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141.真壁 良太の妙に騒がしい一日①

 信楽さんの入部という、衝撃のイベントから早数日。

 最初こそ彼女が恋愛相談部に入りたがる理由が分からず戸惑ったものの、別に拒む必要性はないし意外とすんなり馴染んだので、予想以上にあっさりと僕の心は平穏を取り戻した。

 遊園地に行く直前と比べて毒舌を取り戻した信楽さんだったけど、その更に前と比べれば割と手心を加えてくれている……気がする。僕の方が彼女の嫌みに慣れてしまったという可能性も、完全には否定できないのが悲しいところだ。

 少なくとも僕は信楽さんを追い出したいとは思っていないし、彼女の方も小手毬さんだけでなく後輩二人とも仲良くしているということだけは間違いない。


 そして今日も小手毬さんの笑顔に出会うのを楽しみにして登校してきたところ、何故か朝から悩み……というか愚痴を聞かされる羽目になった。


「最近、姉貴がマジでウザくてよお……」


 僕の前で溜め息混じりに話すのは、疲れた顔をした簗木である。

 愚痴を聞かされるのは、ほどほどに加減してくれれば別に構わないんだけど、僕には兄弟姉妹がいないから一般論しか言えないのは留意してもらいたい。


「年の近い兄とか姉なんて、そんなもんじゃないのか? ただでさえ佐紀さんはノリがいい人だからな。簗木とはかなりタイプが違うから、鬱陶しく思うのも分からないわけじゃないけど」


 我ながら捻りのない答えだと思っていると、横からくいくいと袖を引かれる。

 そちらに顔を向ければ、健気で可愛い小手毬さんが僕の制服を摘まんでいた。

 あまりの愛くるしさに朝から「ありがとうございます!」と叫びたくなる。


「真壁くん、簗木くんのお姉さんと知り合いなんだっけ?」


 どうやら小手毬さんは、会話の流れで簗木の姉に興味を持ったようだ。

 こてんと首を傾げながら質問をする姿が、あまりに魅力的過ぎる。

 どうしてうちのクラスの連中は彼女の可愛さに注目しないんだ、なんて理不尽な憤りを覚えそうになるけど彼女が注目されてしまったら、それはそれで寂しい。マイナーアイドルのファンのような面倒くささが、僕の中にはあった。


