第五和「追憶、神様が神様になる前の話。」
(否、雨で濡れるのだから......心のまま泣いてしまおうか)
私だって君が悲しむ前に、君が失望してしまう前に神様になりたかったのだから。
扇子片手に舞いながら目蓋を閉じたまま、自分が死んだ後の頃を思い出す。
死ぬ間際のことも。
「私の勝ちだね。どちらが先に旅立つか......ほら、星見でもう分かっていたけどやっぱり外れない、ね」
死ぬ間際なのに、何故こんなにも饒舌になってしまうのだろうか。と陽光は思っていた。
同時に死ぬ間際だから、かもしれないとも思っていた。これが最後だから。
まあ。こんなに喋ってて次の日には元通りなら盛大に笑えるだろう。笑ってくれるだろう。とあるはずもない。否、あって欲しい先の未来。
明日にはまたくっだらないことをして、くっだらない話をしてくっだらない勝負をして一日が終わる。
今日みたいなことは一切なかった。そうこれは夢だと浄化に失敗し呪詛が禍々(まがまが)しい黒い矢になって彼の心臓目掛けてくるのを咄嗟に庇って身に受けて瀕死になるなんて何やってんだろう。
気付いたら庇っていた。体が勝手に動いていた。
こんなこと柄じゃないのに。冷静じゃなかった。もし冷静なら術の一つでも発動して
(嗚呼、冷静でも無理かもしれない.....それほどに私は道久が大切で)
血が足りないせいか霞む視界、気を張らないと思考を巡らせないと寝ちゃいそうで不思議と痛くない。当たりどころが良かったのかも知れない。と何故か笑えてきた。
笑っていると、顔に何か冷たいものが落ちてきた。これは雨?それとも....
「もしかして、泣いてるのかい? 君らしくないね、いっつも私に暴言吐くのに」
「それは手前がおちょくるからだろうがっ......良いから喋んな!」
自分が喋る度に吐血しているのがどうやら分からないらしく仕舞いには笑い出す陽光にこっちの気もしらないで。と苛立ちと焦りが募る。
誰かが呪詛を娘に掛けているから解いて欲しい。と仕事を受けて娘の体内に入り込んだ呪詛を浄化しようとしたが、後一歩のところで押し負け自分に向かってきた。
護符を素早く出し唱えようとするも、矢が護符に当たっただけで一瞬で塵と化す。
成す術はなく死を覚悟した直後、奴。陽光が自分を突き飛ばして代わりに受けた。
此処は屋敷で庭が目の前にある部屋で行っていたと云っても陽光には報せてもない。
何故居るんだ。と言おうとして陽光を見れば矢が陽光の心臓を貫く。
背中までその矢は貫いたようにも見えたが実は突き刺さると同時に熔けるように消えていた。
否、そんなのはどうでも良い。問題は陽光に呪詛、怨念や嫉妬、人間の負の部分が形を成した矢を受けたことだ。
本来なら自分が受ける筈だった。それを陽光が受けてしまった。
失敗したら自分に返るようにした。呪詛を行った人に返るものを、呪詛を受けている人が対象から外れるように。
だから、仮に失敗したとしても護符を発動して形を成したものを無力化し事なき得る。
完了する筈だった。筈だったがまさか護符をも上回る強力な怨念、恨みが詰まった呪詛だったとは思わなかった。
自分の詰めが甘かった。だから、これで命を落としたとしても仕方ない。と思っていたのに。
何故手前が居んだよ! 嗚呼、くそ......手前はいつもいつもそうだ。
ギりッと歯を食い縛る道久は、行き場のない怒りや悲しみに苛立ち。作った拳で思いっきり床に叩く。
「ふふっ....そうだったね。ねえ、道久....私と会った時のこと憶えているかい?」
そろそろ意識がふわふわしてきた。眠る前に云いたいことは全て云ってしまおう。と体はまるで金縛りにあったようにピクリとも動かないくせして口だけがよく回る回る。
何か視界が霞んで体が全く動かないしふわふわしている意識以外は何の問題もないような本当に死ぬの?ってくらい何も問題ない。不思議なくらいに死ぬのが怖くない。
体が動かないのに何でも出来る気がしてくる。何だろ、もうすぐ消えるからかな?と陽光は思いながらも、口が回ることを良しとしてか道久の制止を聞かずに言葉を紡ぐ
「君、陰陽師なのに妖とか神様と化そう云う類い全然信じないから見えてるのに。だから、神様になるってあの時に云ったのだけど.....なるよ。本気で」
____だから、道久。私が作っていたあの儀式を今、私に掛けてくれるかい?
陽光が云ったのと同時に陽光の式だった朱雀にも似ている紅い鳥【紅葉】が道久の傍で鳥から力を失ったようにただの紙。
否、陽光が作っていつの間にか完成したらしい儀式の内容が記されていた巻物に変わる。
だが、今の道久は、陽光が完成した儀式を行う気分ではなかった。
否、気分以前の問題だ。目の前には瀕死の友が居て今にも命の灯火が消えかけている。
陽光の体は呪詛に蝕まれているようで矢を受けた胸元。心臓がある部分から黒ずみ今も尚、広がっていく。
腐敗とは違う。ただただ黒く黒く陽光の体を染める。墨のように黒い呪詛が全身に回りきればあの黒い矢が熔けたように陽光の体も熔けてしまう。
先を想像するだけで、血の気が引くように寒くなる。
ぐるぐると目の前の状況を受け入れず夢なんじゃないか。と飲み込めずに自分に悪態を付けて嘆いている自分が裡にいると云うのに陽光は、そう頼むのだ。
何で、手前が平気なんだよ。
何で、手前は笑ってられるんだよ。
何で、手前が先に逝こうとしてるんだよ。
泣くなんて柄じゃない。こんなに泣くのは赤子の時以来じゃねえか。と道久は勝手に流れ出てくる涙を、視界が滲んでいく中で思う。
それでも、陽光が頼むのなら俺の気持ちは今は置いてしまおう。
そう思うのに、何故よりにもよって理由が明らかに俺の為だと云っている。
そんなの頼んだ覚えねえよ。
だが、陽光がこう云ったのは俺が泣いているからだ。と一瞬だけ陽光がそう云った時引っ込んだ涙に、そう思ってしまう。
「手前はいつも勝手だ。だがまあ、手前が神様になんなら俺は手前の神主で傍に居る。それで手前が神様になった時は信じてやる、よ。神様も妖もな」
あとがき
読んで頂き有り難うございます!
陽光が、追憶している間にも二人は儀式を行っています。
まあ、陽光の格好はちょっと可笑しいのと和久は制服なので踊っている際に和久が陽光のロングコート踏んだりした面白いな。なんて思ったりします。
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