第四和「疑心。神様との舞い」
「.......嗚呼」
「うーん。じゃあ、読心術・結界以外にも見せようか」
しゃらん。と鈴が鳴る。これは、神楽鈴の音。
隣に居る自称神様陽光に自然に目をやる。
神楽鈴は持っていない。ただ陽光が云った途端、陽光の方から神楽鈴が聞こえたから見ただけだ。
今更神様が居ても、今更信じられるか。
それが本音だ。あんなに願っていた、あんなに。
神様でも、叶えられないものがある。そんなこと知っていた。
頭では。だが、心はその事実を受け止める覚悟はなく、ただただ願う
願っても願っても良い子にしていても、願いは叶えてはくれなかった。
それが、今は居ないと云っても違わねえ......とか。干渉しないと決めたとか......云われても、証明出来ないもんは出来ない。
化け狐でも、出来るかもしれねえ。と思う面もなくはない。読心術・結界においては。
だが、こいつは......干渉することに抵抗はなく寧ろ積極的で。
陽光が、今何をするのかは分からない。陽光と云う名に聞き覚えはないが安倍と云う名は聞いたことはある。
___安倍 晴明だ。晴明とも呼べなくもないが、見た目が若く20代くらいに見え服装は古いが現代にも着物にコートの組み合わせはないが見なくはない格好、ただ時代を云うならば大正辺りだろうか。
だから、晴明ではなく違う漢字だろうと和久は思う。
それに、化け狐と云うには今の陽光は神気が先程より強く今度は肌で感じる。
視線は、魅入られたように陽光から放せない。
「何を、何をする気だ?」
邪魔する気はなかった。だが、何をするのかを云わずに何かを始めた陽光を見てそう、何か良からぬことをやる。
そんな気がして止めたくなった。しかし、止めて欲しくはない。
何せ、扇子片手に舞い踊る陽光はひどく浮世離れしていて。
何故か知らないが、見たことがない筈が見たことがあるからだ。
止めたい気持ちも止めて欲しくはない気持ちも同じくらいある。
だから、だろう。ひどく掠れた声で陽光に問う。
返答はない。その代わりに陽光は和久に微笑みを返す。
「っ......」
その笑みは何処か挑発的で、何故だろう悔しいと思うのと負けを認めたくないと感じてしまうのは負けも何もないと云うのに。
知っている、俺もその舞いを。和久は頭か心か自分でも把握出来ない自分の声が、自分の中で響く。
「くそっ、やりゃあ良いんだろ!?」
ぎりっと歯を食いしばってから苛立ちのまま自分の中で響いた声に返事するかのように吐き出す。
だが、苛立ったままでは舞い踊ることは出来ない。
和久は、挑発的な微笑みを受けてからやっと陽光から視線を外せた為、すぐ顔を陽光から背けて瞼を閉じる。
苛立ちを消すように深い深い息を吐く。暗闇に閉ざされて陽光がやろうとしているのは、雨乞いに近いもの。
睡瞑花の儀式。これは一人では出来ない。
何故か知っている。まるで自分の知らない記憶があるかのように。
今は、そんなことどうでもいい。
ただ、そう。阿吽の呼吸で陽光の舞いに重ねる舞いを。
踊ればいい。気の流れに乗せて。そして、天に祈る。
何故、自称神様が。神様らしくないこの儀式をしようとしたのか分からない。
だが、それも陽光と踊れば分かるような気がして和久は陽光が舞えばそれに重ねるように舞う。
陽光は、まるでそうなることが分かっていたように途中乱入してきた和久を受け入れた。
懐かしいね。と陽光は、瞼を閉じて嬉しそうに笑って内心で和久に向けて云う。
本当に、本当に懐かしい。と陽光は内心で呟く。
瞼をゆっくり開けて背中合わせで踊る和久を横目、視界の隅に映る度にじわりと目尻が熱くなる。
今なら和久から見えない筈、流しても良いだろうか。
陽光は、泣きそうになるのを堪えていたが、背中合わせで互いに踊っていることは分かるが互いの顔までは見えない状況だ。
だから、今なら泣けるのではないか。と和久に泣てることがバレない。と思ってのこと。勿論、悲しくて泣く訳じゃない。嬉し泣きだ。
(やっと神様になれて、やっと逢いに来れたから......神様になると約束してからすっごい経ってしまったけれど)
もう幾年も千年以上経って、なるべく彼。今は芦屋和久になっている彼が居る所で彼との約束を成し遂げた。尤も彼の御霊は幾度も生まれ変わっている。
彼はあの彼ではなくなった。なくなった筈が、何故か和久は彼の時と変わらぬ魂の光と云うか面差しがそっくり。序でに言動もそっくりだ。まるで、彼と再会したかのように。
それだけじゃない記憶までうっすらだが、和久の中にあった。
睡瞑花の儀式は、私と彼が編み出した儀式。それを舞えると云うことが何よりの証拠だ。
(あとは、和久が私を神様だと認めてくれたら良いんだろうけれど......手強いね)