09.高嶺の花は腐りかけ
ある日の放課後、クラスメイトの男子と偶然二人きりの状況になった。
特に話したことのない相手だし、軽く挨拶だけして帰ろうと思っていたんだけど、彼の持っている鞄を見て、私は自分の目を疑った。
そこには私も持っている、とあるゲームの特典が付いていたのだ。
「た、建山くん! あなた、そのストラップはどうしたの!?」
人前で大声を上げるなんて、周囲から優等生として扱われる私らしくない。
だけどここで声を上げなければ、本当の私らしくない。
そんな私に彼――建山くんは、事もなげな表情で言った。
「ああ、これ? 最近やったゲームの特典で付いてきたんだけど……」
何てことなの! あの名作をプレイした人が、私以外にもクラスにいたなんて!
しかも、それを恥ずかしげもなく、堂々と晒すなんて……くっ、負けたわ。
私は自分以上の猛者である建山くんと、このゲームについて語り合いたいという、胸の奥から湧き上がる想いを止められなかった。
だって仕方ないじゃない。これでも私はクラスの中心っぽい位置にいるから、そんな私がBL趣味だなんて周りに知られるわけにはいかないもの。そんなことが知られたら、皆からハブられたりするに決まってるわ。
だけど建山くんなら……。同じゲームを愛する彼なら、私の趣味を知ってもバカにしたりしない……と思う。いや、私はそう思いたいだけだ。
同じクラスとはいっても、ちゃんと話すのはこれが初めてだから、ハッキリと信頼できるなんて言い切れないんだから。
だけと建山くんなら信頼してもいいと、隠し続けてきた趣味をさらけ出すべきだと、私の本能が叫んでいた。実際はBLトークに飢えた私の心が、無意識のうちにハードルを低くしていたのかもしれないけど。
それでも今この時しかないと思った私は、深く考える前に声を上げていた。
「あ、そ、そのゲームなら、私もやったわ! 凄く面白かった!」
ああ、言ってしまった。
建山くんなら大丈夫だなんて、都合のいい妄想でしかないのに。
きっとこの後、クラス中に私の趣味が知られて、今まで周りにいた人たちから排斥されるんだろう。もしかしたら孤立してしまうかもしれない。
だけど、ようやく目の前に現れた自分の理解者になってくれそうな男子に、手を伸ばさずにはいられなかった。
そんな後悔とも違う感情を抱いた私を見て、建山くんは――。
「僕も面白かったよ! 神ゲーだよね、あれ。僕たち、趣味が合うのかもね」
少し興奮した様子で、そう言ってくれた。
それを見た瞬間、私は悟った。
ついに出会えたんだ。自分をさらけ出せる人に!
「ええ、そうかも! 建山くんは、他に何のソフトをやったの?」
「えっと、あれ以外だと……」
そこから建山くんが名前を挙げたソフトは、まさに名作のオンパレードだった。
どうやら彼がこの道に興味を持ったのは最近みたいだけど、その短期間でこれだけピンポイントに名作を狙い撃ちできるのは、凄まじい審美眼としか言い様がない。
この嗅覚と、堂々とした態度。師匠と呼ばせてもらえないかしら……。
そう言ってみたら、建山くんは苦笑混じりの顔で返してきた。
「ソフトはオススメしてくれた人がいたんだよ。それよりも小野寺さんの方がBL暦は長いんだから、先輩なんじゃない?」
何てこと。あんな初心者向けの完璧なラインナップを用意できる神が、建山くんの身近にはいるっていうの?
わ、私も紹介してもらえないかしら……?
「先輩なんて、そんな完璧なラインナップを揃えられる人がいるのに、私なんかが烏滸がましいわ。それより、その人を私にも紹介してもらえない……?」
「うーん……。実はその人、知り合いの友達のお姉さんなんだよね」
それって、ほぼ他人じゃないの? どういう経緯でソフトを借りたのかしら。
建山くんの話を聞いていると、どうやらそのお姉さんは三次元もイケる口らしい。やはり神だわ。二次元限定の、しかもイケメン同士でしかイケない自分が、恥ずかしくなってくるわね。
え? 唐変木マッチョとクール眼鏡?
な、何かしら、それ。よく分からないけど、なんだか胸が高鳴る組み合わせね。
最近の神の一押し……? しかも実弟と、その友達がモデルですって……?
