122.鴨川 星に捧げる真実の愛⑦/鳶田くん、デート本番に挑む
二日連続で恋愛相談部の部室を訪れた俺は、真壁と小手毬さんとの「作戦会議」を終えて帰宅していた。
何やら大仰な名前が付いているものの、俺があらかじめ考えておいたデートプランについては二人とも割と高評価してくれたし、鴨川先輩との関係を近付けるための劇的な案が出たわけではない。
真壁がしきりに「本当に先輩と付き合っていく覚悟はあるのか?」と聞いてきたのは、少し気になるが……。先輩は家柄なんかも相当いいらしいので、生半可な気持ちでは一般庶民の俺は付き合えないということだろう。
だが真壁に何度言われようと、今の俺は本気だ。
二ノ宮や内倉を裏切り、危うく小手毬さんにまで手を伸ばしかけてしまったが、真壁と簗木のお陰でどうにか最悪の事態は免れた。
当時の軽薄な俺でも、肉体関係という取り返しのつかないところまで不用意に進まなかったのは、不幸中の幸いだったと言えるだろう。
だからと言って、彼女たちを傷付けたことには変わりないが。
「でも、いまさら先輩のことを忘れろってのも無理だしなあ……ん?」
自室で一人悩んでいると、近くに置いていたスマホが音を立てた。
何となく妙な予感がして手早く画面を覗くと、「鴨川先輩」の名が表示されている。
「ま、マジかよ……凄えな、真壁。流石だぜ」
思わず真壁への感心を口に出してしまう。
今日の作戦会議で「多分、今日あたりに先輩から連絡が来る」と言われていて、「なんでそんなの分かるんだ」と思っていたんだが、おそらく真壁にしか見えていないものがあるという事だろう。敵にすると恐ろしいが、味方だと思うとこれほど頼もしい相手もいないな。
「内容も聞いてた通りだな……今週末。いよいよか……」
鴨川先輩のメッセージには「妹さんに連絡先を聞きました」とあって、続く内容はデート――もうこの際だから、心の中ではデートでいいだろう――の日取りを確認するものだった。
口に出した通り、勝負は今週末の土曜日だ。
別に今回のデートで勝負を仕掛けないといけない理由はないのだが、真壁たちに協力して貰っている今が一番心強いタイミングなので、先輩に好意を伝えるには決して悪くないと思う。まさか先輩と付き合えるようになるまで、ずっと恋愛相談部の厄介になるわけにもいかないしな。
「そうだ。服とか、いいのあったかな……」
とにかく日程が決まったのなら、それに向けて準備をしなければ。
クローゼットを開けて手持ちの服を確認しようとした時、自室のドアがノックされた。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
「望? いいぞ、入れよ」
声をかけると、妹がドアを開けて部屋に入ってきた。
二ノ宮たちの件で色々言われてから、妹が俺の部屋に来るのは初めてだ。昔は何かあれば俺に声をかけてきたり、漫画や雑誌を読ませてほしいと入り浸りになることもあったんだが。
少し寂しさを感じながら妹を見ると、何となく疲れた雰囲気が感じられた。
「望、どうかしたのか? 何か疲れてるように見えるけど」
「え? あー、全然そんなことないから。へーきへーき」
「……そうか?」
全くそんなことないようには見えないが、そこまで深刻な感じではないし、しつこく問い質すような場面じゃないだろう。
妹は要領がいいし、真壁や小手毬さんも助けてくれるだろうしな。
それに彼氏もいるって話だし……。
「あ、そういえば望って、彼氏いるって言ってたよな? 詳しく聞いてなかったんだが、どういう相手なんだ? 別に無理に聞き出したいわけじゃないが」
前に聞いた時は真壁の件で気を失ったりして、有耶無耶になっていた。
もしかしたら真壁の女の一人になったんじゃないかという疑惑もあって、聞くのが怖かったのも事実なんだが。
俺の質問を受けて、妹は少し悩んだ顔になる。
「んー、そろそろ言っても大丈夫かなー。この間、引退した柔道部の主将さんだよ。あの人、中学の時からの知り合いなんだよね」
「は? マジで? 前の主将と付き合ってんの?」
「うん。初めて柔道部に行った時、前から私のこと好きだったって言ってくれて」
「マジかよ……全然気付かなかった」
妹のことなら割と分かると思っていたが、それも思い上がりだったようだ。
しかし妹は苦笑気味の顔で、ゆるゆると首を振った。
「同じ部活の中で彼氏彼女とか、何かトラブルになりそうじゃん。意味もなくペラペラ喋ったりしないって」
「そういうもんか……あれ? 影戌さんは?」
あの子は堂々と「簗木と付き合っている」と宣言して、しかもアイツの世話しかしないからモテない部員たちの嫉妬を煽っていた気がするんだが。
「知麻っちはクールに見えて、結構バカだから」
「そ、そうか……」
あまりにバッサリと切り捨てるので、俺も苦笑いを返すことしか出来なかった。
そんな俺を見て、妹は不意に表情を真面目なものに変える。
「ねえ、お兄ちゃん。本当に鴨川先輩と付き合いたいの?」
「は? 何だよ、いきなり……そりゃあ付き合いたいよ。その……好きだからな」
この場面で念を押される意味は分からないが、俺の気持ちは何も変わらない。
俺は鴨川先輩のことが好きで、出来ることなら彼女になってほしい。
「そっか」
俺の返答を聞いた妹は、どこか諦めたような表情で呟いた。
そんな顔をされる意味が……いや、そういえば妹は今日、知麻ちゃんと一緒に鴨川先輩の調査をしに行ったのだったか。先輩からのメッセージを見る限り、直接会って話したように思える。
どんな調査をするのかは事前に聞いていない。まさかバカ正直に「恋愛相談されて来ました」なんて言ったわけじゃないだろうが、もしかするとあまりいい手ごたえは得られなかったのだろうか?
