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そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.8 < chapter.3 >

 ミハウの仕事は『短距離配送』である。『メッセンジャー』と呼ばれる彼らは主に書類を運んでいて、量が多ければ荷馬車、封筒一つならゴーレムホースや自転車など、状況に応じて乗り物を使い分けている。

 配送担当は本部と市内の支部とを行き来するため、書類の量が増える時期は朝から晩まで走りっぱなしになることも多い。そして書類が増えれば増えるほど、『誤送率』も上がってしまう。

 支部側の事務員から一通の封筒を手渡されたとき、ミハウはこう言われた。

「この人、うちの支部には所属してないんですよ。どこか別の支部とお間違えかと……」

「あ、すみません。以後気をつけます」

 他支部宛ての書類が紛れ込んでしまったのだろう。一度持ち帰って、翌日配送分と一緒に配送し直そう。

 ミハウはそう考え、あまり確認することもなく封筒を受け取った。そして本部に戻り、担当事務員に『仕分け間違い』として差し戻した。

 だが、翌々日のことだ。

 同じ支部で同じ封筒を手渡され、今度はこう言われた。

「あの、これ、誤送じゃないんです。中の書類自体が間違っているので、事務のほうにお戻しいただけますか?」

「え、中身が違うんですか?」

「はい。うちの所属ということになっていますが、『ノルベルト・キンスキー』という隊員は在籍しておりません。退職者リストにもそれらしい人物は見当たりませんし、よく似た名前の人間もいないので、入力時の打ち間違いでもなさそうですし……」

「あー、だとすると、所属支部名を打ち間違えた感じですかねぇ?」

「そうだと思います。健康診断のお知らせですから、早めに届けて差し上げませんと、期日が……」

「分かりました。総務のほうに伝えます」

「よろしくお願いします」

 ミハウはその封筒を持って、総務部の窓口へ向かった。

 窓口の担当者は事情を聴くと、すぐに衛生課の担当者を呼んでくれた。

 衛生課の担当者はその場で該当者を検索し、正しい所属先を見つけ出そうとしたのだが――。

「あー……ノルベルト・キンスキーという人間は、存在しないようですね」

「退職者ですか?」

「いえ、アバターだと思います」

「アバター?」

「たまに出てくるんですよ。該当者がどこにもいない謎のデータが。たぶん、情報部のほうで作った『作戦行動用の偽のプロフィール』だと思うんですけどね。困るんだよなぁ、使い終わったアバターはちゃんと消してもらわないと……」

