123.ホントの愛が止まらない
「勇くん? どうかしたの?」
「……ハッ!?」
妖精の歌声と聞き間違えるような声が耳に入り、意識を取り戻す。
いかん、久々に失神していた……。最近は真壁と和解したから、変な癖は治ったと思っていたのに。
目の前には着飾った女神――いや、鴨川先輩がいて、訝しげな表情で俺を見ている。なんだよ、やっぱり女神じゃないか、何も間違ってなかったわ。
「どうしたの? ボーッとしちゃって」
ボケッとしてる間に、先輩に心配されていて内心で焦る。
デートで最初に会ったら、まずは服装を褒めるべきだだった。
作戦会議の時に、真壁もそんなことを言っていたはずだ。
『きっと相手はお洒落してくるから、すぐに褒めろよ』
『いや、でも何て褒めたらいいんだ?』
『思ったことを口にすればいいんだよ。小手毬さんを見ろよ。可愛いところばかりで、どこを褒めればいいのか考えても決まらないんだぞ』
『ま、真壁くん、今は私の話はいいでしょ?』
『……』
……後半の部分は、思い出す必要はなかったな。
だが「思ったことを口にしろ」というのは、なかなか有益なアドバイスだ。
変に考え過ぎるより、素直な気持ちを表現した方が先輩に届くのかもしれない。
「い、いやっ……ただ先輩に見惚れてただけっす!」
「あら、お上手。お世辞でも嬉しくなっちゃうわね♪」
「いえ、お世辞なんかじゃ……」
朗らかに微笑んだ先輩は、割と本気で嬉しそうに見える。
早速、真壁のアドバイスが役立ったようだ。もはや感謝しかない。
後はお茶だけじゃなくて、デートをするように誘わないといけないんだが……。
「それにしても来るのが早いのね、勇くん。デートで女の子を待たせないのは感心ね」
「デ、デート……!?」
あっさり先輩の口から「デート」という言葉が出てきたので、思わず狼狽えてしまった。
しかし先輩の方は、涼しい顔で言葉を続ける。
「年頃の男女が、仲良く一緒に出かけるんだもの。普通はデートって呼ぶものじゃないの? 勇くんが『ただのお出かけでいい』って言うなら、別にそれでもいいけど」
「い、いえっ! デートでお願いします!」
「うんうん、そうよね。せっかく休日に待ち合わせをしたんだから、お茶するだけなんて勿体ないわ。今日は他に予定もないし、どこか寄って行きましょうか」
俺が威勢よく頷くと、先輩は嬉しそうに笑った。
予想以上に都合よく話が転んで、「もしかしたら夢でも見ていて、俺は遅刻寸前なのでは?」と不安になってしまう。
しかし、こっそり手の甲を抓ってみても小さな痛みを感じるだけで、目を覚ますような気配はない。どうやら本当に先輩は、俺とデートをしてくれるらしい。
そうと決まれば、上手くエスコートしなくては。
意気込んだ俺は、あらかじめ考えておいたデートコースを提案する。
「先輩、それだったら絵の展示会とかどうっすか?」
「展示会? 勇くん、絵画に興味なんてあったの?」
「いや、そういうわけでもないんすけど……この近くで、ちょうど今やってるらしいんですよ。デ、デートなら、ぴったりの場所だと思ったんで……」
「あら、先に調べておいてくれたの? 何だかんだ言って、勇くんだってデート気分だったのね」
「そ、そういうわけでもない、わけじゃないっすけど……」
しどろもどろになった俺を見て、先輩はクスクスと笑い出す。
「そんなに慌てないの。私は勇くんが期待してくれた方が嬉しいわ」
「そ、それって……」
「うーん……でも展示会って、少し堅苦しい気もするわね。もうちょっと気楽に話せる場所の方がいいんじゃないかしら?」
「え……そ、そうっすか」
いきなりダメ出しをされて、梯子を外されたような気分になってしまう。
……いや、待てよ。確か真壁が作戦会議の時に、こういう事態を予見していたような覚えがある。
『多分、鴨川先輩は最初にダメ出ししてくるけど、多分ポーズだから本気で落ち込まずに、ちょっとショックを受けた感じを出しておくんだ。割と人をからかうのが好きなんだよ、あの先輩は』
『そうなのか。意外とお茶目な人なんだな』
