ex03.小野寺さんと神との対話
最近の私――小野寺 真世には、気になる男の子がいる。
その男の子は、恋愛相談部という変わった名前の部活に所属している、真壁くんという私と同じ二年の男子生徒だ。
その部活だけでも十分に個性的なんだけど、しかも彼はそこの部長を務めていて、私を含む生徒たちの恋愛相談に日夜乗っているのだ。
そんな彼のことが、私は気になって仕方がない。
これは恋だろうか?
いいえ、きっと違う。
この気持ちは――。
「それじゃあ、最近の眼鏡くんのカップリングについて報告してもらっていい?」
「はい、神!」
この気持ちは、恋じゃなくて――きっと「推し」というものだ。
今は放課後で、私は街中の小洒落た喫茶店に来ている。
正面の席に座っているのは、三つ年上の女子大生・簗木 佐紀さんだ。
私と同じ二年の簗木くんのお姉さんなんだけど、流石に弟のような筋肉質ではない――というか、普通に綺麗なお姉さんだったりする。
これなら本人にその気があれば、普通に彼氏だって作れるんじゃないかと思うんだけど……。まあ、そこはまさに「神のみぞ知る」といったところだ。
「楽しみね。うちの篤とのカップリングを越える逸材がいるのかしら?」
ニコニコと微笑みながら、そんな狂気に満ちたセリフをいう佐紀さん。
そもそも現実の男同士で妄想するのも大概なのに、自分の実弟とその親友のカップリングを積極的に推すというのは、もはや正気の沙汰じゃない。
佐紀さんと話す度に、やはり神と人間は思考からして違うのだと思い知らされる。私もいずれは、この領域に辿り着けるのだろうか。
「最近じゃないですけど、やっぱり金名くんとは仲良いですよ、真壁くんって」
私よりも先に佐紀さんに答えたのは、私の隣に座っている大柄な男子生徒――建山 勝くんだ。
彼は私のクラスメイトで、そして恋人でもある。
一応、今年になって同じクラスになった時から存在は知っていたんだけど。その頃の私は「高嶺の花」なんて呼ばれて調子に乗って……はいなかったと思うけど、自然と周囲にはカースト上位のクラスメイトが集まっていたから、彼との接点は全くと言っていいほどなかった。
それでも私のことを好きになってくれた勝くんは、私の趣味――BLへの理解を深めて、仲良くなるための切っ掛けを作ってくれたのだ。
その後、紆余曲折あって私と勝くんはお付き合いを始めて、今の彼は私のことが大好きで凄く紳士的に接してくれる、まさに百点満点の彼氏となったわけだ。
「金名くんって、確か『チャラ男』の子だっけ? 勝くんとも仲良いのよね?」
「そうですね。たまに真壁くんと三人で話したりしますよ」
「真壁くんは面倒くさそうにしてるけど、金名くんは結構彼のこと慕ってるわよね」
佐紀さんと勝くんの話に、私も便乗する。
金名くんというのは私たちとも真壁くんとも別のクラスの男子で、真壁くんのクラスにいる楠さんの幼馴染兼彼氏だ。詳しいことは聞いてないんだけど、金名くんと楠さんが付き合うのにも真壁くんたちが協力したみたいで、あの彼氏以外には割とドライな楠さんですら真壁くんには一定の好感度を示している。
「あー、金名くんは真壁くんのこと、ちょっと尊敬してるみたいなとこがあるからね」
「何それ、尊い」
勝くんの衝撃的な一言に、佐紀さんが食い付いた。もちろん私も食い付いた。
勝くんは金名くんと仲が良いから、楠さんとの事情も知ってるみたいなのよね……。二人のプライバシーを気遣って、私にすら教えてくれないけど。まったく……出来た彼氏で困っちゃうわよね。
「金名くんもいいけど、鳶田くんなんかはどう?」
金名くんの話題だと私の出る幕はなさそうなので、別の男子の名前を出す。
「ああ、なんか最近、真壁くんとか簗木くんと話してるの見るね」
「お、新キャラ登場かしら……!?」
「キャラって……」
目を輝かせる佐紀さんに、少し引き気味な苦笑顔を向ける勝くん。
仕方ない。常人である私たちには、人ならざる神の心は分からないのだ。
「鳶田くんは柔道部の二年ですよ。坊主頭のイケメンです」
「坊主……イケメン……ああ、なんか篤と知麻ちゃんに聞いた気がするわね」
私の説明を聞いた佐紀さんが、納得したように頷いた。
どうやら弟とその彼女から、鳶田くんについての情報は得ていたらしい。
「確か……そもそも坊主にしたのも柔道部に入ったのも、真壁くんが絡んでるって話じゃなかったかしら?」
「え、そうなんですか!? 勝くん、知ってた!?」
「いや、それは僕も知らなかったなあ。鳶田くんとは、ちゃんと話したことないし」
もし事実なら、真壁くんとのカップリング論争における思わぬダークホースだ。
てっきり簗木くん経由の友達だと思って、「イケメンスポーツマンとクール眼鏡」くらいにしか見てなかったわ。安易に鳶田くんが攻めだと思っていたけど、もしかしたら真壁くんの十八番・鬼畜攻めが炸裂してしまうのかしら……?
