103.太陽と月の輪舞曲
子供の頃から「目が綺麗」と親や親戚に言われることが多かった。
今でも自分では普通にしているつもりだけど、感情が読みづらいし何だか透明感があって、神秘的な印象を受けるらしい。
そんなことを言われながら育った私は、自分が少し「人とは違う存在」なのだと思うようになり、そして成長していくにつれて言うほど自分が特別ではないのだと思い知った。
だって目が綺麗なだけで、魔法や特殊能力が使えるわけでもないし。
自分の平凡さを認識した私は、高校では普通にしていた。
厳密に言うと普通にしているつもりだったけど、昔の感覚は抜けていなかった。
昔からそんな感じだったせいか、喋り方は勝手に淡々とした感じになってしまうし、ちょっと捻った言い回しは今でも好きで心がときめく。
そんな私が高校で大して浮かなかった――いや、浮いていない事はないけど変にからかわれたりしなかったのは、やはり何を考えているのか分からない目のお陰だ。
ボケっと痛々しい妄想をしていても「集中しているように見える」なんて言われるし、陸上部に入っているのも「風と一つになれて気持ちがいい」という理由なんだけど、黙々と練習しているだけで絵になるらしい。
だから私は、自分の目が嫌いじゃない。
こんな目のせいで周囲からおだてられて、自分が特別な存在だって勘違いしたりしたけど、それでも「特別じゃない私」にとって、この目はただ一つの特別なのだから。
「――まあ、そんな感じで今に至る」
「へえー、永那ちゃんって普通に走るのが好きだったんだねえ」
「……気になるの、そこ?」
砂糖とミルクをドロドロに混ぜたコーヒーを飲みながら、私は正面でニコニコしている美薗先輩に呆れた目を向けた。
こういう目で見ると結構迫力があるらしくて、男子でも割と気圧されてくれたりするんだけど、この先輩は全く怯む様子はない。まあ私の本質は知られているし、ブラックコーヒーが飲めないのもすっかりバレているから、あまり迫力は感じていないんだろう。
「目だけで勘違いしてもらえるのは、ちょっとお手軽でいいな。本当はただの捻くれ者なのにな」
そう言って意地の悪い笑みを浮かべるのは、美薗先輩の隣に座る暗黒鬼畜眼鏡――もとい真壁先輩だ。
人が気にしていることを、わざわざ言ってくる陰険男に、抗議の視線を送る。まあ、この人も美薗先輩と同じで、私の目には怯まないんだけど。
「……あなたも邪悪な腹黒さが目に出てる。私以外にも言われない?」
「うっ……むう……」
私が反撃してやると、真壁先輩は悔しそうな顔で黙り込む。
割と適当に言ったんだけど、どうやら的を射てしまったらしい。
フッ、この瞳の前に全ての虚影は……おっと、少し昔の私が滲み出てしまった。
「もう、真壁くんってば。そうやって意地悪言うから、皆に鬼畜眼鏡なんて呼ばれちゃうんだよ?」
ちょっと凹み気味の真壁先輩の頭を撫でながら、美薗先輩が注意をした。
というか、本当に「鬼畜眼鏡」なんて呼ばれてるんだ。
鬼畜はともかく、異名はちょっと羨ましい。私も「水晶眼鏡」みたいな異名で呼ばれて……いや、やっぱり「眼鏡」が付くと格好良くないな。
「うう……ごめんね、小手毬さん……」
「謝るのは私じゃないでしょ?」
「……悪かった、中島さん」
「……いい、別に」
私も嫌みで返しただけだし、生真面目に謝られても困る。
というか目の前で惚気られた後だと、どうでもよくなるよね。
こうなるのを予想して振る舞っているのなら大した智謀と言う他ないけど、この二人は素でやっているから困る。こんな気軽に、二人の領域を展開しないでほしい。