『真壁くん、私もたまには冗談とか言った方がいいのかな?』
『小手毬さんは素直なところが魅力だから、そのままの方が好きかな』
『そうなんだ。じゃあ、そうするね』
『……』
……やっぱり後半は要らなかったな。
しかし真壁の言葉通りなら、先輩は本気で俺の案を否定したいわけではないはずだ。そうは言われても不安なものは不安なのだが、ここは真壁を信じて騒がずに先輩をジッと見つめる。
ショックを受けた感じについては意識しなくても、先輩にダメ出しされた瞬間に自然と出てきた。まあ、普通にちょっとショックだったからな。
「ふふ……冗談よ。そんな捨てられた子犬みたいな目はしないで? せっかく勇くんが私のために考えてくれたんだから、展示会に行きましょうか」
「お、押忍……!」
「やだ、もう。デートでも言うの、それ?」
どうやら真面目な顔をしていたつもりが、傍から見れば不安な顔だったらしい。
そうは言っても好きな相手にダメ出しされたら悲しいし、受け入れてもらえればうれしくなるのは仕方がない反応だろう。自然の摂理というヤツだ。
「ずっと立ち話してるのもアレだし、そろそろ行きましょうか」
「お……はい! こっちです、先輩!」
うっかり出そうになった「押忍」を抑えつつ、俺は先輩を展示会が開かれている駅ビルへと案内し始めた。
駅まで待ち合わせしていたので、会場の駅ビルは当然すぐ近くだ。
なので、駅前を出てからすぐに着いたんだが……。
「意外と混んでますね……」
「そうねえ。あ、今日は参加してる画家が、何人か来るみたい」
それほど有名ではない数名の画家の絵を集めた、こじんまりとした展示会なので空いてると聞いていたんだが、受付前には少し長めの列が出来ていた。
掲示されているポスターを見ると、先輩が言った通り展示会に参加している画家の一部が、ゲストで来る予定になっているらしい。展示会の期間中に何度か来るだけの予定なので、よりによって混雑する日を選んでしまったというわけだ。
あくまで受付だけで中はそれほど混んでいないようだが、それでも一番の目的地でもないのに行列で気分が良くなる人間は滅多にいないだろう。
「すみません、先輩。今日に限って……」
「あら、気にしなくてもいいわよ。そんなに長い列じゃないみたいだし」
確かに見た感じでは、一時間やそこらも待つような状況ではない。
自分の手落ちは反省しつつ、先輩の懐の広さに感謝するのだった。
そうして先輩と二人で、受付の列に並び始めたのだが……会話が途切れた。
並んだ直後は普通に話していたものの、ふとした瞬間に会話の空白が生まれると、新しい話題を切り出すのが思った以上に難しい。テーマパークの行列が原因で別れるカップルが一定数いるというのも、あながち嘘ではないのだろう。
何か話さなければ……と焦りを覚える俺だったが、すぐに真壁からこんな状況を見越したアドバイスを貰っていたことを思い出した。
『待ち時間が長くなった時? 僕と小手毬さんの場合は「大好きゲーム」やってるけど』
『……何だ? そのこっぱずかしい名前のゲームは』
『まず僕が小手毬さんに大好きって言うだろ。……小手毬さん、大好きだよ』
『うん、私も真壁くん大好き!』
『ありがとう、小手毬さん。……こんな感じで返ってくるわけだ』
『……それで、どうなるんだ?』
『幸せな気持ちになれる』
『えへへ……本当だね』
『……』
……いよいよ後半どころじゃなくて、全部役に立たない情報だったな。
というか、いまさら気付いたんだが、アドバイスじゃなくて惚気られてただけなんじゃないのか? 聞いてる時は先輩とのデートの参考になるかもしれないと思って、クソ真面目に頷いていたんだが。
しかし考えてみれば、鴨川先輩と「大好き」と言い合うというのは、非常に魅力的な行為ではある。
「先輩、だ……大、大……」
「勇くん? どうかしたの?」
「だ……だいぶ列が進みましたね! あと少しっす!」
「ああ、そうね。もう五分もしたら入れそう」
よく考えなくても、この状況で先輩に「大好き」なんて言えるわけねえだろうが!