「あ、でしたらこれは、配送キャンセルでいいんですね?」

「ええ、こちらから情報部にクレームを入れておきます。ご足労いただき、ありがとうございました」

「いえいえ、そちらこそご苦労様です」

 そうしてこの件は、車両管理部としては『解決済み』となった。

 だが、しばらくして妙なことが起こる。

 ミハウが王立高校の同期たちと飲みに行ったときのことだ。同期の一人が、唐突に切り出した。

「なあ、ノルベルト・キンスキーって名前、どこかで聞いたことないか?」

「え? どうしたんだよ急に? そいつがどうかしたのか?」

「いや、この間、どういうわけか突然、そんな名前をフッと思い出して……同級生にそんな奴いたかなぁ、って……」

「ノルベルト・キンスキー……?」

 ついこの間、聞いたような気がする。

 ミハウは記憶のゴミ箱をガサゴソと漁り、例の封筒のことを思い出す。

「ああ、ノルベルト・キンスキーな。そいつは……」

 情報部の作ったアバターだぞ。

 ミハウはそう答えようとしたのだが、それより早く、別の仲間たちが騒ぎ始めた。

「ノルベルト! そういやアイツ、今どこに配属されてるんだ!? 確か、市内だったよな!?」

「あー! たしかいたな、そんな奴! 顔が思い出せねえ!!」

「俺も顔までは思い出せないなぁ……でも、確かいたよ、そんな名前の奴が」

「誰と同室だっけ? コーエン?」

「僕じゃないよ。僕のルームメイトはこいつだもん」

「あ、ミハウか。ミハウはノルベルトのこと覚えてるか? 俺、あいつの顔どころか、どこの班だったかも思い出せないんだよ」

「あ……いや、僕も、よく思い出せないな……」

「お前も? うわー、どんだけ影薄かったんだろ。ここまで影薄いと、逆に気になって仕方がねえよ」

「俺、帰ったら卒業アルバム見るわ。何が何でもノルベルトの顔を思い出してやりたくなった」

「俺も俺もーっ! 確かめないと気になって眠れねえ!」

「どこに居やがるんだ、ノルベルト!!」

「所属先が分かったら、絶対次の『同期会』には呼ぼうな!」

「ああ! ひとりだけ呼ばないなんて、仲間外れにしてるみたいで嫌だもんな! な、ミハウ!」

「あ、う、うん。そうだな……」

 わけが分からなかった。

 つい数分前まで、自分はその名前を『情報部の作ったアバター』と信じていた。

 しかし、仲間がその名を口にするたび、自分の耳がその声を聞き、脳が『ノルベルト・キンスキー』という名前を認識するたび、何かが思い出されていく。


 そうだ。ノルベルト・キンスキーはいた。

 同じ教室で、一緒に授業を受けていた。

 たしか一番窓側の席に座っていて、男のくせにやたらと綺麗な指をしていた。その指でペンを回すのが上手くて、自分も何度か教えてもらったけれど、どうしてもうまく回せなくて――。




 ミハウはそこまで語ると、青い顔でボソリと呟く。

「でも……いなかったんです……」

「え? なんだって?」

「すみません、お声が小さくて、よく聞こえませんでした」

「……ノルベルト・キンスキーはいなかったんです。同期の全員が顔も、声も、何気ないしぐさも、一緒に食った学食のメニューまで思い出したのに……どこにもいなかったんですよ。ノルベルト・キンスキーなんて人間は……」

「えーと……どういうこと? え? 同級生じゃなかったら、何者?」

「分かりません。でも、僕には一緒に卒業式に出た思い出があるんです。卒業後にも、何度も『同期会』で顔を合わせていたはずなのに……それなのに、卒業アルバムにも騎士団の在籍者リストにも、そんな人間はどこにも……」

「……マジで?」

「はい。お疑いでしたら、僕の同期に聞いて回ってください。みんな、ノルベルト・キンスキーのことが気になって仕方が無いんです。どこをどう調べても、彼の実在を証明できなくて……」

「えーと……なんだろう。普通の『怪談話』とは違うレベルの問題が発生してる気がする……」

「なにか不祥事を起こして除籍されたのなら、在籍していた事実ごと消される可能性も考えられますが……卒業アルバムの写真までは消せませんよね……?」

「だよな? うわ、これ……マジで謎……」

「不思議すぎます……」

 考え込む一同。と、そこに鳴り響いたベルの音がある。


 内線端末の呼び出し音である。


 デニスが立ち上がり、受話器を取る。

「はい、車両管理部ガレージ一階です。……もしもし? あのー……?」

「どうした?」

「……? いえ、なんか、この端末調子が悪いのかな? 変な雑音しか聞こえなくて……」

「どれ?」

 ロドニーはデニスの横に立ち、一緒に受話器に耳を寄せる。

 すると確かに、ガーともザザザともつかない、ひどく不気味なノイズ音が聞こえている。

「この端末かな? かけてきてるほうかな? ちょっといいか?」

 ロドニーはデニスから受話器を受け取ると、念のため、相手に向かってこう言った。

「すみません、今、こちらではノイズのような音声しか聞こえていません。この端末が故障しているのか、そちらの端末が故障しているのかを確認したいので、『ガレージ二階』の内線番号におかけ直しください。では、一度切らせていただきます」