当人たちは「特別な関係じゃない」なんて言っていたけど、やっぱりこの二人は何か特別なんじゃないだろうか。
だって、いくら二人の時間を積み重ねていったからって、私がアイツとこんな風になる未来が想像できない。
いや、そもそも私とアイツは付き合ってるわけじゃなかった。
あくまで友人……むしろ宿敵と呼ぶべき関係だろう。
まあ、やたら暑苦しいところはアレだけど、アイツだって悪いところばかりじゃ――。
と思ったところで、自分が絆されそうになっていることに気付いて頭を振った。
どうも先輩たちと一緒にいると、雰囲気に飲まれて恋愛脳になりがちだ。
うっかり想像しかけた、アイツと付き合っている未来図を吹き飛ばすため、私は部室の壁際に目を向ける。
「ところで……さっきから気になってたんだけど、アレなに?」
「ああ……あれはちょっとな……」
「あはは……」
苦笑いを浮かべながら先輩たちも同じ方向に目を向けると、そこには壁際のソファーの上で不貞腐れたように寝転ぶ、小柄な女子の姿があった。
「真壁先輩が私を頼ってくれない……。私より、のぞぴーの方が信頼されてるんですね……。私がいなくたって、恋愛相談部はちゃんと回るんです……」
何やら虚ろな目で呟いていて、非常に怖い。もしかしたら私も、たまにこんな風に見えていたりするんだろうか。だったら少し改めた方がいいのかもしれない。
「もー知麻っち、拗ねないでよ。あれは私の方が向いてたんだから、仕方ないじゃん」
もう一人の女子――たしか望さんという人が慰めの言葉をかけているけど、落ち込んでいる彼女は自嘲気味に笑うだけだ。
「ふふふ……笑って下さいよ、のぞぴー。次期部長なんて息巻いても、いざという時はこの様なんです。所詮、私のような筋力の足りない女は、部長に相応しくありません……。真壁先輩亡き後は、のぞぴーが部長を継いで下さい……」
「うーわ、面倒くさー」
よく分からないけど、あの子は次の部長になりたいらしい。
自棄になったような発言に、望さんという子も呆れ顔になっていた。
「知麻ちゃんね……永那ちゃんの相談に乗りたくて張り切って来たのに、もう解決してたから拗ねちゃって……」
「ていうか、僕が死ぬ流れになってるんだけど。意外と余裕あるんじゃないか?」
先輩たちの話を聞いた感じだと、どうもあの子は私の相談に乗ってくれるつもりだったらしい。
そう言われると私も無関係という気がしないし、何だかあの子にはシンパシーを覚えるので、挨拶くらいはしておこうか。
私はソファーから立ち上がって、彼女の前に移動した。
いきなり隣に立たれて驚いた望さんに向けて小さく頷いてから、寝そべっている女子に声をかける。
「初めまして。私、中島 永那」
とりあえず自己紹介からしておく。
私がこの部室に来た時点で既にこの状態だったので、彼女とはお互いに自己紹介していなかったのだ。
目の前に私が立っていることに気付いた彼女は、少しだけ目に力を取り戻して顔を上げた。
「ああ……これはご挨拶が遅れました。どうも、非力女です」
……どうやら力を取り戻したのは気のせいだったらしい。
相変わらず無気力な態度の彼女に、望さんが妙に迫力のある笑顔を向けた。
「知麻っち……あんまりふざけてると、いい加減に怒るよ?」
「……失礼しました。影戌です」
「よろしい」
カゲイヌさんが体を起こしながら改めて挨拶をすると、望さんが満足げに頷く。
何だか、どこかの先輩たちに似たような力関係に見える。
それにしても「カゲイヌ」というのは、なかなか格好いい響きだ。
さっきから「チマちゃん」と呼ばれていたので「カゲイヌ」の方が名字なんだろうけど、どういった字を書くのだろうか?