ああいうのは付き合ってるカップルだから出来ることで……いや、付き合ってても、アレは流石に厳しくないか?
そんなアホなことを考えているうちに受付の順番が来て、俺と先輩は無事に展示会へと足を踏み入れた。
「素敵なデートコースだったわね。勇くんのエスコートも、なかなか様になってたわよ?」
「あ、ありがとうございます」
考えていたコースを一通り回った後の帰り道で、先輩は満足げな笑顔を浮かべながら俺にそう言ってくれた。
受付を過ぎれば展示会もそれほど混んでいなかったし、その後の先輩オススメのカフェでの昼飯も絶品だった。
午後は服や本を見て回ったが、基本的に先輩はどの行き先でも楽しそうにしていたように思う。
ところどころで思い出した真壁のアドバイスが、単なる小手毬さんとの惚気だったと気付いて、何とも言えない気分になったりもしたが……。たまに役立つ内容も含まれていたのが、逆に腹立たしい。
「名残惜しいけど、デートもそろそろ終わりね」
「あ……そうっすね」
正直、今の雰囲気はかなりいい。
後は別れるだけなので、ここで気持ちを伝えないと、この先の展開はないはずなんだが、何故か俺は肝心なところで尻込みしていた。
俺が少しの時間だが黙っていると、鴨川先輩がスマホを取り出して声をかけてきた。
「勇くん。今日は家の人が迎えに来てくれることになってるの。連絡してくるから、ちょっと待っててくれる?」
「あ、はい……」
そう言って先輩は、少し離れた位置に移動する。
家族への電話なんて、そうそう横で聞かれたくはないだろう。あるいは使用人みたいな人がいて、その人に連絡しているのかもしれない。
俺が先輩への告白を躊躇っているのは、そういう家柄の差がいまさらになって気になったというのもあるが、それ以上に二ノ宮たちの件が理由だった。
以前、先輩に励ましてもらった時、俺は自分のコンプレックスを吐露したが、二ノ宮たちにしたことは先輩に伝えていない。隠そうとしたというより、あの時は自分の不甲斐なさで頭がいっぱいになっていて、後で言い出すタイミングが見つからなかったのだ。
迷惑をかけた相手には謝って、一応は受け入れてもらえた。しかし、だからといって俺が最低な行為に走ってしまったという事実がなくなるわけではない。
それを黙ったまま――なかったことのようにして先輩に告白するのは、果たして正しいのだろうか。そしてそれを伝えたとして、先輩に見限られたりしないだろうか。
そんな風に思い悩んでいると、先輩の声が聞こえてきた。
「ちょっと! 何するんですか!?」
先輩らしからぬ慌てた声に、疑問を覚えながら振り向く。
すると、そこには二人の男に詰め寄られる先輩の姿があった。
「せ、先輩!?」
マズイと思って駆け寄ろうとするが、瞬間的に足が止まる。
相手は二人。体格はそこまでじゃないが、大人の男だ。
もし喧嘩になったとして、俺なんかがどうにか出来るのだろうか?
