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101.中島 永那の謎めいた瞳⑦

「中島さんの過去に何があったのかは知らないけど、私は真壁くんと出会って……真壁くんのことを好きになって、後悔なんてしたことないよ」

「え……あの……」

「確かに真壁くんのこと、何もかも分かってあげられるわけじゃないし、真壁くんだって私のことを分かってくれてるわけじゃないと思う。でも私は真壁くんを理解したいし、真壁くんだって私のことをそう思ってくれてるって、私は信じてる。だから中島さんも、誰かを信じることを止めないでほしいの」

「いや……ちょ、ちょっと……?」


 朗々と語る小手毬さんを前にして、中島さんが僕に助けを求めるような目を向けてくる。感情が読めない神秘的な瞳だったはずが、今は「目は口ほどに物を言う」という言葉さながらに言いたいことが伝わってくる。多分、「見てないで助けて」って感じだろう。

 でも申し訳ないけど、その状態の小手毬さんは、僕には止められない。僕に出来るのは、入口に立ちっぱなしで話を聞いている中島さんを、ソファーまで誘導してあげる事くらいだ。


「小手毬さん、立ったままだと彼女が可哀想だし、お茶でも出してあげようよ」

「あ、そうだね。ごめんね中島さん。今お茶淹れるから、そっちに座ってて」

「……お構いなく。うん、本当に」

「まあまあ、そう言わずに座っときなよ。小手毬さんのお茶は美味しいぞ。色々揃ってるけど、何飲みたい?」

「……じゃあコーヒーを」

「はぁい、コーヒーだね。一番得意だから、楽しみにしててね」


 小手毬さんにしては珍しく自慢げなことを言った後、要望のあったコーヒーを淹れるために給茶スペースへと向かう。

 そんな彼女の背中を見ていた中島さんは、不承不承という表情で僕の対面に腰かけて、小声で話をしてきた。


「……何で、あの人のこと止めてくれないの? 彼氏なんだから責任持って」

「いや、だって小手毬さんが僕への愛を言葉にしてくれてるんだから、ちゃんと聞きたいじゃないか」

「……やっぱり恋愛してる人は、みんな浮かれてるだけ」

「そんな捻くれたことばかり言ってると、小手毬さんにまた語られるぞ」

「や、やめて、本当に……」


 僕が脅かすように言うと、中島さんはびくりと肩を跳ね上げた後、コーヒーを淹れている最中の小手毬さんに目をやった。彼女がこちらに意識を向けていないことを確認して、ホッと息を吐く。


「ていうか、苦手意識が強すぎるだろ。分かってると思うけど普通にいい子だぞ、小手毬さんは」

「それは……まあ分かるけど。あの人、私が変なこと言っても気にしないで自分の言いたいこと言うから、ちょっとやりづらい」


 それは中島さんが恋愛について無駄に後ろ向きな意見を言ったせいで、普段の小手毬さんはあそこまで自己主張するタイプじゃないんだけど……。まあ彼女に対する苦手意識を持っていてくれた方が話を進めやすいので、ここは無理に誤解を解く必要はないだろう。

