そらのそこのくにせかいのおわり(改変版)2.8 < chapter.1 >
その日、特務部隊は暇だった。
「あー、何か事件起こらねえかなぁー」
「ロドニーさん、不謹慎ですよ」
「分かってるけどよぉ、暇じゃん?」
「まあ、たしかに暇を持て余してはいますが……」
未決済書類は午前中に片付き、外に出ている仲間からは応援要請も資料請求も無い。暇つぶし用の本も一通り読み終わってしまった。気になる本の発売日まではあと何日もあり、テレビやラジオも、この時間は奥様向けのトレンド情報番組しか放送していない。
先ほどまでトランプをしていたのだが、たった二人ではババ抜きも七並べも盛り上がりに欠け、再戦することなくあっさり終了した。
窓の外は曇り空。低く垂れこめた雲は今にも雨を降らせそうで、蒸し暑いのにどこか肌寒さを感じる、なんとも嫌な空模様だった。こんな日は窓を開け放ってみたところで、蝶も小鳥も遊びに来ないだろう。
「あーあー、なんか面白い話とかねえのかよー」
「うぅ~ん……面白い話、ですか……」
「なんでもいいからさ~」
「面白いかどうかは分かりませんが、私のいた支部には、少々不思議な話がありまして……」
「お、怪談?」
「怪談というよりは、いまいちオチの分からない、とにかく不思議なお話です」
「なんでもいいや。聞かせろよ」
「はい。この話は、私がミノア村支部に配属されて間もなく聞かされたものなのですが……」
マルコは声を落とし、静かな調子で語り始めた。
ある雪の晩、門の前に一羽のウサギが倒れていた。
まだ息はあるが、ひどく弱っている。毛並みも随分と荒れていて、全身に怪我をしているようだ。助けたところで長くはもつまい。門番はそう思い、まるでゴミでも拾うように、ヒョイとウサギを持ち上げた。
するとどこからともなく、一匹のキツネが現れた。
門番は言った。
「どうせ死んじまうんだから、これ、食うか?」
それから数年後の雪の晩、門の前に一匹のキツネが倒れていた。
一目見て、あの時のキツネだと分かった。その冬は特に雪が深く、獲物となるウサギやネズミが見つからなかったのだろう。痩せ細り、弱々しく震えていた。
門番はキツネを抱き上げ、守衛室のストーブの前で温めてやった。
水と食べ物をやり、元気になるまで世話をした。
キツネは門番に懐くでもなく、元気になると、ふいといなくなってしまった。
それからさらに数年後、門番の男は森で迷っていた。
日暮れ前には帰るつもりでいたのだが、前日まで続いた雨で足元が悪く、もたもたしているうちに陽が沈んでしまった。
夜目も利かず途方に暮れていると、一羽のウサギが現れた。
うすぼんやりと光るウサギを見て、男はこのウサギがこの世のものではないと気付く。
さてはあの時のウサギが、俺を恨んで化けて出たか。
男はそう思い、ウサギを追い払おうとした。
手にした棒切れを必死に振り回し、ウサギを叩く。逃げるウサギを追って、追って、追いかけて、男は棒切れを振り回し続けた。
暗い森の中、幽霊ウサギに出くわして混乱していたのだろう。男は狂ったようにウサギを追い続け、気付いた時には、森を抜けて見慣れた道を走っていた。
男ははたと正気に返り、ウサギを追うことをやめた。
なぜならそこは、騎士団支部の目の前だったからだ。棒切れで叩かれたウサギは門の前で倒れ、動かなくなった。
気付けば、あたりには雪が降り始めていた。
うっすらと積もる雪の上、荒れた毛並のウサギが倒れている。
守衛室から出てきた男はウサギを拾い上げ、自分に向かってこう言った。
「どうせ死んじまうんだから、これ、食うか?」
話を聞き終えたロドニーはしばし考え、それから青ざめた顔で両腕をさする。
「充分すぎるほど怪談じゃねえかよ!?」
「そうですか? 怪談というより、弱者にやさしくしましょうね、という説話と時間ループSFを足して合わせた話のように思うのですが……」
「あー……最初に弱ったウサギを助けていれば、その後の『怖い思い』はしなくて済んだのに、みたいなアレか?」
「はい。子供向けの童話でありがちですよね?」
「んー、まあ、そういう解釈をすれば童話っぽいけど……いや、でも怖すぎだって。どう考えても時間がループしてるのに、誰がいつこの話を『他の誰か』に伝えたんだよ?」
「あ、実話とお考えになるタイプですか?」
「そりゃあ、でっち上げ怪談ならそれでいいんだけどよ。もしも本当にループしてたら怖いだろ? 理屈はねえけど、なんか怖い! お前にそれ教えたの誰!? 直接会って本当のことかどうか聞きたい!」
「それが、全く思い出せません」
「え?」
「配属されて間もなく、誰かから、何かのついでに聞いた話だったと思うのですが……それが誰かは思い出せず……」
「え、ちょ、ま……やめて? なんかマジ臭くなって……え? 本当に……?」
「はい。嘘偽りなく、本当の話です。特務部隊への異動を公表してから、それとなく全員に聞いて確認しましたが……」
「……が?」
