第五和「追憶。神様が神様になる前の話」②
芦屋道久。道摩法師の子孫或いは道摩法師の弟子だと云う噂を聞いて陽光は、彼に会いに行った。
(あの時は、彼がこんなにも口悪く乱暴だったなんて分からなかったなあ)
猫のような朱色の瞳、ツンツン頭にボロボロな服装で私と良い勝負のひょろりとした体躯。
身長は陽光よりもやや小さい。黒髪と変わった瞳の色。
夕陽をそのまま瞳にしたような色を見て彼の服がボロボロな理由が分かってしまった。
日本人の瞳は黒。茶色掛かった黒はあれど遠目から見てもはっきりと分かる朱色は、彼が異国の人であれば奇異な目で見られることはあるかもしれないが、名と言葉も日本人で日本の平均とも云える身長。
異国の人特有の高い鼻ではなく普通だ。異なるのは瞳の色だけ。
道摩法師は、何度も蘇て幾度となく世の中に混乱をもたらしていると記してあったのを見たことはあり一部では妖だと云われている。
安倍晴明と道摩法師は敵対していた。とか親友だったとか。
晴明と道摩法師は、互いに同じくらい術に長けていて度度勝負をしていたとか。
どちらも化け物と呼ばれていたり、晴明は狐の子だの、道摩法師は蛇の子だの、最近では何度も蘇ることから魑魅魍魎の類いだの云われているが、晴明に限っては確かに天狐の血混じりだ。
だから、私も道久とは色合いが違えど琥珀色で金色に近い瞳をしている。
それは、天狐の血が入ってる証拠でもあり、安倍晴明の子孫だと云うことと安倍家の中で琥珀色で金色に近いほど才に溢れていると云う。
天狐は、妖という括りに正確には入っていないが、天狐になる前は妖狐だった為に陰陽師側ではない人からは妖という括りにされてしまっている。
狐の妖が悪さをせずに幾年経てば善狐になり軈て天狐になったり祠に祀られていたものが天狐になる場合もある。
天狐になる過程は色々あり、どれも正しくどれも違う。
曖昧で矛盾している存在。それが、天狐や妖なのだ。
その多くは目に見えないものだが、見鬼がある人間と天狐や妖同士ならば目に見え、触れることが出来る。
それ故に中々理解されにくいのが、陰陽師という職だ。
特に人間以外の混じりがある子は異端とされ、気味悪がられたり怖がれたりする。
目に見えて他の人と違う容姿は、まさににそうだ。
だから、服がボロボロなのもそれが理由で、元からボロかった訳じゃないと分かった。
私と同じ狩衣、延暦。所謂平安時代を彷彿させる服装。
私は白で彼は黒という対称的なもので、私と同じ年齢。
彼と私は元服したばかりで、陰陽の中では仕事着を新調するのが倣わし。
つまり、彼は誰かに服をボロボロにされたのだ。それでも、彼はボロボロにされた服を着たままで其処に座って目の前にあるものを見据えていた。
彼の目の前にあるもの。
それは、この境内にある御神木。
御神木を目に映しながら何か思い耽っている彼の様子に、一瞬私の時が止まったような気がした。
眼差しは、御神木に傷が入ってしまいそうな程に鋭く酷く真剣で人を寄せ付けないような瞳をしている。
けれど、彼の雰囲気は柔らかい。矛盾した相反するものが、彼にはあった。
正面から見たら人を射るような眼差しと人を寄せ付けない雰囲気を発しているくせ、後ろから見たら雰囲気は柔らかいなんて今まで見たことがなかったからだ。
横から見たらまるで前と後ろが別。いや、1つの体に二つの魂があるかのように雰囲気が前と後ろで綺麗に半分に別れていて異様でそれなのに魅入られてしまう。
まるで彼そのものが、妖か霊獣のようにも感じる雰囲気は陰陽師以外の者からすれば怖いと感じてしまうだろう。
否、陰陽師と云う生業でも畏れてしまうかも知れない。それぐらい彼の纏う雰囲気は異質だった。
けれど、不思議と私は彼が怖いとは思わない。
それは、私も人と天狐混じりだからそう思うのかも知れない。と彼のやや斜め後ろでその言葉が頭に過り、思わず笑みが零れる。
笑ったことで私が居ることに気付いたのか、彼は怪訝そうな顔で振り返り私を見た。
「やあ。....随分と熱心に見ているようだけど願掛けかい?それとも」
軽く手を挙げて気さくに声を掛けるも、彼が何をしていたのか気になった為に自分の予想を云いながら当てようとしているのか挙げていた手を下げて腕を組み考える仕草をする陽光。
「別に見ていただけだ。つか....嗚呼、確か安倍晴明の血を引く」
「! そうそう、私はその子孫、安倍陽光。陽光と呼んでくれたまえ、君はあの道摩法」
「アイツの子孫だ。ま、あのくそじじいはまだこの世とあの世を行き来しているみてえだが......俺は芦屋道久だ」
互いに言い切る前に会話をする道久と陽光は、何か通じるものがあると感じたのか。互いに嘘を吐くことなく自己紹介をした。
道久と名乗る彼は、あの芦屋道満に毒吐くように。否、多分彼だけだろう道摩法師に悪態を付けられるのは。と陽光は畏怖もなく云えることに一瞬驚いたように目を更に見開く。
けれど、道摩法師がこの世とあの世を行き来しているのは何となく理解していた。
「何度も蘇るのではなく、道摩法師はあの世を使っているから蘇っているように見えるのだね」
この世とあの世は、時間の流れが違う。それは、代々受け継がれている文献に記載されていたのもそうだが、代々安倍家を守っている式神にも云われていたので分かっていた。
陽光は、喋りながら道久の隣に行き、地べたに同じように座る。
「道久は、どのくらい見えているかい? 魑魅魍魎や類いをさ」