ネーミングセンスを刺激された私は、素直に尋ねてみることにした。
「カゲイヌ……どんな字?」
「字ですか? 黒い『影』に戌年の『戌』……で分かりますか?」
「影……戌……分かった、ありがとう」
「はあ……?」
よく分からない顔になった影戌さんを尻目に、私は考えを巡らせる。
影の戌……とても格好いい名字だ。ちょっと羨ましい。
ルビを振るなら……そう、影戌さんでいいだろう。
「よろしく、影戌さん」
「……よろしくお願いします。なにやら妙な違和感がありますが」
「気のせい」
首を傾げる影戌さんに、私は短く答えた。
私が心の中で勝手にルビを振っていることに勘付くなんて、やはり影戌さんも特別な「目」の持ち主……おっと、いけない。
どうも彼女の見事なキャラ作りを見ると、昔の自分を思い出してしまう。
敬語ジト目キャラか……ナイスセンス、影戌さん。
私は心の中で、影戌さんに向けてサムズアップをした。
「そういえば中島さんは結局、何をしに来たんだ?」
影戌さんとの話が一段落したところで、真壁先輩が声をかけてきた。
放課後になって部員が集まっているところに私がいきなり来て、そのままお茶を出してもらって寛いでいたので、実は用件すら伝えていないのだ。
まあ、この部室に用があるというより、隠れる場所が欲しかっただけなんだけど。
「……アイツから逃げてきた」
「またかよ……。嫌なら嫌って、ちゃんと言えばいいじゃないか」
「……別に嫌なわけじゃない。ちょっと暑苦しいから、ほどほどに息抜きしたかっただけ」
先輩たちが私を見て苦笑していると、不意に部室のドアがノックされた。
扉に視線が集中すると間もなく、もう慣れてしまった大きな声が聞こえる。
「真壁先輩! 中島さんいますかー? 一緒に帰る約束してたんですけど」
……やっぱりアイツだ。
私は真壁先輩に向けて、小声で囁く。
「先輩、いないって言――」
「いるぞー。連れてってくれ」
「分かりました!」
居留守を使わせてもらおうと思ったのに、あっさり裏切られてしまった。
やっぱり人は簡単に裏切るんだ……。また一つ、世界の真理に近づいてしまった。
恨みがましい目で睨み付けると、先輩は呆れた目で返してくる。
「約束してたんだろ? だったら逃げてないで、一緒に帰りなさいよ」
「……この暗黒鬼畜眼鏡」
結局、私は恋愛相談部の部室をあっさり追い出されてしまった。
「中島さん、今日は本屋に行くんだっけ?」
「……行く。あと何度も言ってるけど、名字で呼ばないで、タイガー」
虎吉と二人で帰り道を歩きながら、私は憎まれ口を叩く。
彼と友達……的なものになって以来、私の放課後はいつもこんな感じだ。
――先輩たちに恋愛相談をした後、私は再びタイガーに呼び出された。
タイガーは真壁先輩に相当絞られたらしく、「この間は変なこと言ってごめん」と謝りつつ、今度は普通に「友達になろう」と持ちかけてきた。
どうも彼は真壁先輩と美薗先輩に触発されて、二人のような恋人関係を目指していたみたいで、気が逸った結果があの「交際を前提にした友達になってくれ」という、正気を疑うセリフだったようだ。
いくら何でもアレはないだろうと思ったけど、素直に謝って出直してきてくれたので、私も突っぱねずに話を聞くことにした。
で、結果として私とタイガーは、友達らしき関係になったわけだ。
「ああ、ごめん、何か癖になってるんだよね。えっと……永那」
タイガーに自分の名前を呼ばれて、私は小さく肩を跳ね上げた。
元から名字で呼ばれるのは好きじゃないし、曲がりなりにも友人っぽい関係なので名前で呼ばせているけど、いざ呼び捨てにされると何だか不思議な気分だ。