 小手毬さんが中島さんの中二的な部分に偏見を持っていないのは、別に間違った認識でもないしな。偏見がないだけで、理解もしていないけど。


「まあ本当にいい子だから、話してれば分かると思うよ」

「……それ、話してて余計に疲れるパターンじゃなくて?」

「…………それより何か相談があったんだよな? 差し支えなければ聞かせてくれないか?」

「今、明らかにスルーしたよね? ダメだ、やっぱり世の中は嘘や欺瞞で満ち溢れてる。一人は最強。あの陽キャがいなくなれば、私は一人に戻れるのに……」

「へえ、なるほど。その陽キャくんに言い寄られて困ってるとか?」


 僕がシレっと言うと、中島さんは不愉快そうに眉を顰めて睨みつけてくる。

 眉以外の感情表現がほとんどないせいで妙な威圧感があるけど、さっきの小手毬さんに対する狼狽えようを見た後では、特に怖がるほどのものでもない。


「ねえ、さっきは聞かなかったけど、あの陽キャって――」

「はぁい、お待ちどおさま、コーヒー入ったよ。真壁くんが大好きでいつも淹れてるから、ちょっと自信あるんだ。中島さんのお口にも合うと嬉しいな」

「……どうも」


 何かを言おうとした中島さんを遮って、小手毬さんのコーヒーが到着した。

 さらっと惚気られて少しだけ憮然とした態度を見せつつ、中島さんはコーヒーの入ったカップを受け取る。

 そして、すぐさま机の上に視線を彷徨わせ始めた。

 その行動の意味がすぐに分からず、一瞬首を傾げた小手毬さんだったけど、すぐに彼女の意図を理解して小さく手を合わせた。


「あ、そっか。お砂糖とミルクがなかったよね。真壁くんも私もいつもブラックで飲むから、すぐに気付かなくてごめんね?」

「……!」


 申し訳なさそうな小手毬さんに対して、中島さんはピクリと眉を跳ね上げた。

 小手毬さんに悪気がないのは一目瞭然だけど、今の発言が中島さんのプライドをいたく刺激したというのは、僕にもすぐ理解できた。


「知麻ちゃんたちも使わないから、出すのは結構久々かも。ちょっと探してくるから、もう少しだけ待っててね」

「い、いや……ちょっと待って……」


 一切の悪気もなく煽り倒されて、中島さんは制止の声を上げた。

 傍から見ていて、よくここまで的確に抉っていけるなと感心してしまいそうになるけど、小手毬さんは完全に善意だけで喋っているのが恐ろしいところだ。


「私も……ブラックでいい……」

「え? 別に探すのは面倒じゃないから、無理しなくても大丈夫だよ?」

「む、無理なんてしてない……。コーヒーはブラックで飲んでこそ、味の違いが分かるもの。私が砂糖とミルクを欲しがったのは、あなたの勘違い」


 そう言うと中島さんは、カップの中身を一気に飲んで……飲もうとしたら熱かったらしく、口元を押さえて少しだけ涙目になった後、中身に息を吹きかけてから飲み始めた。そして一瞬だけ目をギュッと瞑ってから、余裕を見せるように口角を上げる。


「あ、悪魔のように黒く、地獄のように熱く……あと苦い……」

「だ、大丈夫? 今からでも、やっぱりミルク入れようか?」

「必要ない……この苦みこそコーヒー。ブラック最高。やはりコーヒーはブラックに限る。子供には理解できない味わい」


 その強がりが、何よりも子供っぽい。というのは、せめてもの情けで言わないでおこう。頑張って飲んだわけだし。

 うっすらとドヤ顔を浮かべる中島さんの対面で、僕と小手毬さんは当たり前のようにブラックコーヒーを飲み始める。

 自分が涙目になった代物を、僕らが平気な顔で飲んでいるのがショックだったのか、中島さんのドヤ顔は一瞬にしてショックを受けた様相になった……と思いきや、咳払いをして興味なさそうな素振りを見せる。表情は影戌後輩以上に変化しないけど、よく見ていれば言うほど無感動でもないんだな。


「こ、こんなのは味の好みに過ぎない。甘いのが好きな人がいれば、苦いのが好きな人もいる。ただそれだけで、何も特別なことじゃない」


 さっきの「ブラック最高」発言は、一体どこに行ったんだよ。

 どうやら彼女は、相当腕の立つブーメランの使い手らしい。

 そんな彼女の強がる姿を見て、小手毬さんは笑顔を零す。


「そうだねえ。私も最初は真壁くんの真似してブラックで飲んでたんだけど、いつ間にか慣れてきただけだから、中島さんが苦手でも全然おかしくないよ」

「あ、やっぱりそうだったんだ。何となく、そんな気はしてたんだけど」

「えへへ……うん、実はそうなの」

「……というか、私がブラックを飲めないという体で話を進めないで」


 中島さんは子供扱いされている気分なのか、不満げに言葉を漏らした。そうは言っても、明らかに無理して飲んでるようにしか見えなかったし……。


「でも真壁くんって、やっぱり凄いよね」

「ん? 凄いって何が?」


 何故か唐突に小手毬さんから、キラキラした目を向けられてしまった。

 今この場で、僕が凄いと褒められるような要素があっただろうか。

 むしろ小手毬さんの無自覚煽りの方が、芸術的で勝算したいくらいなんだけど。


「ちゃんと中島さんは恋愛相談部(うち)に来たし、最初はちょっと冷たい感じだったけど、もう仲良くなってるでしょ? そういうところが凄いなあって」

「……私は別に、この人と馴れ合ってるつもりはない」

「そう? ふふっ……」


 不貞腐れた態度の中島さんを見て、小手毬さんは小さく笑い声を漏らす。

 そんな彼女に、中島さんは訝しげな目を向けた。

 