「うん、そうだよ。前に簗木の家で遊んだ時に会ったんだけど、女子大生で弟とは違って賑やかな人だったよ」


 あと物凄く腐った人だよ、とは流石に言わない。

 小手毬さんは、その純粋さから奇跡的に小野寺さんたちの趣味の正体には気付いていないので、可能な限り穢さないように守っていかなければいけないのだ。


「そうなんだ。知麻ちゃんとも仲良いんだよね? 私も会ってみたいかも」

「そのうち遊びに行ってみようか。多分、小手毬さんのことも可愛がってくれると思うよ」

「いや、なんでうちに来る話をお前が勝手に進めてるんだよ。ていうか俺の話だっただろうが」


 久々の簗木家訪問を企てていたら、その家の人間から苦情が入ってしまった。

 まあ割といつも通りの流れとはいえ、最初に話していた簗木そっちのけで小手毬さんと話すのは良くなかったな。

 苦情を受けた素直な小手毬さんは、しょぼんとした顔になって簗木に謝罪する。


「ご、ごめんね、簗木くん。話の邪魔しちゃって」

「いや、悪いのはどうせこの眼鏡だからな。小手毬は気にすんな」

「その通りだ。小手毬さんは何も悪くない」

「お前、小手毬のことになると本当にバカだな……」


 恋人をフォローしたというのに、何故か呆れられてしまった。解せぬ。

 まあ僕が小手毬さんバカなのは事実なので、これといって反論せず話を進める。


「それで? 佐紀さんが鬱陶しいなんていまさら……っていうと失礼だけど、簗木はあの人のそういう性格には慣れてるんじゃないか?」


 僕の見立てでは性格こそ違えど、簗木姉弟の仲は決して悪くない。

 佐紀さんは可愛げなんて見当たらない筋肉ゴリラな弟のことも可愛がっているように見えるし、簗木だって姉のそういう部分は理解しているはずだ。

 しかし僕がそう言うと、簗木は顔を顰めた。


「普段はそりゃあ慣れてるけどよ。最近は知麻のことで散々からかわれてな……。この前の日曜から、うるさくて仕方ねえよ」

「あー、佐紀さんにバレたのか、影戌後輩が泊まったの」


 先日、遊園地に行った時、簗木はなんと影戌後輩を家族不在の自宅に招いたのだ。

 具体的に簗木の家で何があったのかは流石に聞いてないけど、週明けの影戌後輩がドヤ顔で色々と語っていて、鳶田後輩がげんなりしていたのだけは確かだ。あと信楽さんがこっそりと興味深そうにしていたのも、僕の印象に残っている。


「俺は上手いこと痕跡消したつもりだったんだけどな……。親父とお袋より先に帰ってきて、『こんなんじゃバレるから片付け直せ』ってダメ出しされた。女って怖ぇな……」


 そう言うと簗木は、僕の隣にいる小手毬さんに目を向けた。

 簗木の言いたいことを察した小手毬さんは、苦笑気味に答える。


「ど、どうだろ……? やっぱり男の子とは髪の長さとか使ってる化粧品とか違うから、自分が生活してる時に汚れたりする場所が分かる、っていうのはあるかも」

「そういうもんか……。俺に言ってこねえだけで、姉貴どころかお袋にも色々バレてんのかなあ。すっげぇ憂鬱だわ」

「まあ言ってこないってことは、容認してくれてると思っていいんじゃないか?」

「バレてる時点で気まずいだろ、向こうが気にしてなくてもよ」

「それは分かるけど」


 まあ気まずいよね、普通に考えたら。

 母親はまだ確定してないけど、少なくとも姉には彼女を連れ込んだのが知られてるわけだし。なんなら証拠隠滅をダメ出しされたわけだし。僕に姉はいないとはいえ、想像すると結構キツいな。


「『知麻に優しくしてあげたか』とか聞かれて鬱陶しいし、この調子じゃ次に似たようなタイミングがあっても怖くて呼べねえし。どうすりゃいいんだ?」

「うーん、難しいね。この間は私の家に泊まってることにしたから、知麻ちゃんの家にはバレてないと思うんだけど」


 そう言って首を捻る小手毬さんだけど、残念ながら影戌後輩の家族にもバレているんじゃないかと、僕は予想している。

 影戌後輩が毎朝、簗木の家に行っているのは知られているわけだし、小手毬さんの家に泊まるのがフェイクだと看破されても不思議ではない。これ以上、簗木を憂鬱にさせるのは僕も本意じゃないから、口にはしないけど。

 まあ彼女との密会場所で悩むというのも、高校生らしくていいんじゃないかな。


 そんな風に僕の中で結論付けていると、やたらと騒がしい声が耳に入った――と思ったと同時に、ガッシリとしがみつかれてしまった。


「真壁くん! 助けてくれよ!」

「……おはよう、金名。痛いから離せ」

「そんなのよりマジでヤバいんだって!」


 僕の肩を掴んだ男――金名に手を離すよう促すものの、よほど余裕がないのか僕に助けを求め続けていた。

 マジでヤバいとしか言われないから何も伝わってこない、という今の状況に既視感を覚えたけど、思い返してみれば二ノ宮さんが二回目に恋愛相談部に来た時も、こんな感じだった気がする。


「ハァ……で、何がヤバいんだ?」

「おお聞いてくれよ! マイがマジでヤバいんだよ!」

「マジでヤバい以外にないのか、お前は」


 あまりにうるさいから話を聞いてやろうと思ったんだけど、テンパった状態の金名は微妙に話が通じていない。

 僕が困っているのを見かねたのか、小手毬さんがおずおずと金名に声をかけた。


「えっと……舞奈ちゃんがどうかしたの? 金名くん」

「え? あ、ああ、小手毬ちゃんか……」


 焦っていた金名が、あっさりと毒気を抜かれたような顔になった。

 流石は癒し系小動物・小手毬さんである。

 彼女の癒しオーラは世界を救うのだ。

 ようやく落ち着いた金名は、マジでヤバい内容について語り出した。


「いや、実はマイが『十八歳になったら結婚する』とか言い出してさ……。冗談だと思ってたんだけど、俺もう少しで誕生日で。そしたら昨日、『あと一年だね。来年の誕生日は一緒に役所に行こうね』って……」


