102.中島 永那の謎めいた瞳⑧
中島さんが前向きになってくれたので、彼女の相談も受けることになった。
それにしても薄々そんな気はしていたけど、どうやら春日井は彼女に対して、あまり適切とは言えないアプローチの仕方をしていたらしい。ほぼ初対面の相手から「交際を前提とした友達に」なんて言われても、ふざけているとしか思われないだろうに。
「あのセリフも、あなたたちの差し金?」
「そんなわけないだろ」
あまりに心外な中島さんの質問に、思わず即答してしまった。
声をかける際の話し運びについては、完全に春日井本人に一任していたのだ。
やる気はあるんだから自分の言葉で話した方がいいと思ったんだけど、こう酷いと事前に確認しておくべきだったかもしれないと今更ながらに後悔してしまう。
「改めて説明するけど、君の言う陽キャ――春日井がうちに来て、君とお近付きになりたいって相談してきたんだ」
「……何で私と。陽キャは陽キャ同士、同じ性質の人間で仲良くやってればいいのに」
「あれ? そのあたりは本人が言ってなかったか?」
「……何か私の目がいいとか、そんな戯言は言ってたけど」
ああ、ちゃんと言ってたのか。完全に戯言だと思われてるけど。
「正直、僕らも二人のタイプが違うのは分かってたんだよ。でもまあグラウンドで会った時の様子から、中島さんがそこまで浮世離れしてないのは分かったからさ。ここまでタイプが違うと、とりあえず友達になるところから地道に始めた方がいいと思って、春日井に声をかけさせたんだけど……」
「……で、結果があのざまと」
「あのざまって」
結構な言われ様だけど、まあ春日井の話し運びが予想以上にアレだったのは事実なので、なかなか反論しづらいところだ。
呆れた顔のまま、中島さんは話を続ける。
「そもそも目が気に入ったっていうのが理解できない。目だけで私の何が分かるっていうの? 見た目なんてどうとでも取り繕えるんだから、そんなの本当の愛だとは思えない。あの陽キャは、そういうところが浮ついて見える」
「う、うん……」
「そんなこと……そ、うん……まあ、ね……」
意外とガッツリ語られて、僕も小手毬さんも引き気味に返事をした。
中二病の割に恋愛にこだわりがある――というより、むしろ中二病だからこそ恋愛というものに特別さを求めているのだろうか。
さっきも「一時の勘違いじゃない本物の気持ち」と言っていたし、それこそ浮ついた気持ちじゃない、お互いに通じ合うような関係が理想なのかもしれない。
……そういうのって、普通は長い付き合うの中で出来上がるものなんだけどな。
「あなたたちは、全然そんな感じがしない。『信じてないと生きていけない』なんて、普通は言えることじゃない。私だって、するならそういう恋が――」
「いや、それは違うだろ」
春日井の気持ちを、紛い物と否定しようとする。
そんな口振りの中島さんの話を、僕は遮った。
「……違う? あの陽キャが浮かれてないってこと?」
「いや、それはまだ分からないけど」
春日井の気持ちが本物かどうかなんて、今の段階では分からない。
あくまで中島さんの「目」という一部に惹かれただけなんだから、少なくとも内面を理解しているわけではないだろう。
中二病に対する理解も良くないし、あの調子だと彼女の趣味やこだわりを理解できるのが何年先になるのか、分かったものではない。
それでも春日井の気持ちが本物に変わっていくかどうかは、中島さんとのこれからの関係性も重要になってくるのだ。
だからそれが本物かどうかなんて、僕にはまだ判断できない。
僕が言いたいのは、ただ――。
「小手毬さんと僕は、何も特別な関係じゃないよ」
「……特別じゃ、ない?」
中島さんは目を軽く見開いて、小手毬さんの方に目を向けた。
さっきあそこまで語った小手毬さんと僕の関係が特別ではないというのが、中島さんには納得できないのだろう。
そんな中島さんに、小手毬さんは慈しむような笑顔を向けた。
「うん。私と真壁くんは、そんなに特別な関係じゃないよ。元は普通のクラスメイトだったしね」
「……そうなの? もっと運命的な出会いなのかと思ってた」
出会いと言われて、何となく小手毬さんと顔を見合わせる。
「出会いって言ったら、今年の四月だよね? 去年から僕のこと知ってたりしないでしょ? 小手毬さん」
