帰ったら何か言ってあげたら、きっと喜びますよ」
「そうね。ちょっと考えておこうかしら」
先生のコーヒーも、最終的にはどうにか形になった。
ペーパーフィルターとか豆とか、色々なものを犠牲にしたけど……。
うん。過程も大事だけど、やっぱり結果オーライだよね。
そんな話をしていると、里利ちゃんがポツリと疑問を零した。
「そういえば、真壁くんって今日はどうしたの? あの色ボケ眼鏡が、小手毬ちゃんを置いて行くなんて珍しいじゃない」
「い、色ボケって……そうかもしれないけど。真壁くんだって、たまにはお付き合いとかあるよ。今日は男子会みたいなのやるんだって」
「旦那を飲み会に送り出す妻みたいなこと言うわね、小手毬ちゃん……」
そう言いながら里利ちゃんが、少し呆れた目を向けてくる。
でも、なんかいいなあ……そういうシチュエーション。
真壁くんがいない夕飯は寂しいだろうけど、きっとたまには仕事のお付き合いとかもあるよね。そういう時は、ちゃんと笑顔で送り出してあげないと。
で、でも私が夕飯を作って待ってるから、真壁くんが早めに切り上げて帰ってきてくれるっていう可能性もあったりして……?
「……これは真壁先輩との結婚後の妄想をしている顔ですね」
「めっちゃ幸せそうだねー、てまりん先輩」
「ぐぬぬ……こんな顔されたら、文句なんて言えないじゃないの……」
「そういえば私も、もうすぐ飲み会があるんだったわ……行きたくない……」
真壁くんがいない部室は少しだけ物足りなかったけど、それでも賑やかに楽しく過ごせた。
真壁くんも男子会、楽しんでるといいなあ。
そんなわけで次回は男子会です。