 そう言って受話器を置く。

 すると数秒後、二階の内線端末が呼び出し音を響かせた。

 ガレージは一階と二階が吹き抜けの構造。二階の内線端末はすぐ目の前の梯子を三メートルほど登った先、整備員の休憩スペースにある。

 ロドニーは急いで梯子を登り、二階の受話器を取る。

「はい、ガレージ二階です。……もしもし? ……え? あの? は? ……え? 今何て言って……あの!? ……えー……?」

「ハドソンさーん、どうですかー?」

「いや、なんかさ、人の声みたいなのはいっぱい聞こえるんだけど、すっげえ大勢いるみたいで、全然聞き取れないまま切れちまって……」

「大勢、ですか……?」

「人数で言ったら総務が一番大人数ですけど、あのオフィス、そんなにうるさくありませんよね?」

「ええ、皆さん、静かにお仕事されていますよね」

「なんだろな。一体どこの部署からかけてんだか……」

 またも受話器を置くロドニー。

 だがこの瞬間、この場の全員が、何とも言い難い違和感を覚えていた。

 数秒前とは何かが違う。

 何が違うかと考えて、彼らは同時にこう思った。


 今、冷房なんかつけていないはずだよな?


 突然感じた謎の冷気。

 最初に違和感の正体に気付いたのは、デニスだった。

「ハドソンさん。外、なんで薄暗いんでしょう?」

「え……?」

 見れば、ガレージの外は昼間とは思えない暗さになっていた。

 そしていつのまにか、低く垂れこめていた雲からは雹が降り始めていた。

 ガーともザザザともつかない、ひどく不気味なノイズ音。

 それは内線端末の向こうから聞こえていたのと、全く同じ音だった。

「えーと……マルコさん、これ、いつから降ってましたっけ?」

「まったく気付きませんでした。ロドニーさんは?」

「いや、俺も気付かなかったわ……。デニス、時計持ってるか? 今何時だ?」

「16時31分です」

「マルコは?」

「私の時計では16時30分となっていますが、一分の違いは誤差としても……」

「お二人がここに来られたの、午後二時半ごろでしたよね?」

「ああ……なんだ? 丸二時間ちょい、どこに消し飛んだ?」

「皆さんの時計も、16時30分でしょうか?」

「32分です」

「私は29分ですが……」

「すみません、俺の時計は電池切れで止まってて……」

「あ、そうですか。ですが、シグテさんとヨーナスさんの時計は誤差の範囲内ですし……これは本当に……」

「なあ、みんな!? とりあえずさ! 他の時計の時間も確かめてみようぜ! その辺の機械類にも時刻表示機能、ついてるじゃん? えーと……え? あ、まさか……?」

「どうしました?」

「さっきの着信、『16時28分』てなってるんだけど……デニス、下の内線は?」

「ええと……うっわ……。ハドソンさん、どうしましょう。新たな怪談話、爆誕です……」

「何時何分?」

「14時28分……っ!」

「マジかよ! なんで? 意味わかんねーっつーの。つーか……あれ? 俺たち、ここで何の話してたんだっけ……?」

「ええと……何でしたっけ……?」

「あ! ほら! あれですよ! 『不思議な話』!!」

「ああ! そうでした! まず、私がキツネとウサギの話をしましたね」

「次に俺が山のヌシ」

「私が岩砂漠の『何か』で……」

「私が暴漢を倒す幽霊の話を」

「それでその次が……あれ? 次に話してくれたのって、どっちだっけ?」

「あ、俺です。支部勤務時代に事務方のミスでデータを消されて、『どこにもいない人』扱いされた時のリアルホラーを」

「あ、そうそう。確かそんな話だったよな。で、デニスの話は……あれ? なんだっけ?」

「デニス君は、まだ話していませんよ」

「あ、そっか。その前に内線が……」

「一体どういうことなのでしょうね。我々は二時間も、ここで何を……」

「一回目の内線切ってから二回目の内線が鳴るまでって、体感的には、ほんの五秒くらいだったよな?」

「ええ……ですが着信履歴を見る限り、その間に経過した時間は『二時間』で……」

「分からねえ……まったく全然ワカラネエ……」

「不思議なこともあるものですね……」

 六人はそれからしばらく話し合ってみたが、ここで何が起こったのか、なぜ二時間も経過していたのか、誰一人、理由を説明することはできなかった。

 彼らは各々首をかしげながら、それぞれの持ち場に戻る。




 この日以来、車両管理部の内線はたびたび誤作動を起こすことになる。

 何度修理しても誤作動を起こすため、やがて内線端末は撤去され、連絡には個人端末が使われるようになった。

 内線端末の撤去と個人端末の使用を進言した人物が誰であったかは、誰も記憶していない。

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