「うん、そうだね。でも私が恋愛相談部に来るまで、真壁くんと話したことなかったよね?」
「まあ……挨拶くらいならしたことあったかもしれないけど」
「ここに来た? 何で?」
「うん? えっと……私が恋愛相談しに来たからだよ?」
小手毬さんが涼しい顔で――まあ少しばかりはバツの悪そうな雰囲気を滲ませながら言うと、中島さんは不可解そうな顔をする。
「恋愛相談……この人に?」
「ううん、別の人だよ」
「……別の人? 別の人が好きで、ここに来たの?」
「うん、実はそうなの」
そう言いながら、少しだけ困ったように笑う小手毬さん。
そんな彼女の笑顔を受けて、中島さんは何故か焦ったように僕の顔を見た。
いや、シリアスな目を向けられても、その辺はもう乗り越えてるから、僕らは。
「だから言っただろ? 特別じゃないって。小手毬さんが、その……失恋してうちの部に入って、その後に僕と付き合い始めたんだ」
「……もっと会うべくして巡り会った、運命の二人なのかと思ってた」
「そんな人、そうそういないだろ」
そもそも高校生で運命の出会いって言われても、なかなか難しいだろうし。
意外と普通の出会いをして、傍から見れば普通だけど二人にとっては特別な日々を過ごして、そうして二人なりの関係を築いていくのだ。
さっき中島さんが驚いた通り、僕と小手毬さんだって彼女の失恋から徐々に仲を深めていくという、言葉にすると少しロマンに欠ける展開だった。
「それでも僕と小手毬さんにとっては、ここで過ごした時間は特別なんだ。他の人から見たら、多分つまらないんだろうけどな」
「そうだねえ。だから中島さんだって、切っ掛けが春日井くんの一目惚れでも、一緒にいたら何か変わってくるかもしれないよ?」
「何か……変わる?」
「うん。まあ、あんまり無責任なことは言えなんだけどね?」
僕の言葉を引き継いだ小手毬さんが、最後だけは自信なさげに締める。
まあ春日井は色々と不安だから、不用意に「大丈夫」なんて言えないよね。
「とりあえず春日井には話し方がマズかったって、ちゃんと言っておくからさ。今度はアイツの話、しっかり聞いてやってもらえないかな?」
「そうそう。中島さんとはタイプが違うし、ちょっと困ったとこもあるかもしれないけど、ふざけてるわけじゃないの。だから中島さんが本気で嫌じゃないなら、話だけでも聞いてあげてほしいな」
「………………分かった」
たっぷり数秒迷った後、中島さんはどうにか頷いてくれた。
これで後は、春日井に自分の問題点を指摘すればいいだろう。
それだけで二人が上手くいくかは分からないけど、そこは中島さんと春日井が同じ時間を積み重ねて、どう変化していくかという話だ。
話が一段落して、中島さんは思い出したように口を開いた。
「そういえば……今更だけど、私のことは『永那』って呼んで」
「え、別にいいけど……何で?」
「中島って普通だから、永那の方がいい」
なるほど。まあ名字の方は、割とありきたりだからな。
特別さを求めるお年頃としては、個性的な名前の方で呼ばれたいんだろう。
「そっか、じゃあ永那ちゃんだね」
「ん……それでいい」
小手毬さんに頷き返した中島さんは、続いて僕に目を向けた。
そんな彼女に僕は――。
「断る」
「……はい?」
「僕は女子を名前で呼ばない派なんだ。悪いな、『中島さん』」
「え、何そのこだわり……?」
明らかに「そんなのどうでもいいだろ」という目を向けられているけど、これは僕なりのこだわりなので、簡単には曲げたくない。
恋人の小手毬さんや後輩二人――特に兄のいる鳶田後輩のことだって、いまだに名字で呼んでいるくらいだ。
それに「こだわり」という点において、中島さんにだけは文句を言われたくない。
「人にはそれぞれ『こだわり』ってものがあるんだよ。中島さんなら分かってくれるだろ?」
僕がそう言うと、中島さんは恨みがましい目で僕を睨みつけてきた。
彼女の目で睨まれると、やっぱり妙な迫力があるな。
「……暗黒鬼畜眼鏡」
「いや、暗黒って」
「もう、真壁くんったら。今回は意地悪なこと言わないと思ってたのに……」
結局、最後の最後に鬼畜……いや暗黒鬼畜呼ばわりされてしまうのだった。
次回、中島さん視点で締めます。