「うーん……私も事情を全部聞いてるわけじゃないんだけどね――」
そう断ってから佐紀さんが語ったところによると、今年になってから鳶田くんが何かをやらかして、それを真壁くんに暴かれたのが切っ掛けで坊主頭になったとか。
確かに鳶田くんは去年から「運動部のイケメン助っ人」として有名で、そんな彼がいきなり坊主頭になったのは、私のクラスでも少し話題になっていた記憶がある。
その後、再び何かをやらかした彼は真壁くんの鬼畜攻めを受けて、なんやかんやで柔道部に入ったらしい。
重要なところがフワフワしているのは気になるけど、一番気になるのは鬼畜攻めの部分ね。私も見たかったわ……。
「意外に因縁があるのね、真壁くんと鳶田くんって。でも今では普通に話してるから、和解して仲良くなったってことかしら?」
「うーん、僕も二人が話してるのを横で見たことあるんだけど、なんか鳶田くんの方が気を遣ってる感じだったように見えたなあ」
「え、そんなだったかしら?」
私が見た時は簗木くんも一緒だったから、普通に「二人で真壁くんを取り合ってるのかしら? 真壁くんはどっちを選ぶの……ハァ……ハァ……」とか思ってたんだけど。
「まあ鳶田くんって、あの鴨川先輩と付き合ってるみたいだし、先輩との件で真壁くんのお世話になったのかもしれないね」
「え、嘘!? あの鴨川さんに彼氏が出来たの!?」
「あれ? 佐紀さんって、鴨川先輩のこと知ってるんですか?」
「そりゃあ、私の二個下だもの。知り合いとかじゃないけど、彼女は入学した時から有名だったから、普通に知ってるわよ」
そう言われれば、確かに不思議じゃないわね……。
なんか佐紀さんって私たちとはステージが違うから、高校生やってた頃があるなんて想像できないわ。普通に大人っぽいっていうのもあるけど。
そうして一時的に鴨川先輩の話が出てきたものの、基本的には真壁くんの話題を中心に話が進んだ。
「真壁くんって、意外と後輩の男子からも慕われてるんですよ」
「何それ、尊い」
「あー、そういえば仲の良い子が何人かいたわよね。ちょっと童顔の子と、爽やかスポーツマンみたいな子だっけ?」
「真壁くんを取り合ってほしい……! 尊すぎるっ……!」
後輩とのカップリングだったり……。
「なんか最近、美薗ちゃんが三年の男子に告白されたとか……」
「美薗ちゃんって、眼鏡くんの彼女よね? その子を巡って争う内に、二人の間に愛が芽生えてしまうのね? 尊いわ……」
「それだと小手毬さんが振られちゃうんじゃないですか?」
名前も知らない先輩とのカップリングだったり……。
「そういえば、うちの篤が眼鏡くんと、ちょっと本気で喧嘩したみたいなのよ。『アイツ、意外といいモン持ってるな』って、帰ってきてから妙に嬉しそうな顔でボヤいてたわ」
「何ですかそれ、尊い」
定番カップリングの尊さを再確認したり……。
ていうか、真壁くんはどんな「いいモノ」を簗木くんに見せたっていうの!?(※パンチのことです)
どうして美薗ちゃんや知麻ちゃんは、私をその場に呼んでくれなかったの!?(※酔ってたからです)
誰か、そのシーンを収めた動画とか持ってないかしら……?(※持ってます)
本当に真壁くんは、美薗ちゃんというものがありながら男同士のカップリングに事欠かない。誰とでも絡むことの出来る、素晴らしい万能素材だ。
佐紀さんもその点は私と同じ考えのようで、興奮気味に語っている。
「流石は眼鏡くんね! 私の期待通りだわ! この調子で――」
「こりゃ、パイセン」
「――いった!?」