周囲を見回しても、不自然なくらいに人が見当たらなかった。
ここにいるのが簗木なら、簡単に勝てるのかもしれない。もしかしたら真壁なら、鬼畜な手段で切り抜けられるのかもしれない。
だが今、この場にいるのは凡人でしかない俺なのだ。
「い、勇くん……!」
「……っ!」
先輩の不安そうな顔を見た瞬間、ビビって固まっていた足が動き出した。
簗木も真壁も関係ない。今、この場にはいるのは、ただの凡人でしかない俺だけなんだから。
「先輩、大丈夫ですか!?」
「え、ええ……ちょっと肩を掴まれそうになっただけだから」
先輩に駆け寄って安否を尋ねるが、どうやら特に怪我は無さそうだ。
しかし未遂とはいえ、見知らぬ大の男に肩を掴まれるのは恐怖だろう。
「何? 君、この子の彼氏?」
横から現れた俺を見て、男の片割れが声をかけてきた。
見るからにチンピラ……というわけではなく、普通にサラリーマンという感じに見える。
ここで「俺が彼氏だ」と答えられたら格好いいんだろうが、俺は咄嗟に頷くことが出来なかった。そもそも彼氏ではないのと、さっきまで自分が先輩の相手として相応しいのか悩んでいたからだ。
そんな中で何故だか俺は、この状況に既視感を覚えていた。
背中に女の子を庇う男。そして目の前にはクソ野郎――。
「……彼氏なんかじゃねえよ」
既視感の正体に気付いた途端、思わず笑ってしまいそうになった。
なるほど……これは怖がられても当然だ。あの時、小手毬さんが怯えていた理由も、真壁が怒っていた意味も痛いくらいに理解できた。
「あっそ。じゃあ部外者は引っ込んでてよ。俺ら、この子と遊びたいんだよね」
懐かしい。俺も似たようなこと言ったな。
本当に思い出すと死にたくなるぜ。
だけど思い出すべきは、その先だ。あの時、真壁は俺の前で何を言った?
「そうだ、俺は彼氏じゃねえ――」
俺が先輩に相応しいのか、自信なんて全くない。
俺が過去にやったことを受け入れてもらえるか、不安で仕方ない。
だから真壁みたいに、堂々と言葉には出来ないが――。
「彼氏じゃねえけど……この人は俺の大事な人なんだよ!」
好きとか付き合ってほしいとかは言えなくても、このくらいは言える。
言えるというか思った瞬間、勝手に口から飛び出してきた。
いまさらだが、よく分かった。なるほど、コイツは止まらない。
「はぁ? なに言ってんの?」
「勇くんっ!」
先輩の声が俺の耳に届いたと同時に、体が反射的に動き出した。
緩慢な動作で掴みかかってきた男の襟を掴んで、足払いで引き倒す。
倒れた男は呆然としていて、特に暴れ出す様子はなかった。
もう一人の男の方にも意識は向けていたが、固まっていて動かない。
二人が抵抗してこないことを確認して、俺は意識して低い声を出した。
「悪いけど、俺らデート中なんで。邪魔しないでもらえます?」
「お、おお……こっちこそ悪かった。このくらいで勘弁してくれ……」
最初から大事にする気はなかったのか、あっさりと男たちは引き下がった。
固まっていた方の男が倒れた男を引き起こし、逃げるように去っていく。
本当なら警察に連絡したりするべきなんだろうが……今の俺は先輩への気持ちが高ぶっていて、まったくそれどころじゃなかった。
「先輩、怪我はない……んでしたね」
「ええ、そうね。結局、指一本も触れられなかったわ」
「そうですか……良かった」
先輩の無事を改めて確認して、胸を撫で下ろす。
肩の力を抜いていると、先輩が俺の顔をジッと見ているのに気付いた。
「えっと……先輩? どうかしましたか?」
「勇くん。貴方、私のことが大事だったのね」
「うっ……!? それは……」
まさかの先手を取られて、狼狽えてしまった。
いや、あんな風に叫んだんだから、先輩にも聞かれていて当たり前か。
一瞬だけ悩んだ結果、俺は自分のありのままの気持ちを伝えることに決めた。
いまさら何もなかったことには出来ないし、俺の想いも止まらないからだ。
「そうっす! 俺は先輩が……鴨川先輩が大事で、大好きっす!」
開き直るように言い放った言葉に、先輩は特に反応を示さない。
少しは何か返してほしいんだが……まあ黙っているというなら、そのまま俺の言いたいことを言わせてもらおう。