やっぱりその神とは、一度ゆっくり話をしてみたいわ。
その後も私と建山くんは、夕暮れの教室で大いに盛り上がった。
学校生活がこんなに楽しいと思ったのは、高校に入って初めてかもしれない。
SNSなんかでBLトークをしたことはあったけど、やっぱり直接顔を合わせて話すと、盛り上がり方が全然違う。
「小野寺さん、ずいぶん遅くなっちゃったけど、時間は大丈夫?」
ずっと終わることなんてないかと思うような夢の時間だったけど、現実はあまりにも非常だった。建山くんが心配してくれた通り、そろそろ帰らないと家族に心配されてしまう。まだ彼と話したいことが、たくさんあったのに……。
「あ、そうね……。そろそろ帰らないと、マズいかも……」
「じゃあ、小野寺さんさえ良ければ、家まで送らせてもらえない?」
い、家まで送る? え、何これ、イベント? 私、フラグ立てたっけ……?
って、違うわ! これは現実よ! でも現実だとしたら、ますますわけが分からない。建山くんって、こんなに積極的な人だったの……?
でも、流石に家まで送ってもらうのは悪いわね……。建山くんと、もっと話したいのは山々だけど。
残念だけど断ろうと私が考えていると、建山くんは恥ずかしそうに苦笑した。
「その……僕もまだ小野寺さんと、色々話したいからさ」
この時、私は人生で初めて「胸のときめき」というものを覚えていた。
正直に言えば、今まで男子から「家まで送る」と言われたことは、何度もある。
その中には建山くんより恰好いい人だって、たくさんいた。
だけど今、この時ほどドキドキしたことは、かつてなかった。
――今から私、BLについて語り合いながら下校するんだ!
もちろん即決で了承した私は、過去最高に楽しい下校時間を体験してしまった。
こんなのを味わったら、もう普通に下校するなんて無理だわ……。
この日、私は初めてクラスの男子と、グループ用じゃない連絡先を交換した。
それから、しばらくが経って――私と勝くんは、どんどん親しくなっていった。
そうそう、最近は彼のこと「勝くん」って名前で呼んでるのよね。
同志である彼に、他人行儀な呼び方なんて出来ないもの。
まあ、男の子から名前で呼ばれるなんて小さい頃以来だから、そこはちょっと恥ずかしいんだけど……。私だけ名前で呼ぶわけにもいかないものね。
「どうかした? 真世さん」
「ううん、何でもないわ。勝くん」
急に恥ずかしくなったのが表情に出たのか、勝くんが不思議そうに声をかけてくる。それに答えながら、私は彼と並んで歩き出した。
今日は何と、待望の神との対話が開催されるのだ。ふひひ、楽しみだわ。
最近は勝くんといつも一緒にいるので、クラスではすっかり噂になっている。
最初の頃は勝くんが、私の弱みを握ったなんて言われてたっけ……。
私が本気で怒ったら、すぐに撤回してもらえたけど。
その後は何だか恋人同然みたいな扱いを受けてるけど、まあ私が勝くんとばかり一緒なのは事実だから、そう思われるのも仕方がないわね。
うーん、勝くんが彼氏か……。最近気付いたんだけど、彼って意外に顔は悪くないのよね。ていうか、いつの間にか前より痩せてるような気がする。
こんなに話が合う人なんて、そうそういないだろうし。そうね、勝くんが付き合いたいって言うなら、恋人になってあげてもいいかも。べ、別に恥ずかしくて、私から言い出せないわけじゃないわよ!?
で、でもまあ? 勝くんが告白しやすいように、私がお膳立てしてあげるのも吝かではないっていうか? 内助の功みたいな?
「勝くん。神との対話が終わったら、映画でも見に行かない? その……たまにはオシャレに恋愛映画とか――」
「ああ、いいね。そういえば、あの神ゲーの劇場版、もう始まってるんだっけ」
速攻でフラグがブチ折られてしまった。
でも仕方ない。だって私も見たいんだもの、あの映画。
ただでさえ神ゲー原作なのに、勝くんと一緒なら最高の時間に決まってるわ。
今日のところは、素直に映画を楽しむとしましょう。
でも私は諦めないわ。
勝くんは鈍そうだから、まだまだ先は長そうだけど……。
いつかきっと、私のことを好きって言わせて見せるんだから!
「BLゲーやってたら高嶺の花と急接近しちゃった件について」
これにて小野寺さん編は終了になります。
頭の中で構成を考えている時には気付きませんでしたが、ヒロインの小野寺さんが終盤まで一切出てこないという、まさかの事態になりました。
でも今回だけで、彼女の可愛さは結構表現できたのではないかと思います。
次の相談者も男子生徒ですが、今度のヒロインは序盤から出てきます。
テーマは「幼馴染」です。