「……何?」

「あ、ごめんね、中島さんを笑ったわけじゃないの。ただ、やっぱり真壁くんを信じてよかったなあって

思って」

「……信じる? この人を?」

「そう。真壁くんなら大丈夫だって思ったけど、それでも不安で……でも結局は何とかしてくれたから、やっぱり信じたのは正しかったって思ったの」

「……意味が分からないけど、そういうのって裏切られたと思うのが嫌だから、無理にでも信じていたいだけじゃないの?」


 小手毬さんが言っているのは、春日井のアプローチが一度は失敗したことだ。

 あの時は本人以上に動揺していた小手毬さんだったけど、不安になりながらも最後には僕を信じてくれた。むしろ僕への信頼があったからこそ、春日井の恋愛相談が失敗したと思ってショックを受けていたのだろう。

 そういった事情を知らない中島さんは、要領を得ない話に眉を顰めている。

 だけど、きっと小手毬さんが彼女に言いたいのは、もっと別のことだ。


「そうじゃないよ。裏切られるのが嫌だから信じるんじゃないの。ただ私が、真壁くんを信じてる私でいたくて――だから信じるんだよ、真壁くんを、ずっと」

「それは、そう思い込みたいだけじゃ……」

「うん、だからずっと思い込むの。だって真壁くんを信じられなくなったら……私はきっと生きていけないから」


 そう言って、小手毬さんは恥ずかしがるように微笑んだ。

 可愛らしい笑顔だけど、その言葉と愛はとても重い。

 その重さを、僕はとても嬉しいと感じた。


「……重い」


 僕と同じ感想を呟く中島さんは、また違う感じ方をしているんだろうけど。

 ただ億劫な感じの言葉とは裏腹に、その表情は少しだけ柔らかく見えた。


「重いけど……あなたが恋に浮かれてるわけじゃないのは、何となく分かった」

「そうだよ? 私はいつだって、真壁くんのことを本気で愛してるんだから」

「ちなみに僕も同じ気持ちだぞ」

「……そういうのは、もういいから」


 小手毬さんの話は最後まで聞いたのに、僕の話はバッサリ切られてしまった。

 このショックは、小手毬さんに癒してもらおう。……なんか久々だな、これ。

 中島さんは無表情な顔の中に、ほんの少しの笑みを見せた。


「でも、ちょっとだけ……ほんのちょっとだけ羨ましい。だから私にも教えて、一時の勘違いじゃない本物の気持ちを」

「中島さん……うん、もちろんだよ。一緒に頑張ろうね!」


 どうやら捻くれ娘の恋愛に対する斜に構えたスタンスは、小手毬さんが見事にぶち壊してくれたようだ。

 今回は本当に、小手毬さんならではという感じの進め方だっただろう。

 僕が話しても最終的にはどうにかなったと思うけど、もう少し捻くれた解決の仕方になっていただろうからな。

 これはいよいよ恋愛相談の面でも、小手毬さんとは相性抜群のパートナーになれそうだ。


「とりあえず、あの陽キャもふざけるわけじゃないかもしれないって、少しだけ信用してみる。改めて聞くけど、あの陽キャってあなたたちの差し金?」

「ああ、もう隠す必要もなさそうだから言うけど、アイツが相談に来たのが、そもそもの始まりだよ」

「春日井くん、本気で中島さんと仲良くなりたいって思ってるの。信じてあげてほしいな」

「むう……」


 僕と小手毬さんの言葉に、何だか妙な反応を見せる中島さん。

 そういえば詳細は聞いていなかったけど、春日井は彼女にどんな感じで話しかけたんだろうか?

 一見、真面目な好青年のようで実は色々と厄介な部分もあるので、もしかしたら結構な失言をしている可能性もある。

 すると中島さんは、微妙に顰めた表情のまま口を開いた。


「急に呼び出されたと思ったら、いきなり『交際を前提にした友達になってくれ』って言われた」

「……はい?」


 僕と小手毬さんの疑問符が、見事に一致した瞬間だった。

 こういう面でも彼女とベストパートナーというのは、別に嬉しくな……いや、結構嬉しいわ、ごめん。

 それにしても、春日井は唐突に突っ込み過ぎだ。あれじゃあ、ふざけてると思われても仕方ないだろう。


 勝手に名乗っている弟子のせいで、僕は頭を痛める羽目になった。

春日井くんは根は真面目ですが、一年男子の三人(春日井くん、釘原くん、門脇くん)の中では一番残念です。

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― 新着の感想 ―
[良い点] やはり、小手毬劇場は最強ですね。 中二発言を歯牙にもかけない(気付かない)のは流石です。愛に満ちてます(笑) [一言] うすうす感じてましたが、春日井君は残念な子だったんですね(笑)
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