「でも俺は、先輩に相応しい男じゃないかもしれません。ムダに自信過剰で、そのせいで捻くれて他の子に酷いことして――」
これ以上は、俺のバカみたいな過去を黙ったままでは進めない。
俺は黙ったままの先輩に、包み隠さず全てを話した。
「そう……そんなことがあったのね」
俺が過去を話し終えた頃、ようやく先輩は口を開いた。
噛み締めるような言葉は、どういう気持ちで言っているのか読み取れない。
俺は黙ったまま、先輩が下す沙汰を待ち続けた。
「正直、ちょっとショックだわ。勇くんは真面目な良い子だと思ってたけど、悪いことしてた時期もあったのね」
「……はい」
今だって決して善良な人間ではないが、昔の俺がクソだったのは事実だ。
そんな俺のことを、先輩が受け入れられなくても仕方ない。
そう思って項垂れていた俺に向けて、先輩は柔らかい声を放ってきた。
「勇くん。私、前に言ったことあったわよね。『何でも出来る天才より、がむしゃらに頑張れる可愛い子の方が好き』だって」
先輩の問いかけに、小さく頷き返す。
それは俺を落ち込んだ支えてくれて――俺を変えてくれた言葉だ。
「あの言葉に、もう一つ付け加えるわ。……私は何の罪も犯さない聖人より、自分が間違ったことを認めて前に進める子の方が大好きよ」
――気付けば先輩は、どこまでも優しい笑顔で俺を見ていた。
「え……それって……」
「今、とてもドキドキしてるの。これって危ない目に遭いそうになったせい? 吊り橋効果で、何かと勘違いしそうになってるの?」
先輩の問いに、俺は答えられない。
その問いに答えると、どうやったって俺の希望が入り込んでしまう。
「それとも……本当に、貴方のことが好きなのかしら?」
答えられないはずなのに、俺は自分の希望を口にせずにはいられなかった。
「きっと好きです……! 好きでいて下さい! たとえ本当はそうじゃなかったとしても、これから本当にして見せますから!」
俺は先輩の方を掴んで、思いの丈を口にした。
先輩が俺のことを好きじゃないなら、好きになってもらえばいい。
俺が先輩に相応しくないなら、相応しい男になればいい。
何にしたって、先輩に俺を見ていてもらわないと始まらない。
「勇くん……」
先輩は俺のことを、真剣な目で見ていた。
こうして向かい合って立つと、女子にしては背が高いのだと再確認する。
こんな綺麗な人に、果たして俺の手は届くのだろうか?
意図せず必死になった俺を見つめながら、先輩はふっと口元を緩めた。
「だったら、私に証明して見せて頂戴。この気持ちが、本物なのかどうか」
「せ、先輩。それって、もしかして……」
「私と勇くんは、今から恋人同士よ。いまさら友達からだなんて、面倒だもの」
恋人……俺と先輩が、恋人。
まだ暫定みたいなものかもしれないけど、それでも一歩前に進んでいるはずだ。
今はまだ、それで十分だ。
俺が先輩に相応しいのか、先輩が俺を好きかどうかは、これから一緒にいる中で見極めてもらえばいい。
「押忍! よろしくお願いします、先輩!」
「……それはちょっと雰囲気が台無しね。それと恋人になったんだから、よそよそしい呼び方は止めましょう?」
勢いよく言った俺のセリフに呆れた後、先輩はそんな提案をしてきた。
「え……それじゃあ何て呼べば……?」
「貴方の好きに呼んでいいわよ。ちなみに私のあだ名は『鴨ちゃん』だから」
「いや、それは流石に……じゃ、じゃあ星さんで!」
先輩――いや、星さんは満足げに頷いてくれた。
「うん、悪くないわね。それじゃあ、これからよろしくね、彼氏くん?」
「は、はい! よろしくお願いします、星さん!」
こうして……どうしようもない男だった俺が、最高の彼女と付き合うことが出来た。
だが今はまだお試し期間みたいなものだ。これから先輩に「勘違いかもしれない」なんて言わせないくらい、俺のことを好きになってもらわないといけない。
こうなる前は「俺なんかに」と悩んでいたが、こんな俺でも先輩を守ることが出来たのだ。たとえ天才じゃなくたって、きっとこの気持ちがあれば俺は何だって出来る気がする。
――俺の本当の恋は、今日ようやく動き出したのだから。
やったね鳶田くん、ハッピーエンド!
というわけで次回、鴨川先輩の視点で締めます。