そんな不安な気持ちが表情に出ていたのか、妹は小さく笑いかけてきた。
「別に何でもないよ。ていうか知麻っちと二人で調査した感じだと、むしろ脈ありかもよ」
「え、マジでか!?」
「うん。まあ無責任に保証は出来ないけど」
妹は申し訳なさそうな顔をしているが、俺からすれば「脈あり」と言われるだけでも十分に嬉しい。どういう理由で妹がそう判断したのかは分からないが……それは週末になれば分かることだろう。
「いや、十分だ。週末はマジで気合入れないとな」
「頑張んなよ、お兄ちゃん」
妹がそんな心強い言葉をかけてくれる。
二ノ宮たちの一件で、俺に相当幻滅したはずだろうに。
本当に俺みたいなヤツには勿体ない、自慢の妹だ。
せめてもの感謝を込めて、妹に笑いかける。
「おう、ありがとな。それと遅くなったけど……彼氏できて良かったな。おめでとう」
「……ありがと」
照れくさそうに呟く妹の顔を見て、少しだけ昔みたいに――いや、昔よりも仲良くなれたような気がした。
あっという間に週末が訪れ、俺は駅前の広場で先輩を待っていた。
あまりに落ち着かなくて、約束の一時間からここにいる。
二ノ宮や内倉とデートした時は、遅れない程度に向かったものだが……いや、これから先輩とデートだっていうのに、他の女子のことを考えるのは止めておこう。罪悪感で逃げ出したくなりそうだし。
よくない方向に思考が行きそうだったので、今日のデートのシミュレートに頭を向けた。
先輩の好みはよく分かっていないが、知麻ちゃんからは割とインドアなタイプだと聞いている。
それなら体を動かすより、何かを見るような内容の方がいいだろう。そういうコンセプトで行き先は考えたし、真壁たちも俺の案は悪くないと言ってくれた。
ただ先輩とは、あくまで「お茶をご馳走してもらう」という目的で出かけるので、そこからデートに持ち込めるかどうかが問題なんだが……。
不安を覚えていると、不意に姦しい少女の声が聞こえてきた。
目を向けると少し離れたところで、中学生くらいの男女が親しげにくっついている。いや、よく見ると、あれは女の子の方がしがみついてる感じだな。
しかし男の方も少し迷惑そうにしながら、実のところ女の子のことを微笑ましく思っているのが見て取れる。俺より明らかに年下なのに、あんなに堂々と女子とくっつけるものなんだな。普通、あのくらいの年齢なら、恥ずかしがって突き放しそうなものだが。
感心しながら二人の様子をチラリと見ていると、女の子の方が上機嫌に話し続けていた。
「ねーねー、今日の私、どーかな?」
「ああ……今日も可愛い可愛い。フレアスカートなんて珍しいな。ちょっといいとこのお嬢様っぽい」
「えっへー、それほどでもないかなー♪」
……めちゃくちゃイチャついてるな、あの中学生カップル。
男の方が、ちゃんと女の子の服装を褒めているのが凄い。
あのくらいの年で、あんな手慣れた対応が出来るものなのか……。
というか勝手にカップル認定していたが、あれはカップルだよな? あんな仲良さげにしてるのに「恋人じゃない」とか「ただの幼馴染です」なんて言われても、説得力がなさ過ぎるぞ。
うん、やっぱり恋人に違いない。もし恋人じゃなかったら、俺はこの場で土下座しても構わないね。そんなの誰も見たくはないだろうが。
「あら、早かったわね、勇くん」
「……っ!」
中学生カップル(?)の観察に夢中になっていると、背後から聞き慣れた美しい声が聞こえてきた。
一気に心拍数が上がったのを自覚しながら、どうにか平静を装って振り向くと――。
「おはよう。もしかして、お待たせしちゃったかしら?」
とんでもなく美しい女神がそこにいて、俺は言葉を失った。
鳶田くん、街中での土下座が確定。
中学生カップル(?)は他作品からのゲストモブです。
今回だけの登場ですので、分からなくても特に問題はありません。
時系列は本作が一番古いので、彼らは中学三年生になります。




