第一和(だいいちわ)「黄昏(たそがれ)に巡(めぐ)りて」
___ソレは、俺の行く手を阻んでいるかのように居た。
否、正しくは俺と他の人たちの通行の邪魔になっているのだが平日の夕方に神社へと赴く人は居ないと云っても過言じゃないほどに少ないため俺への妨害だとほぼ云える。
何故、卒業したばかりの学生が神社に来るかって?それは、神社が自分の家だからだ。
それ以外に何がある?神様に願い事をしに?否、神様なんて居る訳がない。
そもそも日本は、仏......他界した者への慈しみのある祈りか確かに居たという証だ。その者が如何に偉大だったか。世に知られたかを形に残すために、生き方を迷う人への道しるべ。謂わしめるためにある。
人が人である限り、人は人じゃない何かに例え、何かを真似て生きている。崇めるのも称えるのもあれどその根源を辿れば人だ。人の想像から生み出された万物は形があるものや形がないものまで多種多様だ。
......もう一度言おう神様なんて、断じて居ない。神主の息子である俺ですら信じていない。否、正しくは俺の想像から跡形もなく消えてしまった。
信じない理由は現在の神社にはもう俺しか暮らして居ない。後にも先にも帰ってこない両親。......親父と母親は中学の時に他界している。俺を残して心中した。
.....本当なら俺も道連れで生きて居なかったはずだが、幸か不幸か生きながらえている
嗚呼、話が些か逸れたようだな。......話を戻そうか。あまりにも不自然過ぎる妨害に、思わず違う思考に回ってしまったな
「いや、だってな......これはない。今どきこれはない」
階段を上るのを躊躇うほどに"ない"と二回思わず言ってしまうぐらいに。比喩しがたいソレを見ては逸らしまた見ては逸らしを何回か繰り返してしまうような現状に家へと続く道を行くのを止めて、学校に引き返したい衝動に駆られながらも卒業した今、学校に行く理由もなく途方に暮れていた
可能なら見なかったことにしたい。可能なら今すぐにでも遊びに繰り出したい。
けれど、何時まで経っても変わらない気がする状況に俺は意を決して家へと続く道を上ることに決め、階段に足を踏み入れようとしたその刹那___
もぞりっとソレは俺が踏み入れようとする動きに反応したように地面に蠢いたような気がした。否、気のせいだと言いたい......今の今まで微動だにもしなかったソレがまだ確かな音を立てていない動作に、此方を見て反応したのならある程度、理解できる
まあ、ソレが生きているのは安堵はしたのも事実だが。......何故、俯せで階段に張り付くように......まるで階段と同化をしようと能天気な思考をやっている子供がそのまま大人になった感じだ
大の大人、俺よりも年上に見え、確実に成人している異端児が......何故この様な事をしているのかも気になるが関わりたくないのが一番大きく踏み入れようとした足を思わず引っ込めてしまう
そして、改めてまじまじと階段の真ん中で寝そべっている異端児を見る。悪い、異端児は言い過ぎたな......うん、じゃあ何だ?否、明らかに異端児だろ?.....俺は信じてはいないが多くの人は神社の階段の真ん中を上ることも座ることもましては寝そべるなんてしないだろ
大体の人は真ん中を歩かないだろう。歩いていいのは崇められた人称えれた人.....人々に名が知られた者、政をしている帝、日本で云うと天皇にあたる人ぐらいだ。かなり昔までは天皇や帝は神、天使などと云われていたという人々の道しるべを示す先導者、未来が見えているかのように言う自信家が発言した通りになれば自分で特別だとか言われても信じてしまうだろうからな
寝そべっている異端児は、大の大人で服装は白のロングコート......その白のロングコートは冬物でしかも着ているのは男性だ。これで女性ならすぐ駆け寄り、安否を確かめたり声をかける、かもしれないが......まあどちらにしても行動をしないと状況は止まったままだ
階段真下で悪いが近寄りたくないので、此処から声をかけることにする
「なーあっ、そこで何やってんだ?寝そべるのも倒れるのも自由だがそこに居られると参拝客の迷惑になっちまう。それに俺ん家なんだよ.....退いてくれねえか?」
少々距離が離れているので声を僅かに張り上げて倒れているのか寝そべっているだけなのかは判断しがたいが倒れていたなんてあの体制でないだろう。彼の体制は半身が今居る段からはみ出ていて片足が次の段に落ちている俯せだった。
俯せは一寸動いたら転がり落ちると思うが何故かあの場で保っているため、体調が悪い人じゃないしもぞりっと風ではどうにもならない動きをしたから生きていると云えた。
残念ながら白いロングコート以外に特徴は色素の薄い茶色の耳下まで長い髪とロングコートに似合わぬ下駄、足袋をつけていることしか見えないので顔色も中の服装も分からかったがとりあえず、声を掛けることは出来たのでよしとする
が、暫く返事を待てど返事が一向に返ってこない。返事の代わりとしてか、この場に合わないとても気持ち良さそうな寝息が聞こえてきた
(え? 寝息? あ、あの体勢で? ......嘘だろ?)
耳を疑う出来事に、彼の元へ一気に駈け上り、屈んでもう一度耳を澄ませる。
「....、.....」
「.........」
「...、...コイツッ、寝てやがる」
すやすやと、規則正しくも気持ち良そうな寝息がはっきりと耳を澄ませると聞こえてきて、何故だか分からないが怒りのようなものがだんだん沸いていく。
右手を拳に変えつつわなわなと怒りで体を震わせて小さくもはっきりとした声で云えば、固くした拳を更に力を入れ思いっきりそいつの腰目掛けて振り下ろす。
「ぐ、はっ‼ ....い、たいじゃあないか。行きなり、随分な御挨拶をするね」
もっと他に起し方あったんじゃないの?と殴られた腰を擦りつつも、もそもそと俯せから起き上がり体勢を座った状態にして俺を見て痛みを訴える彼は自分が罰当たりな事をしている自覚がないようでまるで私に向かって失礼な。と言っているようにも聞こえる口振りで言ってくる。
「嗚呼っ? 手前が、俺の行く手阻んでいるからだろうが! 第一神社へと続く階段の真ん中に居んじゃねえ! 真ん中は塞いで通ってもいけねえとこって知らねえのか!」
苛々と相手の態度。それに未だに真ん中に居ることにも怒っているから怒りのまま、相手にぶつける。だが、次に彼が言った言葉に怒る気力が無くなることになる。
「嗚呼、それなら問題ないよ....芦屋和久君。何たって私、此処の神様だからね」