私の方も名字呼びはよそよそしいかなと思いつつ、何となく普通に名前を呼ぶのは癪なので、心の中でルビを振るだけじゃなくて口に出して「タイガー」と呼んでいる。
「永那は、本屋で何か欲しい本あるの?」
「……ラノベの新刊」
「へえー、それって面白いの?」
「……他の人は知らないけど、私は面白いと思う」
「そうなんだ。それなら俺も読んでみようかなー」
私の不愛想な返事に気を悪くする様子もなく、タイガーは声をかけてくる。
こんな陰キャと一緒にいて、一体何が楽しいんだろうか。
気にならないわけじゃないけど、聞いたら恥ずかしいセリフを平気な顔で吐いてきそうなので、余計なことはしないでおこう。
だから……別の話題を口にする。
「タイガー」
「ん?」
「ごめん。約束してたのに、いなくなって」
実のところ最後まで逃げ切るつもりはなくて、後でちゃんと合流するつもりだったんだけど、それでも無駄な手間をかけさせたことに違いはない。
ただ、やっぱり陰キャの私と陽キャのタイガーでは物事に対する温度が違うから、少しだけ億劫になったりしてしまうのだ。
そんな思いを抱きながら謝罪の言葉を口にすると、タイガーはいつも通りの暢気な笑顔のまま答えた。
「……たまに先輩とか友達に言われるんだよね。『お前はちょっと暑苦しいところがある』って。自分では、よく分からないんだけどさ」
「…………」
「永那が時々逃げるのも、俺のそういうところのせいだろ?」
そう言ったタイガーの顔は、最近になってすっかり見慣れた笑顔だったけど、よく見ると少しだけ寂しさが含まれていることに気付いた。
陽キャの代表みたいなタイガーでも、こんな風に悩んだりするんだ……。
何も答えない私から顔を逸らして、タイガーは言葉を続ける。
「俺は永那と仲良くなりたいけどさ……永那が本当に俺と一緒にいるのが嫌なら、ちゃんとそう言って――」
「嫌じゃない」
タイガーの言葉を遮って、私は普段よりほんの少しだけ大きな声を上げた。
「……永那?」
「別に……タイガーと一緒にいるのは、嫌じゃない」
タイガーの目を見ながら、私はハッキリと告げる。
驚いて目を見開いたその表情は、私と何も変わらない普通の男の子に見えた。
――陰キャとか陽キャとか、そういうレッテルで人を見るなんて平凡過ぎる。
昔の私がなりたかったのは、そんな凡庸な人間じゃなかったはずだ。
魔法も特殊能力も使えなくても、やっぱり平凡な私よりも特別な私になりたい。
私自身が平凡でも、きっと誰かの特別にはなれるはずだから。
「……そっか」
私の言葉を聞いたタイガーは、嬉しそうな笑顔を浮かべる。
その顔は今度こそいつも通りの表情で、自分が彼を元気づけられたのだと思う。
タイガーは笑顔を浮かべたまま、私の手を取った。
いきなり手を掴まれて内心で狼狽える私を余所に、相変わらずの暑苦しい笑顔を向けてくる。
「よし! じゃあ早く本屋に行こうか! もしかしたら永那の欲しい本、売り切れちゃうかもしれないし!」
「……そんなすぐに売り切れない。あとタイガー、うるさい」
文句を言いつつ、私はタイガーに手を引かれて小走りになる。
この先、彼が私にとって、そして私が彼にとって本当に特別な相手になるのか、まだ分からないけど……。
もうしばらく、この暑苦しい男のことを見ていようと思う。
これにて中島さん編は終了です。
「陰キャの俺に学園のアイドルが迫ってくる系」の男女逆転みたいな感じですかね。
ちなみにエピソード中の影戌ちゃんは↓のような感じでした。
「のぞぴーが先輩に頼み事をされました……まあ噂を流すのは、確かに彼女の方が適任です。あの鬼畜眼鏡のことですから、私にはさらに難易度の高い仕事を割り振ってくるはず……。いいでしょう、いつでも受けて立ちますよ!」
「……何も言ってきません」