 割とマジでヤバかった。

 楠さんの金名への愛が深いのは承知していたけど、高校在学中に結婚するのを躊躇わないのは、なかなかに度を越している。

 僕の横で話を聞いていた小手毬さんが「あー」と納得したような声を上げているのは、何故だか分からないけど。


「確かにそれはヤバいけど、婚姻届なんてそうそう本人に無断で出せるものでもないだろ。証人だって必要なんじゃなかったか?」


 僕も真面目に婚姻届を見たことなんてないけど、たしか成年二人の署名が必要だったはず。

 そう言って落ち着かせようと思ったところ、金名は妙に陰のある薄ら笑いを浮かべた。


「証人の署名は……もう入ってた」

「は? 誰のだよ?」

「……うちの親父と、マイの父親」

「あー」


 詰んでるじゃん、それ。

 そもそも楠さんが当たり前のように婚姻届を準備している時点でアレだけど、両家の親が認めているなら逃げ場はないんじゃないだろうか。


「もう大人しく結婚したらいいじゃねえか、楠と。好きなんだろ?」

「他人事だと思って簡単に言わないでくれよ、簗木くーん!」


 僕と同じようなことを考えたのか「諦めろ」と告げる簗木に、抗議の声を上げる金名。


「簗木くんだって、いきなりこの年で結婚なんて言われてもムリだろ!?」

「いや、でもいずれは責任取らねえと不味いし」

「真面目か!?」


 真顔で言う簗木に、金名は思わずツッコミを入れた。

 そんな二人を眺めていると、いつの間にか小手毬さんとは逆側に別の女子が立っていることに気付いた。


「ぐふふ……チャラ男×マッチョも素晴らしいわ。絶景かな」

「……なんで君がここにいるの? 小野寺さん」


 あと何を言ってるの? いや、説明してくれなくてもいいけど。

 僕の横で人様にお見せ出来ない顔を晒していたのは、かつての「高嶺の花」の成れの果てである小野寺さんだった。いくら美人でも限度があるのだと、知らなくてもいいことを知ってしまった。

 その隣には彼氏の建山もいて、小野寺さんに対して微笑ましいものを見るような目を向けている。本当にその目でいいのか、彼女に向けるのは。


「愚問ね、真壁くん。男が二人いるなら、そこに私もいると思っていいわよ」

「いいわよじゃねえよ、何言ってんだ」

「ま、真壁くん。口調が乱暴になってるよ」


 あまりにアレな小野寺さんの発言に、思わず乱暴な返しをしてしまったせいで、小手毬さんから注意を受けてしまった。

 ちょっと心を乱され過ぎたな。小手毬さんを見て落ち着かないと。


「真壁くん、なんで私の顔見てるの?」

「うん、癒されるかなと思って」

「相変わらずだね、真壁くんも……」


 小手毬さんの可愛らしい顔を眺めていたら、建山に呆れられてしまった。

 しかし僕の方こそ、建山には言ってやりたいことがある。


「建山。お前の彼女、アレで大丈夫なのか?」

「真壁くん、その言い方はちょっと……」


 小手毬さんが苦言を呈してくるけど、だって実際にアレだし……。

 建山の方はと言えば、特に気を悪くしたような雰囲気ではなかった。


「いやあ、あれで二人の時は結構甘えてくれるんだよ、真世さんって」

「へえ、そういうもんなのか?」

「そうなんだよ。『好き』とか『可愛い』とか言うと、すぐ真っ赤な顔になって焦ってさ。いいよね、ああいうの」

「なるほど。それは確かにいいな」

「ちょっと聞こえてるわよ! 勝くんも真壁くんも、勝手なこと言わないで! 付き合いたての子供じゃないんだから、そんな簡単に赤くなったりしないわよ!」


 僕らの会話を聞いていた小野寺さんが、苦情を飛ばしてきた。

 しかし恋人と二人きりの時の様子を晒されて恥ずかしいのか、よく見ると現時点で既に顔が真っ赤になっているので、全く説得力がない。


「うん、確かに可愛いな」

「ホントだ。可愛いね、真世ちゃん」

「でしょ? 真世さんは、こういうところが可愛いんだよ」

「だから違うって言ってるでしょー!」


 僕ら三人からの「可愛い」攻勢を受けて、さらに赤面する小野寺さん。

 本人の意思に反して、その魅力が大いに発揮されていた。

 しかし小野寺さんが可愛いのは分かったけど、別のクラスの彼女と建山が何故ここにいるのかは全く分かっていない。金名は楠さんに会うために、うちのクラスに頻繁に来ているから、特に違和感はないんだけど。