「全員がこの話を知っているのに、誰しも『先輩の誰かから聞いたような気がする』との認識でしかなく……結局、『話の大元』が誰かは突き止められませんでした」
「うわー……なんだよおい。それ、ガチの怪談だっつーの……」
「そういうことですので、この話の『オチ』のようなものは分かりません。ただ、不思議な話だなぁ、と……。ロドニーさんのいらした支部には、そのような話は?」
「や、そこまで変な話はねえよ。ただ、俺がいたのは山岳救助隊だったからさ。遭難者の幽霊に会ったとか、山のヌシみたいなのに救われたとか、そういう話はよくあったな」
「ヌシ?」
「ああ、いるんだよ、どこの山にも。他にどう表現していいのか分からねえような、変な何かが」
「詳しくお聞かせ願えますか?」
「いいけど……んー……どの話にすっかな……」
ロドニーは腕組みをして考え、それから軽く頷いて、ある遭難者の話を始めた。
それは五人組のアマチュア登山家グループだった。ある山の八合目あたりに差し掛かった時、一人が体調不良で動けなくなった。体調不良を訴えた人物が小柄な女性だったこともあり、残る四人の男性で代わるがわる女性を背負い、最寄りの山小屋まで運んだ。
山岳救助隊は直ちに山小屋に向かい、救難信号受信から十二時間後、五人全員を発見、保護することに成功した。
朝夕の気温が氷点下まで冷え込む晩秋の山。そこで一人の犠牲者も出なかったことは不幸中の幸いだった。救助隊は五人をふもとの病院に搬送し、経緯の把握のため、全員から詳細な状況を聞き取った。
しかし、どうにも整合性の取れない証言があった。
・女性は荷物を下ろし、空身の状態で男性に背負われていた。
・男性四人は交替で女性を背負っていたため、必ず一人は荷物を下ろしていた。
・仲間の荷物を持つ係と女性を背負う係は、ローテーションで全員が二回ずつ担当していた。一回当たりの時間は三十分ほどだった。
・最寄りの山小屋までは通常なら一時間もかからない距離だったが、足元を確かめながら慎重に進んだため、四時間近くかかってしまった。
この中で、何度確認してもおかしな箇所がある。
荷物の数と時間が合わないのだ。
『荷物の数』は女性と、女性を背負っている男性の物とで二つ。二つの荷物を男性四人で順番に、一人二回、三十分ずつ持つ。
この証言の通りに検証すると、歩き始めてから二時間後、山小屋までの半分の距離で『一人二回』が終わってしまうのだ。
残る二時間はどこへ消えてしまったのか。
四時間かけて移動したルートを単純に八分割して地図上に示し、本人たちにも確認してもらった。
するとここで、本人たちも証言がおかしいことに気付いた。
「はじめのこの区間は、Aさんです」
「次がBで……」
「ここはCさんだったよね?」
「で、ここはDさんが」
「同じ順番でもう一周しました」
「間違いありません」
「三十分ずつ、一人二回荷物を運びました」
「Aが荷物を持っているときはCが彼女を背負っていました」
「Bさんが荷物のときはDさんが彼女を運んで……」
「Cさんに荷物係が回ったときには、今度はAさんが彼女のエスコート係です」
「連続して担当が回ってこないように、必ず一人、間を空けていたんですが……」
「なんでおかしいと思わなかったんだろう。間なんて、空くわけないよ。『運ばなきゃいけないモノ』は彼女と荷物二つで、合計三つだろ? それで、『運べる人手』は四人で……」
「俺たち最初から、荷物を『ひとつ』しか運んでいなかったのか……?」
山小屋には五人分のリュックサックがあった。荷物係の時に誰がどのリュックを背負っていたかは誰も記憶していない。女性を無事に下山させるため、誰もが必死だったのだ。負担が分散されるよう重いリュックと軽いリュックをとっかえひっかえ持ち替えていたため、『個人の荷物』という認識ではなかったのだという。
結局、誰も運ばなかった『二つ目の荷物』の謎は解けずじまいである。
彼らは今も仲良く登山を続けているというが、あの山に登ることだけはもう二度としないと、救助隊へのお礼の手紙に書かれていた。
話を聞き終えたマルコは、手元のメモ帳に線を引き、八分割してその状況を確かめている。
「あ……そうですね。二つ目の荷物をずっと持っている『六人目のメンバー』がいないと、山小屋までたどり着けませんね……」
「山のヌシ、いるだろ?」
「ええ、いますね。間違いなく、ヌシに助けられています」
「こういう話、山岳救助隊だけかと思ってたんだけどな。ミノア村くらい平和な村でも『不思議な話』があるってことは、他の支部でもあるのかな?」
「どなたか、別のエリア出身の方にもお話を伺いたいところですね」
「よし、暇そうなやつを探そう」
「事務方はお忙しい時間帯ですよね?」
「情報部は……普通に怒られそうだな……」
「と、なると、あの方しか……」
「ああ……俺たちが出かけない限り、ずっと待機任務のはずだからな……」
ロドニーとマルコは頷き合い、車両管理部のガレージへと向かった。