いきなり現れた美人のお姉さんが、背後から佐紀さんの頭に手刀を入れた。
「な、何を……って、リカちゃん!?」
「こんな往来で何をバカなこと言ってんですか、パイセン。いたいけな高校生を、堕落した道に引き込まないで下さいよ」
お姉さんは佐紀さんの知り合いらしく、呆れ顔で腕を組んでいる。
なんというか、ちょっと偉そうな仕草が妙に様になる人だった。
「堕落なんて失礼ね! この子たちは将来有望な後輩で、今からしっかり育ててあげようと……!」
「もっとタチ悪いっつーの。つーか、あたしの可愛い後輩の話題で盛り上がってませんでした? あたしのまかべぇが男好きだって、変な噂を広めるつもりなんすか?」
「いや、眼鏡くんはリカちゃんのものにならなかったんじゃ……あ、嘘です! 怒らないで、リカちゃん!?」
「ハァ……悪いけど、このパイセン連れてくから。ちょっとお説教しとかないと」
「あ、はい」
いきなりそんなことを言われて、私も勝くんも唖然としたまま頷いた。
お姉さんに引きずられながらも伝票を持って「私が払っとくからー!」と言い残していく辺り、佐紀さんもあれで意外と余裕があるのかもしれない。
残された私と勝くんは、二人が去った方を見ながら話し続ける。
「友達……? 『パイセン』って呼んでたから、大学の後輩かしら……?」
「まあ、そんな感じだったね。真壁くんのことも知ってるみたいだったけど」
「本当に顔が広いのね、真壁くんって……」
「……そうだね」
話している途中で、勝くんが少し浮かない表情になっていることに気付く。
「勝くん? どうかしたの?」
「あー、いや……ちょっとね」
勝くんは迷うように視線を動かした後、照れくさそうな顔で口を開いた。
「今日の真世さん、ずっと真壁くんの話ばっかしてたからさ。僕も真壁くんのことは友達として好きだけど、やっぱり妬けるっていうかね」
「え、ええ……!? 勝くんってば……」
もしかして勝くん、私が真壁くんの話ばかりするから妬いちゃったの……?
や、やだ、可愛い……。がっしりした勝くんが、恥ずかしそうに縮こまってるのって、めちゃくちゃ可愛いわ!
で、でも私が大好きで嫉妬してくれているんだから、ちゃんと安心させてあげないと……。
「もう、勝くんってば。ヤキモチなんて焼かなくたって、私の一番の『推し』は勝くんだけなんだからね! 真壁くんは他に彼氏がいるから、勝くんは私が独り占めよ」
「いや、彼氏はいないと思うけど……でも、そっか。ありがとう、真世さん」
「いいのよ。ふふっ……勝くんに好かれてるって分かって、ちょっと嬉しいくらいだわ」
束縛が強すぎるならともかく、このくらいのヤキモチなら可愛いものよね。
気分が良くなった私は、このまま勝くんとデートに繰り出すことに決めた。
「じゃあ、そろそろ出ましょうか。まだ時間もあるし、このままデートよ。また勝くんが不安にならないように、たっぷり分からせてあげるわ」
「あはは。お手柔らかにお願いします」
席を立った私は、勝くんに背を向けて店の出口に向かう。
その時、遅れて席を立った勝くんが何かを呟いていた。
「こうやって言うと、嬉しそうにしてくれるところが可愛いんだよね、真世さんって……」
「勝くん? 何か言った?」
「え? ううん、何も?」
おかしいわね、何か言ってたような気がするんだけど……。
うーん、もしかしたら……私への愛なんて呟いてたのかもしれないわね!
もう「高嶺の花」はやめたけど、ヤキモチ焼くほどに好かれるなんて――。
まったく私ってば、罪な女ね!
小野寺さんは調子に乗りやすい子です。