「ところで建山たちは、どうしてうちのクラスにいるんだ?」

「割とあっさり話を変えたね……。まあ、真世さんが呼ばれたからだよ」

「呼ばれた? 誰に?」

「私だよー」


 背後から声が聞こえたので振り返ると、いつの間にやら楠さんが立っていた。


「京介のことだから、真壁くんのところに泣きつくと思ったんだよねー。なので小野寺ちゃんが喜ぶと思って、先に連絡しておきました♪」


 完全に行動パターンを把握されている金名だった。

 にこやかな笑顔を浮かべた楠さんは、僕らの横をすり抜けて金名に抱き付く。


「京介、捕まえたー♪」

「ま、マイ!? いつの間に……」


 簗木と遊ぶ(?)のに忙しかったせいか、金名は楠さんがいるのに気付いていなかったらしい。

 そんな彼氏に楠さんは、猫なで声で話しかける。


「ねえ京介ー、そんなに私と結婚するの嫌なのー?」

「いや、そういうわけじゃないけどさ。甲斐性とか、いろいろ足りてないじゃん」

「別にそんなのいいってー。私は京介さえいてくれれば十分だよ? 結婚式だってやらなくてもいいから、コンビニのケーキで結婚のお祝いしよ?」

「流石にコンビニのケーキはねえだろ!? もうちょっと俺に期待してくれよ!?」


 まあ、たとえ美味しかったとしても、結婚祝いにコンビニのケーキはないよね。

 楠さんは「金名と結婚したい」以外の欲がなさ過ぎるな……。


 それにしても朝だというのに、かなり賑やかになってきた。

 こんな調子で騒いでいると、他のクラスメイトに迷惑がかかりそうだ。

 そろそろ一声かけた方が……と思ったところで、逆に僕が声をかけられた。


「ちょっと真壁くん! 朝から何を騒いでるのよ。もう少し静かにしなさい」


 というか叱られた、信楽さんに。

 いつの間にか僕の近くに来ていた彼女は腰に手を当てて、こちらを睨んでいる。


「いや、僕が騒いでたわけじゃないんだけど」

「どう見ても、あなたの関係者ばかりじゃない。ちゃんと責任持ちなさい!」

「ええ……?」


 確かに全員、恋愛相談部に関係してるメンバーだけど……。


「まあ、この面子で中心は誰かって言ったら真壁だよな」

「俺もそう思うわ」

「京介がそう言うなら、私もそれでいいよー」

「僕も真壁くんかな……」

「真壁くんは、誰とでも掛け算が出来る万能素材だものね」


 気付けば、速攻で僕がリーダーに祭り上げられていた。

 小野寺さんは本当もう黙ってて。


「ほら見なさい。ちゃんとしなさいよ、真壁くん」

「はい……」

「ま、真壁くん、元気出して? みんな、真壁くんのこと信頼してるんだよ」


 こうして朝も早くから、クラスメイトにお叱りを受けてしまったのだった。

 小手毬さんの励ましの言葉が、胸に染み渡るな……。

第1話のモノローグ以降、100話以上も出てこなかった主人公の下の名前。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 結婚は甲斐性を身に着けてからしたいよね、わかる……まあでも自業自得だしそのまま結婚するしかないのでは? [一言] 真壁くんの下の名前に見覚えがなさ過ぎて真壁くんの弟か親戚がいきなり登場する…
[良い点] 恋愛相談を通じて広がる真壁君の輪(笑) 簗木君の発言でグレーからブラックの香りがしましたが、それは置いといて、なんだかんだで真壁君中心の物語だと実感出来ましたね。鬼畜眼鏡と呼ばれても流石主…
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